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番外編その7 漂泊の守護神 第二話

アルシア姐さん番外編第二話です。

「そんなことがあったの……。それは、大変だったわね」

「労ってくれるのは嬉しいけど、なんで眼帯着けるの?」


 結局、ユウトは、すぐさまアルシアに会いに行った。前触れなく訪れたユウトを、アルシアはトラス=シンク神殿にある自らの執務室で歓迎する。

 滅多にないシチュエーションに、アルシアは心なしか嬉しそうにお茶を入れ……しかし、それを飲みながら聞いた話は、想像を超えたものだった。


「もちろん、これから決めなければならない話になくてはならないからよ」

「……ええと。そうかな? そうなのかな?」


 トラス=シンク神の計らいにより、二人きりで無人島へ。

 そんな話をするのに、眼帯もしないでなどあり得ない。


 そう言外に主張するアルシアに、ユウトは反論を自主的に放棄した。


 ずっと真紅の眼帯を着けて過ごしてきたアルシアは、晒すことを恥ずかしい行為だと感じている節がある。今でも、なお。

 経緯を考えれば、公衆の面前で服を脱ぐようなものだ……と弁護できなくもない。

 できなくもないが、露骨に行動に出すと、逆に恥ずかしいような気がする。だが、やはりユウトはなにも言わない。


 これも、夫婦。いや、家庭円満の知恵である。


 たとえ、夜、二人きりの時はもっと恥ずかしく大胆なことをしていても、だ。


「とりあえず、無人島行きを断るというか拒否するのは難しそうかなと思うんだけど」

「そうね……」


 長期の不在にならないよう配慮されているし、三日という猶予も与えられている。

 正直、今までこなしてきた無理難題に比べれば優しすぎて逆に疑いの目を向けそうになるぐらいだ。


「まあ、この条件で裏を感じるのも正直どうかと思うところだけど」


 考えてみれば、常識的な話だった。いや、常識で言えば、何日の余裕があっても無人島へ行かされることなどあり得ないのだが。


「神々のお心遣いに感謝しましょう」


 最終的に、アルシアはそうまとめた。

 敬虔な神の信徒らしい言葉に、ユウトは苦笑とともに同意する。


「それなら、俺たちのやるべきことはいくつかある」


 大きな方針が定まったところで、話は実務レベルに移った。

 アルシアの執務室にもあるソファに深く体を沈め、愛する妻の顔を眺めながらお茶を啜りつつユウトは考えをまとめていく。


「まず、みんなへ正直に言うかどうか」

「……意味が分からないのだけど?」


 元々、嘘を吐くとかごまかすという選択肢自体がなかったためだろう。ティーカップをゆっくりと戻しながら、少し咎めるような口調でアルシアは言う。


「私とユウトくんが、トラス=シンク神からの探索行(クエスト)を与えられ無人島を探検する。別に、秘密にする必要があるとは思えないのだけど」

「無人島を探索するだけなら、別に俺たち二人に限る必要はないからね」


 しかし、その反論は想定済みだったのだろう。ユウトは、まったく慌てることなくシミュレーション結果を口にしていく。


「未知の土地を探索するのであれば、ラーシアは手放せない。危険なモンスターがいるかもしれないことを考えると、エグザイルのおっさんも頼りになる」

「……ヨナは?」

「環境保全を考えると、二の足を踏むなぁ」


 そして、ヴァルトルーデは育児があるのでヨナと同じグループに入る。

 決して、ヨナと行動が同じというわけではない。同じというわけではない。


「それに、あんまり想像したくはないけど、ヴァイナマリネンのジイさんだって使える(・・・)メンバーだ」

「適材がいるのに、あえて私たち二人だけが選ばれた。そのことで余計な勘ぐりを受けてしまいかねない。そう言いたいのね?」


 ユウトはなにも言わず、ただお茶を啜った。

 それがなによりも雄弁に、アルシアの言葉を肯定している。そして、口を開けば『余計な勘ぐり』がほぼ事実に即していることを認めなくてはならない。


 真紅の眼帯を着けていて本当に良かった。


 アルシアは、心の底からそう思う。自らの判断を、拍手して称えたいぐらいだ。


 もし着けていなかったら、赤面し、狼狽し……。あるいは、無人島行きのある側面が不要になる出来事が発生していたかもしれない。


「ええと……。つまり、無人島という部分は避けて、しばらく不在にするとだけ伝えるという選択肢もあるということよね?」

「うん。ラーシアはいろいろ言うだろうし、ヨナもごねるだろうけど、神様絡みだって言えば最終的には納得させられるから」

「……それは、私が嘘を吐きたくないと考えるだろうから、先にすり合わせをしたかったということ?」

「いや、それだけじゃないよ」


 恩着せがましいことをしたいわけじゃないと、ユウトは明確に否定した。

 少しは自分をよく見せようとしてもいいだろうに、まったく飾ろうとしない。その態度に、アルシアは「ユウトくんらしいわね……」と微笑を浮かべる。

 自分のためと言ってほしかった気持ちもあるが、好きな人が好きな人らしくしているところは、よりアトラクティブだった。


「秘密にしたら、無人島行きの準備もそれほど大っぴらにできなくなるからね」

「確かに、勘ぐられる要素を増やすだけね」


 そこまでは考えていなかったと、アルシアは草原の種族(マグナー)の顔を思い浮かべながら言う。


「本当に、ユウトくんは対ラーシアのプロフェッショナルだわ」

「それ、俺が一番ラーシアの被害を受けているってだけなんじゃないかなぁ」

「前向きに考えましょう。ユウトくんがいなかったら、矛先がヴァルに向くかもしれないのよ」

「そう考えれば……まあ……って、いや。それどうなの?」


 妻の代わりに矢面に立つと考えれば、冒険ではできない役目を担っていることになるが……正直、嬉しくはなかった。


「さっきアルシア姐さんも言ってたけど、準備期間があること自体が疑わしいと思ってるんだよね」

「それは、どういうこと? 実は、もっと早く召喚されてしまうと考えているの?」

「いや、違うよ。俺たちに準備が必要なのかなってさ。だって、俺たちなら呪文で大抵切り抜けられるでしょ?」


 それはさすがに自信過剰ではないかと、アルシアは考える。


 無人島が、どんな環境か分からないのだ。しっかりと魔法具(マジック・アイテム)の準備をする……ぐらいなら、現地に行ってから呪文で対応したほうが確実だった。


 いや、違う。今回は、魔術師(ウィザード)司祭(プリースト)のパーティなのだ。厄介なモンスターに襲われでもしたら……。


「《鋼鉄魔導人形招来コール・アイアン・ゴーレム》も《召喚:大精霊サモン・エルダーエレメンタル》もあったわね」


 加えて、最悪の場合《瞬間移動(テレポート)》で離脱する手もある。

 準備期間があるのはありがたいが、絶対に必要でもなさそうだ。


「もしかして、その無人島では呪文が使えない可能性が? だから、しっかりと準備をさせるために?」

「分からないけど、覚悟はしておいたほうがいいかなって。俺としては、そう思わせておいて実は……という可能性のほうが高いと思っているんだけど」


 どちらにしろ、準備はしっかりしなければならないようだ。

 そうなると、ストレートに事情を話して協力してもらったほうが良さそうだった。


 アルシアは、議論がユウトの想定した流れになっていることを感じる。

 それなら最初から結論を告げてもいいものだが、大魔術師(アーク・メイジ)は筋道立てて話すことを好む。

 時間をかけても意識の齟齬を減らそうとするのは、実にユウトらしかった。


「呪文が使えないかもしれないのは、確かに厄介ね。でも、それならどうして私とユウトくんを選んだのかしら……」

「そう。だから、トラス=シンク神が言った建前通り……という可能性も残ってるんだよね」

「建前って……」


 アルシアにだけ子供ができないことを心配した、死と魔術の女神のお節介。

 あえて避けていた部分を指摘され、アルシアは口をつぐんだ。無意識に洞窟真珠(ケイヴ・パール)の結婚指輪を撫でているので、なにを考えているのかユウトにも分かってしまう。


 恥ずかしがっている妻を追撃するか否か。


 少しだけ迷ったユウトは、結局、素知らぬ顔で話を進めることにした。


「とはいえ、やっぱり、可能性としては低いかな」

「そうよね。それはそうよね」


 安心したけれど、少し残念。


 そんな感情がこもっていて少し早口になったアルシアの応えを聞き、ユウトは自らの判断を後悔する。しかし、然しもの大魔術師(アーク・メイジ)も、時を止めることはできても、巻き戻すことまでは――今のところ――できない。


 軽く咳払いをしてから、ユウトは自分たちが選ばれた理由を口にする。


「だから、単純な戦闘や呪文の能力で選ばれたんじゃないのかもしれないって思うんだ」

「他になにがあるかしら?」

「知力と、交渉力かな」


 なるほどと、アルシアは思わずうなずいてしまった。

 確かに、その観点は考えたことがなかった。


 そして、その見地に立てば、自分とユウト以上の適任はいないとも思う。


「でも、無人島で交渉?」

「人はいなくても、それ以外はたくさんいるんじゃないかな」

「最初に、無人島の定義を話し合うべきだったかしらね」


 しかし、トラス=シンク神がその話し合いに応じてくれたかは分からない。それに、話せるのであれば事前に話してくれそうなものだ。


「準備はしっかりと。行動は臨機応変に、ね」

「うん。実に、冒険者らしい」


 昔――出会った当初のことを思い出し、二人は同時に微笑んだ。あの当時は、こんな関係になるなど、想像もしていなかった。

 それが、今はこんなに幸せだ。人生とは、不思議で素晴らしい。


 だからだろう。

 準備はしっかりと。行動は臨機応変に。そして、最後は力押しと続くのだが、それは二人とも口にしなかった。





「ユウトー。アルシアと子作り旅行に行くって、本当?」

「ああ。でも、俺たちはただの下見だ。次は、ラーシアとリトナさんとエリザーベト女王を連れていってもらえるように頼んである」

「ぐはぁ」

「肉を切らせて骨を断つだな」

「おっさんの肉は、俺には切れそうにないけどな」

「ボクも、相討ちじゃなかったら倒せない強敵(とも)だったということだね」

「そのポジティブさ――」

「――見習いたい?」

「……いや、止めておこう。これ以上は、子供の教育に悪い」

「なにを言うつもりだったのさ!?」


 まだヴァルトルーデとアカネにしか伝えていなかったのだが、どちらからか聞いたようだ。ユウトが魔法具(マジック・アイテム)作りをする工房に、草原の種族(マグナー)岩巨人(ジャールート)がずかずかと入ってきた。


 かなり散らかっている部屋なのだが、なにかを踏んだり崩したりということはない。さすがの身のこなしだ。


「まあそんなわけで、無人島で役立ちそうな物を持ってきたよ」

「なんかこう、ボタンひとつで床に穴が空くような装置とか作ったほうがいい気がしてきた。」


 ユウトの素っ気ない対応にも、ラーシアはめげない。ただ、そんなトラップを設置されたらノリノリで落ちていくに違いないので、少し困る。


 それはそれとして、ラーシアは無限貯蔵のバッグへ手を入れ、中身を作業台へと移していった。


「まず、なんかいい気分になるお酒でしょ」

「ああ」

「あと、なんかいい雰囲気になるお香」

「……それで?」

「それから、腰とかによく効く軟膏」

「至れり尽くせりかよ」

「余計なお世話をさせたら、草原の種族(マグナー)の右に出る者はいないからね」

「地獄みたいな種族だなぁ」


 と、ユウトとラーシアがじゃれている間に、エグザイルがユウトの無限貯蔵のバッグへ酒とお香を入れていく。なぜか、問答無用だ。


「おっさんが強引なの、珍しいな」

「あっちで、なにが役立つか分からないからな。しかし、ラーシアのお陰で助かったとなるとユウトも不満だろうから、オレが無理やり持たせることにした」

「なるほど。それなら、感謝する相手がラーシアじゃなくて、エグザイルのおっさんになるな。天才だ」

「あまり褒めるな」

「ねえ、ボクの扱い酷くない!? ちゃんと、役立つ物も持ってきたからね!」


 軽い嫌がらせのつもりが、それを逆手に取られて功績を盗まれてはたまらない。

 きちんとした本命の魔法具(マジック・アイテム)をやけ気味に取り出していく。


 終わりなき水差しエンドレス・ジャグタンク

 見た目はビールサーバーに似ているが、一日に100リットルまでの綺麗な水を創り出すことができる。


 白鳥の粘土駒(スワントークン)

 白鳥を模した駒だが、水に浮かべると5人まで乗れるボートに変形する。また、オールを漕ぐ必要もなく、一定の速度で自動的に移動する。


 吸水海綿アブソーブ・スポンジ

 終わりなき水差しエンドレス・ジャグタンクとは反対に、一日に一回だけ小さな池ひとつ分程度の液体を吸い上げることができる。

 また、合言葉(テストワード)ひとつで、吸い込んだ液体を放出することもできる。


 即席野営地キャンピング・ポップアップブック

 いわゆる飛び出す絵本に、何種類かの野営地が描かれている。任意のページを開いた状態で合言葉(テストワード)を唱えると、それと同じ野営地が実体化する。

 単なるテントと焚き火から、数十人が野営できるような大規模な野営地も実体化可能だ。


「こんな小物、いつの間に買ってたんだ」

「まあ、趣味みたいなもんだよ。一個で金貨何百枚ぐらいしかしないしね」


 金貨数百枚を地球の貨幣価値に換算すると、車が一台買えてしまう。それを気軽に購入している時点でかなり常識外れだが、気にする者も指摘する者もいなかった。


「オレからは、こいつだ」

「おう」


 ドンッと作業台が軋み、大きくたわむ。


「……肉?」

「ああ、山羊だ」


 それは、山羊の枝肉を丸ごと燻製にしたものだった。

 暴力的なまでに、圧倒的な肉。


「ちょっとは切り分けたほうが、食べやすいんじゃない」


 余りのボリュームに、ラーシアでさえも常識的な指摘をする始末だ。


「いや、これくらい一回で食べきってしまうからな。わざわざ小分けにする方が面倒だろう」

「あー。部族単位で一緒に食べるのか」


 岩巨人(ジャールート)に専有財産の概念がないわけではないが、こういった獲物は集落全体の物であるという意識が強いのだろう。そして、草原の種族(マグナー)はもちろん、人間をも遙かに超える食欲が、豪快な伝統を生み出したというわけだ。


「ありがたく受け取らせてもらうよ。土産に、期待してくれ」

「いいんだよ、ユウト。アルシアとの愛の結晶が一番のお土産なんだから」

「優しい声を出すな、キモイ」

「そう思ってくれるのなら、やった甲斐があったね!」


 じっとお互いの目を見て威嚇し合う――傍目には、見つめ合ってるようにしか見えないのだが――ユウトとラーシアを余所に、エグザイルがふと疑問をもらす。


「ところで、ヴァルとアカネからなじられたりしなかったか?」

「ああ……。そこは問題なかったよ」


 恐る恐る話を切り出したところ、アカネは、あっさりと了承した。

 それどころか、「まあ、安定期だし? ずーっと心配されるのもなんだから、お互い羽を伸ばせば良いんじゃない?」と、まったく不安な様子はなかった。

 それどころか、無人島と聞いて少し前に見た映画を思い出したようだ。


「アルシアさんがいたら、火星でジャガイモ栽培する必要もなくなるのよね」

「火星から地球は、さすがに《瞬間移動(テレポート)》が届かないからなぁ」


 単純に距離を延ばすだけなので、惑星間転移できる呪文も作れそうな気がしたが、使い道がなさ過ぎるので考えるのをやめた。

 賢哲会議(ダニシュメンド)の面々が知ったなら、逃した魚の巨大さに憤死しかねないところだ。


 一方、ヴァルトルーデは複雑そうだった。


 アルシアのことも、神の探索行(クエスト)のことも、応援はしたい。

 しかし、そこに自分が参加できないのは不満だ。


「だからヴァルは、俺たちの無事と同時に、自分の神に探索行(クエスト)を下さるように祈りを捧げるってさ」

「そっか……。頑張ろうね」


 ラーシアに同情されると、本当にやるせない気分になる。

 しかも、フォローまでされるとなると、なおさら。


「でもさ、一番の難関は、ヨナだったんじゃないの?」

「ヨナとは、今度地球の動物園……サファリパークみたいなところに連れていくことで手を打った」

「ヨナが動物園?」


 ドラゴンなど、危険なモンスターを狩るアルビノの少女が動物園。

 ミスマッチとは言わないが、どういうことだろうと疑問は残る。


「大丈夫? 動物園って動物見る場所だよね? 狩る場所じゃないよね?」

「それは、さすがに分かってるんじゃないかなぁ」

「だが、ヨナだぞ?」

「おっさんに言われると、説得力ありすぎて困る……」


 準備をしながら、彼らの話はさらに先に及ぶ。


 無人島から無事戻ってくる。

 それを、誰一人として疑っていない証拠だった。

はい。前回アナウンスした通り、無人島へ出発すらできませんでした。

アナウンス通りじゃないのは、6000文字じゃなくて7000文字になっちゃったってことかなー。

というわけで、次回は、次回こそは無人島へ降り立ちます。

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