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番外編その7 漂泊の守護神 第一話

軽く要望を聞いた結果、そこそこの長さで定期的な更新をということでしたので、

実験的に毎週土曜日に番外編を投下していこうと思います。


今回はアルシア姐さんメインの話。ユウトと二人で、無人島に行ってもらいたいと思います。

 ユウト・アマクサ。

 今や、大賢者ヴァイナマリネンをも凌ぐとされる――本人は、まったくそんなことは思っていないが――世界一の大魔術師(アーク・メイジ)

 神の奇跡が凝縮したイスタス公爵家の家宰でもある彼の生活に、平穏は存在するのだろうか。


 結論から言うと、存在しない。


 直近の出来事に限っても、絶望の螺旋(レリウーリア)を撃退した褒賞として下賜された善と悪の無限迷宮の維持管理、異世界からの訪問者(クルトとセシル)をどうにか元の世界に送り返す、新たな不殺剣魔となったレイ・クルスの招きで奈落を訪れるなど、一流の冒険者でも一生にあるかないかという重大な事件に遭遇している。


 ただ、それはユウトの本分からすると、はた迷惑なオプションといったところ。


 それを、イスタス公爵家の家宰としての仕事に、夫であり父としての役割をこなしながら片付けているのだ。


 ゆえに、平穏は存在しないと断言できる。


 ただし、それは外から見ての話。ユウト本人は、むしろ自分は恵まれていると思っている。強がりでもなんでもなく、単なる事実として。


 信頼する仲間たちがいて、愛する妻と子供たちがいる。


 確かに、平穏とは言えないだろう。けれど、それは不幸とイコールではない。刺激のない日溜まりのような日常を求める気持ちもあるが、今の境遇に不満などなかった。


「だからって、気軽に神様が来ていいってわけじゃないんですけど?」

「野暮を言うものではないのじゃ。此方だけ仲間外れは酷かろう?」


 仲間外れとは、以前――絶望の螺旋(レリウーリア)を倒した褒賞の話で――ゼラス神が来たときのことだろうか。思えば、この執務室という場所も、いきなり現れたという状況も、あの時の生き写しだ。

 ヴァルトルーデやカグラがおらずユウトだけという状況も、狙ったものに違いない。


「それとも、忙しいからと此方を追い出すつもりでは……」


 少年の姿をした知識神に許されて、自分だけ非難されるのはおかしいではないか。

 突然出現した知識神の配偶者たる死と魔術の女神トラス=シンクが、幼い(かんばせ)をぷくりと膨らませ抗議する。


 その仕草は子供っぽいが、似合っていないとも言えない。出現と同時に生み出した花でできた玉座も、少女の姿をした死と魔術の女神に相応しかった。


 とはいえ、ユウトの嗜好は標準的であるため、その姿にほだされることもなかった。


「追い出せるわけないですよね?」

「うむ。そも、神が人の都合を斟酌するなどおかしな話なのじゃ」

「いや、そういう意味ではなく。そもそも、神を名乗るなら、預言とか信託とか予兆とか出してからにしてください」


 漆黒のトーガを身にまとった幼女にしか見えない神が、今度は、なにを言われているのか分からないとばかりにきょとんとする。実に愛らしいが、そういう次元の話ではない。


 そもそも、天上には天使も亜神もいるはず。神が自ら出向けないからこそ、使いや従僕がいるのだ。その存在を、神自らないがしろにしていいものか。


 いや、良くない。


「なんじゃ。使いを出せなどと、仲人たる此方に他人行儀ではないか」

「いや、完全に――」


 ――他人だ……と言う前に、トラス=シンク神が割り込んできた。


「我が愛娘の夫であり、此方の愛しいお方の眷属じゃぞ。他人などであるはずがなかろう」

「……はい」


 仲人なのか姑なのかはっきりしてほしい……という考えが浮かんだが、口には出さなかった。「両方じゃ!」と言われて終わりそうな気がしたし、そうなったらどんな反論をしても無意味だ。


 それにしても、トラス=シンク神との距離感が掴めない。


 ユウトは、どうしたものかと内心で嘆息する。


 以前は、はっきりと一線を引いていた。尊敬はしても服従はしない。そういうスタンスだった。

 しかし、死と魔術の女神自身が言ったとおり、アルシアとの結婚に際して世話になった恩義がある。というより、仲人的なことをして以来、ゼラスとトラス=シンクの夫婦神が、妙に気安い態度を取るようになっていた。


 柔らかく対応されると、一方的に拒絶もしにくい。


 加えて、冒険者時代にはアルシアの呪文による神託で大いに助けてもらったという恩義もある。


 総合すると、可能かどうかは別にして、邪険に追い返すことなどできなかった。


「それで、本日のお越しは、どのような用件で?」


 追い出せないのであれば、自主的に帰ってもらうしかない。

 そう判断したユウトは、虎穴に入るような気持ちで本題を尋ねた。


「急かさずとも良かろう。これでも、此方らは感謝しておるのじゃぞ」

「感謝? 神々が?」


 真っ先に思い浮かんだのは絶望の螺旋(レリウーリア)の件だが、こう言ってはなんだがお互い様だ。

 あんなのに暴れられたら、おちおち子育てもしていられない。だから、あれを倒したのは自分たちのためでもあった。

 それに、絶望の螺旋(レリウーリア)の件は、褒賞を受け取って完了している。


 しかし、それ以外に神々から感謝される憶えもない。


 不思議そうにするユウトに、花の玉座に座るトラス=シンク神が穏やかに指摘する。


「感謝というのは、その褒賞じゃ」

「……善と悪の無限迷宮が?」


 ダンジョンをクリアするために、自然とそのフロアの神を讃える構造になっている善と悪の無限迷宮。

 だが、そこで得られる力は、貯金――絶望の螺旋(レリウーリア)のような存在への対処――に回されることになっている。


 直接的な利益になっているとは思えなかった。


「もしかして、ダンジョン作りで、無聊を慰められたとかですか?」

「それもあるのじゃが、改めて信仰を向けられることで思い知ったのよ」


 そこで一度言葉を聞り、幼い相貌に悪戯っぽい微笑を浮かべる。そして、死と魔術の女神は再び口を開く。  


「やはり、神は人なくして存在できぬとな」

「いや、そんな世界の真理を突いた! みたいな顔をされても困るんですが」


 神を敬っても、信仰するには至らないユウト。その尊敬の念も、神という存在に向けてというよりは、個々の実力や行いに向けられている。そのため、信仰が力になるという現象が今ひとつぴんとこない。


「なに、しばらくすれば共感できるというものじゃ」

「その状況が想像つかないんですが……。というか、神々の『しばらく』って、どんだけなんだ」


 なおも困惑するユウトを面白そうに眺めるトラス=シンク神。

 ユウトがその笑顔の意味を知るのは、すべてが終わってからになる。


 今の段階で説明をするつもりのない死と魔術の女神は、色とりどりの花の玉座で居住まいを正した。


「まあ、今の件は知っておいてほしかったというだけじゃ。本題は他にあるのじゃよ」

「拝聴します」


 ユウトも、同じく背筋を伸ばし―― 


「此方は思うのじゃが、我が愛娘がないがしろにされておらぬか?」

「酷い言いがかりだった!」


 ――椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。


 確かに、三人の妻を持つという特異な環境であるため、そう思われても仕方がない面はある。けれど、ユウトとしては三人とも真剣に愛している。少なくとも、そのつもりだ。

 それをヴァルトルーデやアルシア、アカネから言われるのならともかく、他人から言われる筋合いなどない。


「これは、此方の失言じゃ。謝罪しよう」

「いやまあ……。本気じゃないのは分かっているんで……。俺も言いすぎました」


 激高しすぎたと反省し、ユウトも矛を収める。

 しかし、当然と言うべきか、これで終わりではなかった。


「じゃが、一人だけ、やや子を授かっておらぬではないか。これは由々しき事態じゃぞ?」

「それは、二人で相談してですね……。ほんと、文字通り家族計画……って、なんでそんなこと説明しようとしてるんだ、俺!」


 仲人だろうと姑だろうと、他人にそんなことしたくはない。ユウトにしては珍しく、感情を露わにして拒絶する……が。


 もちろん、その程度の剣幕で引くトラス=シンク神ではない。


「そこで、子作りに集中できる環境をプレゼントしに来たわけなのじゃ」

「くっ」


 ラーシアみたいな顔で言いやがって……という言葉は、なんとかギリギリで押しとどめた。それはさすがに言い過ぎだ。「え? ボクみたいな顔が言いすぎって、どういうこと?」とラーシアが言っているような気がするが幻聴だろう。そもそも、「そういうことだけど?」としか答えようがない。


「それは、まあ、そろそろとは考えてはいましたが……」


 カイトとユーリはすくすくと育ち、妊娠しているアカネも順調。できればアカネの出産までは現状維持で……と思わなくもないが、そうこうしているとタイミングを逃すことになってしまうという危機感もあった。

 とはいえ、授かり物であるから、こればかりはどうしようもない。いや、どうこうする手段はあるが、それは子供の喧嘩にミサイルを撃ち込むようなものだ。


 その手段を与えたタイロン神は、両手を叩いて喜ぶだろうが。


「とあるところに、無人島があるのじゃ。そこに、我が愛娘と二人きりで行ってほしいのじゃ」

「無人島……」


 ユウトとアルシアなら、その無人島がどんな環境だろうと問題ない。

 問題は、なぜそんなところに行かせるのかということだ。


 ユウトの無言の問いに、死と魔術の女神はうっとりとした声と表情で答える。


「困難な環境、それを克服する度に深まる二人の絆、そして夜は二人だけ……。どうじゃ? 魅力的であろう?」

「どうじゃって、それ、結婚前にやるべきイベントでは?」

「そこは、恋人気分で盛り上がれば良いじゃろー」

「いきなりやる気なくすの、止めてもらえません?」


 さすがに、本当に投げやりになったわけではないだろう。

 つまり、アルシアと二人きりであれこれするというのは建前。無人島でなにかさせたい。あるいは、やってほしいことがあるのではないか。


 ユウトは、そう理解する。


 しかし、死と魔術の女神は、ユウトの推測を肯定も否定もしない。


 代わりに、少し遠くを見ながら独り言のように言う。


「少し真面目な話をするとじゃな、子供は作れるときに作っておくものなのじゃ」

「それは、まあ、そうなんでしょうけど……」


 当たり前と言えば当たり前。

 真意が分からず、ユウトの反応は曖昧なものになってしまう。


「いつでもできると思っておると、此方たちのようになるのじゃよ」


 そんなユウトに、やや苦い笑みを浮かべてトラス=シンク神が忠告する。


「そういえば……」


 ゼラス神とトラス=シンク神は夫婦神だが、その子供については寡聞にして知らない。存在しているのか、それとも……。


 そう考えると、トラス=シンク神がアルシアを大切に思う気持ちが分かる気がした。


 となると、忠告を無下にもできない。


「分かりましたが。朱音の状態も気がかりなので、家族で相談させてください」

「健康面での問題はないのじゃ。なにせ、リィヤがバックアップする気満々じゃぞ」

「それ、信じていいんですかね……」


 アカネとの新婚旅行の時には、カメラマンとして同行してくれた美と芸術の女神リィヤ。

 信頼していないわけではないが、頑張りすぎると空回りしそうな気がする。できれば、遠い空から見守ってくれるとありがたい。


「それに、今回は此方の力で、こちらではあまり時間が経たないようにするのじゃ」

「それなら……って、こちらでは?」


 不穏な言葉で、ユウトの中にあった死と魔術の女神への感謝の念は消え去った。

 

「では、三日後の朝に現地へ送るのじゃ」


 そう一方的に告げると、トラス=シンク神の姿も消え失せた。


 玉座が解体され、花びらだけがその場に残る。

 馥郁ふくいくたる薫りが執務室を包み、一瞬でストレスなど消え去ってしまう。


 それでもなお、カグラを呼んで、片付けてもらわなくては。自分でやったら逆に怒られてしまうと、ユウトは思わず現実逃避してしまう……のだが。


「要するに、子供ができないのを心配した親が、子作り旅行をプレゼントしに来ただけじゃねーか!」


 二重の意味でどうしようもない事実に気付き、思わず絶叫してしまった。


 しかも、その親が神様なのだから手に負えない。


「こいつは……。アルシア姐さんに、どう説明したものか……」


 もちろん、子供をどうこうという部分は省略することはできる。


「でも、言わなかったら、普通に神託を下すだろうなぁ」


 夫から言われるのがいいか。

 信じる神から伝えられるのがいいか。


 ユウトは、文豪のような葛藤に苛まれた。

無人島に出発しないどころか、アルシア姐さんの出番もないとか。

すまぬ……すまぬ……。

次回は、アルシア姐さんだけじゃなく、ラーシアやエグザイルも出てきます。


無人島? 三話目には、きっとたどり着くんじゃないかな!

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― 新着の感想 ―
[一言] 面倒見がいいばっかりに 余計なお世話が返ってくる始末。
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