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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
番外編

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エイプリルフール嘘予告 Wailing of Paleozoic era A.D.2070

前回の予告通りエイプリルフールの嘘予告です。

かるーい気持ちでお楽しみください。

 ホバーバイクが真夜中のハイウェイを滑走していく。


 闇よりも黒いカーボンの車体からは、特有の重低音が響いている。

 無人のハイウェイに制限速度など存在しない。水素エンジンのホバーバイクは、ヘッドランプの光が、筆で描いたような光の帯となって後方へと流れていった。


ご主人様(マスター)、このままでは150秒後に追いつかれます」

「分かってい……ます!」 


 ホバーバイクのメーターパネルから立体投射されたサポートAIの警告に、麻衣那(まいな)は更なる加速で応えた。


 体が後ろに持っていかれそうな衝撃で、サイドテールにまとめた黒髪が風にたなびく。ヘルメットなど、とっくにどこかへ吹き飛んでしまった。

 それを嘆くよりも、麻衣那は頭と体がくっついていることに感謝をしたいぐらいだった。


「後方、タイプ:アイシュアイアの幽体(エーテル)化兆候を確認」

「相手も本気ですね……ッ」


 丁寧な口調の中に、隠しきれない不安と畏れ。そして、苛立ちが潜んでいた。

 もちろん、自分に比べてやけにスタイルのいい――具体的には胸部――サポートAIの外見に嫉妬したわけではない。


 それは、ホバーバイクがまた加速をしたことからも明らかだ。


 逃げるためではない。任務を達成するために。





 賢哲会議(ダニシュメンド)に属する第三級戦闘魔術師秦野(はたの)麻衣那(まいな)は、重要な使命を帯びて一人ある場所へと向かっていた。


 その背後に、ホバーバイクにも負けない超高速で、古代の生物が迫っていた。


 イモムシにも似た、柔らかくうねうねと動く黒紫色の胴体。先端には丸い口が開いており、その周囲には突起が突き出ている。

 十対――合計二十本の爪が生えた足がしゃかしゃかと動き、時速150kmを超えるホバーバイクを追走している。


 アイシュアイア。


 有爪動物の先祖とされている、カンブリア紀の絶滅動物。


 麻衣那を追う怪物は、それとよく似ていた。


 しかし、アイシュアイアは最大で6cmほどと目されていたはずが、麻衣那(まいな)を追うそれは優に100倍はある。


 化石と成り果てているはずが巨大化して実在している。


 二重に奇妙な怪物は、しかし、()を生きる人々にとってはもはや当たり前の存在。

 

 西暦2070年。

 世界は、超古代からの侵略者との戦いを余儀なくされていた。


 その発端は、20年前。アメリカ合衆国イリノイ州シカゴ。


 突如として、数百万の人々が暮らす大都市に古生代の生物が出現した。ある女性が呼びだしたとも言われるが、公的には原因不明とされている。


 後にパレオゾイック・モンスターと呼ばれるそれは、いずれも在りし日よりも巨大化。手当たり次第に餌――人間を食い散らし拡散の兆しを見せた。


 蘇った古代生物は、通常兵器を寄せ付けず、最終的に核の炎によって薙ぎ払われたかと思われたが、それで終わりではなかった。


 幽体(エーテル)化――つまり、意識や精神だけの存在となって核の炎から逃れたのだ。通常兵器が効果を発揮しなかったのも、同じ理由。


 そこに、現れた救世主が賢哲会議(ダニシュメンド)


 パレオゾイック・モンスターの出現とともに因果の反動(バックラッシュ)も消失。

 神秘の命脈を保っていた彼らが裏舞台にとどまる必要はなくなり、理術呪文を用いて古代生物を撃退する。


 以来、20年以上続く蘇った古代生物――パレオゾイック・モンスターとの戦いの最前線に立ち続けていた。


「タイプ:アイシュアイアの幽体(エーテル)化確認」

「再出現位置を」

「――正面です」


 サポートAIの声を聞くと同時に、麻衣那は腰のホルスターへと手を伸ばした。

 それに合わせ、ホバーバイクがつんのめるようにして急停止する。麻衣那(まいな)が行なったものではない。操縦権限は、既にサポートAIへと移っていた。

 ゆえに、麻衣那は射撃にのみ集中する。


 麻衣那の手にあるのは、マーズ・マローダーⅡ。シアトルに本拠を置くマーズ社が、傑作銃マローダーの後継として売り出したオートマチックピストル。口径9mm。装填数15。シングルアクションのヘビーピストルだ。


 特筆すべきは、結線(ワイヤード・リンク)による射撃制御だろう。

 首の後ろにあるコネクタと有線で直結されており、これにより、人類は『引き金を引く』という慣用句を過去の物にしてしまった。思考制御によるトリガーは、半瞬の遅滞もなく銃弾を叩き込む。


 この刹那が境界線を生むこともある。


 具体的には、生と死の。


 サポートAIが言った通り、目の前にタイプ:アイシュアイアが現れた。


 まるでCGのように輪郭が揺らぎ、不気味な外見とは裏腹に幻想的な光景を現出する。


 麻衣那は、アイシュアイアをサイバーアイに投影されたターゲッティングビュー越しに眺めていた。

 恐怖も高揚もない。


 何度もこうしてきた。ただ人類の敵を迎え撃つだけ。


「平和を望むならば、戦いに備えよ!」


 合言葉(テスト・ワード)の詠唱とともに、9mmパラベラム弾が三発吐き出された。マズルフラッシュで、麻衣那の祖母によく似た整った相貌が浮かび上がる。


 詠唱が必要だったことからも分かる通り、ただの弾丸ではない。巻物(スクロール)の灰や魔剣の破片を配合した特殊弾だ。

 通常兵器を寄せ付けないパレオゾイック・モンスターにも、これは効く。


 それが、周囲に突起を備えた口腔へと吸い込まれる――刹那。


 アイシュアイアの突起から白いゲル状の粘液が吐き出され、弾丸を包み込んでしまった。貫通することは叶わず、特殊弾は虚しく粘液とともに地に落ちる。


「くっ」


 ホバーバイクが、猛スピードでバックをした。これも、サポートAIによる自動操縦。

 麻衣那は、そうするのが分かっていたかのように両足でホバーバイクに踏み止まりながら、マーズ・マローダーⅡとの結線(ワイヤード・リンク)を切った。

 傑作と謳われたヘビーピストルが、ハイウェイを転がっていく。


 代わりに麻衣那が取り出したのは、一振りの日本刀。


 無論、伊達や酔狂の類ではない。


 ホウコク重工が開発した、対パレオゾイック・モンスター用近接攻撃兵器『クリカラ』。

 煩悩を破る智恵の利剣の名を冠した日本刀は、魔法銀(ミスラル)を配合した粉末鋼とチタンのクラッドメタルを加工して生まれた。


 現代の技術と素材で創り出された、パレオゾイック・モンスターが現れなければ計画もされなかっただろう鬼子。

 だが、その出自ゆえか、刃紋は妖しく美しい。皮肉にも、切れ味を追求したところ、美しさまで備えてしまった。


「マキナ!」

「突撃開始します」


 長年――それこそ、生まれたときから――培ったコンビネーションに、言葉は要らない。ホバーバイクがその場で浮上し、弾丸を飲み込んだ粘液を越えて人類の敵へと肉薄する。


 タイプ:アイシュアイアも、長い爪を備えた足を振り上げ迎え撃つ。全長6メートルものモンスターだ。まともに食らえば、全身を覆うコンバットスーツを身につけた麻衣那(まいな)もただでは済まない。


 ――だが。


「《火炎剣ブレイジング・ウェポン》」


 移動しながら、麻衣那は魔法を発動させた。

 呪文書を必要としない即時発動の理術呪文を使用すると、クリカラの刀身が魔術の炎に包まれる。


 アイシュアイアの爪が触れる刹那――一閃。

 暗闇の中、子供が手持ち花火を振ったかのような軌跡が浮かび上がる。


 手応えなどない。ただ水に沈めるかのように刃がアイシュアイアの足に食い込み、そのまま斬り飛ばした。


 だが、これで終わりではない。ホバーバイクは機首を低くし、そのまま怪物の胴体へと潜り込んだ。


 サポートAiの操縦に合わせ、麻衣那は拡張された反射神経に身を委ねる。


「――いきます」


 半機械制御の肉体は疾走するホバーバイク上でもバランスを崩すことなく、頭上へと刃を振るった。


 一閃――では、終わらない。 


 彼女の肉体に埋め込まれた強化反射神経コンバット・リフレックスにより、一呼吸で三連斬スリーラウンドバーストが実現。


 クリカラの刃が古代生物の胴に食い込み、炎に包まれた利剣が猛威を振るう。


「オオオオオオオオオオオオンンンンンンンンッッッッッッッッ」


 イモムシ状の体を大きく反らし、断末魔の絶叫があがった。


 追加の連撃で胴を切り裂かれたタイプ:アイシュアイアは、その場で光の粒子に変わった。


 狩った。


 倒した。


 排除した。  


 けれど、代償を支払わずにとはいかない。


「がはっ……」

ご主人様(マスター)……」

「いつものことです。問題ありません」


 減速するホバーバイク。

 ハイウェイに血が混じった唾を吐き捨てながら、麻衣那は蒼白な相貌に無理やり笑顔を浮かべる。

 立っているのも苦しいらしく、ゆっくりとシートへ腰を下ろした。


 サイバーウェアやバイオウェアと理術呪文の相性は最悪と言っていい。原理は未だ不明だが、理術呪文の発動が著しく困難になるのだ。


 ゆえに、サイバーウェアを宿した魔術師(ウィザード)は、燃え尽きた(バーンナウト)存在だ。ゆえに、地球の魔術師(ウィザード)を束ねる賢哲会議(ダニシュメンド)では、生身(ウェット)が尊ばれる。


 呪文書なし(ブックレス)という蔑称も、どんなに実力があろうと麻衣那が三級止まりなのも、これが理由だ。


 それでも、麻衣那は揺らがない。


 結果を出しているからというのは、もちろんある。自らの戦闘スタイルに信念と誇りを持っている。


 しかし、それよりもなによりも。祖母は、「古い仲間と似た戦い方ね」と微笑んでくれた。


 だから、麻衣那は戦い続けることができるのだ。


「マキナ、目的地までの所要時間は」

「妨害がなければ、20分程度です」

「上出来よ、相棒(チューマ)


 先ほどよりはましな笑顔を浮かべ、麻衣那はゆっくりと目を閉じる。


「でも、少し休ませてちょうだい」 

「お任せを」


 ホバーバイクが闇夜を切り裂くようにハイウェイを駆け抜けていった。


 ただし、乗客を起こさないよう、できるだけ静かに優しく。




 

 麻衣那に課された任務。

 それは、突如として出現した魔力スポットの偵察だった。


 サポートAI――マキナが請け負ったとおり、きっかり20分後に到着した。同じ任務を帯びた同僚は他にもいたが、たどり着いたのは麻衣那一人だけだったようだ。


 後続が来るかどうかは、それこそ神のみぞ知る。


「ここが……」


 入り口でホバーバイクから降り立った麻衣那が、周囲を見回す。


 適度に植えられた樹木。

 休憩用のベンチ。

 等間隔に設置された街灯。

 シンボルとなるよう設計されたのであろう噴水。


 なんの変哲もない公園にしか見えない。

 いくらサイバーアイで観察をしても、結論は同じ。 


 だからこそ、異常だ。


 このパレオゾイック・モンスターが徘徊する現代に、こんな場所が存在しているだけで奇跡。

 時代に取り残されたかのようなエアポケット。


「結界が張られていたのではないかという調査部の推測も、あながち間違いではないかもしれません」

「予断は排除したいところですが……」


 マキナの言葉が正しいだろうことを、麻衣那も認めていた。


 では、なぜ結界が突然解けたのか。そもそも、ここになにがあるのか。


「まずは、あの噴水を目指しましょうか」


 自動巡航(オートクルーズ)で傍らを進むホバーバイクとともに、麻衣那は公園の中央へと移動を開始する。足取りはしっかりとしており、戦闘の後遺症は感じられない。


ご主人様(マスター)、念のために用心を」

「分かっています」


 片手に握った日本刀――クリカラを軽く上げて、麻衣那はマキナに応えた。


 ほどなくして、噴水に到着する。

 だが、何の異常も確認できない。サイバーアイの暗視機能や赤外線視覚にも反応はなかった。ただの噴水だ。誰もみていない深夜に動いていることが異常と言えば異常かもしれないが……。


「《魔力感知(センス・マジック)》でなにか分かるでしょうか……」


 しばし噴水を眺めた麻衣那が、気を取り直すかのようにホバーバイクへと手を伸ばす。普段はあまり使用しないためしまい込んでいた呪文書を取り出そうとし――


「いつからいたの!?」

「不明です」


 ――いつの間にか取り囲まれていることに、気づいた。


 杖を突いた老人がいた。

 ランドセルを背負った子供がいた。

 スーツを着た中年の男がいた。

 腰の曲がった老婆がいた。

 派手な服装をした日に焼けた若い女がいた。


 そして、その表情には根本的に精気が欠けていた。


賢哲会議(ダニシュメンド)の第三級戦闘魔術師秦野(はたの)麻衣那(まいな)です。この場所は賢哲会議の管理下に――」

「――幽体(エーテル)化の兆候を確認しました」

「くっ……」


 予想していなかったと言えば嘘になるが、実現してはほしくなかった。

 麻衣那がクリカラを構えると同時に、周囲を取り囲んでいた人々が変態し始める。


 体の輪郭がぼやけ、ねじれ、回り、老若男女の区別なく姿を変えていく。


 タイプ:ハルキゲニア。

 カンブリア紀の生物では最も知名度の高い生物のひとつ。

 細く長い体の下部に七対の足。上部には長いスパイク状の棘を持つ。腐肉食らいだったとされているが、パレオゾイック・モンスターとなって現界した今は、生者であろうと貪り食らう。


 タイプ:シャンガンギア。

 円筒形の体に十数本の触手が並ぶイソギンチャクによく似た生物。

 パレオゾイック・モンスターとなった今では、空中を自由に浮遊しその触手で餌を捕食する。


 タイプ:ケリグマケラ。

 尻尾は二対あり、他に獲物を捕獲するための触手と鰭を持つ。目は存在しない。鰭には歩行する機能もあり、海底を歩いていたものと思われる。

 本来は水生生物だが、パレオゾイック・モンスターとなった今、そのような区別に意味はない。


 異界からの侵略者であるパレオゾイック・モンスターは、人間に憑依することでその生息範囲を世界中に広げた。

 人間社会に隠れ潜み、独自のコロニーを生みだし、その手段は不明だが数をさらに増やしているのだ。町ひとつ乗っ取られ、熾烈な戦闘の末壊滅した例は百では利かない。


「撤退を推奨します」

「逃がしてくれるのなら、是非そうしたいところですね」


 パレオゾイック・モンスターに囲まれている現状。祖母譲りの端正な顔立ちが、皮肉な微笑に歪む。 

 包囲を破って脱出するか。持久をして応援を待つか。取れる選択肢は限られ、実現できる可能性はさらに限定的。


 あまりにも分の悪い賭けを強いられ、麻衣那が自暴自棄になりかけたそのとき。


「目覚めた途端にこれか。ラーシアから、『日頃の行いのおかげだね!』なんて言われそうだな」

「……え?」


 脈絡もなく、背後から声が発せられた。いきなり現れた気配に、麻衣那は動揺を隠せない。


「《時間停止(クロノス・アイズ)》」


 しかも、声の主が誰なのか確認する暇もなく、理術呪文が行使された。


 それを感じた瞬間、麻衣那の意識は途絶える。


 次に彼女が目にしたのは、劫火によって焼き滅ぼされたパレオゾイック・モンスターたちの姿だった。


「いったい、なにが……」


 いや、分かってはいる。声の主が駆逐したのだ。文字通り一瞬で。


「あなたは……」


 麻衣那は、恐る恐る振り返る。

 噴水を背にして、白いローブを身にまとい、呪文書を手にした黒髪の少年がいた。 


「これはお久しぶりです、教授(プロフェッサー)

「……驚いた、マキナか」


 サポートAIである立体映像(ホログラム)の二次元美少女――矛盾を感じるが他に表現のしようがない――が、麻衣那よりも先に親しげに語りかけた。


「はい。ただし、オリジナルから枝分かれしたコピーのコピーのそのまたコピーに過ぎませんが」

「同一性の問題? そういう意味なら、俺もオリジナルから枝分かれした存在――分霊体(ブランチ)に過ぎないけどな」


 白いローブを身に纏った少年が、自嘲気味に肩をすくめた。

 嘆いているのか。それとも、反対にこの状況を楽しんでいるのか。麻衣那には、どちらとも判別できなかった。


 それに、確かめることもできない。


 事態は、彼女を置き去りにして進む。


「奇偶よの、婿殿」

「奇偶? 狙ってただろ、この展開」


 またしても、突如として現れた赤毛の美女。

 その身を包む漆黒のドレスは、彼女の白い肌を包み込む褥のようだ。煌びやかな王冠が載った、業火のように深い赤毛とのコントラストも美しい。


 妖艶で淫靡。

 淫猥で高貴。


 見る者を蕩けさせ、骨抜きにし、自ら服従を乞いたくなる。


 それは、そんな女だった。


 にもかかわらず、ローブの少年は平然としている。


「物事が狙った通り進むのであれば、こんなところで再会することもなかったはずではあるがの」

「……まったくだ」

 

 憎しみ合っているかのような。それでいて、親しみを感じる言葉の応酬。


女帝(エンプレス)……」


 パレオゾイック・モンスターをこの世に呼び込んだ元凶。世界を混沌の渦にたたき込んだ、赤毛の女。

 公的には存在が認められず、世界の裏側でのみ語られてきた悪の女帝。


 なぜ、彼女がここにいるのか。

 なぜ、助けてくれた少年と言葉を交わしているのか。


 麻衣那は、なにひとつとして理解できなかった。


「とまれ、婿殿との再会は実に喜ばしきことよ。絶滅存在の嘆きを現世に呼び込んだ甲斐があるというもの」

「なにかやると思って、分霊体(ブランチ)を残したんだけど……かなり派手にやらかしてくれたみたいだな」

「無論。それが、妾なれば」

「ま、待ってください!」


 それでは……。

 それではまるで、女帝がローブの少年に会うため、パレオゾイック・モンスターを地球に解き放ったようではないか。


「そんなこと……」


 ありえない。常軌を逸している。


「ほう」


 ローブの少年しか見ていなかった女帝の視線が、不意に麻衣那へ向けられた。あまりにも淫猥で妖艶な佇まいに麻衣那は気圧され、一歩二歩と後退してしまう。


 そんな様子にひとかけらの関心も寄せず、しかし、女帝は言葉の爆弾を投下する。


「娘。どうやら、婿殿の裔のようであるな」

「それは、どういう……」

「しかし、あの忌まわしき聖堂騎士(パラディン)でも、盲目の聖女でも、白子の小娘の縁者でもないの」

「は……?」


 つまり、このローブの少年……いや、この男は自分の血縁者で。

 それでいて、三人もの女性にも手を出していたということなのか。


 ありえない結論。


 しかし、マキナがそれを側面から肯定する。


「もちろん、女騎士(ディム)……アカネ嬢の子孫でもありません」

「そこで口出しするのかよ」

「初代ご主人様(マスター)の意思とはいえ、思うところはあるのです。厳密には同一個体ではなくとも」

「ふふふふふ。結構。実に、結構」


 ローブの少年がなにか言うよりも先に、女帝が淫靡に笑った。


「では、婿殿。本格的な歓迎は後日といたそうか」

「俺は別に、この場で決着をつけても構わないけどな」

「それはあまりにも無粋ぞ」

「……分かってるさ」


 ローブの少年と女帝が、笑顔で視線をぶつけ合う。


 だが、それも長くは続かない。


 赤毛の女帝が乙女のように清純な微笑を浮かべると、薫風を残して姿がかき消えてしまった。


 残されたのは、麻衣那、マキナ。そして、未だ名も知れぬローブの少年。

 そのローブの少年が、少し困ったようにしながら麻衣那に語りかける。


「さて。済まないが、俺も事情を把握しているわけじゃない。この時代がどうなっているのか、いろいろと教えてほしいんだけどな」

「分かりました。殴らせてください」

「……甘んじて受け入れよう」

「おお。さすが、教授(プロフェッサー)


 深夜の公園に、鈍い衝撃音が響き渡った。





 西暦2070年。混迷と落日の時代。


 現代に古代が蘇り、大魔術師(アーク・メイジ)と半神が邂逅を果たした。


 世界は混沌の渦に巻き込まれ、燃え尽きた魔術師(ウィザード)は己が宿命に翻弄される。


 その行く末を知るものは、まだ誰もいない。

ヴェルガ様はいつも絶好調ですね。


というわけで、次の番外編は、なんとなくアルシア姐さんメインの話になるような気がします。

あと、月一で1万文字がいいのか5000文字ぐらいずつでも週一で更新したほうがいいのか、ちょっと考え中です。

なにか要望あったら感想などで教えてください。

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