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番外編その5 歩いてたら異世界にたどり着いちゃったので、新米冒険者の師匠になりました その6

「……ちょっと、今までの行動を検証しようか」

「あれれー? おかしくないなくなくない? なんか、新米冒険者をどうやって育てるかっていうありがたい講演のはずが、ボクの査問会になりつつあるんだけど?」

「誰のせいだ、誰の」


 異世界『竜鉄の世界』(アル・ティエラ)の主神ティエルが、ラーシアを招き若い冒険者を指導させたのかもしれない。

 その可能性に行き当たったユウトは、必死に今までの話を思い返そうとしていた。


「……いえ、センパイ」


 その前に、人差し指で顎のラインをなぞりながら真名が否定する。


「今のところは、そこまでの問題はなかったのではないでしょうか。今のところは」

「むしろ、ラーシアにしては、おとなしい。子供なのに」

「ボクは歴とした成人男性だよ!」

「そうだ……な」


 出会い頭にクルトとセシルを助けたのは、いい判断だった。

 その後、ドラゴンを撃ち落としたのも、まあ、そこまでの問題でもないはずだ。冒険者であれば、単なる日常の一ページに過ぎない。今は違っていても、いずれ、そうなる。


 その後の、魔草集めに関しても、自主性を重んじつつきちんと成功に導いていた。合格点と言ってもいいだろう。


「……あれ? ラーシア、まともじゃないか? なぜだ? どういうことなんだ?」

「たぶんですが、『竜鉄の世界』(アル・ティエラ)のいろいろが珍しくて、遊び心を発揮する必要がなかったのでは?」

「そうなると、問題はこの後か……」


 ユウトと真名。地球生まれの魔術師(ウィザード)たちが、射抜くような視線を草原の種族(マグナー)へ向ける。


 しかし、その程度で怯むような生物ではない。あっさりと無視して、ラーシアは自慢気に笑った。


「でもさー。指導者ってことなら、ヴァルやエグよりましだって自信はあるよ。もちろん、ユウトよりもね!」

「なんで、俺たちの誰かって話になってるんだ。別に、他でも構わないだろ」

「あ、それはそうだね」


 そう。わざわざ、ラーシアを選んだ理由はなんだったのか。

 ラーシアでなくてはならなかったのか。

 それとも、単に暇そうだったから選んだのか……。


 案外、ありそうな気がする。


「考えても、分からないな」

「そうだよ、分かんないなら考えなければ良いんだ。それに、終わった話だしさ」


 そう、もう一年も前の話なのだ。やり直せないし、結果を覆しもできない。

 だから、恐る恐る聞くしかなかった。


「……ちなみに、最後はどうなったんだ?」

「生きてると思うよ……たぶん」

「たぶんって、どういうことだよ。というか、なんでいきなり生き死にの話なんだよ。聞きたいのは、立派に成長したとか、そういう話なんだよ」

「えー。オチを先に言うわけないじゃん」


 ユウトとしては、もうそういう段階ではない。

 ないのだが、草原の種族(マグナー)に。特に、ラーシアに無理強いなど通じないこともよく分かっていた。


 数々の実体験から。


「分かったよ。それで、ブラウだっけ? 村に着いてから、どうしたんだよ」

「宿はないからさ。代わりに、公民館みたいなところに泊まったんだけど……」

「それで?」

「次の日に、そこでキャリアプランに関する面談をしたのさ」

「キャリアプランに関する面談」


 いろいろと罪悪感を抱きながら、ユウトはラーシアの話に耳を傾けた。





「それじゃ、セシルのキャリアプランを教えてもらおうか」


 公民館は、村民の集会所であり有事の際には避難場所にもなる。石造りで、しっかりとした。しかし、実用一辺倒の建物。

 そして、平時は外からの客を迎え入れる宿泊所にもなる。北の辺境では、どの村にもある施設だった。


 ラーシアとセシルがいるのは、その一室。装飾などなにもなく、調度も最低限。見るからに寒々しい粗末な部屋だが、ラーシアが冷遇されていることは意味しない。

 むしろ、一応ではあるが、木が床や壁に張られている辺り、グレードは高い。実際、借りる際に出した宝石――銀貨や銅貨が通用するとは思えなかったので――が良かったのか、案内されたのは最高級の部屋だ。


 その粗末な一室の、やはり粗末なテーブルで、ラーシアはセシルと向かい合っていた。座っていても見下ろされる状態になるのは、種族の違いだから仕方がない。


「ううん? きゃりあ……ぷらん……?」


 小首を傾げると、ポニーテールにした赤い髪が揺れた。


 かわいらしい。


 クルトが密かな恋心を抱くのも分からないではない。

 だが、ラーシアにとっては、ペットの動物が愛らしい仕草をしているようなもの。草原の種族(マグナー)の好みからすると、大きすぎるし手足も長すぎる。


 そこは、エリザーベトがいても、変わらなかった。あんまり言うとエリザーベトだけが特別みたいに思われるので、絶対に口にしないが。


「あっ、きゃりあぷらんってあれよね。煮込んだら美味しいのよね!」

「違うからね。むしろ、煮込んで美味しくならない食材って問題があるんじゃないかな!」


 もの凄くべたな反応に内心喜びつつ、ラーシアは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。こうしたほうが、なんだか師匠っぽいから。


「簡単に言うと、将来の目標を聞きたいんだよ。それを参考に指導方針を決めるからね」

「もう、それならそうと言ってくれればいいのに。おししょーさん、ったら」


 ラーシアの噛み砕いた説明に、仕方ないんだからと、セシルは朗らかに笑った。

 シームレスに責任転嫁されている。


(これが天然の力かぁ)


 と、ユウトが聞いたら肩を落としそうな感想を抱きつつ、ラーシアは続きを待った。 


「魔法の武器を買って、もっと強くなりたいわ!」

「近すぎるよ、それ」

「えー?」

「でも、ついでだから確認しておこう。やっぱり、弓よりも剣のほうがいいの?」

「うん。ほとんどの職能(パワー)は剣でも弓でも使えるけど、直接攻撃するほうが好きなのよ。それに、わたしが前に立てば、クルトも怪我しないの」

「なるほどね。ま、ボクは弓も剣も使えるから、安心しなよ」


 ところで……と、ラーシアが話を戻す。


「要するにあれだ、5年後、10年後にどんな人になっていたいかってことだよ」


 脇道に逸れたが、やっと本題に入った。


「う~ん……?」


 しかし、5年や10年という期間は想像の外だったのか。

 セシルが腕を組んで考え込む。


 答えを急かさず――実際、今日は休養日なのでやることもない――ラーシアはセシルを見上げる。


 しばらくすると、セシルが腕を組んだ格好のまま、振り子のように大きく左右に揺れ始めた。ポニーテールにした赤い髪がうねるように波打つ。


 どうみても遊んでいるようにしか見えないが、セシルなりに真剣だった。


 それが分かっているので、ラーシアも、なにも言わない。


 釣れないからと、魚に文句を言うバカはいない。


 その辛抱が奏功し、五分ほどでセシルの揺れがぴたりと止まる。


「よく分かんないけど……クルトと一緒に冒険者やってると思うの」

「クルトと? 二人で?」


 ヒット!


 心の中で快哉を叫びながら、渋い表情を浮かべるという器用なことをやりながら、ラーシアは言葉を続ける。


「だって、こんな辺境の村じゃ、そうそう宿星者(フェイトスピナー)なんていないのよ? お師匠は宿星者(フェイトスピナー)じゃなくても強いけど、そんなの普通じゃないもの」

「ずっと、この村にいるつもりなんだ?」

「お師匠、それはクルト次第だわ。クルトがそっちのほうがいいって言うなら、都に行ったほうがいいのよ」

「信用してるんだね、クルトを」

「わたしには、クルトしかいないもの」

「ふ~ん、都か。どこだか知らないけど、冒険者も多そうだね。クルトは、そこで仲間を増やすつもりなのかもね」

「……え?」


 にこにこと。

 常に笑顔を絶やさないセシルの表情が固まった。


「それは……。なんか、ヤなの」


 少しだけ泣きそうになりながら、セシルがぷいっと顔を背ける。

 たぶん、理由は本人にも分かっていないのだろう。


 ただ、本人は無自覚なのだろうが、実力差とは別に依存しているのはセシルのほうだったのだ。


「まあ、そういうことなら、その方向で考えるけど……結局は、クルトがどう思うかだからね」

「……え?」


 なにを言われたのか分からない。

 そんな表情で、セシルがラーシアを見下ろす。


 いつもの快活さなど、どこにも存在しない。ガラス玉のように透明で、なんの感情も存在しない瞳で。


 ただ、ラーシアを見つめていた。


「セシルの希望は分かったけど、クルトは仲間増やしたほうがいいって思ってるかもしれないし、もしかしたら別のパーティに――」

「……ヤダ」


 それはぞっとするほど冷たく低い声だった。


 しかし、それは決壊前の一段目の底でしかなかった。


「ヤダモン」


 セシルの大きな瞳が潤み、限界に達してぽろぽろと涙が流れ出す。


(罠を作動させちゃった! 盗賊(ローグ)なのに!)


 ラーシアが現実逃避するものの、セシルの涙は止まらない。彼女自身、泣くつもりはなかったのだろう。驚きの表情を浮かべ、目を擦っても止めどなく溢れていた。


 なんとかしなくては。


 その義務感に突き動かされ、ラーシアは考えるよりも先に言葉を紡いでいく。


「そ、そうだね。じゃあ、このあとクルトにその辺のことを聞いておくよ。変なことを言い出したら説得するしさ。それじゃあ、クルトを呼びに行ってきてくれるかな?」


 早口で言い切ると、セシルが無言でこくりとうなずいた。

 そのまま、公民館を出ていく。


「あ……。どんな職能(パワー)が使えるのか、確認するの忘れてた」


 まあ、このあとクルトに確認すればいいか。


 失敗したなぁと、ラーシアは天を仰ぐ。


 実に寒々しく、寒々しい天井だった。





「先生、なんかセシルの様子が変だったんですけど……。なにか、あったんですか?」

「早速だけど、クルト」


 一〇分もせずにやってきた弟子二号へ、粗末な木製の椅子に腰掛けたまま問いかける。


「セシルの一生を背負う覚悟はある?」

「……あります」


 ここは逃げてはいけない場面だと悟ったのだろう。

 戸惑いながらも、はっきりとした口調で言い切った。


「もちろん、セシィが望むならですけど」


 その直後に少しだけ日和ったが、それでも合格点だ。


「ならば良し!」


 満面の笑みを浮かべ、ラーシアはクルトを椅子へと誘った。


「セシル……彼女は、主役だよ。それも、相当なね」


 まだ未熟だが、その潜在能力はラーシアも認めざるを得ない。

 単なる、将来の英雄というだけではない。英雄譚(サーガ)の主人公になれる素質すらある。

 しかし、強い輝きは周囲を照らし出すが、強すぎる輝きは周囲や自分を燃やし尽くしてしまう。多くの主人公が迎えた、悲劇的結末のように。


 ヴァルトルーデは前者だが、セシルは後者のタイプだ。


 実力があるだけに、空気が読めない。空気が読めないのはヴァルトルーデも同じなのだが、神に仕えているからか、内省的な部分がある。


 一方、セシルにはそれがない。どこまでも純真で、振り返ることをしない。いや、思いつきもしないのか。


 確認はしたものの、仲間を増やしても上手くいく可能性は低いと思っていた。クルト以外と組んでも、相手が余程の聖人君子でない限りは、不協和音を奏でるだけだったろう。

 

 もちろん、本人が希望すれば、その方向で指導するつもりではあったが……。


「僕も、そう思います。だから、僕は……」

「とりあえず、クルトは自分のことを卑下するのを止めることからだね。壁を作る? いいじゃないか。最高だよ。キミは、戦闘を制御する者――戦場の支配者になれるよ」


 それは、慰めでも、軽薄なお世辞でもない。

 ポテンシャルで言えば、クルトだって負けていないとラーシアは本当に思っている。


「戦場の……支配者……」


 その気持ちが伝わったのだろう。クルトが、粗末な木製の椅子の上で背筋を正す。


「でも、そのためには、キミがかなり頑張らなくちゃならない。モンスターの知識を蓄えて、適切に作戦を立てて、臨機応変に立ち回り、的確にセシルをサポートするんだ。できる?」

「やります」

「Good!」


 即答したクルトに、ラーシアは快哉を叫ぶ。


 これでもう、なにを遠慮する必要もなくなった。


「ところで、クルト」

「なんですか、先生?」

「クルトは将来的に別のパーティへ入るつもりかもしれないねって言ったら、セシルが泣いちゃった」


 てへっと可愛らしく舌を出すラーシア。

 それは無邪気で屈託のない……ユウトがいたら、水をぶっかけていただろう笑顔だった。


「ええええ! なんてこと言うんです!?」

「でも、ちょっと考えてたでしょ?」

「そんなこと……」

「そんなこと?」

「……あります」


 クルトは、自分がセシルの邪魔になるだろうという劣等感を抱き続けていた。もっと言えば、寄生しているという自覚すらある。


 だが、ラーシアはそれを快刀乱麻に断ち切った。


「その考えも、ゴミ箱に捨てようか。セシルはね、クルト。キミ以外には、制御できないよ。もう、そういう風に育ってしまった。矯正は、不可能じゃないだろうけど……難しいよ?」


 たぶん、それはユウトの領分になる。絶対に、やりたがらないだろうが。


「それはさすがに大げさなんじゃ……」

「なに言ってんのさ? 普通、自分から離れていくからって泣かないよ? しかも、無自覚に。そんな認識だと、刺されるよ? えぐられるよ?」

「えええ……?」


 その点に関しては、まだ半信半疑のようだ。


 まあ、急に信じられるものじゃないだろうし、曖昧にしておいたほうが楽しめそうだ。


 そう判断したラーシアは、話を真面目な方向に修正する。


「それで、クルトの壁系の呪文……じゃなくて、あれは職能(パワー)になるのかな?」

「そうなりますね」

「どんな職能(パワー)があるの」

「今のところは、砂の壁――《ウォール・オブ・サンド》と、《ウォール・オブ・フレイム》。あと、初級の職能(パワー)で、《クリエイト・フェンス》ぐらいです」


 なるほどと、ラーシアはうなずいた。


 それは、クルトが劣等感を抱くのも分かるという意味だったし、《ウォール・オブ・フレイム》ばかり使いたがるのも理解できるということでもあった。


 ただ、それもすぐに修正できる。


「それ、どれくらい持続するの?」

「集中する時間によって変わります。すぐに出そうと思ったら、ほんとにすぐ消えちゃいます。ある程度集中すれば、戦闘している間は保つかな? 戦闘中じゃなく、何分か精神集中できるなら、消えることはないです」

「なるほど……」


 思った以上に使い勝手は良さそうだ。

 クルト本人は“はずれ”と思っているようだが、そんなことはない。


 いくらでも、有効な使い道が思い浮かぶ。


 ラーシアは思わず、ほくそ笑んでしまった。


(おっと、いけない。これじゃ、ユウトになっちゃうよ)


 頭を振って邪念を振り払い、最後の確認に取りかかる。


「ところで、ボクの友達の大魔術師(アーク・メイジ)超能力者(サイオン)は、壁の呪文を応用して、橋を架けたり、箱状にして閉じ込めたりもできるんだけど――」


 ――クルトも、そんなことできない?


 と、最後まで言うことはできなかった。


 クルトの瞳から光が消える。まるで、つい先ほどのリフレインだ。


(なんなの!? この似たもの夫婦!?)


 戦慄するラーシア。


「先生」


 その声は低く冷たく。表情は真剣で、少し怒っているように見えた。


 あの温厚で、ややもすれば気弱そうなクルトがだ。


「それは、壁じゃありません」

「うん。そだね……。ごめん……」


 また、罠を作動させてしまった盗賊(ローグ)がそこにいた。

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