番外編その5 歩いてたら異世界にたどり着いちゃったので、新米冒険者の師匠になりました その5
遅くなりましたが、続きです。
クルトとセシル。
ラーシアが異世界で弟子にした少年少女が住む村へは、『巨人の道』に出てから、だいたい四時間程度で到着するという。
もちろん、そこには「何事もなければ」という但し書きがつく。ラーシアも、それは分かっていた。
紫毒海月の万能触媒の回収と魔草の採取を終えてから、一時間ほど源素の混沌に侵蝕されつつある森を進み……実際に『巨人の道』に出たところで、ラーシアは疑問の声をあげることとなった。
「なにこれが『巨人の道』? 街道? こんなところに?」
その第一印象は、ラーシアならずとも誰もが抱くものだろう。
鬱蒼とした森の間を縫うかのように、道が走っていた。ユウトがこの場にいたら、「片側二車線の道路ぐらいあるな」と、道幅を表現していたかもしれない。
この道を作ったという始祖巨人族がどのくらいの大きさかは知らないが、確かに、巨人でも悠々とすれ違うことができそうだ。
しかし、まるで無理やり切り貼りをしたかのようで、道を作った大変さを慮るよりも、不自然さが先に立つ。その唐突さは、暗い空を貫く雷のようだった。
さらに違和感を憶えるのは、道のようでありながら、石畳などで舗装されてもおらず、轍の跡も存在していないことだろう。
代わりにあるのは、苔むしたレンズのような物体。一抱えほどもあるそれが数メートル置きで横にいくつか並び、それを一セットとして等間隔で設置されていた。
5~6メートルほど進む度に、件のレンズのような物体に行き当たることとなる。歩く分には支障はないし、馬車がすれ違うことも可能なはず。
通行に支障はないが、同時に、なんのために存在しているのかも分からない。
「まさか、車線を区切ってるわけじゃないだろうしねぇ」
そう口にしながら、ラーシアは無限貯蔵のバッグから、《魔法感知》の魔法の短杖を取り出した。
横で、黒髪の壁使い――クルトが驚いているのにも、気付かない。
「《魔法感知》」
ラーシアはそのまま呪文を発動させ、地面に突き出た苔むしたレンズを観察する。情報が、草原の種族の脳内に直接流れ込んでくる。
レンズからは、一様に魔力が感じられた。個々の差は特に存在しないようだが……既に肝心の機能は失われているのか、それがどんな力を持っているのかまでは判然としなかった。
「あー、もう。なんで、ユウトいないのさ。まったくもう」
現時点では魔法に関連したものだろうということしか言えない。詳しいところは、ユウトがいないと推測すらできなかった。
ラーシアとしては、無い物ねだりをしている自覚はあるが、理不尽なことを言っているつもりはなかった。
そもそも、ユウトが、女帝に求婚されてヴァルトルーデたちから逃げ出したときは、自分もついていったのだ。
逆に、自分が悩んだときにはユウトを連行する権利があったのではないか。いや、あったのだ。それを忘れるとは、なんたる不覚。
旅に出た原因を器用に忘れつつ、ラーシアはユウトに責任を転嫁する。
「ま、仕方ないか。それで、クルト。こいつはなんなの?」
「ええー? ししょー、わたしは? わたしには聞いてくれないの?」
「それこそ、ええー? なんだけど? セシルに分かるの?」
「もちろん。これは、魔除け石なのよ!」
どうだ! と、指をびしっと突きつけて、満面の笑顔で得意そうに言うセシル。ポニーテールにした赤い髪が舞い、美しい軌跡を描く。
魔除け……モンスターを立ち寄らせないようにしてるということだろうか?
――ファルヴのように。
しかし、《悪相排斥の防壁》には触媒として銀粉が必要で、ユウトですらファルヴの街以外を覆うのは躊躇していたほどだ。
それと同じようなことを、街道全体に仕掛けられるとは思えない。
いや、可能かどうかではなく、一番の問題は……。
「んんん~? そんなに強い魔力は感じなかったけどなぁ」
「省エネね!」
「超ポジティブだなぁ」
草原の種族が言うのだから、相当なものだろう。
だが、事実とは異なるようだ。
「魔除けっていうのは、なんというか、そう言われてるってだけだよ。都にいる智慧の宿星者たちの間でも、定説はなかったはず」
「そーだったの?」
「そうだよ」
衝撃から立ち直ったクルトが、セシルに教える形でラーシアにも伝える。
「だって、この道歩いてれば、あんまりモンスター寄ってこないじゃない」
「それは、森の中や荒野よりはましな環境ってだけでしょ。……それよりも、先生」
「なんだい?」
「さっきの短杖は……」
「ん? 単なる、《魔法感知》の魔法の短杖だけど?」
「やっぱり……。すごい貴重品ですよ……。それを惜しげもなく……」
「貴重? これが?」
視点をどこに置くかで違ってはくるだろうが、《魔法感知》の魔法の短杖など、所詮、金貨にして750枚程度。
ユウトに頼めば、翌日には作ってくれる。そんなレベルの品でしかない。
「ええ。始祖巨人族や旧帝国の遺跡とかでは、たまに発見されるらしいですけど……」
「作れないの?」
「ええっ!? 作れるんですか?」
ベクトルは違うが、驚きで顔を見合わせる師弟。師が見下ろされる格好になっているのは、種族上、やむを得ないことだ。
「難しいことは分かんないけど、ボクの魔法具は、あんまり出さないほうが良さそうだねぇ」
「そうしていただけると、是非」
臭いものに蓋をするかのよう対応だが、クルトの手には余る。
ラーシアにしても、これ以上の面倒事はごめんだ。《魔法感知》でこれなのだ。愛用している《理力の弾丸》の魔法の短杖――しかも、魔法具のクリップで三連装になっている――を取り出したら、どうなることか。
というか、別にその辺の経緯なんかどうでもいいし、ぶっちゃけめんどくさい。
利害の一致した二人はうなずき合い、なにも考えていない表情のセシルを置いて『巨人の道』を南下していった。
クルトとセシルの村までは、四時間ほど。
それは間違っていなかったが、あくまでも、宿星者の身体能力を前提として計算されたものだったようだ。
連星であるセシルは余裕で先頭を歩いているが、単星のクルトは――愚者の宿星ということもあり――いっぱいいっぱい。
ラーシアも、どうしても歩幅が短いため、余裕というわけにはいかなかった。
いや……そもそもと、ラーシアは思う。
「これ、歩いて移動するほうが間違いだよね」
――と。
森の中で感じたような気味の悪さや、淀んだ空気はない。
しかし、やはり、源素の混沌が影響しているのだろう。『巨人の道』を歩いているだけでも、どことなく違和感があった。
不調というほどでもないし、行動に支障が出るほどでもない。
環境も悪いとは言えない。
森の切れ間から見える空は青く、浮かぶ雲も白い。太陽は、燦々とまではいかないが、ブルーワーズと変わらず輝いている。
だが……それが重なると、左右反転した絵を見せられていようで、途端に不気味になる。
「先のことは分かんないけど、この『巨人の道』沿いなら馬車とか使っても問題なくない?」
そんな気分を振り払おうとするかのように、ラーシアは明るく声を張り上げた。
「確かに、村までの道も馬車が通れないところはないですけど……」
「わたしたちが森とかに入ってる間、お馬さんが襲われたら大変なのよ?」
「そんなん、クルトが壁張って守ればいいじゃん」
「それよっ!」
先頭を歩いていたセシルが振り返り、ポニーテールにした赤髪を振り回して言った。もの凄くいいことがあったと言わんばかりの満面の笑顔。表情豊かで、見ているだけで楽しい。
「なんで思いつかなかったのかしら」
「いや、思いついてたけど……。それより、馬車自体や馬の維持費、結構かかるよ?」
「それなら、歩いたほうがいいわね。歩くのは、ただだもの」
あっさりと前言を翻し、セシルはまたとことこと先行する。ただ、その後ろ姿は少しだけ寂しそうだった。
「確かに、運ぶのが万能触媒とか魔草だけなら馬は要らないんだろうけどさ」
まあ、かつての自分たちのように、銅貨数万枚を発見したため馬車でもなければ運びきれない……という状況でも発生しない限りは、必須とは言えない。
時間よりも金銭的なコストを優先するのも、ひとつの選択だ。
しかし、この移動時間は無駄と言えば無駄ではある。
「まあ、一番いいのは、空を飛んでいくことだけどさ」
「ししょー、わたしたちはただの人間だから空は飛べないのよ? ラプトランやフェアリーじゃないんだから」
「止めよう、セシル。歩いて異世界に来た師匠だよ、本当に飛んで移動できるかもしれない」
「ははははは。それはいくらなんでも心配性だよ」
飛べるのは、ユウトの理術呪文やヨナの超能力による支援のお陰。魔法具の空飛ぶ絨毯もあるが、今は持ってきていない……はずだ。
つまり、嘘じゃない。
しかし、《飛行》程度の呪文すら貴重になっているようだった。《瞬間移動》で移動しまくってたって話はしないほうがいいかなとラーシアは注意をする。
そうしてしばらく、モンスターの出ない『巨人の道』を進みながら身の上話に花を咲かせた。
クルトは孤児で、宿星者の刻印があったため、村全体で育てられたことを聞いた。今は、村長の家の一室を間借りしているそうだ。
セシルの両親は、刻印はおろか、武器もほとんど握ったことがないような農民で、連星の子供が生まれて、とても驚いたらしい。
村には、他に二人の宿星者がいるそうだ。
一人は、求道の宿星を持つ、ガルドという熊のような大男。
求道の宿星が司るのは、修行者、漂泊者。つまり、道を究めるもの、道を歩むもの。
「ボクの世界で言う、修道僧とか、吟遊詩人ってところか」
その二つを並べるのもどうかと思わなくもなかったが、クルトからの訂正はない。
「ボクが宿星者だったら、求道の宿星を与えられるに違いないね」
「そうですね、はい。それで、ガルドさんなんですが――」
求道の宿星者の例に漏れず、十年ほど前にふらっと現れ、以降、炭焼き小屋に棲み着いた。
ただ、己の鍛錬にしか興味がないようで、交流はほとんどない。村の住民というよりは近くに住む無口で偏屈な大男といったところのようだ。
それでも、村の近くにモンスターが現れれば、率先して狩ってくれるらしい。
「ガルドさんがいるお陰で、わたしたちは遠慮なく森に入れるのよ」
「そういう見方もあるか」
もう一人は、クラリッサという老婆。長年、村で唯一の薬師として働き続けた結果、つい数年前に産霊の宿星が発現したそうだ。
クルトとセシルへ魔草集めを依頼したのは、この老婆ということになる。
「へー。あとから、刻印が出てきたりするんだ」
「はい。僕も、いろんな知識を吸収して、いつか智慧の宿星の加護を得られればいいなと思っています」
それから、村の名前がブラウであるということも聞いた。
人口は、1000人ほど。ヴァルトルーデとアルシアの故郷であり、しばらく冒険の拠点にしていたオズリック村と同じぐらいの規模。
すべてが村に残るわけではないにせよ、この規模でも宿星者は四人しかおらず、全員が戦えるわけもない。それだけで、貴重さが分かるというものだ。
「このペースなら、オルスタンスさんがいるうちに、帰れそうね!」
「オルスタンスさん?」
村への道も、終盤に差し掛かりつつある。
今は、大河にかかる石造りの巨大な橋――かなりしっかりした作りだったが、例の苔むしたレンズはここにも設置されていた――を渡っているところだった。
人里に近づいている。つまり、源素の混沌から離れているからか、空気が軽くなったとでも言うか。気持ちも上向きになってきた。
「この周辺を専門に回っている行商の人です。僕らも、魔法具の売買なんかで、お世話になってます」
「クラゲたちの万能触媒もあるし、なんか使える魔法具が買えそうよね、クルト」
「セシィの武器を新調するまでは、貯めておくって決めたよね?」
「いやだわ、クルト。憶えてるに決まっているのよ。あはははは」
クルトとラーシアは、なにも言わない。
それは、武士の情けか。それとも、セシルが突然早足になってタイミングを失ったからか。
そのまま黙々と歩き続け、途中、ペースは多少落ちたものの、一度も休憩を取ることなく歩き続けた。
「先生、あの丘を越えたら、もう村ですよ」
「なんとか、日が昇ってるうちに着けたねぇ」
「もう、ほとんど落ちかけてますけど……」
夕陽が照らす自然の風景は、どことなく厳かに感じられた。
その厳粛な雰囲気を、先に丘の頂上へたどり着いたセシルが斬り裂く。
「あ、ししょー! あそこが、わたしたちのブラウ村よ」
少し早足になって丘を登るラーシア。クルトは、即座に脱落した。
ラーシアは、セシルの横に並んで村を見下ろし……草原の種族にはあるまじき、達観した表情を浮かべる。
「へえ……。村は普通……じゃなかった! やっぱりね!」
もう、なにからなにまで青き盟約の世界とは異なっている。それが、段々楽しくなってきたラーシアだった。
むしろ、普通だったら落胆していたかもしれない。
ラーシアが普通ではないと断じた点は、ふたつあった。
ひとつは、村をぐるっと。それも、二重三重に取り囲んでいる木の柵だ。高さは、ラーシアの身長ほど。家畜などの逃亡防止――ではない。
明らかに、外敵に対する備えだった。
ただ、これはまだいい。聞いていた規模の村にしては珍しいが、犯人の心当たりはある。
問題は、村の中心と思しき場所に浮かんでいる正八面体の石だ。
一瞬、ファルヴの地下に存在したオベリスクかと思ったが、違う。あんなに禍々しい物ではない。
では、一体なんだというのか。この距離でもはっきり見えるぐらいだから、かなり巨大な石のはず。それが浮かんでいる光景に、ある種の不思議な感動すら憶える。
異文化との遭遇に、ラーシアはユウトと二人で訪れた東の国リ・クトゥアを思い出していた。エグザイルと訪れた『忘却の大地』ではないのは、思い出の美しさの差だろうか……。
「やっぱり……。はぁはぁ……要石は珍しいんですね……」
「やっぱりっていうか、初めて見たけどね」
「そうなの? 源素の混沌を、ここで食い止める要石なのよ!」
名誉挽回だとばかりに、セシルが知る限りの知識を伝えた。
「へぇ。そんなのが、なんで村の中心にあるの?」
「なんでって、決まってるのよ。……昔から、そう決まってるのよ!」
「あー。あれは、人々が持つ精神波を動力にして、源素の混沌の侵蝕を防ぐんです。他の村にもあって、連結して防衛線を築いてます」
「のよ!」
「ははぁ……」
誰が考えたか知らないが、よくできたシステムだと、ラーシアは素直に感心する。
話を聞く限り、生命力を吸っているというわけではないのだろう。恐らく、ヨナが超能力を使用する際に使用する精神力が動力源なのだろう。
ならば、過剰に吸われない限り支障はない。ヨナであれば、吸収されるのを嫌って要石を爆破したかもしれないが。
危ないところだった。
問題はあくまでも、防ぐのが源素の混沌である点か。モンスターや、同じ人間の襲撃には無力だろう。
つまり、危険な場所に人の集落を作らねば、源素の混沌を防げない状況なのだ。
それに気付いたラーシアがむすっとすると、ようやく息が整ったクルトが気遣わしげに口を開く。
「危険はありますけど、その分、恩恵もありますから」
「ま、よそ者のボクが口を出す問題じゃないけどね」
それで機嫌を直したラーシアが、改めて宣言する。
「それじゃ、オルスタンスさんという人に会うためもうひと頑張りしようか」
「いつもなら、広場の要石の側で店を開いているのよ!」
「えー。よりによって、そこー?」
直後に叩き落とされたが、そこはラーシアだ。即座に気を取り直して、弟子二人とともに広場へと急ぐ。
最後には全力疾走までして……。結果として、ぎりぎりで間に合った。
「あら。二人とも、帰ってきたのね」
ラーシアたちが広場へ駆け込んだのと、全身を覆う喪服に濃いヴェールをかぶった女性が馬車に乗り込もうとしていたのは、ほぼ同時だった。
想像とはだいぶ違うが、彼女が行商人オルスタンスなのだろう。
声を聞いても、年齢は分からない。わずかに覗く手や首筋だけ見れば、肌は艶やかで若々しく見える。しかし、その所作や雰囲気は成熟した女を思わせる。
店仕舞いをしたところだったのか、周囲に商品は見えなかった。
「大丈夫よ。アルバやシディルを巡って……そうね、三日後には、もう一度ブラウへ戻ってくるわ」
セシルが口を開きかけたところで、オルスタンスが先回りをして告げた。
ヴェール越しなのではっきりとは分からないが、声音からは笑顔が思い浮かんだ。
「せっかくだから、これを渡しておくわね」
いつ、どこから取り出したのか。
オルスタンスの手には、革で装丁された立派な本があった。
(無限貯蔵のバッグ……? いやでも、ボクが知らないなにかって可能性もあるか)
警戒するラーシアを余所に、セシルがその本を受け取る。
「やった、魔法具大百科! ししょー、ししょー。これ、見てるだけで楽しいのよ!」
「なるほど。カタログで商品を選ばせて、注文を受けた商品を仕入れてくるわけだ」
「仕入れる?」
ラーシアの妥当としか思えない指摘に、喪服の女は可愛らしく小首を傾げた。
「こう見えて、私も産霊の宿星と智慧の宿星の双星ですから。小一時間ほどあれば、儀式で作り上げてみせますわ」
「ひゅー」
こいつは驚いたと、ラーシアがへたくそな口笛を吹く。これは、掛け値なしの反応だ。
「では、三日後に」
けれど、そんなラーシアの反応は一顧だにせず、オルスタンスは馬車に乗り込んだ。
同時に、馬車につながった四頭の馬が、そろっていななき声を上げる。
黒檀を削り出したかのような、漆黒の青毛の馬。
筋肉質で立派な体躯をした駿馬に引かれ、喪服と同じ漆黒の馬車が走り去っていった。
「まったく、そうそうユウトには喋れないね、これ」
それを見届けたラーシアは、やれやれと肩をすくめ、遥か離れた土地にいる友のことを思った。
「大人は嘘を吐くのではありません。ただ、おもしろおかしくしようと話を盛るだけなのです」
「……いきなり言い訳かよ」
ラーシアが話を一段落させた直後、予防線を張ってきた。
「いやぁ、ツッコミ入れられる前に、責任を回避しておこうかと思ってさ」
「それは、ラーシアらしからぬ慎重さだな」
「ボクは、いろいろ考えてるよ! ヴァルやエグと一緒にしないでほしいね! ヴァルや! エグと!」
「ああ、うん。それは悪かった……」
その二人を引き合いに出されては、なにも言えない。夫として、親友として、反論したいという気持ちはあるものの、嘘は吐けなかった。
「しかし、今聞いた感じからすると、どんな魔法具も一日で作成できるみたいだな」
「先にネタばらしするけど、マジでそんな感じだよ」
「話を盛るんじゃなかったのかよ。むしろ、盛ってくれよ」
ユウトから見て、“そこそこ”魔法の剣を作るのに、だいたい一週間程度かかる。
そして、ユウトほどの大魔術師であっても、魔化にかかる時間は魔術師や魔導師と大差ない。
それがどんな魔法具も一日で作るなど。
ユウトならずとも、あり得ないと言いたくなるところだ。
ヴァイナマリネンなら、「面白い」と、現地に飛んだだろうが……。
「それは、ちょっと信じられないですね。魔法薬の作成だけでも、かなり時間がかかるのに……」
「いや、それもあるんだけどさ」
せっかく真名が共感してくれたというのに、ユウトは物憂げに、首を振った。
「俺は、理術呪文がベースになった魔法具しか作れないんだけど……」
「当たり前で……あっ」
「そう。聞いた限りだと、神術呪文だろうと理術呪文だろうと関係ないって感じで、そこがなんかこう、引っかかるんだよな」
「そうですね。なんというか、システマティックな印象を受けます」
真名が賛同すると、ユウトは驚きとともに、小柄な後輩の顔を凝視した。
「なんですか、不躾に」
遠慮のない視線を向けられた真名は、ぷいと、顔を背けて。
わずかに、頬を赤く染めながら。
「いや、俺と同じ感想で驚いた」
「センパイと同じですか……」
また見つめられ、今度は、真名は体ごと向きを変え視線を避けた。
「マナが見られたくないなら、代わりにユウトを見続ける」
「気持ちは嬉しいけど、止めような」
ヨナを軽くいさめてから、ユウトは口を閉じた。
そして、しばしあごの辺りを撫でてから――考え事をするときの癖だ――再び口を開く。
「この違いも、宿星者という仕組みを作った星神ティエルが意図したところだろう。もしかすると、万能触媒の存在も含めてね」
というよりは、他に考えられないと、ユウトは断定した。
「ヴァルとアルシア姐さんがいないから言うけど、この世界の神は、基本的に放任だよな」
「二人がいたら、なんて言うの?」
「尊き御方たちは人の子の自主性を重んじ、神々すら予期せぬ成長を期待されておられる」
「物は言いようだ!」
「……ほとんど、詐欺では?」
「それでこそ、ユウト」
真名の感想と、ヨナのリアクションは気になったが、あえてユウトは触れない。
「でも、星神ティエルは違うみたいだ」
放任、あるいは自主性に任せることで、もの凄い才能が現れる可能性はある。それこそ、ヴァルトルーデがいい例だ。
それと同じぐらい。いや、それ以上に、多くの脱落者を生むことだろう。
しかし、『竜鉄の世界』の星神ティエルはそれを良しとしなかった。
否。それを許容する余裕などなかったのだろう。
そんな世界へ、なぜラーシアが赴くことになったのか。
「いくらラーシアでも、単に歩いて異世界に行ったりするものかな?」
「それは……」
「ラーシアなら、できる」
「その、ヨナからの信頼が重たい!」
「まあ、俺もラーシアならできると思うんだが……」
「ユウトまで!?」
「でも、そこに、神の介入があったとなったら話は違ってくる」
あの二人と出会ったのも、偶然ではなくなる。
「クルトとセシルだったかな? その二人を教え導くのは、思ったよりもずっと重要な意味があったんじゃないか?」
ユウトが導き出した結論。
それを聞いて、初等教育院の教室は、しんと静まりかえる。
誰もが――ラーシア自身も――思ったはずだ。
それは人選ミスなんじゃないか――と。
今回、ついに1万文字になりました。遅れた理由は、主にこれです。
でも、あと3話ぐらいで終わるよ!