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番外編その5 歩いてたら異世界にたどり着いちゃったので、新米冒険者の師匠になりました その4

「それじゃ、最初の課題だ」


 今回の冒険の目的である『魔草』。

 群生地を発見したものの、その周囲には毒々しい紫色のクラゲが何体も輪になって浮かんでいた。


 ラーシアは弟子二人の手を取って、とりあえず、その場から離れた。茂みの中に隠れると、息を潜めつつ、小声で弟子たちに告げる。


「あのモンスターをどうにかしつつ魔草を採取する方法を考えよう。具体的に作戦を立ててね」

「分かったわ。紫毒海月(パープル・ジェリー)を倒してくればいいのね!」


 返事も聞かず、湾曲鉈刀(ククリ)を抜いて駆け出そうとするセシル。


「駄目だよ、セシィ」

「むぎゅぅ……」


 クルトは、ベルトを掴んでその動きを止めた。まるで大型犬とその飼い主のようだ。慣れているというか、二人の間ではよくあることなのだろう。


「ぶー。なんのつもりなのよ、クルト」


 恨めしそうに、大げさにお腹をさすってクルトを睨むセシル。


 その遠慮のない視線に気圧されかけたが……クルトは意思の力を振り絞って、なんとか踏み止まった。


「ねえ、セシィ。先生は、ちゃんと作戦を立ててって言ったよ?」

「倒せば一緒じゃない。いつも、胃に入れば同じだって、蒸留酒を水で割らずに、後から水を飲むじゃない」

「一緒じゃないんだよ。っていうか、それはセシィだけだからね? 僕はお酒ほとんど飲まないからね?」


 愚者の宿星(ネメシス)が刻まれた手をぶんぶん振って、黒髪の少年が教え諭すように言う。


「これは、先生のテストなんだ。考えなしじゃ、落第しちゃうよ」

「テストぉ……?」


 露骨に顔をしかめて、セシルが不満げな声をあげた。テストという単語に、なにかトラウマでもあるのかもしれない。


「おししょーさん、落第しちゃうと、どうなっちゃうのかしら?」

「そうだねぇ……」


 弟子二人のやり取りを黙って聞いていた――草原の種族(マグナー)としては、奇跡的な行いである――ラーシアは、ふと思い出したかのように口を開いた。


「これは、ボクの友達の話なんだけどね。ようやく第一階梯の呪文が使えるようになった頃に、モンスターや野獣が出る森で強制的にサバイバルさせられてたよ。だいたい、二週間ぐらいだったかな?」

「えええ……」

「あっ、心配しなくていいよ? そんな彼も、今じゃ立派なリア充にして大魔術師(アーク・メイジ)さっ!」

「りあじゅー……?」

「美人のお嫁さん三人囲って、それに続く愛人候補もたくさんいるって意味さ」

「すごいわっ。りあじゅーってすごいのねっ!」


 ポニーテールにした赤い髪を振り乱し、セシルは――小さく――歓声を上げた。

 一方クルトは、どう反応して良いものか、戸惑っている。それはそうだ。ここで肯定しようものなら、ハーレム願望があると告白しているようなもの。否定をしても、ひがんでいると思われるだけ。


 幸い、クルトがなにか言うよりも先に、ラーシアが話を続ける。


「で、その友達が、今のボクみたいに冒険者パーティの教育をしたことがあったんだけど……」

「…………」

「……どうなったんですか?」

「とりあえず、奈落に叩き込んだ」


 またしてもと言うべきか、クルトとセシルの二人は固まってしまった。ぽかーんと口を開けて、理解を放棄する。いや、せざるを得ない。


 しかし、いつまでも理解を拒むことはできなかった。


「さっ、クルト。真面目に考えるのよ」

「うん。そうだね……って、僕は最初からそう言ってるよ!?」


 ラーシアは口出ししない。セシルは丸投げした。

 こうして、クルトに視線が集中する。


紫毒海月(パープル・ジェリー)は森の精霊皇子の眷属で、穢土の混沌源素の侵蝕を受けています」


 作戦立案を任されたクルトは、まずは基本的な部分から話し始めた。


「ふむふむ。悪い土属性なんだ。クラゲなのに」

「そうなります。魔草の周囲にいるのは、このまま侵蝕を進めて魔草がモンスターに変化するのを待つためじゃないかと」

「なるほど。魔草の回収は一石二鳥ってわけだ」

「そうだったのね……」


 なぜ、セシルまで感心しているのか。

 そんなことは、クルトもラーシアも気にしていない。もう、慣れた。


「武器は、縁から伸びてる触手です。毒があって、刺されると呼吸困難が起こって死んじゃう場合もあります」

「危険なのだわ」

「そうだよ。だから、止めたんじゃないか」


 少し怒ったようにクルトが言うと、セシルは反省してしゅんとしてしまった。犬なら、耳を伏せてるところだろう。


「ええと、セシィを止めたのにはもうひとつ理由があります」


 その殊勝な反応に戸惑って、クルトは言い訳でもするかのように。


「毒があるのは触手だけでなく本体……あの傘の部分にも毒があって、近寄って攻撃すると逆にこっちも毒液を浴びることになるんです」

「……わたし、それくらい耐えられるけど?」

「今、耐えられても、紫毒海月(パープル・ジェリー)だけで終わりとは限らないでしょ?」

「うむぅん。難しいわね……」


 当然と言えば当然の指摘に、セシルは腕を組んで体を左右に揺らした。理解はできるが、納得はし難い。そんな様子だ。


「固まってるし、わたしの武技で一網打尽だと思ったのに」


 どうやら、セシルはセシルでラーシアにいいところを見せたかったようだった。

 確かに、ラーシアの前でやったことと言えば、攻撃を邪炎樹霊イヴィル・ファイアツリーの樹皮に阻まれただけ。名誉挽回に逸ってもおかしくはない。


 だが、ラーシアはそんなことは気にしていなかったし、なにより、また気になる単語が飛び出てきてそれどころではなかった。


「そろそろ、ボクも慣れてきたよ。これで最後になるといいなと思いつつ、その武技ってやつの説明をお願いぷりーず」

「いやよ、おししょーさん。おししょーさんも使ってたじゃないの。ばびゅーんって、ドラゴンを倒したやつよ」

「えー? 別にあれは……なんだろね?」


 神力解放(パージ)は技などというレベルのものではない。あれを武技と呼ばれても、違和感しかなかった。

 

「武技は、宿星者(フェイト・スピナー)が星神様から授けられる職能(パワー)の一系統ですね。僕が創造する壁系の職能は、理術と呼ばれます」


 そのため、他の世界から来た先生が武技を使えることはないと思います。


 そう、クルトが付け加えた。


 それを聞いていたのかいないのか。セシルが自慢気に続きを引き取る。


「わたしが得意な武技は、二回攻撃を放つ《双爪レッド・タロンズ》とか、攻撃したらばびゅんって距離を取る《一撃離脱グラス・ウォーカー》ね!」

「得意っていうか、第一階梯の基本的な武技だからね」

「基本こそ王道なのよ」

「はー。必殺技みたいな感じかぁ」


 ラーシアの脳裏に浮かんだのは、地球から持ち込んだ格闘ゲーム。

 ヴァルトルーデ曰く「なぜ、指でこんな複雑な動きをせねばならないのだ。実戦では使えないぞ」と頬を膨らませた、必殺技というやつだ。


「必殺技! 強そうでいいわね!」

「必ず殺すって物騒な……。ああ、それで、第一から第九までの階梯に分かれていまして、宿星者(フェイト・スピナー)の力量が増すと、宿星(フェイト)を通じて新しい武技や理術が行使できるようになってます」

「なるほど。宿星(フェイト)が増えると武技や理術も、その分増えるんだ。そりゃ、単星(シングル)より双星(クロス)双星(クロス)より連星(トライ)が強くなるわけだね」

「ふふふん。そういうことなのよ」


 また、ユウトが聞いたら頭を抱えそうな力だなぁ。


 そう思いつつも、ラーシアは「まあ、そんなもんか」と、あっさり受け入れていた。弟子が使えると言っているのだ。神の介入がどうこうとか、法則(ルール)が違いすぎるなんて言わずに信じるべきだろう。


 それに、今は、力そのものよりも、その使い方が重要だ。


「クルト」

「なんですか、先生」

「ちょっと、あっちに行こうか」

「ええぇ? わたしだけ仲間外れなの!?」

「セシルは、ここでクラゲを見張ってて」

「……はぁい」


 不満たらたらだが、ラーシアの言葉には逆らわないセシル。

 素直に、魔草の群生地を周回する紫毒海月(パープル・ジェリー)へと注意を傾ける。そうしながらも、少し離れた木陰に移動したラーシア……というよりも、クルトを気にしてチラチラ見ていた。


 それをきっぱり無視して、ラーシアはクルトに告げる。


「クルト。今まで、よくセシルを死なせずに冒険者やってきたね」

「先生……ッッ!」


 感極まったという面持ちで、クルトが言葉を詰まらせた。


 単星(シングル)連星(トライ)。同じ宿星者(フェイトスピナー)でありながら、実力は隔絶している。

 セシルはそんなことを思っていないのだが、クルトとしてはどうしても劣等感があった。


 そんな状況で、向こう見ずなセシルの行動を抑えるのは並大抵の苦労ではなかっただろう。


 その苦労を理解してくれる人が見つかった。それも、出会ってすぐ気付いてくれた。


 クルトの感動は筆舌に尽くしがたいものだったが、ラーシアはふるふると首を横に振る。


「でも、今のままじゃあ駄目だ」


 セシルも、クルトも成長しなければならない。


 なにしろ、クルトにはユウトとアルシアの役割を担ってもらわなくてはならないのだ。クルトには、もっとしっかりしてもらわなくてはならない。


 まあ、簡単だ。このパーティには、セシルというヴァルトルーデがいても、ヨナはいないのだから。


 自分自身は棚に上げ、ラーシアは教育――アドバイスを続ける。


「どうせあれでしょ? 実力が違いすぎるからって、遠慮してるんでしょ?」

「ええ、まあ……」

「作戦なんかなくてもセシル一人突っ込むだけで、わりと依頼もこなしていけるし、細かいことを言って嫌われたくないなとか思ったり」

「……なんで分かるんです?」

「ボクの友達も同じだったからね」


 セシルと同じように、神に愛されていたとしか言えない才能豊かなヴァルトルーデ。彼女の足手まといにならないよう、ともに歩いていけるよう、重ねてきた努力は生半可なことではない。 


「でも、諦めなかった。必死に食らいついていった」


 そして、ユウトは大魔術師となり――。


「それはそれとして、この先も同じように依頼をこなしていけるとは限らないよね?」

「それは、まあ……」

「そこにボクが現れた。変わるいい機会だ。利用するんだ」

「……はい」

「だからここは、クルトがばしっと作戦を決めて成果を出さなくちゃあ駄目なんだ。分かるね」

「はい!」


 そう答えるクルトの声は、震えていた。


 だが、男の表情になっていた。





「《一撃離脱グラス・ウォーカー》」


 瘴気――混沌源素に侵された森に、少女の凛とした声が響いた。


 同時に放たれた矢が淀んだ大気を斬り裂いて、一本の矢が紫毒海月(パープル・ジェリー)のゼリー状の体に突き刺さった。

 遅れて、血と見紛うばかりの毒液が噴き出し地面を汚染する。


 攻撃された紫毒海月(パープル・ジェリー)と仲間たちが、ふわふわと。しかし、見かけよりも速く移動を開始するが、その先に攻撃者はいない。


 抱影の宿星(ギエディ)からもたらされた、第一階梯の武技《一撃離脱グラス・ウォーカー》。矢を放つと同時に、セシルは5メートルは後方に移動していた。


 そのセシルの姿を追って、紫毒海月(パープル・ジェリー)が森の中に分け入る。


 だがこれは、クルトたちからすれば、追撃を受けているわけではない。魔草の群生地から、引き離したことになるのだ。


「《ウォール・オブ・フレイム》!」


 紫毒海月(パープル・ジェリー)の背後に、炎の壁が生まれた。縦3メートル、幅6メートルほどの壁が、モンスターと魔草の間を遮断する。

 めらめらと燃える炎の壁の存在に、紫毒海月(パープル・ジェリー)たちは空中を浮遊する速度を上げた。


 しかし、その前に、セシル――連星(トライ)宿星者(フェイトスピナー)が立ちふさがった。


「《大地一掃クリアード・フロム・ランド》」


 衛士の宿星(エルナト)からもたらされた、第一階梯の武技。

 

 セシルが荒々しいまでに双剣を振るうと紫毒海月(パープル・ジェリー)の体が斬り裂かれ、毒液が飛び散る――前に、その勢いに押しやられた。


 それも、一体だけではなく。追いかけてきたすべての紫毒海月(パープル・ジェリー)がだ。


 弾き飛ばされ、後方に立てられた炎の壁に飲み込まれる紫毒海月(パープル・ジェリー)


 運命は決まった。


 紫毒海月(パープル・ジェリー)は炎の壁の中で身もだえし、抜け出そうとするがいつも通りの速度で……とはいかない。

 しかも、抜け出しても、炎の影響は周囲に残る。


 さらに言えば、《大地一掃クリアード・フロム・ランド》で受けたダメージも残っていた。


 結果、一分もしないうちに、毒液ごと焼かれて万能触媒(レジデュアル)へと姿を変えることとなった。


「こんなに簡単に……」

「なんか、ズルしてるみたいだわ……」


 自ら立てた作戦を実行しただけ。


 にもかかわらず、クルトもセシルもあまりの簡単さに言葉を失っていた。


 クルトが発案し、ラーシアが了承した作戦はシンプルだ。

 

 まず、前提として、魔草を戦闘に巻き込むわけにはいかないというのがあった。


 そのため、セシルが囮になって紫毒海月(パープル・ジェリー)を引き寄せる。


 あとは、その背後にクルトが《ウォール・オブ・フレイム》を設置し、セシルが押しやるだけ。


 言葉にすると簡単で、実行しても、その難易度は変わらなかった。


「はいはい。反省会はあとにしようか」


 ぱんぱんと手を叩いて弟子たちを正気に戻すと、ラーシアは声を張り上げていった。


万能触媒(レジデュアル)と魔草を回収して、拠点の村に帰ろっか。ボクも、もう、歩き疲れてだるいよ」


 二人して、壊れた機械みたいにうなずくことしかできなかった。





「星神様から授けられる職能(パワー)に、武技ねぇ……」


 切りがいいところまで語ったラーシア。

 反応を待つようにこちらを見る草原の種族(マグナー)の笑顔は業腹だったが、ユウトはつぶやかずにいられなかった。


「ユウトにツッコまれる前に言うけど、こっちで言う理術呪文とか神術呪文も宿星(フェイト)の刻印を通じてもたらされる力だったよ。学習して使えるようになる儀式(リチュアル)も別にあったけどね」

儀式(リチュアル)というぐらいだから、使うのに時間がかかるんだな。どうやら、星神ティエラの祝福というのは、かなり即物的らしい」


 それだけ過酷な環境……いや、『竜鉄の世界』(アル・ティエラ)は危機に瀕しているということなのかなと、ユウトは自らの考えに沈む。


「ねえ……。なんかユウト、キモくない?」

「私の口からはなんとも言えません」

「でも、否定はしないと」

「うっ」

「だいじょうぶ。ユウトだから、だいじょうぶ」

「ヨナもかばいきれないか……」


 真名とヨナ。

 ユウトを慕う少女たちから同意を得たにもかかわらず、ラーシアの表情は渋い。内心はともかく。


 そんな反応を、ユウトは――意図的に――無視した。


宿星(フェイト)か……。神の祝福なんかじゃなく、峻別に思えるな。悪との戦いは宿星者(フェイトスピナー)に任せ、そうでない者は戦いから身を避けるようにっていう意思を感じる」

「ユウトが神の意思なんて言い出すとは思わなかったなー。そういうのは、アルシアとかヴァルの専門じゃない?」

「まあ、そうだな」


 ふっと笑って、ユウトは緊張を解いた。


 あくまでも推測にすぎず、それが的中していても、理想論でしかない。

 神の意思はどうあれ、人の社会はそんなに単純なものではないのだから。


「しかし、やっと最初の依頼が終了か。村に帰ってから、また、森に入るのか?」

「いやいや、村に行ってからも驚きの事実が判明しちゃうよ! 楽しみでしょ!」

「ああ、ほんとにな」


 疲れたように言いつつも、ユウトの表情には笑顔が浮かんでいる。


 それは、諦めに似ていた。

たぶん、あと2話か3話……。いや、4話以内には終わると思います。

というか、ラーシアじゃなくてヴァルトルーデ書きたい……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 降りて来ちゃったモンは書くしかないよね。 にしても、ヴァルの弟子取りか… 「真っ直ぐ行ってバサー!だ!! 出来ないのは稽古が足りんからだ!」 ストーリー終わっちゃった…
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