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番外編その5 歩いてたら異世界にたどり着いちゃったので、新米冒険者の師匠になりました その3

お待たせいたしました、ラーシアが世界で師匠をやる話の続きです。

お待たせした挙げ句に恐縮ですが、作者も、あとどれくらいかかるか分からなくなったので、後編の予定をその3と変更いたします。


「なんで偽名なんだよ」

「もちろん、そのほうが格好良いからだよ!」


 ユウトと真名は、同時に頭を抱えた。

 その適当さに頭痛を感じたからというだけではない。


 ヨナが、いつも通りの無表情ではあるものの、赤い瞳を輝かせていたから。当初の予定通り子供たちに聞かせていたら、変なブームが到来していたかもしれない。

 その一事だけで、ユウトが己の正しさを確信するに充分だった。


「にしても、ホライズン・ウォーカーってなぁ。呼びにくくないか?」

「それよりもなによりも、格好良さ優先さ!」


 そう堂々と断言するラーシア。

 その後、「師匠」や「先生」としか呼ばれなかった事実などおくびにも出さない。いや、この草原の種族(マグナー)のことだ。長くて不評だった事実など綺麗に忘れ去り、格好良くて好評だったと記憶を置換しているのかもしれなかった。


「格好良さ、大事」

「逆よりはいいと思いますが……」


 ヨナは、赤い瞳を輝かせてラーシアに賛同する。そんなヨナに消極的な賛意しか送ることのできない真名は、話題を変える。


「それよりも、センパイ」

「ん?」

万能触媒(レジデュアル)について確認しないのは、なにか理由が?」

「まあ、別の世界だし、そういうのもあるのかな……という程度の感想だったからかな」

「先ほどと、言っていることが違うようですが?」


 急所を持たないはずのモンスターの急所を突くことができた。

 それに比べて、万能触媒(レジデュアル)の存在が軽いとは思えない。むしろ、確認や実験用に欲しがっても不思議ではない。


「まあ、そこに深入りするとヴァイナマリネンのジイさんがうるさそうだからな……」

「君子危うきに近寄らずですか」

「ああ」


 興味はあるが、その好奇心で死ぬかもしれないとなれば猫ではないユウトとしては別の話ということらしい。


 それで、真名は引き下がった。


 なお、ラーシアがドラゴンを倒した件に関してさらりと流しているところからすると、真名もかなり毒されていると言う他ない。


「それに、いちいち驚いてたら、この先落ち着いて話も聞いてらんないだろうし」

「えー。つまんなーい。もっとこう、さあ、『ラーシア、万能触媒(レジデュアル)の現物ないのかよ! 言い値で買うぞ!』とか盛り上がろうよ。金曜日の夜みたいに」

「あり得ない発言を捏造されたうえに、フィーバーを強制されてもな」


 草原の種族(マグナー)に対して「言い値で買う」と持ちかけるなど、金額未記入の借用書に署名するようなものだ。


「とりあえず、弟子を取った経緯は分かったよ」

「分かっちゃっていいの? 歩いて『竜鉄の世界』(アル・ティエラ)に行っちゃったんだけど?」

「……そこを蒸し返すなよ、ホライズン・ウォーカー師匠」

「ふふふん。まあ、仕方ないね。じゃあ、ユウトのリクエスト通り、続きを話そうじゃあないか!」


 格好良い――主観の問題である――偽名で呼ばれたのが良かったのか。それとも、『師匠』という呼び名が良かったのか。


「二人を弟子入りさせた直後、ボクは、クルトに森へ入った目的を聞いたのさ」


 あるいは両方かもしれないが、あっさりと気を良くしたラーシアは、乞われるまま続きを語り始めた。





「それで、この森にはなにしに来たの? ダンジョンへ行くところ? それとも、万能触媒(レジデュアル)ってのを集めにモンスター狩り?」


 ラーシアは、新たにできた弟子たちに理由を尋ねた。

 それが未達成なら手伝いながら実地で教育。達成しているか、目的は特にない場合は、クルトたちの本拠地(ホーム)に移動してから訓練するつもりだった。


「お師匠!」

「はい、セシルくん」

「森には、魔草を集めに来たのよ」

「まそー?」


 また聞き慣れない単語が出てきた。

 しかし、もう、ラーシアも慣れたものだ。


 慌てず騒がず、もう一人の弟子――黒髪のクルト――へ視線だけで説明を求める。


「えっと……。源素混沌の影響を受けて育った植物のことなんですけど、それを錬金術で加工して畑に蒔くと、麦とかが害虫を寄せ付けなくなったりするんです」

「農薬にするわけね」


 ユウトが導入すべきか悩んでいた農業用の薬剤。

 草を抜く手間が省けたり、害虫が追っ払えるという夢のような薬だったが、ユウトはあまり乗り気ではなかった。最終的に、神聖土の存在により導入は見送られたのだが、ちょっと体に害が出るかもしれないってぐらいで使用を避けるなんて贅沢な話だなぁと思ったことを思い出す。


「報酬は安いですけど、辺境じゃ欠かせないですから」

「まあ、報酬が安いのは仕方ないというか当たり前というかだからね」


 この辺りの事情はブルーワーズでも変わらない。依頼の報酬など、相手が余程でない限りは必要経費程度。儲けは、敵の装備を売り払ったり、見つけた財宝を換金したりで出している。


 いや、それよりもだ。


「でも、イル・カンジュアルなんかの侵蝕を受けてるんでしょ? 大丈夫なの?」

「魔草は、地の源素王様と森の精霊皇子の力が拮抗してるんで問題ないですよ」

「ということなのよ、お師匠」

「おっけーおっけー」


 詳しいことは分からないが、現地民が大丈夫と言っているのであれば大丈夫なのだろう。元より細かいことを気にしないラーシアは、それ以上の確認は行わなかった。


「で、その魔草が生えてるところの目星はついてるの?」

「それが、一晩で群生地ができたり消えたりするんで、この森の中をしらみつぶしに探すしかなくて……」

「というわけで、お師匠も一緒に、手分けして探しましょ」

「はい、ダウトー」


 セシルが――ラーシアと視線を合わせるために――腰を屈めながら笑顔でしてきた提案を、ラーシアは一蹴。

 セシルの笑顔がへにゃっと歪む。


「先生。安全重視は分かりますけど、効率が悪くなりますよ?」

「金よりも効率よりも命だよ」


 珍しく。本当に珍しく、その言葉には重みがあった。


 クルトとセシルの二人も、思わず姿勢を正してラーシアの言葉を聞き入る。


「今なら余裕だけど、火砕竜(ブラスト・ドラゴン)に手ひどくやられてパーティが半壊したことがあってね」

「お師匠、半壊って?」

「パーティの三分の二ぐらい死んだかな」

「半壊超えてますよ、それ……」


 クルトの指摘にも切れがない。声が震えていれば、それも当然か。

 一方、セシルなど絶句してしまっている。驚きか、それとも恐怖か。ポニーテールにした赤い髪が小刻みに揺れていた。


「まあ生き残った仲間が蘇生してくれたんだけど――」

「――ええ!? じゃあ、お師匠一回死んでるってこと?」

「うん。死んでるよ。まあ、それは本題じゃなくて……」

「さらりと流されても……」


 どこに驚けばいいのか分からないと、クルトが呆然と頭を掻いていた。セシルは、ぴしりと固まっている。いや、凍っていると表現したほうが適切か。


「あのときのボクらは今の二人よりもずっと強かったけど、思えば、ちょっと慢心してたんだろうね。呪文での強化を封じられたら、一方的にやられちゃったんだから」

「油断大敵なんですね……」

「わたしたちが効率を求めるなんて早かったんだわ」


 ふんふんと二人ともラーシアの言わんとするところを、しっかりと理解する。

 素直なのはいい。


「お師匠~。ちなみに、そのあとはどうしたのかしら?」

「え? 死ぬ前に呪文の強化を封じる仕組み(ギミック)は見つけてたから、透明化したうえで《瞬間移動(テレポート)》して解除してボコボコにしたよ?」

「うわぁ……」

「さすがお師匠とそのお仲間さんだわ!」

「ふふん。まあ、冒険者に同じ手は、二度と通用しないからね」


 クルトもセシルも安全重視の方針に異論はなさそうなので、ラーシアは適度に天狗になっておいた。自慢したいわけではない。

 このほうが、話を進めやすいのだ。


「特に、クルトとセシルは二人っきりで司祭(プリースト)もいないじゃないか。安全に気を配って損はないよ。っていうか、今まで、回復はどうしてたのさ」

「え? 回復? それは魔法薬(ポーション)だけれど?」

「そうですね。万能触媒(レジデュアル)と交換して、多めに確保してます」


 そう言うクルトの視線の先を見ると、セシルの細い腰――そのものではなく、彼女が巻いているベルトに行き着く。

 そのベルトにはホルダーがいくつか装着されており、そこに魔法薬(ポーション)の瓶が挿入されていた。恐らく、戦闘中でも簡単に取り出して飲めるように工夫されているのだろう。


(差し詰めポーションベルトってところかな? でもなー。それだけじゃなー)


 回復手段を用意しているのはいいのだが、ポーションを飲むとなると、どうしても一手潰れてしまう。それで敵の殲滅が遅れ、また怪我をして……という負の連鎖が起きないとも限らない。


(ユウトがいれば、押しつけられたのになぁ)


 この旅にユウトを連れてこなかったのは痛恨だった。そうすれば、偉そうにしてるだけで良かったのに……とはさすがに口に出さず、ラーシアは次の行動を指示する。


「というわけで、お互い五歩以上離れるのは禁止ね」

「僕はいいけど……」

「お師匠の言うことなら従うわ!」

「……まあ、ヴァルトルーデよりはマシなんじゃないかなぁ。マシだといいなぁ」


 威勢のいいセシルの返事に、クルトのみならずラーシアも不安を憶える。


 だが、こればかりはやってみないことには始まらない。


 お互いの居場所を確認しながら、森に分け入って魔草探しを始める。


「ところで、その魔草ってのは外見に特徴があるの?」

「はっぱはぎざぎざっとしていて、だいたい膝……先生の腰ぐらいまでの高さがあります」

「他は?」

「あと、近くに寄るとヘタクソなリュートみたいな共鳴音がします」

「そっちのほうが重要じゃない!?」


 外見ではないから後回しにしたのだろうか。

 やや情報の受け渡しに難がある。


 しかし、クルトはさすがと言うべきか、ラーシアの言いつけをしっかり守って距離を保っている。


 これは、以前から安全重視の方針を取るべきだと考えていたからだろう。

 考えつつも適用できていなかったのは、クルトがセシルよりも発言権がないから。いや、譲ってしまうからか。


(う~ん。つまり、クルトはセシルの尻に敷かれてるってことかぁ)


 それは夫婦の嗜好なのでどっちがどっちでも構わない。ユウトとヴァルトルーデの関係は対等かやや上位に見えるが、アルシアやアカネには弱い。

 つまり、受けも攻めもどっちもいけるのだ。どうして受けの反対が攻めなのか分からないが、まあ、そういうことだ。さすがユウト。


 それはいいのだが、こっちの二人の関係は、いささか問題がある。


 その原因は、クルトの性格よりもなによりも、惚れた弱みにあるようだ。


 出会った直後にもかかわらず、ラーシアの偏見まみれの瞳は弟子二人の関係を見抜いていた。


(ボクは、師匠のうえに、恋のキューピッドまでやんなきゃいけないわけだ! 覚悟はできてるよ!)


 なにしろ、ユウトがヴァルトルーデのことを好きだとパーティで一番初めに見抜いたぐらいなのだ。適性は問題ない。

 たとえ、それがアルシアやエグザイルと並ぶ同率一位だったとしても。さらに言えば、その時にはまだ、ヨナはパーティに参加していなかったとしてもだ。


 そんなことを考えつつも、師匠としての本来の役目も忘れてはいない。


「あっ、あっちに魔草の気配が!」


 危機感を憶えさせるため、セシルがふらふらとしだしたら足下に短剣(ダガー)を投げ込むなどしたところ――もちろん、ラーシアが誤射するはずもない――ある程度改善された。


 そうして、30分ほどが経過し――


「へー。あれが魔草かぁ」


 ――かなり毒々しい紫色の植物が群れを成して生えているところを発見した。


「実際、セシルが言ってた方向にあったね」

「えっへんなのよ」

「あの……先生……? セシィ……?」


 しかし、クルトは、それよりも他に言うべきことがあるでしょうとラーシアの袖を引く。


 その反応も無理はなかった。


 発見した魔草の群生地。その周囲には、魔草よりもなお毒々しい紫色のクラゲが、何体も輪になって飛んでいたのだから。

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