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番外編その4 遠方より友来たりなば

リクエストをいただいた、ユウトの地球での友人と絡めたお話。

時間は、前回の迷宮誕生の少し後ぐらいになります。

 鈴木秀人と天草勇人は友人関係にあるか。


 鈴木秀人にとって、それはなかなかに難しい命題だった。


 過去において、それは確かに真であった。けれども、現時点ではどうか。友人の条件など厳密には決まっていないし、まさに人それぞれとしか言えない。


 しかし、現実を見れば――胸を張ってイエスと答えるのは、難しかった。


 そもそも、鈴木秀人と天草勇人の付き合い自体、高校に入ってからの一年間にも満たない。

 もちろん、共に過ごした期間がすべてではないし、それでも、当時は仲が良かったと思う。もう一人仲が良かった友人の山西とつるんで遊びに行ったことだってある。


 体育会系で――というよりは、単純に強引な――山西の発案をユウトが補強し、鈴木秀人は文句を言いながらも付き合う。そんな関係だった。


 彼が行方不明になったときにも、できる限りの協力はしたつもりだ。

 だから、9ヶ月ほど過ぎた夏の日に再会したときは、膝が崩れ落ちそうになるほど安心したのを憶えている。


 それでも、天草勇人との友情は過去形になってしまった。


 仕方がないではないか。


 無事な姿を見たのは良かったが、詳しい事情は教えてもらえなかった。まあ、それ自体は止むを得ないにしても、あっさりと学校を辞めてしまい、それ以降、何年も音信不通になってしまったのだ。


 自己弁護ではないが、これで友情を維持するというのは無理がある。


 行方不明からの帰還というインパクトがあるため忘れてしまうようなことはなかったが、鈴木秀人の中で天草勇人は過去の存在となっていた。

 進学に伴って疎遠になっていったかつての友人(・・)たちと同じように。


 繰り返しになるが、薄情かもしれないが、仕方のないことだ。


 そのため、アルバイトの面接会場に足を踏み入れた鈴木秀人は、心の底から驚いた。

 いや、驚いたというよりは、意味が分からなかった。


 なぜなら、数年前に別れたばかりの友人――天草勇人が採用側に座っていて。しかも、記憶にあるよりも落ち着いた、貫禄のある雰囲気を身に纏っていたのだから。





「わざわざ、ご足労いただきまして恐縮です。天草名誉顧問」

「ええ。まあ、仕事ですから……」


 マンション一室分はありそうな広い部屋。

 賢哲会議(ダニシュメンド)極東支部の支部長室。その一角にしつらえられた応接スペースで、二人の男は挨拶を交わした。


 一方は、満面の笑み。

 もう一方は、渋面を浮かべて。


 機嫌良さそうにユウトたちをソファに座るよう促したのは、賢哲会議極東支部長の香取圭吾。

 整髪料でオールバックに整えられた髪に、英国ブランドのスーツを自然に着こなす青年だ。


 初対面のときにも思ったが、とても魔術や神秘に関わる者とは思えない。少壮気鋭のビジネスマンか、野心に満ちた新人政治家とでも紹介されたほうがイメージに近い。


 もっとも、今この場にはいないが、アカネに言わせると――


「最初は味方だけど中盤から怪しくなって終盤で黒幕だって判明するキャラよね。しかも、ベテラン人気声優が声を当てるから、最初から裏切るってバレバレなタイプ」


 ――ということになる。


 捏造の評価ではない。ユウトがブルーワーズから地球へ移動する前に、実際に聞かされた人物評だ。

 もっとも、彼が裏切ったのではなく、むしろルージュ・エンプレスという一派に反乱を起こされたことはアカネもよく知っている。彼女なりの冗談なのだろう。


 しばらくつわりで苦しそうな時期が続いていただけに、アカネらしさが戻ってきたようで、ユウトとしては嬉しかった。


 その身重の妻と、幼い子供を置いて、ユウトは出張に来ているわけで、機嫌良く応対というのは難しいところだ。

 地球での滞在中に、なにをやらされるかを考えればなおさら。


 そんなユウトの気持ちを知ってか知らでか、


「お久しぶりです、支部長」

「元気そうでなによりです、秦野さん」


 やや固い表情で会釈する真名と、にこやかな表情を崩さない香取支部長。

 二人の違いは、その地位や立場だけに起因するものではない。


 端的に言ってしまえば、後ろ暗さの有無に他ならなかった。


 ユウト――賢哲会議の名誉顧問――と愛人関係にあると詐称し、その点に関しては捏造したレポートを送っているのである。

 相棒のマキナならともかく、元来真面目な真名は罪悪感を抱かざるを得ない。

 しかも、今回は、ユウトだけでなく真名も名指しで呼び出されていた。ばれてしまったのかと、警戒しても、仕方のないところだ。


 それをユウトは知っていた。

 三人目の――そして最後の――同行者であるヨナは、知っていても気にすることなどないだろう。


 今回の地球行きに護衛として同行したアルビノの少女は、当然だと言わんばかりにユウトの膝の上に座った。

 そして、これまた当然のように香取を無視している。


 ヨナから一顧だにされなかった香取は、ぎょっとしたように動きを止めた。どう反応して良いか分からなかったのだ。それはつまり、彼が常識人であるという証拠でもあった。


 だが、ユウトも真名も平然としているため、香取はすぐに表情を元に戻してユウトの対面に座る。いや、そうするとヨナと正面から目が合うため、やや右にずれた。


 いきなり締まりのない会談になってしまったが、アルビノの少女は、甘えているわけでもユウトが自分の物だと主張しているわけでもない。その点に関しては、主張するまでもない。


 ヨナは、以前のルージュ・エンプレスによる襲撃と、身近に裏切り者がいた事実を忘れてはいなかった。

 周囲の異変を察知する《タクチュアル・サイト》や自らの身を守る《フォース・スクリーン》などで自己強化し、なにかあれば自分がユウトの盾になるつもりなのだ。


 ユウトも、それが分かっているため、なすがままになっている。同時に、外から見てどう思われるかという視点を持ってほしいとも思う。


 もっとも、ヨナのそれほど長くはない人生において、そういった観点が充足していたことはないのだが。


「せっかくお越しいただいたのですから、例の件以外にもお話をさせていただければと思っています」


 表情の変わらないアルビノの少女を意識から追いだし、香取支部長は会談の趣旨を告げた。

 隣にいる真名がやや身を固くし、ユウトも怪訝そうに眉をひそめる。


 例の件――今回訪問した理由である魔術の実演――の他に、なにがあるのか。心当たりがなかったからだ。


「実は、我々の『育成』方針についてご相談をさせていたきたいのですよ」


 それを聞いて、真名がほっと息を吐いた。

 それはユウトも同じだったが、なぜ今なのかという疑念は残っていた。


「天草名誉顧問に以前提案書をいただきこちらもいろいろと検討させていただいたのですが、まずは、現状をご説明させていただければと」


 香取支部長がそう言うと、待ちかねていたかのように数名の人物が近づいてきた。手には、書類や飲み物などを持っている。

 ルージュ・エンプレスに与していた秘書の代わりは、複数人で補充することにしたようだ。以前の秘書が有能だったのか、それとも、リスクを分散させた結果なのだろうか。


 どちらにしろ、信頼できる仲間というのは得がたいものなのだな。


 彼らが机上に資料などを置いていく光景を眺めながら、ユウトはぼんやりとそんなことを思う。


「話を魔術師に限りますが、賢哲会議へ人材をスカウトするにはふたつのルートがあります」

「ふたつですか」

「ええ。ひとつは、幼少期に『才能』を発現させた対象を発掘する経路」


 彼女もそのルートでしたと、香取支部長が真名へ視線を受ける。


「そうですね。詳細は私も知りませんが、幼い頃から賢哲会議の施設で育てられました」

「なるほど」


 ユウトの認識では、理術呪文に――個々人の向き不向きはあっても――『才能』など存在しない。

 それが存在するのは、ヨナが扱う超能力(サイオニック・パワー)だ。

 そして、超能力と理術呪文は、現象的だけ見ればよく似ている。


「天草師の仮説が正しければ、スカウト自体は正しかったとしても、その後の育成に誤りがあったことになります」


 つまり、真名をはじめとする幼年組は、理術呪文ではなく超能力の才能を持つ者で、その後の教育で超能力をスポイルされていた可能性がある。


 しかし、あくまでもまだ可能性だ。長年の方針を転換させるほどの力はない。


「要するに、仮説を証明してみせろと?」

「端的に言えば」


 だが、どうすれば良いのか?

 その疑問は、意味ありげに真名を見る香取の視線で氷解した。


「もし、真名が超能力を使えたとしたら……」

「まあ、説を補強する要素のひとつですが」


 そうなれば、日本支部の権限が及ぶ範囲で、育成方法を変更することも視野に入れていると香取は続けた。


 それは日本支部に限った話ではあるが、賢哲会議におけるパラダイムシフトでもあった。


「俺に魔術の実演なんてさせるのは、煙幕でしたか」

「そういう解釈も成り立つでしょうね」


 言葉の上ではともかく、香取はあっさりと認めた。


 長年の方針を改めるとなれば、有形無形の反対は付きもの。それを、“名誉顧問”のデモンストレーションでカモフラージュしつつ進めるつもりか。

 利用されているようであるが、それはお互い様だ。


 それに、超能力教育となるとノウハウがないため難しそうだが、長期的には悪いことではない。真名がヨナの指導の下、超能力を発現させられたら、真名自身にカリキュラムを作成させることもできるだろう。


(なるほど。それもあって、真名も呼んだわけか)


 もうひとつの疑問が氷解し、ユウトは密かに安堵した。


 いや、やましいことなどなにもないのだが……だからこそ、香取に対しては問題なのだった。


(冷静に考えると、なにもないことを隠すのっておかしいよな)


 だからといって、なにかあることにするわけにもいかない。


 そんなユウトの懊悩を了承――少なくとも、前向きな検討と判断したのか、香取支部長が話を進める。


「それから、もうひとつのルートですが……。こちらは、比較的年齢層は高め。様々な試験に魔術適性の設問を紛れ混ませて、有望な対象をスカウトしています」

「ああ……。SPIテストとか、そういうのに」


 もちろんユウトは受けたことなどないが、存在だけなら知っている。

 さすが賢哲会議と言うべきか。その手は、かなり長いようだ。


「その候補者の中に、彼がいまして」


 何気なく。

 しかし、充分に効果計算したタイミングで、履歴書を机上に置いた。


 経歴も含めて、なんの変哲もない履歴書。

 ユウトの膝の上のヨナが代わりに取ってユウトへ手渡す。


 それを受け取ったときのユウトは、アルビノの少女へ感謝を伝えつつ、なぜわざわざそんなことを言うのかと訝しそうにしていた。


 けれど、名前と証明写真を見て、ユウトは頭を殴られたような衝撃を受けた。


「鈴木……秀人……」


 それは、今では次元を隔ててしまった高校時代の友人に他ならなかった。





 鈴木秀人は、指定校推薦を勝ち取って鳴央大学の建築学部に進学した。


 建築に興味があったわけではない。

 ただ鳴央大学というブランドに、惹かれた結果である。


 その安易な選択を後悔したことはないが、サークル選びに関しては多少の反省がある。


 高校時代は弁論部に所属し、真面目な学生だった。指定校推薦も勝ち取っているのだから、そのはずだ。

 しかし、大学で知り合った友人に誘われSF研に所属してからは、その看板も下ろさなくてはならなくなった。


 そこではまともにSFを研究などしておらず、空き時間は――休みの日でも入り浸り――ひたすら麻雀をやるだけのサークルだった。

 あれよあれよとその空気に染まり、麻雀ではなく、トレーディングカードゲームの場合もあったが、日がな一日遊びほうけるようになってしまった。


 しかも、そのBGMとして部員がめいめい持ち寄ったアニメなどをひたすら流すことにより、別方面の汚染をも進んでいった。


 そして、真面目な学生だった鈴木秀人が――だからこそ――染まってしまうまでで時間はかからなかった。水は高きから低きに流れ、人は楽に逃げる生物であることを、図らずも実証したことになる。


 けれど、鈴木秀人本人にも、多少の危機感はあった。


 それは、建築学部卒だからといってそのまま建設会社に就職し、建築現場でボロ雑巾になるまで働かされ、体を壊して早々に辞めてしまった先輩の体験談を聞いたからだった。

 今は、ハローワークで税理士になるための職業訓練をしているらしい。


 この、建築関係から税理士という外からでは意味不明な転職。


 これがさらに、彼の危機感をかき立てた。いや。危機感というよりは、もはや恐怖だ。


 そんなとき、大学の掲示板で偶然目にしたのが、とあるテストへの参加募集。

 謝礼が五千円も出る上に、結果によってはインターンの勧誘もあるらしい。


 報酬はもちろん魅力的だったが、インターンに惹かれたのも間違いないところ。とにかく、未来への不安を払拭するため、行動をしたかった。


 まさか、それが旧友との思わぬ再会と、居酒屋でその身の上話を聞いて頭のねじが外れそうになったという結果を生むとは、思いもしなかったのだが――


「するってぇと、お前さんなにかい。ファンタジーみたいな異世界で魔術チートとお嫁さんを何人もゲットしたって。そう言いたいのかい?」


 焼酎の入ったグラスをどんとテーブルに叩き付け、鈴木秀人は胡乱な瞳をユウトに向ける。


 ここにいるのは、二人きり。

 ヨナは真名と一緒に、廻らない寿司を食べに行っていた。もちろん、ユウトのおごりで。


「なぜ、落語っぽく非難されているのか……」


 グラスを傾けたユウトが、不満そうに顔をしかめる。

 それは、非難されたことそのものと、思ったよりも苦かったビールの味。双方に対するものだった。ブルーワーズでワインはそれなりに口にしていたが――なにしろ、生水は危険だ――ビールやエールの味には、まだ慣れない。


「そりゃ、ご隠居にだってなるってもんだよ! 目の前で魔法まで見せられた挙げ句、そんな話をされたらさ!」


 居酒屋の個室――それも、賢哲会議の息がかかった――だから周囲の目を気にする必要はない。それが分かっていても、ユウトは思わず声の大きさを心配してしまった。

 まあ聞かれたとしても、ゲームかアニメの話だと思われるのが関の山だろうが。


 かくて、飲み始めた当初の再会を祝して乾杯をした雰囲気や、高校時代の友人同士で酒を飲むなんてという感慨は失われた。


「なんか、リアクションがラーシアに似てるような……」


 高校時代は小柄で真面目だった友人――眼鏡はコンタクトに変えたようだ――から同じような反応をされるというのは、地味にショックだった。


(……あれ? そう考えると、山西のほうはエグザイルのおっさんっぽい……のか?)


 ふとした思いつき。

 しかし、ユウトはそれをビールの残りと一緒に飲み込んでしまった。


 こちらとあちらの友人が似ていたから、意外と簡単に馴染むことができた。そんなことに、今さら気づくなんて恥ずかしすぎる。


「それで、天草さん」

「『さん』は止めてほしいんだけど」

「だって、上司だから。上司というか、平社員と社長みたいなもの?」

「どっちかというと相談役……? あんまり変わらないなぁ」


 困ったと、ユウトは焼き鳥に手を伸ばした。

 やはり、焼き鳥はタレだよなと、レバーをかみちぎりながら現実逃避する。


「まあいいや、天草くん。噂の奥さんたちと子供の写メ見せてよ」

「それは構わないけど……」


 携帯電話でみんなの写真は撮っている。

 しかし、それを他人に見せるのは初めてだった。


 やや緊張しつつ、一番綺麗に写っている写真を選ぼうと携帯電話を操作する。


 しかし、選べない。ヴァルトルーデはどれも綺麗で、子供たちはどれも可愛く、アルシアはどれも凛としていて、アカネはどれも魅力的。


 選ぶことなどできない。


「というか、俺の話、信じたんだ」

「そりゃ、目の前で戦車が黒焦げになるところを見せられたら信じるしかないでしょ」


 結果、一番古い写真から順番に見てもらうことにし、携帯電話を鈴木秀人に手渡した。


 食い入るように写真を見る旧友は、なにも言わない。


 急に手持ちぶさたになったユウトは、今回行なったデモンストレーションを思い出す。

 それは、賢哲会議が用意した戦車に対して、呪文を放つという簡単だが分かりやすいものだった。


道化師の領域スフィア・オブ・クラウン》を二重に起動したうえで、第六階梯の理術呪文《雷球連鎖(ライン・ライトニング)》を放った結果、戦車――機種や特徴は知らない――は行動不能に陥った。

 完全破壊とまではいかないが、電装系や管制システムが機能しない戦車など、鉄の棺桶に過ぎない。


 このデモンストレーションを、理術呪文への素養ありと賢哲会議への仮採用が決まった鈴木秀人も見学していたのだ。


 とはいえ、ユウトとしては大したことをしたつもりはない。


 ヴァルトルーデやエグザイルであれば数分でスクラップにしただろうし、ラーシアなら内部に潜り込んで無力化するだろう。

 この手の作業はヨナが最も向いていて、《ディスインテグレータ》で塵も残さず消滅させたに違いない。


 ただ、それでブルーワーズのことを信じてもらえるのなら、安いものだ。

 ずっと、地球の友人にはなにも言えずにいたことを受け入れてもらえた。これは、ユウトにとって、思いの外嬉しいものだった。


 その友人は、携帯電話を握ってぷるぷると震えていたが。


「美人過ぎる。美人過ぎるリアル女騎士じゃん!」

「ん。ま、まあ、そうかな……。ヴァルは、写真写り悪いんだけど」


 写真写りが悪いということは、実物が良いということ。

 その理論に従うまでもなく、写真ではヴァルトルーデの美しさを一割も再現できていない。所詮、携帯電話の解像度では無理もない話だ。


 要するに、ヴァルトルーデが美しすぎるのが悪い。


「なにこれ、なにこれ、なにこれぇ。しかも、眼帯美人もいるし」

「もう少し進むと、眼帯外してるよ」

「三木さんもいるわ……。話には聞いてたけど、三木さんもいるわ……」

「もう三木じゃないけどな」

「ぐはっ」


 写真を見たいと言ったのは自分自身だ。

 にもかかわらず、鈴木秀人は既に多大なダメージを負っていた。


 高貴そうな女騎士さんやちょっと悪そうな感じの僧侶さんは、まだマシだった。うらやましいことはうらやましいが、現実感が薄い。「ふうん。それで?」と、強がることも不可能ではなかった。


 だが、その次で鈴木秀人は致命傷を負ってしまった。


 クラスでカースト上位に属していた、三木朱音。


 彼女の恋する乙女のような――いや、実際にそうだ――の写メを見て、現実を思い知らされた。同い年なのにめちゃくちゃ稼いで、家庭まで持っているそのことを。


 もう、劣等感すら抱けない。


「あはははははは」


 そして、一気に酔いが回った。


「そのうえ、子供も可愛いし……」

「でしょ? 可愛いよな?」


 嫁たちがほめられても当然と枝豆に手を伸ばしていたユウトが、突如として前のめりになった。

 それを目の当たりにして、鈴木秀人は「ああ、天草くんは結婚してるんだなぁ」と、改めて彼我の違いを痛感する。

 

「世の中、どうなってるの?」

「そういう、ふわっとした質問は答えづらい」

「ふわっとしたと言えば、コンセンサスをコミットメントして御社のシナジーをフィックスするぐらいふわっとした感じのオムライス食べたくない?」

「酔ってるのか……」


 反射的に、面倒くさいなと思ってしまった。

 あと、どちらかというと、薄焼き卵でチキンライスを包んだオムライスのほうが、ユウトは好みだった。


「驚いたら良いのか、妬んだら良いのか。それとも、世を儚んで太宰したらいいのか」

「文豪に、もうちょっと敬意を払おうか」


 そのタイミングで、鈴木秀人はユウトに携帯電話を返した。

 これ以上はいけないと、ゴーストが囁いたのだ。


 しばし、クラスメートの動向やただの世間話などに花が咲き――最終的に、仕事(・・)の話に戻ってきてしまった。


「そっちは、本当にいいの?」

「大学には二ヶ月も休みがあるからね。余裕だよ」


 ユウトが主張する理術呪文の育成方法――実戦で使えば使うほど成長するを実証するため、鈴木秀人はブルーワーズへ。

 より正確には、ユウトの下に預けられることが決まっていた。もちろん、基礎的な教育を終えてからなので、次の長期休暇を目処にということにはなるが。


 香取支部長に乗せられているような気がするが、おあつらえ向きの施設ができたのは事実。そこへ派遣する人員として、ユウトの知り合いを選んだのは、賢哲会議も気を使っている証拠だろう。

 

「ところで、さっきチーレムとか言ってたけど……」

「うん。チートでハーレム」

「別に、異世界に行ってもずる(チート)して能力をもらえるわけじゃないからな」

「……え?」


 からんと音を立て、鈴木秀人が手にしていた箸が落ちる。一緒に、中トロの刺身もテーブルに落下した。


「俺、無茶苦茶な環境で狼と肉弾戦したり、モンスターと戦いまくったり、結構苦労してたんだぜ?」

「僕、異世界で同じことをやらされるの?」

「大丈夫。安全マージンはちゃんと取っておくから」

「そ、そうなんだ」


 それならできそうかな。


 未来の鈴木秀人がこの場にいたなら、安易に受け入れてしまった過去の自分を助走付きで殴り飛ばしていたことだろう。


 死の危険は低い。


 だからといって、訓練が楽だと誰が決めたというのか。






 地球とは次元を異にする青き盟約の世界(ブルーワーズ)


 その最大の人類国家ロートシルト王国の南方、イスタス公爵領には神々の迷宮が存在する。


 善と悪の無限迷宮と名付けられたそこは、各階層を一柱の神が担当し、それを踏破することで神々の力が増すような構造になっていた。


「呪文が尽きた程度で、撤退は許されない」

「ええ? 呪文が尽きた魔術師がなにができるって言うんだよ」

「私も、精神力がもう……」


 善と悪の無限迷宮への挑戦者はイスタス公爵家が管理しており、勝手に侵入することは許されない。

 それでも力量を完全に把握することはできず、ひとつの階層すら突破できないような事態が頻発した。


 これでは、神々が力を得るという目的が達成されない。


 そこで、中立の神々が演習階層を設けた。すべての参加者は、演習階層をクリアせねば、本物の善と悪の無限迷宮には立ち入れないという方式に変更されたのだ。


「その程度で帰りたいなんて、甘ったれ」


 そして今日も、新人冒険者二人が熟練冒険者一人に引率され、演習階層に挑んでいた。


「ナイフがある、スタッフがある、クロスボウがある、スリングがある。それをもって食い破る」

「なんてクソゲー」


 石造りのダンジョンの床。

 そこに四肢を投げ出した鈴木秀人は、呪文書であるエメラルド色のタブレットも地面に放り出して荒い息を吐いている。


 新米魔術師(ウィザード)の鈴木秀人。

 理術呪文の使用を禁じられ、未だ覚束無い超能力のみでの戦いを強いられている秦野真名。


 二人は死力を尽くしてゴブリンの一団と戦い、すべての呪文と精神力を消費して勝利をつかみ取ったばかりだった。


「あまり言いたくはありませんが、鈴木さんと同感です」

「秦野さん。他人行儀だから、なんなら天草くんみたいにセンパイって呼んでくれても――」

「――すみません。それは無理です。ごめんなさい。無理です」

「なんで、僕は無理って二回も言われたんだ……」


 更なるショックを受ける新米魔術師。


 しかし、休憩はもう終わりだった。


「ほら、今度は狼の群れが来た」

「うう……」

「森の中なら、不意打ちでやられてた。ダンジョンだから、正面から戦える。運が良い」


 引率する熟練冒険者――ヨナは、演習階層以上に容赦がない。

 精根尽き果てた二人を念動の超能力で無理やり立ち上がらせ、次なる敵と強制的に対峙させる。


 真名は、友人であるペトラが心配そうな表情を浮かべて自分を送り出した真の意味をようやく理解した。


「だいじょうぶ。死んでも生き返る」

「願いを叶える球を集める必要もないなんて、素敵だなぁ!」


 無論、本当に死なせるつもりはない。

 確かに死と魔術の女神の墓所で復活はできる。しかし、その際に肉体的な耐久力が、わずかではあるが削られるようなのだ。


 それだけで復活できるというのも凄い話ではあるのだが、今後の訓練に支障があるといけない。死ぬ寸前で介入するつもりだった。


「ユウトに任されたからには、一流の冒険者に育て上げる」


 あくまでも、ユウトがヨナに頼んだのは、魔術師や超能力者としての成長である。それが冒険者としての成長とイコールとは限らないのだが……。


 彼らのレベルアップは、まだ始まったばかりだった。

藤崎先生の次回作にご期待ください!


というわけで、以前予告した次回作ふたつ、ランキングタブでリンクを貼らせていただきました。

『人形転生』のほうは第一章が終わって書き貯め期間中。

『プリンセス・アライヴ』は、毎週日曜日20時に更新中です。


よろしければ読んでみて下さい。


もちろん、こっちも月一ぐらいで番外編は更新していく予定です。

前回のネタ募集はまだまだ継続しておりますので、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 相変わらずのスパルタ… テルティオーネにまた腐されるであろう… 短期間で結果出さないといけないから仕方ないよね!
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