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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 2 もう一人の来訪者 第二章 異世界の日常

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3.ハーデントゥルムへ

「――というわけなんだが、レンはどう思う?」

「大賢者さまが、正しいと……思う」


 ごめんね、お兄ちゃんは頑張ってると思うけどとフォローを忘れないハーフエルフの少女。

 しかし、その慰めはユウトには届かない。半ばと言うより、完全にそう言われるだろうことが予想済みだったからだ。


「やっぱり、そうだよなぁ。あのじじいからも詰め込みすぎだバカって言われたし」

「バカじゃないよ。お兄ちゃんは天才……だよ?」


 ヴァルトルーデとアカネの追及をかわした――やましいことは何も無いので、材料が尽きたとも言うが――ユウトは、再びレンの魔法薬店を訪れていた。


 用件のひとつは、村々への魔法薬(ポーション)の配備に向けた仕入れに関して。

 こちらもやましいことは何も無い。品質的に信用がおける魔法薬は、領内ではここでしか手に入らないのだから。


 もうひとつは、以前ヴァイナマリネンから酷評された、地球への帰還呪文をレンにも見せてなにかヒントを掴めればいいなと思っている。


「むしろ、私じゃ完全に理解できているかも分からない……もん」

「高度すぎると、駄目なんだよなぁ」


 ユウトは店のカウンター前に陣取り、踏み台に乗ってなんとか顔を出しているレンに愚痴を漏らしている。

 端から見ると、かなり怪しい。そして、営業妨害だ。

 ただし、魔法薬店は客が押しかけるほどの需要があるわけではないので、後者に関しては問題ないかも知れない。


「その、チキュウって所は魔力が無いの?」

「ああ……。正確には、魔力があるという確証がない……かな?」

「そんな場所があるんだ……。絶魔(アンティマジック)領域(スフィア)みたい」


 極めて稀だが、ブルーワーズでも魔力が一切存在しない場所が存在する。その空間では、理術呪文、神術呪文を問わず一切呪文の発動ができなくなるのだ。

 また、魔法具(マジック・アイテム)もその力を抑止され、ただのアイテムとなってしまう。


「なるほど。確かにそうだ」


 なんとなく突破口になりそうな指摘に、ユウトは思わずレンの頭を撫でていた。

 細身の少女を外套のように覆う髪が揺れ、レンは気持ちよさそうに眼を細める。


「でも、そうなると打つ手がないんだよなぁ」

「ごめん……ね?」

「いや、レンは悪くないよ。さすが、俺の姉弟子」

「ふふ……」


 ユウトが頭をなで続けると、もっとと言うかのようにレンからの押しつけてくる。まるで犬のようだ。それも、人懐っこい小型犬。


「そう考えると、地球にも魔力が存在する場所があるかも知れないのか……」


 日本に点在する神社、エジプトのピラミッド、イギリスのストーンヘンジ。いわゆるパワースポットと呼ばれる場所なら、可能性はありそうだ。

 もしこの思考をアカネが覗いていたら、転移前の行動――熊野へ霊能者へ会いに行く――を思い出して悶絶していたかも知れない。


「だけど、ユウトお兄ちゃんはもっと確実なのを作ろうとしているんだよね?」


 巻物(スクロール)の文字を指でなぞりながら、上目遣いでレンが言う。


「ああ。戻れたけど帰ってこれないっていうんじゃ困るからな」

「時空を越える呪文は、だいたい一方通行だもんね」


 ブルーワーズが『帰ってくる場所』だと聞き、レンはひだまりのような微笑みを浮かべる。

 そうしながら、時空を越える効果を持つ呪文をひとつずつ挙げていった。たとえば、瞬間移動(テレポート)。たとえば、《世界転移(プレイン・ウォーク)》。たとえば、召喚(サモン)系の呪文。


「ああ、待てよ。《召喚》は他と違うな」

「どういうこと?」

「持続時間がある」


 ユウトの説明にも、レンはこくんと首を傾げるだけ。


「つまり、勝手に戻ってくるってことじゃないか」

「あっ」


 これを帰還呪文に置き換えてみると、地球から一定の時間が経つと自動的にブルーワーズへ戻ってくる――ということになる。

 これならば、絶魔領域だろうとなんだろうと関係ない。


「だけど、《召喚》だと呼んでもらわないと、だよ?」

「その仕組みを、呪文の要素に組み込めるってことさ」


 レンの懸念も、小さいことと意に介さない。


「まあ、あっちへ行っても、数分で帰ってきちゃうことになったら意味ないけどな」


 しかし、光明は見えた。

 方法はあるのだ。


「やっぱり、他の人と話すとアイディアが出てくるな。レンのお陰だ」

「そんなこと、無いよ」


 お兄ちゃんがすごいんだよと、天使のような微笑みを浮かべる。

 なんだか無性に嬉しくて、意味もなくまた頭を撫でてしまった。


「ユウト、いるか?」


 そこに、身を屈めて巨体――エグザイル――が入ってくる。引いているキャリーバッグが、まるでおもちゃのようだ。


「やっほー、レンちゃん」


 その後ろから、アカネがひょいっと顔を出す。

 なにがそんなに嬉しいのか、満面の笑顔だ。


「おお、レンも久しぶりだな」

「……うん」


 顔見知りの二人が挨拶をかわす。レンもいかついエグザイル相手だからといって、おびえることはない。

 ユウトのローブを握って放さなかったが。


 そんな様子を見て、アカネは複雑な微笑を浮かべる。


「レンちゃんの可愛らしさに心奪われればいいのかしら。それとも、幼なじみがロリコンになってしまったことを嘆くべきなのかしら」

「両方やめろ」

「やほう」


 更にもう一人、ヨナが姿を見せる。

 相変わらずの棒読みだが、それなりに感情がこもっていることに、ユウトは気付いていた。


「ヨナちゃん、元気……だった?」

「ユウトの世話が大変だった」

「おかしくね? なんで、俺、いきなり責められてるの?」

「そういうもんだろう、ユウトは」

「納得いかねえ……」

「そんなことよりも、そろそろ出発の予定じゃないの?」

「分単位で行動できるのなんて、俺と朱音ぐらいだろ」


 携帯電話を取り出して時間を確認しつつ、ユウトはだらりとカウンターに寄りかかった。


「お兄ちゃんたち、どこか行くの?」

「ああ。ちょっとハーデントゥルム(隣町)にね」

 用事は複数あったが、ユウトは端的にそう答えた。





 ハーデントゥルムへこの大所帯で向かった理由。

 それは大きく分けて四つある。


 ひとつは、ラーシアへの援護。

 秘密裏にハーデントゥルムへと潜入した盗賊(ローグ)だが、さすがに誰にも知られずに……というのは、難しい。

 そこで、時をほぼ同じくしてイスタス伯爵家の幹部が、ごっそり移動してきたらどうだろう? 関心が集まるのは当然、撹乱になることは間違いない。

 温存しておきたいという理由もあったのだが、そのためもあって、今回は《瞬間移動(テレポート)》は使用せず、普通に《飛行(フライト)》で馬車鉄道の駅近くに降り立った。


「これが普通ってどうなの?」

「普通じゃなければ、仕様だな」


 こんな会話もあったらしいが、些細なことだろう。


 ふたつ目は、イグ・ヌス=ザドの襲来と時を同じくして姿を現した水竜やサハギンたちによる被害とその補償に関して。

 すでに被害はまとめられており、大嵐の時よりも軽微なぐらいなのだが、確認をしないわけにはいかない。

 もっとも、簡単な事案なのでハーデントゥルムへ到着すると同時にユウト一人で片付け、後はクロードたちや評議会に丸投げできる程度にはなっている。


 そして三つ目は、以前から要望というか陳情のあった鮮魚の輸送に関してだ。

 ハーデントゥルムは貿易港であると同時に、漁港でもある。従来は、ハーデントゥルムで消費するか干物などに加工するしかなかった。

 しかし、ファルヴという新たな消費地が生まれ、更に、メインツまで馬車鉄道がつながり需要が発生した。


 特に、メインツは山の街である。

 そこで一番のごちそうとなると、海の幸。玻璃鉄(クリスタル・アイアン)による好況に沸くメインツという材料も加味すると逃す手はないのだが……。


「日本の田舎みたいだな……」


 などと、ユウトは益体もない感想を漏らす。


「なにか仰いましたか?」

「いや、鮮度の問題が発生するほどドワーフが魚を食べる印象がなかったからさ」

「この点は、我々商売人も読み切れてはいませんでした」


 答えたのはユウトを先導している商人、ハビエル・エクスデロ。

 あの海賊と組んで甘い汁を吸っていたブルーノ・エクスデロの息子だった。


 カエルのようだった醜い父親とは違い、細面でそれなりに整った顔立ち。物腰も柔らかく――実際その通りなのだが――二代目の若旦那といった雰囲気だ。


「今は冬場ですので、まだましですが」

「その前に対策をするのが、有能な商人というわけだ」


 小さな会釈で肯定の意を示す。


「こちらです」


 ユウトは無言で扉をくぐっていった。

 終着地は、縦横10メートルほどの空間。元は食料貯蔵庫だったそうだが、今は完全に空っぽで、余程丹念に掃除をしたのかちりひとつ見つけられない。

 石壁で、板も張っておらずひんやりとした空気が漂っている。


「なるほど。ここなら、問題無さそうだ」


 いつもの白いローブから、おもむろに呪文書を取り出す。

 一言注意してからハビエル・エクスデロを階段まで下がらせ、ユウトは呪文書のページを8枚分引き裂いた。


「《雪崩(アヴァランチ)》」


 呪文書のページが周囲へ展開し、周囲の魔力を吸い上げていく。淡い光が徐々に光量を上げ、炸裂した。

 水の源素界に存在するという雪嶺山脈。

 彼の地から大量の氷雪を召喚し雪崩とする第八階梯の理術呪文だ。


「まあ、こんなもんかな」


 雪で地下倉庫がいっぱいになっている様を見て、満足そうに頷く。

 本来は敵を雪崩に飲み込ませ押し流す呪文だが、あくまでもそれは目的。魚の鮮度を保つためであろうと、雪を呼び出すという現象は変わりない。


「これは……」


 ハビエル・エクスデロは二重の意味で絶句した。

 あっさりと。こんなに簡単に奇跡を起こしたユウトに。

 そして、こんな大魔術師(アークマギ)を金貨五百枚程度の宝石で懐柔しようとした亡き父の無謀さに。


「ハビエルさん」

「は、はい」

「同じような倉庫は何カ所か用意してあるんですよね?」

「はい。そういうお話でしたので私どもで見繕い、確保しております」


 本来であれば、大きく衰退したとはいえ、エクスデロ商会ほどの大店がやる仕事ではない。

 しかし、ハビエル・エクスデロは雑事と思われるような仕事でも積極的に行なった。

 それは――元々、あったかどうかはわからないが――信用回復のためであり、贖罪であり、存続を許された恩義に報いるためでもあった。


「じゃあ、氷を運び入れるんで、悪いけどこの雪を搬出してもらえます?」

「氷ですか? この雪が、そうなのでは?」

「え?」

「え?」


 意外そうな顔を見合わせる二人。


「どうも、話がかみ合っていないようなのですが……」

「だって、魚の鮮度を保つために氷が必要なんですよね」

「それはまあ、そうですが……」

「ですよね? だから、この雪は氷が溶けないように地下倉庫に置いて、別の場所から氷を持ってくるつもりだったんだけど」

「は、はあ。そういうことでしたか。分かりました。急いで人を手配いたします」

「別に急がなくても大丈夫ですけどね」


 《雪崩》で呼び出した雪は、なにしろ水の源素界の物だ。滅多なことでは溶けない。そのため、冷凍庫代わりにするには最適だ。

 後は、一度だけ行ったことがある遥か北方の流星湖から氷を切り出し、《瞬間移動》で運び込む。

 そのためのヨナとエグザイルで、そのための《瞬間移動》の温存だった。


 実は、この氷室は前々から構想だけはあった施設だった。しかし、仲間内だけであれば小魔法(キャントリップ)で事足りるし、さすがにやりすぎかなと自重していたのだ。これでも。

 そんなことは知らないハビエル・エクスデロは、寒いはずなのに冷や汗をかいている。


「じゃあ、レジーナさんの所へ行くので、後はよろしくお願いします」

「はい……」

「あと、氷を持ってきたら店の方へ連絡入れますね」

「はい……」

「使い切ったら持ってくるんで、連絡してください」

「はい……」


 壊れた機械のように返事をすることしかできないハビエル・エクスデロを置いて、ユウトは地下室を出る。

 次に向かうのは、先ほど宣言したとおり、レジーナ・ニエベスが率いるニエベス商会の店舗。ハーデントゥルムへやってきた三つめの目的が、既に進んでいるはずなのだが……。


 そこでユウトは、涙目のヨナという非常に珍しいものを見ることになった。

そのつもりはないのに、なぜか出るたびに商人の人がかわいそうな感じに。

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