番外編その3 世界を救った報酬は
時間があっちこっち飛んで申し訳ありませんが、今回の話はラーシアのラーメンの後のお話です。
「今回は、随分と苦労をかけた。申し訳ないことをしたな」
「……あれ? 俺、寝てないよな? 起きながら夢を見てるのか?」
突如として現れた金髪の美少年を目にし、ユウトは、まず自らの正気を疑った。
ここは知識神の宮殿でも、神の台座にある知識神の図書館でもない。代わり映えのしない、ユウトの執務室。
それなのに、そのはずなのに。目の前に、知識神ゼラスの分神体がいた。
ヴァルトルーデは、カイトとユーリの面倒を見るため不在。秘書のカグラも席を外している。ユウトは、ラーシアを地球へ送った代わりに賢哲会議からアドバイスを求められた件に取りかかっていた。
そのため、執務室で分神体と二人きり。
ダァル=ルカッシュも、神々の出現には気づかなかったようだ。
いや、正確にはそれは違う。
ゼラス神が一対一の対話を望んだ。ゆえに、この状況が発生しているのだ。
こうなると、賢哲会議からの依頼――地球における魔術教育の教本作りについて――も、後回しにせざるを得ない。
「おや。最初の時みたいな驚きようだ。もっと早く、こうしていれば良かったな」
「俺を驚かすのが目的みたいに聞こえるんですが」
「物事には立体的な見方があるものだ」
「……てっきり、城塞には現れないものだと思っていたもので。びっくりしましたよ、ええ」
資料を机上に放り出して、ユウトは心の底から意外そうに言った。
ファルヴの城塞は、ヴァルトルーデの願いに応えヘレノニア神が一夜にして生み出した奇跡の産物。いわば、ヘレノニア神の領域のようなもので、他の神々にとっては不可侵な存在。
そんな思いこみが、あったのだ。
「それを言ったら、ヘレノニアがここに現れたこともないだろう?」
「そうですが……。さらにそれを言ったら、天上に住まういと貴き御方が軽々しく塵界に訪れるなど、あってはならないはずですが」
「はははは。面白い冗談だ」
ラーシアのように指さしまではしないが、知識神が朗らかに笑う。
善と悪の神々が争い世界が破滅しなように結んだ青き盟約。それに記されている、地上への介入を禁じる条項が形骸化しつつある。
その最前線に、ユウトは立たされていた。
「まあ、このファルヴの地は例外のような扱いになりつつあるからな。いや、天草勇人やヴァルトルーデ・イスタスが存在しているがゆえか」
どちらにしろ遠慮したい。
「もちろん、私も用もなく訪れたわけではないのだよ、天草勇人」
自らの眷属――少なくとも、知識神ゼラスはそれを疑っていない――からの不審を感じたのだろう。前置きはそこそこに、本題を切り出そうとする。
「俺をからかうのが本題とか言わないでしょうね?」
「もちろん。神とて、本音と建前は使い分けるさ」
「……ご用をお伺いします」
部屋の真ん中に立って快活な表情を浮かべる分神体に、ユウトは執務机から頭を下げる。
台風のような災害に逆らっても意味はない。ただ、頭を下げて過ぎ去るのを待つのが上策なのだ。
「まず、これを渡しておこう」
ゼラス神が無造作に腕を振り、トーガの袖が揺れる。
すると、ユウトの目の前に、いくつものアクセサリーが出現した。
金の鎖の先には、手のひら――ちょうど、カイトやユーリぐらいの――丸く黒い金属板がつながっている。そこに白く六芒星が描かれており、周囲には色とりどりの宝石が配置されていた。
見るからに美しいアクセサリーではあるが……。
「この護符、もの凄い魔力を感じるんですが?」
「今後、下手に天草勇人たちの関係者に手出しされたら困るのでね」
善と悪、ふたつの勢力の神々が協議の上、提供することに決めたのだとゼラス神が説明する。
「子供たちや近親者に配りたまえ。災厄を防ぎ、善悪中立どの勢力からも手出しを受けなくなる」
「俺たちの関係者である証ってことですか……」
絶望の螺旋を打ち倒した件は、どうやらかなり重大事になっているようだ。
今さらながら、ユウトは顔をしかめる。
いつもならすぐ夢へ招待されるのに、数ヶ月放置されていた。それだけ、狂乱状態に陥った神々の回復や、人間が絶望の螺旋を撃退したという事実が重大なものだったのだろう。
ただ、この報酬は悪いものではない。
ユウトは、そう認識を改めた。
子供たちの安全が確保されるのは願ってもいないことだ。それに、これはただのお守りではない。実際に効果があるというのとは別に、神々がもたらした識別票でもある。要するに、現状維持を約束してくれた証だ。
「絶望の螺旋を撃退した報酬。ありがたく、いただきます」
「……ん? それはまた別だな」
「ふえ?」
「私は、そんなことは言っていなかっただろう」
「そう言われてみると……」
確かに、そうだった。
「これは、必要だから与えるだけだ」
「ちょっと、意味が分からないのですが」
まだ、なにかあるというのだろうか?
背筋に、冷たい汗が流れる。
「まだ、終わりじゃないと?」
「しかも、今回は、今までと趣が違ってな」
「ええええ……」
嫌な予感しかしない。
この先は聞きたくなかった。これなら、ラーシアのラーメン蘊蓄でも聞いていたほうがましだ。いや、そういう問題ではない。どっちも嫌だ。
「従来は、それぞれの神が個別に褒賞を与えていたが、それでは格好が付かないと吼えたてる悪神がいてな」
「ああ……。ダクストゥム神が……」
ダクストゥム神の秘跡のお陰で絶望の螺旋を撃退できた。
それは紛れもない事実なのだが、だからこそプライドを傷つけられたと感じているのだろう。そのうえ、功労者への褒賞まで余所に取られてはたまらないということか。
(たまらないのは、こっちのほうだ……)
ユウトの顔に、憂慮が色濃く現れる。
本当に、親娘で迷惑ばかりかけられる。サッカーゲームで大勝した報いなのだろうか。
「そこで、複数の神が関われる『壮大な褒賞』を与えるということになったのだよ」
「でも、内容は俺たちが決めるんですよね?」
「こっちで勝手にやっても構わないが、嫌がるだろう?」
逃げ場がない。
ユウトは、執務机に突っ伏した。
「レイ・クルスの真意を見抜けなかったので、相殺してちゃらってことに――」
「――なると思うか?」
「ですよねー」
それが許されるなら、ゼラス神が訪れるはずもない。拒否権はないということのようだった。
「……そういえば、絶望の螺旋は本当に滅んだんでしょうか?」
「それは……難しいところだな」
それでもと発した根本的な問いに、知識神もやや考え込む。
「定義すれば、そうなるといったところか」
「つまり、完全に滅んだわけではないと?」
「あれは、外の世界から現れた異物だ。こちらへやってきた枝葉は切り落とした、幹もへし折った。だが、根をすべて引き抜き燃やし尽くしたとまでは断言できぬ」
「ブルーワーズに訪れた絶望の螺旋は倒したけど、どっかに本体か分身がいるかもしれない……と」
「いたとしても、我らが滅びるまでの間に、再度現れることはないだろうがな」
「そこにさりげなく、俺を混ぜないでほしいんですが……」
とりあえず、心配はないらしい。
安心はした。
しかし、完全に逃げ場はなくなった。
「とはいえ、完全に滅ぼしたかどうかと、今回の褒賞の有無は無関係だがな」
「ですよねー」
否、最初から逃げ場などなかった。
「そもそも、栄えある神々からの褒賞を拒否するなど、ありえないのだがな」
「めんどくさいことにならないんであれば、喜んで受け取らせていただきますがね!」
リーダーでありユウトの配偶者でもあるヴァルトルーデは、イスタス公爵である。つまり、上位には王家がいる。変に強大になっては、アルサス王は気にしないにしても、周囲の反応がめんどうだ。
最後には、物理的に黙らせるにしてもだ。
そして、隣国のクロニカ神王国。
神々の奇跡を受けた神都の連合体であるかの国から見ると、最近のファルヴは組み入れたい。否、神王国の一部になってもらわねば威厳が保てないぐらい恩寵の深い土地となってしまっていた。そのうえ、セネカ二世も、虎視眈々と狙っているきらいがある。
調整は可能であろうが、今からげんなりしてしまう。
「独立すれば良いではないか」
「ラーメン屋の、のれんわけじゃないんですから……」
ロートシルト王国の一部だから外交からは解放され、軍備も最低限で済んでいるのだ。それを手放す気にはなれなかった。ヴァルトルーデだって、女王の座など望むまい。
「とにかく、今回の件は拒否できないと」
「うむ。それでいて、私たちが楽しめるものだと、なお良い」
最後に本音を口にし、知識神との会見は終わった。
「ところで、最近、地球の書物の入荷が滞っているようだが?」
「あー。善処しますので」
それで、今度こそ本当にゼラス神は姿を消した。
「――ということなんだ」
その日の昼下がり。
ゼラス神の分神体が消えた直後に仲間たちを呼び出し、わずか10分後には食堂兼会議室に全員がそろっていた。
「あたし、いる必要ある?」
ユウトが説明を終えた直後、真っ先に反応したのはアカネだ。腹部の膨らみも目立ち始めた彼女が、自分は絶望の螺旋っていうのと戦ってないわよと主張する。
しかし、その目論見はあっさりと阻止された。
「そりゃ、いるよ。いりまくるよ」
「アカネさんの活動のお陰で、結界が維持できたのよ」
ラーシアが意味のない言葉で、アルシアがはっきりとした感謝でアカネを引き留める。
美と芸術の女神リィヤが構築した書き割りの世界。
そこに絶望の螺旋を閉じこめ、神々との戦闘の影響を現実に及ぼさないようにした。これがなかったら、ユウトたちも全力では戦えなかっただろう。
世界にも、どんな悪影響が出ていたか分からない。
その意味では、最大とまでは言えないかもしれないが、功労者であることは間違いなかった。
「それね。狙ってたわけじゃないのにね……」
「アカネだけ逃がさない」
ここだけ切り取ると、ヨナも会議に意欲的なようだが、違う。
アルビノの少女としては、こんな会議には参加したくない。けれど、そういうわけにはいかない。アルシアに怒られる。絶対に怒られる。
ゆえに、自分以外の参加者に有益な意見を出してもらって、会議を早く終わらせる。
これが、最善手なのだ。
「ヨナちゃんに言われたら断れないわね、ヨナちゃんに言われたら」
そうとは知らず、頼りにされたと――その部分は間違っていないのだが――にわかにアカネがやる気を見せた。
「なぜ、そこを強調する。いや、どうでもいいが」
話の腰は折られたが、内容はしっかり伝わっただろう。
そう判断したユウトが、リーダーであり配偶者であるヴァルトルーデに代わって会議を進める。
「というわけで、無理難題を持ってこられたので頑張って解決しよう」
「しかし……難しいところね」
「アルシアの言うとおりだ。もう、欲しい物もないからな」
ヴァルトルーデの言葉は、聞きようによっては傲慢のそしりを免れないだろうが、彼女にとっては紛れもなく本音であり事実だった。
愛する人と、愛する人との子供と、同じ人を愛する仲間がいる。これ以上に、なにが必要だろうか。
「それなら、無難に金をもらっておいたらどうだ?」
「確かに無難だけど……」
確かに、あって困る物でも腐る物でもない。
エグザイルの面白みはないが危険も少ない意見に、しかし、ユウトは首を横に振る。それで済めば苦労はしないと言わんばかりの、苦々しい表情だ。
「良いじゃん、良いじゃん。お金でも」
「……ラーシアが当たり前の意見に賛成すると、不安になるな」
「なにをたくらんでるんだ、ラーシア?」
婉曲的なヴァルトルーデと、遠慮のないユウト。
ふたつの不審にも、ラーシアは揺るがない。
「だって、今回は過去最高でしょ? 『壮大な褒賞』なんでしょ? 絶対に宝物庫なんかには入りきらないよ」
「その可能性はある……いや、高そうだな」
「下手すると、領地全体が金銀財宝で埋まるんじゃない? 財宝平野だよ、財宝平野! カッコイイ!」
食堂兼会議室が沈黙に包まれた。
ありえる。
誰もが、そう思ってしまった。そして、その光景を想像し……絶句した。
「壮観だろうねぇ。見てみたくない?」
ラーシア以外は。
「いやでも、さすがに神様たちでも、ねえ……」
「昔さ、銅貨を何万枚か手に入れたことがあるんだよ」
楽観論を唱えるアカネへ、ユウトはさらに苦々しい表情で語り始める。
「持って帰るのが面倒だって、ダンジョンからの帰り道にある村に、全部置いてったんだ」
金貨に換算すれば、たかが数百枚。
捨てるのはもったいないが、持ち帰って両替するのも手間。そう思ってとある村に寄付をした。
驚かれたが、まあ、邪魔だからと半ば押しつけるように立ち去ったのだが……。
「それは……地方経済が崩壊しそうね」
「ああ。そういうことだ」
突然の臨時収入に村人が怠けたり、変な事件に巻き込まれたりする可能性もあった。
幸いにして村の蓄えにしてくれたようだが、あとで大事だと気づいて青くなったものだ。
「そしてつまり、神様ならそんなノリで領地全体を金銀財宝で埋めかねないというわけね」
アカネの言葉に、ユウトはゆっくりとうなずいた。
特に今回は、神々が総出で叶えにくる。必ず、やりとげるだろう。
「えー? ダメなの?」
「ラーシアので、良いと思う」
ヨナが雑に賛同するものの、当然、却下された。
「受け取るにしても、個人的な物なのか、領地全体で役立ちそうな物なのかで考え方が違ってくるよな」
これではいけないと、ユウトが軌道修正を試みる。
せめて筋道ぐらいは示さなければ、まともな会議になりそうになかった。
「個人的といっても、護符はもらっているのだろう?」
「そうね……」
「結婚指輪なんかも、行き渡ってるしね」
「まだ! まだもらってない!」
ヨナが、いつも通りの無表情で。しかし、積極的にアピールする。
筋道を示せば、脱線しないというわけではなかった。
(いや、筋道がないと脱線しているかどうかもわからないからな)
虚しいと思いつつも、ユウトは前向きに考える。
「素直に考えれば、武器か防具か」
「そうか、それがあったな」
熾天騎剣を作ってもらい、鎧や盾にも不満はない。そのため思いつかなかったのだろうが、エグザイルの言葉にヴァルトルーデが食いついた。
「ラーシアの弓に、エグザイルのスパイク・フレイルは新調しても良いのではないか?」
「別に、今の武器でも不満はないけどねー」
「振るう相手がいればいいのだがな」
ラーシアもエグザイルも、口では乗り気ではないようなことを言っているが、その実、目は輝き笑っている。やはり、武器が新しく強くなるのは嬉しいものらしかった。
「でも、悪神由来の武具になる可能性もあるのではない?」
そこに冷や水を浴びせかける、アルシアの指摘。
位置付け的に、ラーシアもエグザイルも悪の神由来の武具を持ちたくないとまでは言わない。しかし、聖堂騎士たるヴァルトルーデの前で使用するのは、はばかられる。
またしても、振り出しに戻ってしまった。
「武器がダメなら、城塞を空を飛べるように、改造してもらうとかどう?」
「ラーシア、どこへ行こうというのかね?」
「ヴェルガをどうにかしてもらうのは……無理か」
「ええ、悪神も絡んでいるとなると……ね」
またしてもエグザイルから出た堅実なアイディアを、アルシアが残念そうに否定する。
それができたら言うことなしだが、現実的には難しい。
「個人の持ち物が難しいのなら、劇場みたいな施設をお願いする?」
次に、アカネが軽く手を挙げ意見を述べる。
「大っきめの施設で、ふたつ対になるような感じで作ってもらったら角も立たないでしょ」
「城塞、温泉、劇場、墓所、図書館、修練場に時計塔。他になにを頼みます?」
アルシアが、指折り数えあげていく。
それはただの事実確認だったが、ユウトやアカネをげんなりさせるに充分だった。
そこに、ヨナが平坦な声で割り込んでくる。
「ロボット」
「……ロボット?」
「良いロボットと悪いロボットを作って、戦わせる」
「戦わすのかよ」
アニメかゲームの影響を受けたヨナのアイディアだが、実は悪くないのではないか。
思わぬ糸口を見つけ、ユウトは思考を巡らせた。
「戦わすのはあれだけど、二体の超巨大魔導人形の彫像を作ってもらって、外敵が来たら起動するってのはありかなぁ」
「それは大魔神なの? ヒゲなの? 大仏なの?」
「悪くはないと思うけれど、そこはクロニカ神王国次第になるかしらね」
「ああ、それか」
アカネのツッコミは黙殺したものの、アルシアの指摘には、そうもいかなかった。神々に関する大規模な設備となると、クロニカ神王国との調整が欠かせない。
「あとは、本当に防衛用のロボットだって信じてもらえるかどうかが問題か……」
「毎週、敵が攻めてくるわけでもないものね」
「割れるバリアを張る!」
「割れる前提かよ」
いや、むしろバリアを割る方だと言わないだけ、ヨナも成長しているのか。
そんな益体のない思考をしているユウトに、ヴァルトルーデが語りかける。
「しかし、対にするか、善悪両神でひとつの物を願うか。その方向性は間違っていないのではないか?」
「うん、ヴァルの言うとおりだ。ただ、そこにプラスして、王家や隣国にも配慮した内容じゃないといけないんだよな……」
「めんどくさいねぇ」
条件をあげていくユウトに対し、ラーシアが他人事のように言った。
「せっかく、良い方向に話が進みそうだったというのに」
「ボクは悪くないし?」
そんなヴァルトルーデとラーシアのやりとりを横目に、ユウトは思考の海に沈んでいく。
善と悪。ふたつの勢力に分かれた神々の双方を満足させ、王家やクロニカ神王国との関係を損ねない。そんな報償が求められているわけだ。
議論が紛糾……というよりは、ほとんど前に進んでいないように、すべてを満たすのは非常に困難な難題である。
ユウトたちがいる間は、どうとでもなる。
しかし、子供が産まれたばかりでなんだが、自分たちに匹敵するような力を持つとは思っていない。つまり、後の世代で重荷になるような褒賞も避けるべき。
考えれば考えるほど、制限ばかりが増えていく。
(まあ、完全にフリーハンドよりはましだけど……)
無限の可能性など、不自由と変わらない。制約があるからこそ、逆転の一手が打てる。
〝虚無の帳〟の残党から、同時に何カ所も攻められたときも。
絶望の螺旋が天上に住まう神々と眷属たちを発狂させたときも。
追いつめられたからこそ、選べた道があった。
今回も、それと同じだ。
(要は、どこからも文句が出ない、うちにちょっかい出すこと自体問題だと思わせるものなら良いんだよな。だから、ヨナの魔導人形みたいなのじゃなくて……)
思考の海の底を目指し、ユウトはさらに集中する。
ラーシアやヨナが、なにか喋っているが意識の外だ。本当に水中にいるかのように、茫洋として言葉が意味をなさない。まるで眠る寸前のように、意識も手放しかけている。
(世界平和に貢献ってのが一番だよな。でも、ヴェルガ帝国は解体されたし、完全じゃないにしろ絶望の螺旋も――)
そのとき、閃光のようにアイディアが浮かんだ。いや、出現した。
一瞬で形になった回答。
しかしそれは、ゼラス神との対話やアカネの存在。それに、今この場で交わされた様々な意見でできあがったものでもあった。
(神々の特長を生かしたフロアを用意して、財宝も出してもらって……。それで、冒険者とか希望者を受け入れて……)
いける。
そう確信した瞬間、ユウトは、自分以外の全員から視線が注がれていることに気がついた。いつの間にか、会話も途切れている。
「……ん? どうしたんだ?」
「いや、ユウトが考え込んでいるようだったから……な」
ヴァルトルーデが答えるが、どういうわけか歯切れが悪い。
「ヴァルに代わって言うけど、ユウトが悪巧みしてる顔だったから、みんなで注目してたのさっ」
「そう。これから、おもしろいことが起こる」
「えー」
「勇人、お手柔らかにね」
「アカネさん、そんな。いくらユウトくんでも、今のアカネさんに負担を与えるようなことはしませんよ」
「さすがだな、ユウト」
「信頼されすぎて涙が出てきそうだぜ」
だが、そういうことなら話は早い。
「神の台座に、迷宮を作ってもらうのが良いんじゃないかと思ってさ」
唐突なアイディアに、誰もが首をひねる。
そんな仲間たちへ、さらに自らのアイディアを語っていく。
「いつもの勇人らしく、理路整然とした無茶苦茶ね」
「うむ。さすが私たちのユウトだな、素晴らしい。素晴らしいぞ」
それに対する反応は、概ね予想の範囲内……というよりは、案の定といったところだった。
三日後、神の台座と呼ばれる土地に新たな施設が誕生した。
しかし、隣接するファルヴの街では、特に驚きはなかった。それは、前もって布告されていたからでもあるし、表面上、地下への階段とそれを覆う祠しか存在していないからでもあった。
それは、善と悪の無限迷宮と名付けられた。
ひとつの階層を一柱の神が担当し、その神にちなんだ障害――罠、怪物、謎かけ――が設定され、神を讃える構造になっている。
“常勝”ヘレノニアの階層は、時々によって武器が変わる天使が一人いるだけだ。しかし、その天使との一騎打ちを迷宮に挑んだ全員がクリアしなければならない。
ドワーフの主神ドゥコマースの階層を突破するには、ドゥコマースを讃える聖句の詠唱が求められる。
悪神ダクストゥムの階層は、悪意に満ちたトラップが満載されている。意味ありげに配置されたオブジェクトは実は攻略には無関係で、なんでもない場所に進行の鍵が隠されている。
挙げ句、最後には未知のゲームを挑まれ敗退者が続出しているという。
どの階層が現れるかは無作為。万が一、迷宮内部で死亡しても復活して隣接する死と魔術の女神の墓所へ送られるようになっているのだという。さすがに、副作用がないわけではないようだが。
また、それぞれの階層には、神々が用意した財宝も配置されている。
しかし、それは本来の機能に比べたら枝葉末節にすぎない。
階層をクリアすることで自動的に、神々の存在を称え、その力が増すようになっているのだ。悪の神の利益にもなるのだが、問題にはならない。
増幅した力は、絶望の螺旋のような存在に対抗するときにのみ使用される。そう、青き盟約に追記されたのだから。
迷宮を踏破することで、世界平和に貢献できるうえに、報酬も手に入り、安全も確保される。
これには、主家たるロートシルト王家も神王国を自認する隣国も、文句のつけようがなかった。また、これを接収あるいは奪い取るような動きを見せれば神々が黙っていないだろう。
ユウトは、見事、難問をクリアしたのだ。
ただひとつ、問題があるとするならば。
「無限迷宮を踏破せざる者、我が後継者と認めず」
ヴァルトルーデによって、イスタス公爵家に、このような家訓が追加されたことだろうか。
【宣伝】
ようやく新連載始めました。
人形転生-カカシから始まる進化の物語-
http://ncode.syosetu.com/n7704dl/
本日は2話投稿。以後、切りの良いところまで毎日更新の予定です。
よろしければ、読んでやってください。
それから、次回の番外編は考えていたネタが某ノクターン作品とかぶったので未定です。
こんなのが読みたいという希望がありましたら感想欄などにリクエストをお願いします。
ほんと、単純なネタでもあとは書くだけというレベルの詳細なプロットでも構いませんので。
それでは、今後ともよろしくお願いいたします。