レベル99冒険者によるはじめての領地経営書籍版6巻記念短編 最も甘いデザート
レベル99冒険者によるはじめての領地経営6巻、本日発売!
というわけで、恒例の記念短編をお届けします。
Episode 4の第一章と第二章の間のお話となります。
魔法銀の鎧が、木漏れ日を反射した。
「止まれ。でなければ、命はないと知れ」
その声は、固く緊張はしていたが、震えてはいなかった。
そしてなにより、美しかった。
異世界から来た聖堂騎士の背後に立つ一級魔導官秦野真名ですら、任務を忘れて聞きほれてしまうほどに。
「……そうか。ならば、仕方がない」
しかし、相手にはその温情を感じるだけの知力がなかった。
小山のような体躯の巨大熊は速度を緩めることなく、完全武装をした美しき聖堂騎士へと突進してくる。体高は2メートル以上、体長は5メートルを超えるだろう。
車が突っ込んでくるようなものだ。真名は本能的に危機感と、それを上回る恐怖を感じてしまったが、それはむしろ、当然の話。
異世界――ブルーワーズとの間に次元門が不定期に開き、モンスターが襲来するようになって数日。
ユウトが開発した『揺らぎ感知器』によって素早い検知が可能となり、手遅れから後手に回る程度に対応も改善された。ホテルのヘリポートからヴァルトルーデが出動し、退治をするのもこれが初めてではない。
今回の相手は、見るからに凶暴な巨大熊だった。
体重は恐らく1トン以上、ヴァルトルーデの頭よりも巨大な掌とそこから伸びる爪は周囲に生える樹木をいとも容易く薙払う。一噛みでヴァルトルーデの首はおろか、細い胴を食いちぎることも可能だろう。
人里に降りられたら、事件どころの話ではない。被害だけで言えば、災害規模となることは間違いない。
ここまで来ると、動物とモンスターの境は曖昧になる。
この巨大熊は、特別に神々や悪魔、あるいは太古の魔術師たちが創造したわけではない。自然界に住まう生物の延長線上にある。
しかし、その外皮は矢や槍を弾き、適度な脂肪と自然の中で鍛え上げられた筋肉は、銃弾さえ止めるだろう。狙われたら最後、どこにも逃げ場はない。
とはいえ、熊は熊だ。相応の準備をすれば、賢哲会議の部隊でも充分に対処は可能ではある。彼らとしても、できれば生け捕りにしたかったところだろう。
問題は、その準備をする時間がないこと。いつ、どこに現れるか分からない相手に対し、完璧な準備を行うことは難しい。
「征くぞ」
その危険な生物に立ち向かうは、絶世の美女。
全身に金属の鎧をまとい、小手と一体化した盾を構え、腰には剣を佩いている。
誰もが、笑うかあきれるか心配するかするだろう。少なくとも、彼女の勝利を信じる者はいないはずだ。
ただ一人、想い合う少年を除いては。
「せめて、安らかに眠れ」
夏の獣道で、美女と野獣が交錯する。
野獣――巨大熊は突進の勢いを利用して左右の腕を振るった。どこに当たっても、否、触れただけで必殺の攻撃。
しかし、それは虚しく空を切る。もうそこに、ヴァルトルーデはいなかった。
巨大熊に足りなかったのは、温情を感じるだけの知力だけではない。
彼我の実力差を認識するだけの、判断力も足りなかった。
躊躇なく踏み込み死の鈎爪をかわした聖堂騎士は、いつの間にか抜いていた討魔神剣を横に薙いだ。
力が入っているようには、見えない。
その軌跡はあまりにも自然で――美しかった。
巨大熊の頭部が、ゆっくりとずれ、地面に落ちる。
あまりにも美しい剣閃ゆえ、その結末は、当然のように思えた。
「お疲れ様でした」
「いや、なんということはない」
賢哲会議のスタッフがあわただしく巨大熊を回収していく中、真名がヴァルトルーデをねぎらう。
安堵と畏敬が入り交じったような、表情だった。いわゆるモンスターではなく、規格外の存在ではあるが、強さが実感しやすい野生動物を一蹴したことで、ようやくヴァルトルーデの実力を理解できたのかもしれない。
だが、ヴァルトルーデには、そんな感情の機微など分からない。
なんでもないと、軽く首を振る。金糸のような髪が、木漏れ日を反射して瞬いた。
「移動のほうが疲れたぐらいだ」
ヘリコプターで現地へ急行したとはいえ、一時間ほどかかった。どうやら、自分で飛ぶのは良いが、なにかに乗っての空の旅は、まだ慣れないらしい。
「ところで、この後、どうされます?」
「どう、とは?」
「いえ、お昼の時間も過ぎてしまいましたし、こちらで食べていかれますか? それとも、戻ってからに?」
「むう……」
そう言われると、とたんに空腹が気になり出す。
我慢できなくはないが、また一時間ほど飛んでからでは中途半端な時間になるし、億劫だ。だからといって、ユウトとあまり離れているのも……と、思考がまとまらない。
「この近くのホテルに、有名なバイキングのお店があるそうです」
「バイキング?」
そんな状態で海賊の話が持ち出され、ヴァルトルーデの混乱に拍車がかかる。
世界移動により自動的に言語を翻訳する能力が付与されているはずだが、意味が分からなかった。
「えー、そうですね。簡単に言うと、定額で食べ放題のお店です」
うまく翻訳されなかったのは、ヴァルトルーデに「食べ放題」という概念がなかったからかもしれない。
真名の説明を聞いても、「理解できない」とうなり声をあげていた。
「ううむ。その店は、聖人が経営でもしているのか?」
そんな店は、慈善活動でしかあり得ない。
神に清貧を誓い、収入の大部分を喜捨する冒険者の存在をヴァルトルーデは知っていた。衣服や身の回りの品など最低限の物しか持たず、食事も極めて質素。
代わりに、生身の肉体が魔法の武器や防具に匹敵する力を得るのだ。その性質上、修道僧に多かった。
「神なき星では、そんな加護も得られまいに……」
ヴァルトルーデは、すっかり感じ入っていた。見返りを求めず施しを行う。それはまさに、聖人の行いであった。
「いえいえ、普通に採算は取れてますから。そんな、大げさな話ではないです」
凄まじい誤解の雰囲気を感じ、真名が慌てて否定する。「誰もが、あなたのように食べるわけではないです」という言葉は、なんとか飲み込んだ。
「定額と言いましたが、それもそこそこしますから。代わりに、最近のは、結構凝った料理を出すみたいですよ」
「そうか」
きちんと採算が取れている商売らしい。それならば、問題ないだろう。
ヴァルトルーデの腹は決まった。
真名に案内されたのは、明るく解放感と清潔感のある空間だった。
片側には所狭しと料理の置かれた台とキッチンがあり、それを取り囲むかのようにテーブルが配置されている。また、そちら側には大きな窓があり、眺望を楽しむこともできた。
昼時は過ぎていたが、夏休み中ということもあって盛況だ。楽しそうに料理を選ぶ親子の様子に、ヴァルトルーデは相好を崩す。
「ここは、私たち賢哲会議からのささやかなお礼だと思ってください。それから、センパイには報告済みですので、その点も気兼ねなく」
「うむ」
テーブルに着いた真名の言葉に、ヴァルトルーデは鷹揚――あるいは、気もそぞろに――うなずいた。
依頼を達成した後、依頼人から饗応を受けることもある。その延長と考えれば、特に遠慮も緊張することはない。
そのタイミングで、ギャルソンが姿を現し、格式を感じさせる所作でジョッキをヴァルトルーデの前に置いた。
厚手のガラスのジョッキになみなみと注がれた琥珀色の液体。
よく冷えた生ビールを前に、絶世の美女の喉がごくりと鳴る。ギャルソンが立ち去ったことも、いや、真名の存在すら意識の外になった。
アルコールは別料金なのだが、一杯だけと先に頼んでいたビール。この空間は空調が利いているが、先ほどまでいた山中は非常に暑かった。さらに、鎧を身につけて戦闘をこなした後でもある。ヴァルトルーデが渇きを覚えても仕方がない状況だ。
こんもりと盛られた泡やジョッキについた水滴が、冷えたビールへの期待をさらに掻き立てる。
今この状況では、愛しい人と同じぐらい価値があるものだった。
「いただこう」
自分一人で飲むというわずかな罪悪感を払拭するように一言断りを入れてから、ヴァルトルーデはジョッキを傾けた。
まず一口。
そのはずが、堰を切ったように止まらなくなってしまった。
舌で味わうような余裕はない。そのさわやかな苦みを喉で感じる。ぐびりぐびりと嚥下していく、その快楽。かゆいところに手が届いたような感覚。
まさに、適材適所。絶対攻撃を放った瞬間のような手応えと爽快さを感じる。
「ふう……」
気づけば、一息で飲み干してしまっていた。
ことりと、ジョッキをテーブルに置く。そこに未練の視線を送ったが、ヴァルトルーデは振り切った。二杯三杯と飲めば、この感動は薄れてしまう。これで良い。これで良いのだ。
「ず、随分と喉が渇いていたんですね」
その光景に見とれていた真名が、微妙にずれた反応を返した。
だが、それもやむを得ないところだろう。
彼女を前にすれば、すべてが色あせて見える。そんなヴァルトルーデが、心底嬉しそうに美味しそうにジョッキを空にしたのだ。気の利いたことを言えるはずもない。
「さて、次はどうすれば良いのだ?」
「ああ、いえ。そうですね。あちらに、自分で料理を取りに行きます。料理人に頼んで、その場で調理してもらうこともできます」
「そういう仕組みか」
食べ放題というあり得ないシステムを許容してしまえば、ルールの把握は――ヴァルトルーデでも――難しくはなかった。
席から立ったヴァルトルーデは、いきなり料理を取るようなことはしない。皿も持たず、どんな料理があるのか情報収集を試みる。
出動前にユウトが呪文をかけ、彼女を知らない相手からは、その美しさが目立たないようにはなっている。だがそれは、彼女の洗練された動きや声を隠し通すまでには至らない。
呪文で隠蔽されても感じる美しさに、周囲の客が呆然とする事件が発生するが、ヴァルトルーデは気づかなかった。
それほど、集中していたという証拠でもあった。
なにしろ、冒険者にとって情報収集は欠かせない。
敵を知り己を知り――そのうえで、力押し。それが、冒険者の流儀というものだ。
「まずは、あれから行くか」
真名を置き去りにしてヴァルトルーデが向かったのは料理人のいるブース。
そこでは、骨付きのローストビーフを目の前で切り分けるサービスが行われていた。
このバイキングの目玉とも言える逸品だ。
だが、あながち食欲だけで選んだわけでもない。それを選んだのは、ヨナのことを思い出したからだ。この場にアルビノの少女がいたならば、真っ先に注文していただろう。
だからというわけではないが、気づけば皿には二人前載っていた。まあ、食べ放題なのだ。問題はあるまい。
しかし、若干の罪悪感はあったのだろう。思わず、アルシアの顔を思い浮かべてしまう。
(そういえば、アルシアは卵が好きだったな……)
日本では物価の優等生などとも言われる卵だが、ブルーワーズでは高級品だ。滅多に庶民の口に入ることはない。
だからというわけではないが、骨付きローストビーフを受け取ったその足でオムレツを目の前で焼いてくれるブースへ移動し、もうひとつの目玉であるフォアグラ入りオムレツを受け取っていた。
本当にアルシアがこの場にいたならば、自分の好物を選ばれて喜んでいただろうか。いや、「ヴァル、野菜も食べなさい。そもそも、食べ過ぎないように」と注意していただろう。
しかし、その言葉はヴァルトルーデには届かない。
(なぜ、人間には手が二本しかないのだ……)
まったく別の命題に、頭を悩ませていたから。
とはいえ、ユウトに呪文を使ってもらい、腕を生やすわけにもいかない。諦めて自分のテーブルへと戻ると、真名がヴァルトルーデのことを待っていた。
「先に食べていれば良かっただろうに」
「せっかくですので、最初くらいは」
ちらりと真名の皿を見ると、寿司が並んでいた。
ヴァルトルーデも、寿司は経験済みである。ホテルのルームサービスで、ユウトと一緒に食べたのだ。特に、大トロが良かった。次は、自分も寿司にしようかと密かに心に誓う。
「では、いただきます」
「いただこう」
ヴァルトルーデは、まず、メインの骨付きローストビーフへと手を伸ばした。
グレイビーソースのかかった鮮やかな色の肉にナイフを入れ、一口大……と言うには大きめに切り分け口に運ぶ。
(うむ。肉だ)
他に感想は浮かばなかった。
肉を、命を食べている。その実感が、ヴァルトルーデに活力と更なる食欲を与えた。
咀嚼し嚥下すると、間を置かずに二切れ目を食す。
若干落ち着いた二口目は、蕩けるような脂の旨味をより感じるようになった。だが、赤身があっての脂の旨味だ。どちらが欠けてもいけない。ヴァルトルーデとユウトがともにいることに意味があるように。
ヴァルトルーデは一緒に盛られたマッシュポテトに手を付け――他にもうひとつ、付け合わせがあることに気づいた。
(なんだこれは?)
黄色い、なにかをすり下ろした物か。ナイフの先に少しだけ取って味わってみると、刺激的な辛味を感じる。
肉につけて食べる、寿司における、わさびのようなものだろうか。
せっかくだからと、少しローストビーフにそれ――レホール――をつけて食べてみる。
「おお、これは」
思わず、声が出ていた。
食べ進めればどうしてもくどくってしまう脂の旨味。それを中和し、いや、しつこさだけを取り払い、旨味だけを残してくれる。
これは、欠かせないパートナーだ。まるで、ヴァルトルーデとユウトのように。
その勢いと感動のまま、ヴァルトルーデは骨付きのローストビーフを食べきってしまった。
続けて、間髪容れずにオムレツへ手を伸ばす。冷めてしまってはもったいないからだ。決して、食い意地が張っているからではない。
そして、オムレツもまた、素晴らしかった。
半熟の卵は、なぜこうも人の官能を呼び覚ますのか。とろとろの卵が小さなフォアグラを包み込み、口に運んだ瞬間、すべて溶けてなくなった。
まるで、幻覚の呪文を受けたかのよう。
しかし、口内に残る卵の風味、旨味、バターの香りが現実だと教えてくれる。
これも、ローストビーフの半分の時間もかからずに食べ終えてしまった。
「さて、次だな」
食前酒と、前菜は終わった。
これからがメインだと、ヴァルトルーデが再び席を立つ。
長い長いメイン料理の時間が、ここから始まる。
なにを食べるかは、既に決まっていた。
エグザイルの好物は、羊だ。
実際、岩巨人にとってのソウルフードは山羊なのだが、王都セジュールでも手に入りにくい。
その代わりにと食べ出した羊にはまってしまったらしい。
ゆえに、ヴァルトルーデは仔羊の香草焼きを皿に乗せた。
ラーシアは、とにかく珍しい物が好きだ。
無造作に積み重ねられた茹で蟹など、その最たる物だろう。
アカネの好物は……分からない。作ってもらってばかりで、アカネの好きな物を知らないとは。
だが、思い出ならある。アカネに作ってもらって、何度も試食したハンバーグ。それがあったので、二個ほど皿に乗せた。
「……取り合わせもなにも、あったものではないな」
もの凄く今さらな感想を漏らし、ヴァルトルーデは席に戻る。
真名は、まだ最初の寿司を食べているところだった。まあ、人には人のペースがある。
「いただきます」
再び食前の挨拶をして、まず仔羊の香草焼きに手を伸ばす。
骨を手づかみし、肉を食い千切る。
独特の癖はもちろんあるが、気にはならない。ハーブが、より一層、その風味を引き立てているようだった。食べ慣れないと違和感があるかも知れないが、エグザイルとともに食した経験が、そんなものを駆逐する。
軽く手を拭き、次に蟹へ手を伸ばす。
剣術で鍛えた彼女の繊手は、蟹の殻など物ともしない。怪力を通り過ぎて超常的な筋力を活かして殻を粉砕し、身を露出させる。
蟹酢で食べる蟹の身はさわやかな旨味があり、肉の合間に食べるにはもってこいだ。残さずほじくって食べるのも、ちょっとした楽しみがある。
しかし、淡泊な味であることは否定できない。
そこで、合間にハンバーグも口に入れる。ブルーワーズでは食べられなかったトマトソースのハンバーグは、アカネが試行錯誤した物よりは完成されていた。
だが、好みで言えば、やはりアカネが作ってくれた物には及ばない。
懐かしい仲間たちのことを思い出しながら、ヴァルトルーデは食事を進める。唖然とする真名の姿など、目に入らない。
蟹を食べ尽くした聖堂騎士は、思うままに皿へ料理を載せていく。
トンポーロー。少し毛色の違う料理だが飴色の肉は美しい。
同じく、飴色のソースに覆われたポークジンジャー。
豚肉が重なってしまった。しかも、肉ばかりだ。
ヴァルトルーデは、大トロを中心に寿司も取って、テーブルへと戻ってきた。
スパイスの利いた、とろとろのトンポーロー。美味い。
ショウガの風味がするポークジンジャーは、ロース肉独特の歯ごたえがあり、これまた美味い。ビールか米が欲しくなる。
だから、次に寿司へと手を伸ばす。
ヴァルトルーデは、ヴァルトルーデが想うまま、ヴァルトルーデが望むまま貪欲であった。
ひとつとして同じ料理には手を付けず何周かして傍らに皿を積み重ねたところで、ようやく周囲の……具体的には真名の様子に気づいた。
寿司を食べていたはずの真名は、いつの間にかケーキ――デザートを食べていた。
「少し別になったところに、いろいろありますよ?」
ヴァルトルーデの視線に気づき、真名がおずおずと説明する。乞われれば、皿のケーキを差し出してしまいそうだ。
「そうか……。だがな……」
ここで初めて、ヴァルトルーデが躊躇する。今さら、今になって、今頃。
積み重なった皿と、料理台からなくなった料理。それを思い浮かべると、自然、アルシアの怒ったような表情も浮かんでくる。
アルシアがこの場にいたら確実に説教をしているので、はっきり言ってそれはかなり希望的な想像なのだが……とにかく、精神的にストップがかかった。
「どうせ怒られるのなら、食べてから怒られる」
ヨナであればそう開き直っただろう。しかし、ヴァルトルーデはそこまで思い切ることはできなかった。
「いや、もう、腹八分目だ。また出動がないとも限らんから、このくらいにしておこう」
「そう……ですか」
真名はなにも言わなかった。
とはいえ、ヴァルトルーデがデザートにありつけなかったのかというと、それもまた違っていた。
「今、戻ったぞ」
「お疲れ様」
再びヘリコプターに乗り拠点にしているホテルのスイートに戻ると、ユウトがカップのアイスクリームを片手にヴァルトルーデを出迎えた。
魔法具作りに集中していたが、一息入れているのだろう。
ソファにだらしなく座って、アイスを口に運んでいる。
「食べる?」
その横に座ったヴァルトルーデへ、ユウトはスプーンにバニラのアイスをすくって差し出した。
本来であれば首尾を確認すべきなのだろうが、ヴァルトルーデが出動したのだ。確認するまでもない。
「む」
ヴァルトルーデは、一瞬躊躇する。
その一瞬で、それこそ言葉にできないほど様々なことを考えたのだが……誘惑には抗えなかった。
ためらいがちに、スプーンを口にくわえた。
「甘くて冷たいな」
ビュッフェでデザートを食べなかったヴァルトルーデの判断は、この上なく正しい物だった。
どれを、否、すべてを食べたとしても、この一口には及ばないのだから。
ユウトに食べさせてもらったアイスは、この上なく甘く、蠱惑的なデザートだった。
次の番外編はお盆の頃にはお届けできると思います。
絶望の螺旋を倒したことによる神々からの報酬についてになる予定です。
それでは、今後ともよろしくお願いいたします。