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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 16 叙事詩の終焉(エピローグ) 第三章 善と悪を越えて
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エピローグ

「ここは、通さないぞ」

「ベイディス兄ちゃんが、僕についてこれるかな?」

「やってみるまで分からないだろう。それに、カイト。お前の弟(ライト)は、牢屋の中だぞ」


 黒髪の少年――カイトが、瞳を曇らせる。

 それはまったく正論で、彼の泣き所だった。


 まだ幼い――10歳にはなっていないか――ながらも、母親譲りの整った顔立ちに、父親に似た理性的な瞳。それを微妙に歪ませ、悔しそうに一番年上の兄貴分を見つめる。

 彼がそんな表情を浮かべていると、自然と庇護欲が湧いてくるから不思議だ。いや、両親のことを思えば不思議はないか。


 もちろん、そんな視点は「ケイドロ」に夢中なカイトには、関係のないこと。もはや一国を遙かに超える影響力を持つイスタス公爵家の後継者だとしても、同じだ。


 ファルヴの街のすぐ側に鎮座する神の台座。

 その森――死と魔術の女神の霊園――の開けた一角で、子供たちは父親から伝授された遊びに興じていた。


 そう。将来を約束されていても、今のカイトはただの子供に過ぎない。そして、将来よりも「ケイドロ」の勝敗のほうが大切。

 カイトは、岩巨人(ジャールート)の――5歳児としては標準的なカイトよりも、頭ひとつ大きい――ベイディス越しに、「牢屋」にいる弟へと視線を送る。


 ライトは、カイトの弟ではあるが母親は違う。

 料理上手で、絵も上手いアカネママと父の子供だった。

 どうやら母親の血が濃いのが伝統らしく、中性的な顔立ちをしており、女の子とよく間違えられる。おっとりというか、ぼんやりとしている性格。

 今も、あっさり「警察」に捕まってしまい、牢屋の中からカイトへ手を振っている。地面に座り込んでいるその足下にはコロもおり、同じように尻尾を振っていた。


「どうした? 助けずに逃げるか?」

「それも、ひとつなんだけど……」


 長兄であるベイディスの動きを油断なく観察しながら、カイトは状況を分析する。言うまでもなく、大好き……というよりは、尊敬する父親の真似だ。


 カイトの味方である「泥棒」側は、カイト、ライト。そして、姉のユーリだ。一方「警察」側は、目の前にいるベイディスと、アルシアの娘ルーナリア。それに、草原の種族(マグナー)のディノ。

 兄弟姉妹は他にもいるが、まだ幼いため参加者はこの六人だけ。


 ルーナリアが指揮役となり、ライトは早々に捕まってしまった。まあ、それは仕方がない。ディノのすばしっこさに対抗できるのはユーリぐらいのものだからだ。それに、ライト本人もコロと戯れられて楽しそう。うらやましい。


 ……コロとは後でまた遊ぶとして、妹のルーナリアはディノとともに、森の中を逃げ回るユーリを追いかけ、追い詰めていることだろう。

 父親べったりの甘えん坊のくせに、こういうときは妙な冷静さがある。あの自由なディノが逆らわないようにするほどのだ。

 自由さでは負けていない姉も、さすがに苦戦は否めない。


 目の前にいるベイディスも、一番の年長者であるということを差し引いても、容易には突破できない壁だ。


(どうしよう……)


 首から下げている護符(アミュレット)――カイトだけでなく、全員が持たされている――をもてあそびながら、悩んでしまう。

 なにしろ、カイトもまだ子供だ。ここまで明瞭に言語化できているわけではない。

 それでも、追い詰められていることは自覚していた。これでは、打ち合わせ通りやれるかどうか分からない。


「時間稼ぎか? ユーリが来るんだろう?」

「……そりゃ、弟が捕まってるんだもん。来るよ」


 しかも、見抜かれていた。

 内心の動揺を隠して、カイトはポケットに手を入れる。


「待たせたわね! 二人とも!」


 せめて、ベイディスには捕まらないようにしよう。

 そう決意した瞬間、森の中から金髪の少女が現れた。


 美しい少女だった。


 加えて、子供らしい可憐さも備わっている。月並みだが、妖精や天使と表現したくなる。いや、表現せざるを得ない愛らしさ。

 そんな少女が元気いっぱいに飛び出し、「牢屋」へ向けて駆け込んでくる。大人顔負けのスピードでだ。


「ユーリ、待て」

「待てと言われて、待つヤツはいないってお父様が言っていたわ」

「捕まってくれないと、ボクがリアに怒られるんだけど!?」


 しかし、可憐な少女――イスタス公爵家の長子にして、将来の王妃が内定している――ユーリは、一人ではなかった。

 草原の種族の少年と、息も絶え絶えに走るイスタス公爵家の次女ルーナリアを引き連れていた。


 これで、「ケイドロ」の参加者が一堂に会したことになる。


「それは、相手が悪かったわね」

「そりゃ、ユーリは一番足速いけどさ」

「違うわ。カイトは、すっごく悪いヤツなのよ」

「悪いヤツって、なにさ」


 ユーリたちが乱入しても、ベイディスはどっしりと構えて動じない。


 それこそ、カイトの狙いだった。


 ポケットから手を抜き、握っていた物を放り投げる。


「コロ、おやつだよ!」


 ――姉を追跡する草原の種族の少年、ディノ目がけて。


「カイト、なにをやったかは分からないが、とりあえず捕まえるぞ」

「うん。ボクは、降参するよ」


 あっさりとベイディスに捕まりつつ、カイトの視線は牢屋から出たコロへと注がれていた。

 当然、「ケイドロ」の正式なメンバーではないイスタス公爵家の愛犬は、牢屋に入るも出るも自由。


 そして、カイトが春子おばあちゃんから分けてもらった、犬用のおやつを取りに走るのも自由。


「うわっ。とっとっと」


 それでディノの妨害をすることになったとしても、仕方がない。不可抗力だ。


「ナイスコントロール!」


 まるで我が事のように褒めそやし、ユーリが猛然と牢屋を目指す。

 今からでは、ベイディスも間に合わない。況んや、かなり遅れているルーナリアが届くはずもなかった。


 もうすぐ、次の鐘が鳴る。

 それまで逃げ切れば「泥棒」の勝利。カイトは捕まったが、あえて救出はせずに逃げ続ければ勝利は揺るがない。


「トラス=シンクのお姉さま、ご加護を!」


 だが、その前提はにわかに崩れ去った。 

 最後尾を走っていたルーナリアが立ち止まり、母と自らとが信仰する女神に祈りを捧げる。


 神術魔法の要諦を為していない、稚拙な祈り。

 だが、何度となく夢で邂逅した「お姉さま」への想いは司祭(プリースト)にも負けていない。


 ここが死と魔術の女神の領域であることも、奏功したのだろう。


 最も小さな信奉者の願いに応え、ユーリの足下に、わずかな段差ができる。


「へぶ」


 それに見事なまでに引っかかったユーリが、天使のように愛らしい顔を地面に激突させた。


「ええーと。とりあえず、捕まえちゃおっかな」


 コロの妨害から抜け出したディノが、倒れたままのユーリの服を掴む。

 見事な決着に、沈黙が流れる。


「う~ん。面白かった!」


 満足そうなのは、地面に指で描いていた絵を立ち上がって消したライトだけだった。






「もう、あっさりベイディス(にい)に捕まるから!」

「そういう作戦だったじゃん。あんな段差に引っかかるのが悪いんだよ!」


 この一戦が終わった直後。

 組み合わせを変えて、もう一回やるか。それとも、別の遊びに変えるか話し合うまえに、負けず嫌いの双子が、言い争いを始めた。


「だいたい、僕はサッカーのほうが良いって言ったのに、必ず勝てるからって姉さんが」

「なによ、私が悪いって言うの?」

「捕まっといて、悪くないって言うの?」

「言うわよ。せっかく、ヴァイナマリネンのおじいさまに習っているのだから、早く呪文を使えるようになっていれば良かったのよ」

「姉さんだって、同じだろ!?」


 それを、「ああ、また始まった」と眺める兄弟姉妹たち。


「ベイディス、なんとかしなよ」

「なぜ、オレが」

「一番年上だしさ。ボクの言うことなんか、あの二人は聞かないよ」


 ベイディスは、深くため息を吐いた。

 それでもなお、ルーナリアやライトからも擁護の声が飛ばないとみるや、ディノの正論――本気にしていないようなことも、利益があると見れば平気で言うのだが――に従い、仲裁を試みる。


 いや、試みようとした。


 その時、風が吹いた。


「ふふふ。子供たちは、元気で良いの」


 風上から、甘い甘い香りが漂ってくる。

 それは、突如として現れた赤毛の女から放たれた物だった。


「だれ?」


 ユーリが直裁に問い質す。

 その物怖じしない態度に、赤毛の女は相好を崩した。


「そうよな。そなたの父の知り合い……というのは、あまりよの。深い情を交わした仲と思ってもらおうかの」

「弟が増える?」

「妹かも」

「くふふ。婿殿は、お盛んであるか。良き哉良き哉」


 悪の半神の心を奪った大魔術師(アークメイジ)は、相変わらずのようだ。それでいて、かなりの子煩悩でもあった。


 子供たちが全員首から提げている護符からは、かなり強大な魔力を感じる。

 恐らくだが、絶望の螺旋(レリウーリア)を撃退した褒賞としてかなりの数を受け取ったのではないか。

 それほどまでの、力を感じる。


 装着者が害意を持っている時――戦闘中など――には効果を発揮しないものの、それ以外の状況であればあらゆる災禍から守ってくれることだろう。

 悪の半神でも、その気もないが、手を出せない。


「さて。すまぬが、案内を頼みたい。婿殿――父御の下への」

「どうする? お父様はお仕事中よ」

「ですが、お客様がいらっしゃったのに、お連れしないのもいけないことなのでは」

「……おなかすいた、かも」

「ライトは、マイペースだな。でも、確かに時間だし……」


 カイトは、いきなり現れた美人を見上げて考える。

 怪しいか怪しくないかで言えば、怪しい。けれど、無視をするにはあまりにもその存在は大きすぎた。


 それに、弟か妹が増えるのであれば、良いことだ。連れていくほうが良いのだろう。


「よし。家に帰ろう」


 カイトの決断に、赤毛の女帝は淫靡でたおやかな笑みをもらす。

 

「婿殿……」


 そのつぶやきには、万感の想いがこもっていた。

 残ったヴェルガ帝国の民を引き連れ、南方の大砂漠を征服した苦労も報われるというもの。


 再会は、すぐそこまで迫っていた。

「レベル99冒険者による、はじめての領地経営」これにて完結となります。

長きに渡るご愛読、ありがとうございました。

感想や評価などいただければ、幸いです。


なお、活動報告にあとがきも掲載させていただきました。

裏話などもいろいろ書いてみましたので、ご興味があればお読みください。


ここまで続けられたのも、読者の皆様のお陰です。

感想や評価などの反応がなければ、ここまで書き続けることは不可能でした。

本当に、ありがとうございます。

本作は、完結済みとはしますが、随時外伝エピソードを掲載します。

また、近日中に新連載も始めさせていただく予定です。

書籍版とあわせて、こちらもご期待いただければ幸いです。


本当に、本当に、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 書きたい気持ちと読みたい気持ちが合わさっての結果じゃないですかね。 読んでてとても楽しいですし、感想返しもありがたいです。 良い作品をありがとうございます。 もちろん最後まで読ませていただき…
[一言] 弟くん、リィヤ神の影響深すぎじゃないですかね… いや、おとーさんも強烈にマイペースだし、なくもないか… 525/625で完結…? 後追いも悪くないなと思ってみたりw ヴェルガのその後はそ…
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