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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 16 叙事詩の終焉(エピローグ) 第三章 善と悪を越えて
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8.絶望の螺旋(後)

ちょっと遅れました。申し訳ありません。

(ここは……)


 ユウトの意識が、ゆるゆると浮上していく。

 静かな覚醒。安らかな目覚め。


 それと同時に、前後の状況も蘇ってくる。


(俺は……絶望の螺旋に……)


 食べられたと言っていいのだろうか? しかし、まだ生きている。もしかすると消化途中なのかもしれないが、苦痛は感じない。


 同時に、体を動かすこともできなかった。意識しても、指一本反応しない。そもそも、ここがどこかも分からない。何物にも触れている感触はなく、ただ暖かな水に浮いているかのよう。

 呪文書もなく、当然、呪文を使うこともできない。


 なにもできない。


 だから、このまま待つしかない。ヴァルトルーデが、みんなが助けてくれるのを。


(どこのお姫様だ)


 ユウトは、思わず苦笑する。実際に、顔が笑みを象ったかは分からないが、意識としてはそうだった。

 ヴェルガ以外に捕まるのは珍しい……というよりは、初めてではないか。

 そう、過去に想いを馳せたその時。


 目の前に、過去が現れた。


 それがどんな仕組みなのか、当事者であるユウトにも判然としない。夢なのか、実際に見せられている映像なのか。


 しかし、それはあまりにもリアルで。そして、真実味があった。


「ほら、大丈夫だから抱いてあげて」

「そうは言うがな」


 ぼんやりとした視界の向こうで、強面の男がムスッとする。

 捨て猫になつかれて困っている若いヤクザにしか見えないが、それはユウトの父頼蔵に違いなかった。


(しゃべれないし、動けねえ)


 同時に、当たり前のことだが記憶にもない。

 まさか、父親になってから赤ん坊に戻るとは思いもしなかった。あの父が、ためらいがちに自分を抱き寄せるとも。


 ごつごつとした、手の感触が小さなユウトを包み込む。


 柔らかさはないが、温かさを感じる。

 それ以上に、愛情が伝わってきた。


 生まれたときから、自分はこんなに愛されていた。


 その想いに応えようと、ユウトは口や手を動かそうとする――が。


 しかし視界が暗転し、それを果たすことはできなかった。





 次の場面では、ユウトは成長していた。

 といっても、まだ小学校にも入る前。幼稚園の時の思い出だ。


 相変わらず自分の意思では体を動かすこともできないのに、なぜそれが分かるのか。


 なぜなら、目の前にいるアカネの年頃が、まさに5歳程度だったからだ。


「ゆうとくん」

「なに、あかねちゃん?」


 いきなり訪ねてきた隣に住む幼なじみに、ユウトは不思議そうに首を傾げた。

 遊ぶ約束はしていない。

 にもかかわらず、アカネはとても楽しそうだ。


「これあげる。バレンタインのチョコ」

「あ、ありがとう……」


 お互い、正確な意味は理解していないし、意識もしていないに違いない。

 だが、小さいながらも「好きな人に渡す」ということは知っている。

 照れながらも、ユウトはしっかりと受けとった。


 そして、小さなアカネ――今の面影が色濃く残っている――が、いたずらが成功したかのように笑う。


「それでね、受けとったら、ホワイトデーには3倍のお返しをしなくちゃいけないんだよ?」

「ええーー?」


 それは一大事と、幼いユウトはもらったばかりのチョコに視線をさまよわす。

 返すわけにはいかないが、どうすればいいのか。


「でも、そんなにお小遣いはないでしょ?」

「たぶん……」

「だから、食べておいしかった気持ちの3倍の気持ちでもいいよ?」


 と、一方的に言って、アカネは自分の家へ帰ってしまった。


 結局、この時は、どうしたのだったか。

 アカネを家に呼んで、母に作ってもらった料理を振る舞って、感謝の手紙を読み上げたのだったか。


 恥ずかしいが、幸せな思い出。

 このまま、ずっと浸り続けていたくなる。


(ああ……)


 しかし、それは叶わない。

 この先の出来事を、ユウトは知っている。


 グラウンドに立つユウトは、一気に成長していた。

 サッカーの試合中。

 中学の部活レベルでは、芝のピッチなど望むべくもない。土がむき出しになったグラウンドで、ユウトは顔を上げて前線を見る。


 中盤の底で攻撃のタクトを振るユウトと、前線で動き始めたフォワードの意識が交差した。


 対角線(ダイアゴナル)の動きでディフェンスを置き去りにしようとするエースに、ロングパスを出そうとした――その瞬間。

 死角からスライディングタックルを仕掛けられる。


 しかし、ユウトはボールを浮かせてそれをかわす。


 そのままパスを送ろうとし――軸足が滑ってしまった。それを立て直そうとして力を入れると膝に負荷がかかり、ユウトはその場に崩れ落ちた。

 人生最大の激痛。

 そして、サッカーができなくなるという予感。


 絶望。


 再びそれを味わわされた瞬間、ユウトの眼前に塑像の女が大写しになった。


「絶望の螺旋……ッッ」


 ようやく、ユウトは絶望の螺旋の意図を知る。

 調べられていたのだ。

 珍しい生物を捕まえて解剖するように、異世界からの来訪者である自分を調べていたのだ。


(知られたっ)


 絶望の螺旋が、地球のことを知った。


 未知の大陸を目指す冒険家のように、新しいマップが追加されて浮き立つゲーマーのように。

 絶望の螺旋から、心が沸き立つ感情がさざ波のように伝わってくる。


 なにをしようとしているのかは、考えるまでもない。考えたくもない。


 そこで、ユウトの意識は途絶えた。





「ユウト、無事かっ!?」

「婿殿、返事をせぬかッ!?」


 再び、ユウトの意識が、ゆるゆると浮上していく。

 しかし、今度は安らかな目覚めとはいかない。気づけば、右手をヴァルトルーデ、左手をヴェルガに引っ張られ、中空を飛んでいた。


 そこで、周囲への意識が途切れる。


「気持ちわりい……」


 胸がむかむかとし、内臓が飛び出てきそうだ。

 さらに、遅れてぬるっとした粘液のようなものに包まれていることに気づく。アルシアの手による黒竜衣(ドラゴン・クロース)も、見るも無惨な状態。


 ただ、そのむかつきも長くは続かなかった。


「手を離したらどうじゃ、婿殿が嫌がっておるぞ」

「なにを言う。手を離すなら、そっちだろう」


 この二人の言い合いを聞くと、帰ってきたという実感が湧いてくる。


 引っ張り上げられているまま眼下を見れば、背骨に沿って――あれば、だが――体を断ち切られた塑像の女がたゆたっているのが目に入ってきた。あそこから引きずり出されたのかと、ユウトは身震いする。


「とりあえず、助かった。ありがとう」

「まったく。妾以外にさらわれるとは。修行が足らぬのではないか?」

「どんな修行だ……」

「礼など不要だ。それよりも、ユウトは私の、私たちのものだという自覚を持って、さらわれないようにすべきだぞ」

「ほんと、それに関しては申し訳ない……」


 同時に、情けない。

 だが、反省は後だ。


 上昇が止まる。


 それは、アルシアたちと合流を果たしたことを意味していた。

 真っ先に声をかけてきたのはラーシアだ。


「おっ、ユウト生きてる? 生きてたら、なんか面白いこと言って」

「ああ……。帰ってきたんだなって気がするよ。あと、最近エリザーベト女王が姿を見せない理由を考えると、なんだか面白い。個人の感想だけど」

「うわぁ、間違いなくユウトだ!」


 大げさに体を仰け反らせ、笑いを誘うラーシア。

 それを見てユウトは目を細め……次に、大きく目を見開いた。


 ラーシアの片足は欠けたままだった。

 それだけではない。見れば、片耳もなくなっていた。


 ユウトを救出するために、余程の激戦をこなしたのだろう。

 絶望の螺旋の核に追撃を仕掛けないのも無理はなかった。


「無事で良かったわ」 


 ヨナを背負ったアルシアが、安心したと近づいてくる。

 アルビノの少女は精神力を消耗しすぎて気絶しているようだ。アルシアも、なにも言いはしないが、右腕の袖が所在なげにゆれていることから、片腕がなくなっていることが分かる。


「さて。ここからだな」


 未だ意気軒昂なエグザイルは、しかし、いつものサイズに戻っていた。怪我は治しているのか見あたらないが、装備はボロボロ。

 当然のように、《星の衣(スタークローク)》も消え失せていた。


「みんな……ありがとう」


 すまないとは、言わない。

 逆の立場だったら、言われたいとは思わないから。


「ふっふ。何度聞いても、婿殿に礼を言われるのは良いものよ」

「なぜ、自分まで言われていると信じているのか。理解に苦しむな」


 そう言い合う二人も、ヴェルガはなんとあの豪奢な赤毛が短くなっていた。うなじが見えるほど、さっぱりと。

 反射的に、もったいないなと思ってしまう。


 ヴァルトルーデも、片目を不自然につぶっていた。それで美しさが損なわれることはなかったが、思わずユウトはそこへ手を伸ばし……。


「ああ。ごめん」


 自分が汚れていることを思い出して、あわてて引っ込めた。

 しかし、ヴァルトルーデがそんなことを気にするはずがない。強引にユウトの手を引っ張って、見えない目を愛する人の指でなぞる。


「ん。もう、痛くはないぞ」

「くっ。妾も、目に見える傷を残しておくべきだったか……」

「やらねえからな。それに、今は、あっちだろ」


 絶望の螺旋の核も健在。動いていないだけで、滅びてはいない。


 そう。戦いは続いている。

 見るからにボロボロで、余力もどれだけあるかは分からない。


 だが、生きている。

 誰も死んではいない。


 なら、いくらでも、どうとでもできる。


「アアァ――――――――ッッ」 


 そう決意を新たにした瞬間、背中を開かれていた絶望の螺旋の核が、甲高い声をあげた。

 傷はあっさりと再生し、塑像の上半身は完全に常の状態を取り戻している。


 いや、それどころではない。


 塑像の上半身から、六本のねじくれた触手が生える。

 それはしかし、こちらに向かって攻撃を仕掛けはしなかった。その場に止まり、複雑に動いてはねじれがさらに酷くなる。


「こちらから仕掛ける。ユウト、呪文は使えるな」

「ああ。……大丈夫だ」


 黒竜衣の中に隠していた呪文書は無事。

 粘液程度で使えなくなっては、冒険者失格だ。


 ヴァルトルーデが満足そうな感情を片目に浮かべ、突撃しようとする。

 それにヴェルガも追従しようとしたところ――警告が放たれた。


「なんか、動きが変わったよ!」


 ラーシアの言う通りだった。

 ねじくれた触手の先端が爆発的に膨らみ、冒涜的に動くと、人の姿を取った。


「俺の記憶から、構築したのか……」


 それも動機のひとつだったのかと、ユウトは絶望ではなく感心した。

 触手の先端から生まれた塑像は、不特定のなにかを模したものではない。


 巌にも似た、筋骨隆々とした岩巨人。

 小さな草原の種族の勇士。

 同じく、小さいが規格外の精神力をうちに秘めた超能力者(サイオン)

 眼帯をした、死と魔術の女神の愛娘。

 豪奢な髪が特徴的な、淫靡な半神。

 そして、塑像であっても美しい聖堂騎士。


「ボクらと同じ力を持ってるってパターンかな、これ」

「オレは、ヴァルとやらせてくれ」

「なにを言うか、岩巨人。妾のほかになかろう」

「仕方がない……。ここは、ラーシアで妥協するか」

「なにそれ!? 悪意はないんだよね!?」


 最高の味方が、最強の敵となる。

 絶望的な状況にもかかわらず、エグザイルを筆頭に誰一人として動揺を見せない。


「アルシア姐さんと、ヨナを借りる。みんなは、少しだけ時間を稼いでくれ」


 それは、ユウトも同じだった。

 絶望の螺旋から救出された直後にもかかわらず、いつも通りの自信を感じさせる指示。


「任せろ。時間稼ぎと言わず、偽物など倒してくれる」


 安心したように、そして、安心させるようにヴァルトルーデは請け負った。


「いや、倒しちゃ駄目だって。少し、時間を稼いでくれ」

「…………」

「そんな顔をしても、駄目だぞ」

「ほれ、婿殿の指示に従わぬか」


 ヴェルガが、ヴァルトルーデの襟首――鎧だが――を掴み、塑像の群への戦いに身を投じる。

 もちろん、ユウトへ意味ありげなウィンクを残していくことも忘れない。


 ユウトの背後で、再び激戦が始まった。

 仲間を、それにヴェルガを信じ、ユウトは振り向かない。代わりに、自分ができることをやるべくアルシア――正確には、その背のヨナ――へと顔を近づける。


「ユウトくん、どうするつもり?」


 全幅の信頼を寄せながら、それでも、自分が関わるとなれば聞かずにはいられない。

 ユウトは作戦を説明しつつ、要となるヨナの頬を優しく叩いた。


「ユウトくん……とんでもないことを考えるわね。ヨナ、起きてちょうだい」


 作戦を聞いたアルシアだったが、驚きはしても信頼は変わらない。背中のヨナを揺すって起こそうとする。


「……キス」


 そのアルビノの少女は、寝ぼけたように……というにははっきりとした口調で、要求を伝えた。


「くちびる」

「唇はダメだろ」

「むー」

「まだ小さいだろうが」

「ユウトくん? 大きくなったらキスをすると言ってるわよ?」

「はっ!?」


 その瞬間、ヨナがアルシアの背中から飛び起きた。


「言質は取った」

「……上手くいかなかったら、取引もなんもないぞ」

「だいじょうぶ」


 先ほど、アルシアに説明していたときに、一緒に聞いていたのだろう。

 すっかり元気を取り戻した様子で、ヨナが最後の超能力(サイオニックパワー)を使用する。


神力解放(パージ)――《マインドボンド》」


 精神――心を繋ぐ、超能力。

 それが、ユウトと塑像の偽物たちを繋いだ。


「我らが愛が永久なることを、ここに誓う――《奇跡(テウルギィ)》」

「我らが愛が永久なることを、ここに誓う――《大願(アンリミテッド)》」


 ユウトとアルシア。

 二人の指輪から、《奇跡》と《大願》があふれ出る。ユウトが《奇跡》を。アルシアが《大願》を。常とは反対の呪文は、しっかりと発動した。


 剣と矢と大鎌と神術魔法と超能力と秘跡(サクラメント)が入り乱れていた戦場に、二重の奇跡が舞い落ちる。


「みんな、悪いけど俺に力を貸してくれ!」


 ユウトは、心の底から叫んだ。

 ただし、みんなというのは、ほかでもない。


 ユウトの精神を走査し、絶望の螺旋が生み出した塑像の偽物たちだ。


「エグザイルのおっさん、強い相手なら誰でもいいのか? なら、一番強いヤツが、そこにいるだろ!」


 岩巨人を模した塑像に、ユウトは本音をぶつけた。


「ラーシア! ラーシアともあろうものが、絶望の螺旋なんかに良いように使われていいのかよ!」


 草原の種族への言葉は、説得というよりはあおるかのようだった。


「ヨナ! いつも頼りにしてる。今回も、助けてくれ」


 最年少の少女に、ユウトは懇願した。


「アルシア! ああ、もう。好きだ!」


 説得する言葉が思い浮かばなかったのか。ユウトは、ストレートな言葉を放った。


「ヴェルガ! また、絶望の螺旋に使われるつもりかよ!」


 ヴェルガへは、愛をささやけない。だから、彼女の自尊心に問いかけた。


「ヴァル! 偽物とはいえ、俺の心から生まれたんなら、本当の敵が誰か分かるだろ!」


 説得。

 そう、説得だ。


 精神をつなぎ、《奇跡》と《大願》の力を借りて、偽物たちを説得する。

 これには、刃を交えていた本物のヴァルトルーデたちも度肝を抜かれた。


「絶望の螺旋は、この世界(ブルーワーズ)だけでなく、地球まで狙ってるんだ。頼む。俺の故郷を救ってくれ」


 その心からの叫びに、塑像の偽物たちは応えた。 


 全員が、ねじくれた触手から自らを解き放ち、持てる最大の攻撃を絶望の螺旋の核へと放つ。


「アッ、アア――――――――」


 弱々しい、絶望の螺旋の核の声。

 見るからに、みすぼらしく干からびて弱体化する。


「後は任せてもらおう」

「偽物にだけ、良い格好をさせるわけにはいくまい」


 裏切りによってか、塵になっていく塑像たち。


 その横をすり抜けて、ヴァルトルーデとヴェルガが絶望の螺旋の核へと迫る。


「神力解放――聖撃連舞・七閃」

「《赤き赤き閃光よクリムゾン・エンプレス》」


 聖女と半神。

 ユウトを愛する二人が、持てる最後の力を叩き込んだ。


「アァァアァ――――――――」


 悲鳴。

 それは、悲鳴だ。


 ぎゅっと凝縮されるかのように、絶望の螺旋の核が収縮し……。


 そして、消滅した。


 消滅した、その瞬間。


 ヴェルガがヴァルトルーデの頬を、強かに殴りつけた。

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