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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 16 叙事詩の終焉(エピローグ) 第三章 善と悪を越えて
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6.絶望の螺旋(前)

「なるほど、そういうことか……。これは、まずいことになった」


 ユウトたちの頭上から、知識神の憂慮に満ちた声が響く。

 巨大な少年というアンバランスな存在。夢の中で言葉を交わしたときや分神体(アヴァター)と変わらないため、よりギャップが大きい。


 けれど、今は、それどころではない。


 神々が同士討ちを始めるという、異常事態。それで、森の乙女エフィルロースまで死亡した危機的状況。

 ユウトは、思い悩む。絶望の螺旋がなにをしたのか。多元大全で調べられるのであれば良いのだが、正直、自信はない。

 そうなると、ゼラス神に尋ねるしかないだろう。だが、この状況で説明を求めて良いものなのか。


 そこでユウトは、思い至る。自分一人の疑問であればともかく、仲間たちの命もかかっているのだ。迷っている場合ではなかった、と。


「ゼラス神、これはいったい、どういう――」


 しかし、それは果たせなかった。


 ユウトとゼラス神の間に、黒き衣をまとった少女(・・)が割って入ったから。


 悪の半神ヴェルガ。

 レイ・クルスが再臨を約束した、赤毛の女帝が。


「これは婿殿。久しいの」


 その一言。

 たった一言で、ユウトは絶望の螺旋の存在を―― 一時的にせよ――忘れた。


 それはヴァルトルーデたちも同じ。


 エグザイルは素早く錨のように巨大なスパイク・フレイルを構え、ラーシアは一瞬にして姿を消した。アルシアとヨナは厳しい視線を注ぎ、完全に臨戦態勢をとっている。


「この場にいるとは思わなかったぞ、ヴェルガ」


 いつでも抜剣できるように油断なく柄に手をやりながら、警戒と敵意をむき出しにするヴァルトルーデ。

 さり気なくユウトの前に立って悪の女帝の視線を遮っていることからも、最大級の用心をしていることが分かる。


「このような(なり)では、恥ずかしくての。とてもとても、婿殿と顔を合わせられぬ。このような機会でないと、会おうとは思わなんだであろうな。その意味では、僥倖と言えるかもしれぬ。そうは思わぬか、婿殿?」


 それだけされてもなお、悪の半神はヘレノニアの聖女を完全に無視した。


 というよりは、ユウト以外は眼中にないだけか。

 かつてに比べて小さくなってしまった体を淫靡にくねらせ、淫蕩に笑う。


「……別に、もっと小さな姿は見た気がするけどな」


 ヴァルトルーデの背後で、ユウトはそんな益体もないコメントを残した。


 ただし、役には立たないものの、事実ではあった。


 地球で目にした幼女の如きヴェルガ。

 かの女帝と協力し絶望の螺旋と戦ったときの、妖精(フェアリー)の如きヴェルガ。


 今のヴェルガは、それらとも。そして、馴染み深い――と表現するしかない――妖艶な姿とも異なる。


 年齢で言えば真名やペトラの少し下。日本で言えば中学生程度だろうか。

 身長は、ユウトよりも頭ひとつ以上違う。顔つきも幼いが、成長しきったヴェルガを知っているからか、不思議と違和感はない。

 一方、スタイルだけで言えば、既にヴァルトルーデを上回っている。成長途上の溌剌とした美しさに、生まれもっての淫蕩さが交わりインモラルな艶美さを醸し出していた。


 赤毛の女帝は、過去においても、恐らくは未来においても蠱惑的ということなのだろう。


「あそこまで違えば、諦めもつくというものだがな」


 ユウトは気のない反応を返したはずだったが、ヴェルガは実に楽しげ。

 小悪魔のような微笑みを浮かべ、本当にうれしそうに言葉を紡ぐ。


「子供まで産まれた婿殿にとっては、こんな妾では物足りないであろ?」


 長い赤毛と一緒に胸を腕で抱え上げ、ユウトに見せつけるようにしながら距離を詰めていく。物足りないと言いつつ、自らの魅力に絶対的な自信を抱いている所作だ。

 ユウトに近づくということは、ヴァルトルーデと接触するということでもあるのだが、まったく気にした様子はない。


 男であれば、従いたくなる。否、従わせてほしいと懇願したくなる色香。

 しかし、ユウトには通じない。

 前髪をかき上げ、あきれたように諭す。


「あのな……。そういう問題じゃないだろ」

「そういう問題ではない? もしや、若いほうが良かったかの? これは、なんたる失態」

「ヴェルガッ!」


 我慢できなくなったのは、ユウトではなくヴァルトルーデだ。

 アルシアと、この場にいないアカネの分までとばかりに、非常事態に現れたヴェルガを威嚇する。


「おや、それはもったいないことをしたの。叔母上の目を盗んで、さらいに行けば良かったか」


 ヴァルトルーデが激発する寸前。

 さっと身を翻して、ユウトから離れていく赤毛の女帝。


 それで毒気を抜かれ、また、今はそれどころではないという意識も働いたのだろう。ヴァルトルーデは、それ以上、なにもできなかった。


「全部計算してるだろ」

「さての」


 すべて分かったうえで、こちらをからかっている。

 それでいて、もし隙があればもっと踏み込むつもり。


 意図を看破したユウトが嫌そうに言うと、ヴェルガは楽しそうにころころと笑った。いや、実際に楽しくてうれしいのだ。

 再び愛する人と言葉を交わし、想いを確認することができたのだ。しかも、愛する人は、変わらず期待通りの反応を返してくれる。


 これ以上の喜びがあろうか。


 どうやら、ヘレノニア神が自ら行なっているという教育も、ヴェルガを矯正することはできなかったようだ。


「今はこんなことをしている場合ではない。見逃してやるから、消えるが良い」

「ほう。聖堂騎士(パラディン)様はお優しいことよの。なんなら、妾は今すぐにでも構わぬが」

「なんだと? 今がどんな状況か、分かっているのか?」

「なに、心配するでないわ。婿殿の子は、妾が責任を持って育ててくれよう」

「……選定(セレクト)


 虎の尾を踏んだとは、まさにこのことか。

 ヴァルトルーデの神にも劣らぬ美貌に怒気がにじみ、怒りで目がすっと細くなる。


 アルシアですら、仕方がないと臨戦態勢を取った。


 一方、ヴェルガとしても引く気はない。


 出遅れはしたが、ユウトの伴侶になるのは、未だ赤毛の女帝の中では確定事項。

 であるならば、他の女の腹を使っていようとも、自らの手で育てるのは当たり前の話。


 当たり前の話をして、なぜ反発されねばならぬのか。


「二人とも、そこまでだ」


 ヴァルトルーデの怒りは、痛いほど分かる。

 だが、さすがに今はまずい。


 ユウトが両手を広げて割って入り、二人を押しとどめる。


「……命拾いしたな、ヴェルガ」

「……先に、楽なほうを片づけるべきであろうな」


 たっぷり一分ほど視線をぶつけ合った、ヴァルトルーデとヴェルガ。

 激突寸前だった二人が、ふっと緊張を緩め背を向けあう。


 お互い憎たらしい相手ではあるが、ユウトの不興を買ってまで意地を通す場面ではない。

 そんなコンセンサスが成立したようだった。


 ユウトも、思わず安堵のため息を吐く。

 だからだろう。すぐ側に草原の種族(マグナー)が現れたのにも、気づかなかった。


「ユウトには、猛獣使いの称号をあげよう」

「サーカス編とか始まったら、役に立ちそうな称号だな」


 いつの間にか現れたラーシアへ投げやりに返して、ゼラス神を見上げる。

 改めて説明を求めようとしたのだが、ヴェルガが先んじた。


「それで、ゼラス、トラス=シンク。汝らの見立ては、いかに?」

「見立ても、いかにもないな」

「すでに、対策は取ったのじゃが……な」


 気づけば、絶望の螺旋の周囲から神々と天使たちの姿が消えていた。

 代わりに、レグラ神やヘレノニア神。それに、ダクストゥム神たちは、ゼラス神の背後にいた。ただし、それぞれが正八角形の力場に覆われており、意識も失っているようだった。

 その力場は、外からの干渉を遮断する防御壁であると同時に、狂気に陥った神々を拘束する檻でもあるのだろう。


 森の乙女エフィルロースをはじめ姿の見えない神々は、肉体を失い魂だけの存在になっているようだ。リィヤ神の書き割りの世界が解かれれば、天上で復活を果たすことだろう。


 絶望の螺旋に、世界そのものが破壊されなければ、だが。

 その前に、神々の同士討ちもあって、書き割り自体に負荷がかかっている。このままでは、現実の世界にまで影響が出かねない。


 また、同士討ちにまでは至っていない後衛にいた神々や天使たちの周囲にも、同様の力場が展開されている。干渉を弾いているのか、無色透明の力場から、時折黒い閃光が瞬いているのが見えた。

 なぜか、ユウトたちとヴェルガにはなかったが……。


 絶望の螺旋の(コア)は品定めするようにこちらへ向かってきているが、とりあえず、深刻な危機は脱したと言って良いはずだ。

 しかし、夫婦神の言葉は歯切れが悪かった。


 なぜか。


「どうやら、さっきの声が呼び水になって、狂気を発する霊気(オーラ)が放射されているようだ。それは、なんとか遮断と治療はできたが……」

「その維持に精一杯で、手が出せぬのじゃ」


 衝撃的な事実。

 これには、ユウトも、ヴァルトルーデも。誰もなにも言えなかった。ヴェルガだけは不敵に微笑んでいるが、これはおおよそ予想していたからだろう。


「絶望の螺旋の動きがゆっくりなのは……」

「あっちも、霊気の維持で大変なんだろうけどね」

「加えて、こちらを巣にかかった羽虫同然と思うておるのじゃろうな。後は煮るなり焼くなり自由だと」

「いや、困った」


 そう言った割には、ゼラス神に悲壮感は薄い。

 むしろ、巨大な少年神は楽しげに笑っている。


 手立ては、あるのだ。


「知識神などと言うても、話が回りくどいだけよ。つまらぬこと」

「トラス=シンク神……」


 天衣無縫を絵に描いたようなヴェルガ。

 一方、アルシアは、なにかを覚悟しているかのように、仕える少女神を見上げる。


「私たちにできることがあるのならば、なんでも仰ってください」


 愛娘の真心に触れ、トラス=シンク神は嬉しそうにすまなそうに、語る。


「この霊気の対象は、どうやら天上に生きるものだけのようなのじゃ」

「天上の住人……。それで……」


 善悪問わず、すべての神々は天上世界に居を構えている。それに従う天使や使徒たちも同様だ。

 対象を絞ることによって、狂気を増幅させているのだろうか? 実際、それはとてつもなく効果的で、制限といって良いのか分からないぐらいだった。


「だから、私たちは変わらず動けるというわけですね。ただ……」

「妾は天上に上って日が浅いからの。我が心は未だ地上にあり」


 納得と疑念を表明するアルシアに対し、ヴェルガが自らは地上に生きるものであると反論する。牽強付会に思えるが、それは事実なのだろう。あるいは、復活途上であることも関係しているのかもしれない。


「要するに、動けるのは俺たちだけか……」

「違うぞ、ユウト。私たちとヴェルガだ」

「妾たちと、その他であろ?」


 細かい訂正合戦を聞き流しつつ、ユウトは思考を慌ただしく巡らせる。


 手持ちの呪文。

 仲間たちの戦力。

 敵――絶望の螺旋の力。


 それを素早く計算したユウトは、確信とともにゼラス神を見上げた。


 知識神ゼラスは、ゆっくりとうなずいてくれた。 


「絶望の螺旋は、弱体化している」


 それは事実ではある。けれど、だからといって、自分たちだけでどうにかできるかは分からない。

 その詐術を自覚しつつ、ユウトは続ける。


「これは、千載一遇のチャンスでもある。なにより、あれをどうにかしないと、死ぬだけじゃ済まない」

「分かっている、ユウト」

「ユウトくん……」


 ヴァルトルーデとアルシア。

 二人の妻と目を合わせ――大きな決断を下した。


「俺とアルシア姐さんは、フォローに回る」


 ユウトが鋭い声で指示を出す。

 アルシアは全幅の信頼とともに、そっとユウトの手を握った。


 それに後押しされ、ユウトは続ける。


「ヨナは、細かいことを考えなくて良い。自由にやれ」

「うん!」


 我が意を得たりと、アルビノの少女が飛び跳ねるようにして応じる。よほどうれしかったのか。今にも、ユウトの背中に飛びつきそうだ。


「ヴァル、おっさん、ラーシアは――」


 何拍か溜めてから、ユウトは最後の指示を出す。


「――物理的に、ヤツをどうにかしてやれ!」


 最高に無茶で、最上級に分かりやすい指示を。


「だから、ユウトが大好きだ!」


 ヴァルトルーデは、我慢できないとユウトに飛びついた。


「いやいや。ボクもほれそうになったよ」


 その微笑ましい光景を眺めつつ、ラーシアはいつも通り飄々としている。


「願ってもない大物だな。飽きるほど殴ってやろう」


 いつも通りという意味では、この岩巨人(ジャールート)に敵う者はない。舌なめずりでもしそうな雰囲気で、ゆっくりと近づいてくる絶望の螺旋を見つめた。


「ヴェルガも、前に出てくれ」

「任された」


 ユウトの意図は分かっている。

 そう言わんばかりに、ヴェルガは淫蕩に微笑んだ。


 悪の王権を示す王錫を赤い大鎌に変え、ユウトから寄せられた信頼に身震いする。


「まさか、こんなことになるとはな」

「願ったりかなったりであろ。婿殿に良いところを見せる好機ではないか」


 聖女と半神が轡を並べ、最終決戦の第二幕が始まろうとしていた。

というわけで、ヴェルガ様JCバージョンでした。

まあ、どんな姿でもやることは変わってないですけどね!

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― 新着の感想 ―
[一言] マグニートーとの共闘は確かに胸熱だけどジジイじゃないすかw 比喩にならんwww
[一言] 満を持しての再登場! ブラック・ウィドウとハーレクインの共闘… いや、マーベルそんな好きじゃないしなー こっちの二人のほうが強いし魅力的かな ところでセルを倒したらブゥが出てくるのかな…
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