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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 2 もう一人の来訪者 第二章 異世界の日常

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2.ユウトの理術呪文講義(後)

「ううん。読めるけど、意味が分からないのがもどかしいわね。古典のテキストみたいだわ」


 必死に読み込んでいたアカネが、降参だと両手を挙げた。


「ダメだわ。どうしても、物理法則が引っかかっちゃう。うう。勇人と夜空を飛んでいた頃の、純粋な私なら……」

「三日前じゃねえかよ」

「見ろ、ユウト! ユウトの名前も完璧に書けるようになったぞ」


 嬉しそうな伯爵様の姿に、地球人たちは心が温かくなるのを感じる。

 羽根ペンをジャンケンのグーのように握っている様など、なぜかほんわかしてしまった。


「まあ、それはそれとして。俺みたいに短期間で上り詰める必要もないし、普通に勉強すれば普通に上達するんじゃないか?」

「そんなに普通を連呼されたら、誉められてる気がしないわよ……」

「いや、充分大したものだぞ、本当に。魔術師など、滅多にいるものではない」


 ヴァルトルーデの言葉に嘘はない。五百人に一人もいないだろう魔術師の比率の低さを考えると、貴重だとすら言える。


「ヴァルがそう言うのなら、そうなんでしょうけど……」

「俺の信用の低さはなんなんだろうな?」

「ユウトは慰めるためにフォローしそうだもの。優しいんだから」

「そうだな、ユウトはそういうところがある」


 こくこくとヴァルトルーデも頷いた。


「いや、なんか……。なんだそれ……」


 ストレートに誉められて照れているのか、動揺しているのか。ユウトがあからさまに挙動不審になる。

 そんなユウトを、少女たちがニヤニヤと眺める。


「まあ、それはそれとして、少し休憩入れるか」

「そうね……」


 凝りをほぐすように、アカネが首や腕を回す。その度に胸が揺れ、ヴァルトルーデは自らの胸元を眺めることになったのだが、誰にも気付かれなかった。


「ユウトには悪いけど、他の手段でお金を稼ごうかしら」

「え? 働くつもりなのか?」

「当たり前じゃない」


 半眼でユウトをにらむ。

 当然のように扶養家族扱いされては、心穏やかではいられないだろう。


「別に金の心配ならすること無いんだぞ?」

「ユウトの奥さんでもないのに、それはちょっとねぇ」

「奥さん!?」

「ああ……」


 これには迂闊に答えられない。

 この状況では、雄弁が銀とは過大評価になってしまうだろう。


「それにね、ユウトはちょっと私に甘すぎるわ。ヴァルをないがしろにされたら、私も気分良くないわよ」

「アカネ……」

「ちゃんと、公平に見なさい。公平に」


 見透かされ、諭され。

 ユウトは、この幼なじみには敵わないと首を振る。


「んで、どんな仕事をするつもりだよ」

「そうね。昨日リサーチしたばかりだからまだなんとも言えないけど……」


 市場の様子を思い出しながら、指折り数えて候補を挙げていく。


「まず、生地は結構色々あったけど、服のデザインがイマイチというか洗練されていないのよね。だから、地球のファッションを持ち込んだら、そこそこ受けるんじゃないかなって」

「機能性も含めてか」

「そうそう。ブラとかショーツも無いみたいだし」

「お、おう」


 その辺をあけすけにされるとリアクションに困る。というか、リアクションした瞬間に死刑執行されそうだ。


「後は、料理もそうね。食材は限られるけど、こっちの人にも受け入れられる新しい料理も探せば見つかると思うわ」

「そうだなー。シチューとか、こっちにはないんだよな」

「そうなの? それは、狙い目ね」


 もちろん、一般的な煮込み料理――シチュー――はいくらでもある。ユウトが言っているシチューは、日本で一般的ないわゆるクリームシチューのことだ。


「実現したら、色々使えそうだよな。金の匂いがする」

「ククク……」

「そちも悪よのう」

「いえいえ、お代官様には」


 悪そうな笑みをかわす二人。だが、ユウトの表情はすぐにくもってしまった。


「でも、米とか無いしなぁ」

「お米だけあっても、みそやしょうゆが無いとねぇ。さすがに、みそを自作できるほどのスキルはないわ」

「それ以前に、前提条件厳しいだろ」


 実は、米などの和食の食材を手に入れる構想はあるのだが、あまりにも個人的すぎるのでペンディング状態になっていたりする。

 アカネの来訪が、それを動かすきっかけになるかも知れなかった。


「それから、通用するかどうかは分からないけど、マンガをこの世界に広めるのも面白そうかなって、思ったりも」

「マンガかぁ」


 考えたこともなかったとユウトが唸る。


「斬新だろうけど、識字率やら漫画の読み方やら紙やらハードル高そうだなぁ」

「そうよね。だから、構想というか、夢というかそんな感じ」


 ロートシルト王国で、今、マンガが大ブーム。


 そんなことになったら……と、想像するだけで楽しそうだ。

 反射的に、何が必要か計算を始めてしまう。

 そんなユウトの妄想をストップさせる声が、今まで沈黙を守っていたヴァルトルーデから発せられた。


「なあ、ユウト」

「なんだ、ヴァル?」

「これは名目上でも構わないが、アカネをこの城塞のメイドとして雇うというのはどうだ?」

「あの話か……」

「メイドさん!?」


 意外なことに、アカネがぐっと食いついてくる。


「一応、城塞自体の管理・維持のために雇ってはいるんだけどな」

「私たちの私室などは、基本、関わらないようにしているのだ」

「あれ? ヴァルって貴族じゃないの?」

「貴族だが、元は冒険者だ。更に言えば、ただの村娘だったのだぞ、私は」

「へぇ。てっきり、お姫さまかなにかだと……」

「ユウト、どんな説明をしていたんだ……?」

「説明をしたというか、しなかったというか」


 むしろ、すっかり抜け落ちていた。


「だが、体裁もあるし、そろそろ誰か身の回りの世話をするような人間を雇わなくてはという話になっているのだ。しかし、別に下女として扱うとかそういう意味じゃなくてな――ユウト!」

「はいはい」


 説明しきれないヴァルトルーデに代わって、ユウトが引き継ぐ。


「要するに、今後の身の振り方が決まるまででも良いから、朱音の身分保障をするってことだよ。客分のままだと、なにかと不便かも知れないしな」

「なるほど……」


 その提案を検討するアカネに、まさにそういうことだと首を縦に振るヴァルトルーデ。


「文字通りとらえる必要もない。最低限のことは自分たちでやるからな」

「でも、ヴァルとかヨナちゃんの服を選んだり、食事を作ったりが仕事になるのよね」

「そうなるな」

「やるわ」


 即決だった。


「いいのか? まだ給料の話も……」

「いいのよ。趣味と実益も両立できそうだし」

「分かったよ」


 元々、無理に理術呪文の習得をさせるつもりはなかった。 アカネがこの世界で生きる手段のひとつになるようであればという程度だったのだ。

 他にやりたいことがあるのならば、そちらを優先すべきだろう。


「じゃあ、厨房でも案内するか?」

「あ、待って勇人」


 早速移動とするユウトに待ったをかける。


「聞かなくちゃいけないことがあるの」

「なんだよ?」

「あのアルシアさんと子作りって、どういうことよ」


 思わずユウトは顔を背け、無意識に出口へ視線を向ける。

 だが、無駄な努力だ。アカネだけならともかく、ヴァルトルーデと競争して勝てるはずもない。


「そうだ。どういうことなのだ」


 ヴァルトルーデも、ぐっと身を乗り出して参加してきた。


 同時に、ようやく気付く。

 アカネが自分を同席させたのは、このためだったのだと。


「分かった。ちゃんと説明するから、まずは落ち着け」


 問い詰める態勢に入ったこの世界で一番大切な少女たちをなだめつつ、ユウトはアルシアに恨みをぶつける。

 大した話じゃない。俺が悪いわけじゃない。

 そう言い聞かせながら、なんとか平常心を保つ。


「なんか、あれだよ。トラス=シンク、アルシア姐さんが仕える死と魔術の女神なんだが、その神殿の一番偉い人から、凄い魔術の素養がある子供が産まれるかも知れないんで俺とアルシア姐さんで子供を作れ……って命令があったらしくてな」

「なにそれ」

「許せんな」


 途端に怒りの矛先が切り替わる。

 ほっとしたユウトが、更に説明を続ける。決して、言い訳ではない。


「まあ、アルシア姐さんの立場もあるし、明確には拒絶していない。とりあえず保留みたいな状態になっている……はず」


 曖昧な内容になってしまうのは、最初に言われて以来確認をしていなかったから。

 正直、この話が蒸し返されるのも予想外だったのだ。


「そういうことか……」

「納得しちゃダメよ、ヴァル」

「どういうことだ?」

「アルシアさんがそれを持ち出したってことは、満更でもないってことじゃないの」

「なん……だと……?」


 女二人でもかしましい。


 逃げたい。

 でも、逃げたらなにをされるか。


 狼狽するな。イル・カンジュアルやイグ・ヌス=ザドと対峙した時のことを思い出せ。

 そんな風に無心で、ユウトはこの嵐を乗り切ることにした。

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