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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 16 叙事詩の終焉(エピローグ) 第三章 善と悪を越えて
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4.神魔降臨

 狂奔する黄昏の大鎌(ダスクリーパー)から放たれる闇と、その先にある絶望とが空間を支配した。

 視界が、世界そのものが暗闇に包まれる。脱出不可能な、暗黒に。


神力解放(パージ)――《魔力解体(アイソレーション)》」


 だが、絶望に抗う者がいた。


「ちっ。無茶だぜ、こんなの……よっ」


 子供の教育に悪いなと思いつつも、悪態をつかずにはいられない。


 レイ・クルスの相手をヴァルトルーデやヴァイナマリネンに任せて息を潜めていたユウトは、最後の最後になって動いた。

 絶望の螺旋(レリウーリア)が現れんとするタイミングで、究極の対魔術呪文を解き放つ。

 あらゆる呪文を消去し、魔法具(マジック・アイテム)を無力化する第九階梯の理術呪文。


 その光が、ユウトの周囲を明るく照らした。


《魔力解体》の効果は、秘宝具(アーティファクト)にすら及ぶ。

 そこへさらに、神力解放して威力を増している。


 勝算は、ゼロではない。


 必死に魔力の糸を操作し、闇の奔流を押しとどめようとするユウト。

 その大魔術師(アーク・メイジ)にレイ・クルスが意識を向けるが、ヴァルトルーデやラーシアが牽制して動くに動けない。

 ヴァイナマリネンは言わずもがな。ヨナもアルシアも、事態にあわせて動けるよう精神を集中している。


 指示もなく整えられた、万全の態勢。


 勝算はゼロではなかった……が。


 しかし、狂奔する黄昏の大鎌(ダスクリーパー)が持つ魔力は、黒檀の宝珠オーブ・オブ・マッドネスの比ではなかった。

 元々、《魔力解体》をもってしても秘宝具を解体するのは一か八かの賭に近い行動。神力刻印が浮かび、《魔力解体》を強大化させても、それは変わらない。


「ちぃッッ」


 今は一進一退。互角。

 だが、徐々にではあるが押されてきているのを、他ならぬユウトは気づいていた。


(遅らせるのが、精一杯か!)


 けれど、その一瞬に価値はあるはず。


「おっさん! 頼んだっ!」


 レイ・クルスは、先ほどラーシアの矢を避けている。

 あの肉体は仮初めで、生命啜り(ライフサッカー)が本体であるにもかかわらずに、だ。そして、その生命啜りの姿も見えない。

 絶望の螺旋を招請する大鎌と一体化していると考えるのが自然なのだろうが、ということはつまり、レイ・クルス自身を排除することでこの事態が収束する見込みがあるということ。


「応ッ!」


 待ちかねたと、岩巨人(ジャールート)の大族長が錨の如き巨大なスパイク・フレイルを振り下ろす。

 近接武器であるにもかかわらず、その射程は10メートルを超える。不意打ちに近い一撃が、黒衣の剣士を襲う。

 

 驚くべきことが、起こった。


 正確にレイ・クルスを捕らえたはずの一撃が、立体映像を貫いたかのように通り抜けていったのだ。


星幽(アストラル)体……か」


 愕然と、ユウトがうめき声をあげる。

 どうやら、ラーシアの矢を避けようとしたのは、ブラフだったらしい。それに、まんまと引っかかってしまった。


 他に手段がなかったとはいえ、年季の違いを思い知らされる。


「さすが、ジイさんの仲間だな……」

「ユウト、それメルエル学長の悪口にもなってるからねっ!」


 ヴァイナマリネン本人を前に交わされるユウトとラーシアの軽口。

 余裕がありそうにも見えるが、その口調は苦々しく軽妙さに欠けていた。


「ふたつ、誤りがある……というよりは、俺自身がそう誘導したのだがな」


 狂奔する黄昏の大鎌から手を離し――それでも大鎌から闇色の光は消えず、そして、レイ・クルス自身の存在も揺るがない。

 もはや、レイ・クルスを排除しても仕方がないと、その話に聞き入った。


「ひとつ、俺は炉に薪をくべたに過ぎん。あとは、勝手に燃え盛るだけ。俺がどうなろうと、もはや絶望の螺旋の降臨は揺るがん」

「厄介な……。いや、最初から詰んでたってことか」


 なおも《魔力解体》を維持しながら、ユウトがうめく。

 絶望の螺旋のお陰で《念視(リモートサイト)》にも神託にも反応せず、秘密裏に事を進めたレイ・クルス。


 そして、表に出た瞬間には終わっていた。


「もうひとつ。情けない話だが、生命啜り(あれ)から追い出されていてな。今の俺は、半端な生霊(レイス)のようなものだ」


 だから、ここで浄化されてはかなわん。


 そう言って、レイ・クルスは口の端を歪めた。 


「剣から生霊になったか。どちらがましか、分からんな」


 ヴァイナマリネンの皮肉も、精彩を欠いている。


 どうやら、レイ・クルスは生命啜り(ライフサッカー)から追い出され、アストラル体になっていたようだ。

 一年を超える潜伏は、慣らしの期間でもあったのだろう。


 もしかすると追い出されたというのは韜晦に過ぎず、どうやってかまでは分からないが、自ら分離を試みたのかもしれない。

 そうしなくては、スィギルと出会う前に絶望の螺旋に取り込まれてしまうだろうから。


 だが、それを確かめる時間はなかった。


「ちっ。もう、保たないぞっ。とりあえず、離れろ!」


 不可視の魔力の糸が弾かれる。

 その気配を悟ったユウトが、仲間たちに警告を発した。


 それに従い、弾かれたように距離をとる――が、ユウトはその場に踏みとどまった。

 真っ先に気づいたのは、アルシアだ。


「ユウトくん!?」


 幼なじみの悲鳴のような声に、空中に身を躍らせていたヴァルトルーデが、弾かれたように舞い戻る。


「ユウトは、なんのつもりだ!?」

「俺は、ここで最後まで――」

「バカを言うな」


 有無を言わせず、ユウトを肩に担ぎ上げるヴァルトルーデ。


 その瞬間、ついに狂奔する黄昏の大鎌が爆ぜた。


 そこを中心として空間に綻びが発生し、うぞろうぞろと蠢く影が姿を現す。


 螺旋状にねじくれた千の腕。

 全身に無数の黒点が穿たれた巨人。

 雲霞の如き雑多な蛇の群れ。

 いくつもの海洋生物が入り混じった合成生物(キメラ)

 とぐろを巻く羽虫の集合体。

 実体を持たぬエネルギーの影。


 影が揺らぐ度に、異なる姿を取る。

 そのすべてが絶望の螺旋であり、そのすべてが絶望の螺旋ではない。


 世界そのものを虚無へと還元する旧く偉大なるもの。

 この世界とは別の次元から突如として現れた殲滅者。

 かつて、善と悪の神々が共闘しても消滅させられず、牢獄へと繋いだ邪悪なるもの。


 未だ幻影に近く完全な顕現とは言えないものの、ダァル=ルカッシュの時ともヴェルガの時とも異なる、怖気を感じる。

 もはや、ユウトの《大願(アンリミテッド)》やアルシアの《奇跡(テウルギィ)》でも、抑え込むことは不可能。


 いや、それ以前の問題。


 それを一目見た瞬間、理解してしまった。


 死は、そして滅びは決まっている。

 なぜ、無条件に生き続けられるなどと思っていたのか。


 そう。滅びは確定している。否、遥か以前からしていた。それは、絶対の事実。


 ヴァルトルーデやアルシアいった神の使徒ですら、そう信じてしまいそうになる。

 ラーシアやヴァイナマリネンですら顔が青ざめ、ヨナとエグザイルも動揺を隠せない。


 ユウトも、打つ手がないとヴァルトルーデに抱えられたまま動かずにいた。


 数多の危機を乗り越え、世界を救ってきた勇者たちの心すら折る。


 それこそ、絶望。


 蜘蛛の巣にかかった羽虫のように。罠にはまった獣のように。死刑台に乗せられた罪人のように。


 運命は、決した。


「……いや、まだだ」


 だが、それに抗う者がいた。


 片手に剣を。もう一方には、愛しい人を。


 千変万化しつつ肥大化する絶望の螺旋をにらみつけながら、ヴァルトルーデは吼えた。


「なにが滅びをもたらす存在だ。偉そうにしても、結局は何物も生み出せぬ愚物に過ぎん。私は、二人も子供を産んだぞ」


 それは愛する人が側にいて、さらに大切な人が遠くにもいたからこそ紡げた言葉。

 沸き立つ想いを、ヴァルトルーデは思うままに口にする。


「――私の勝ちだな」


 苦しく、厳しいこの瞬間。

 にもかかわらず、ヴァルトルーデは勝ち誇り、笑った。


 この闇に覆われた空間に灯る、唯一の光。


 だが、それが気にくわなかったのか。それとも、単に命ある者に反応しただけか。顕現途中の絶望の螺旋から、絞られねじくれた触手が近づいてくる。

 ダァル=ルカッシュを分解し、世界を無に帰す触手。


 防ぎようのない、絶対的な滅び。


「そうだな。ユウトたちが死ななければ、なんとかしてくれるだろう」

「だね。アルシアが生きてれば、あとから復活させてもらえるでしょ」


 迫り来るそれの前に、エグザイルとラーシアが立ちはだかった。

 まるで、あの夜の誓いを果たそうとするかのように。


「二人とも、やめて!?」


 絶望の螺旋は、肉体も精神も破壊する。魂が失われては、復活などできない。

 それを知るアルシアの悲鳴。


 同時に、触手が迫る。


 次の瞬間。


「え? あれ?」


 予想外という、ラーシアの声。

 無理もない。目前に迫っていたはずの滅びが、かき消えたのだから。


 いや、正確には違う。


「転移させられた……か」


 ヴァイナマリネンがいち早く状況を把握する。

 彼らは遙か高みにあり、地表近くに絶望の螺旋があった。

 上空に引き上げられ助けられたようだが、大賢者は同時に、その原因にも思い至ったようだ。複雑そうな表情を浮かべる。


「えー? 覚悟を決めたのに、格好悪くない?」

「大丈夫だ。抱えられたままの俺に比べればましだ」

「おお、すまん」


 肩に担いだままだったユウトを下ろし、恥ずかしそうにはにかむヴァルトルーデ。

 笑ってごまかそうとする聖堂騎士(パラディン)を、アルビノの少女が射抜くような視線で見つめていた。


「大切にされてるのか、ぞんざいなのか。よく分からん……」


 ユウトがぼやきながら、しっかりと宙に浮く。

 その時、闇に包まれた世界に天から光が射した。


 光はどんどんと勢力を増し、その中に巨大な影が姿を現した。


「これは……」

「なんという……」


 光の源は、偉大な存在。

 それがなんであるか、直感的に悟ったヴァルトルーデとアルシアが呆然と天を仰いだ。


「神様、いっぱい」


 いくつか見慣れた顔があったからか、ヨナが目の前の光景を端的に表現する。


 正義と雷を司るヘレノニア神。

 既に剣を抜き放ち、盾と全身鎧で完全武装している。その姿は凛々しく、文字通り神々しい。


 知識神と死と魔術の女神の夫婦神。

 ユウトたちを救ったのは、彼らだったようだ。すぐ傍らに出現し、慈愛のこもった瞳で見つめていた。


 力の神レグラ。

 筋骨隆々とした青年の姿をし、好戦的な表情で絶望の螺旋をにらみつけている。


 そして、隻眼の美少年、悪神ダスクトゥム。


 善悪正邪に思想、権能を問わず。

 すべての神々が、ここに集結した。


 ユウトたちにとっては見慣れた分神体(アヴァター)とは、大きさも威圧感も違う。


 完全武装の神々だけではない。その配下である天使や使徒といった神に近しい存在までもが、勢ぞろいしている。


 八百万やおよろずの神の軍勢。


 その中で、最初に動いたのは、意外にも美と芸術の女神だった。


「《書き割りの世界スプリット・ザ・ワールド》」


 リィヤ神が絵筆を持ち、秘跡(サクラメント)をもって世界を書き換えた。

 一帯の空間を現実から切り離し、絶望の螺旋による汚染をくい止める。結界を張って、隔離したとも言えるだろう。


 天は光、地は闇だった世界が、灰色の空間に切り替わる。


「《時流獄鎖(タイムストップ)》」

「《神聖増大(ディヴァインブースト)》」


 さらに夫婦神が協力し、絶望の螺旋の時を――そう長くは保たないにせよ――停止させた。


 対峙する、神々と滅び。


「待っていたぞ、この時を! この瞬間を!」


 だが、それを引き起こした張本人は、ただ一人だけを見つめていた。


 黒衣の剣士レイ・クルスは飛び上がり、絶望の螺旋の横をすり抜け天を目指す。

 否、ただ一人を目指して空を翔けた。


「スィギル!」


 それは魂の叫び。

 万感のこもった言葉。


 世に、これ以上の想いは存在しないだろう。


「レイ……」


 果たして、その想いは伝わった。

 森の乙女エフィルロースの軍から一人姿を現した、剣姫スィギル。


 レイ・クルスの、そしてヴァイナマリネンの記憶にあるのとまったく同じ姿で――双剣を構えていた。


「スィギル……」

「レイ……」


 神々と絶望の螺旋が対峙する灰色の空間。

 そこで、数十年ぶりに名を呼び合う二人。


 大罪人であるレイ・クルスを処分する役目を志願した。せめて、自らの手で引導を渡してやる。

 スィギルは、そう言うつもりだった。


 一目会えた。もう、悔いはない。これからは、ともに生きたい。だが、殺してくれても構わない。

 レイ・クルスは、そう伝えるつもりだった。


 だが、剣が届く距離まで近づき、顔を合わせたらなにも言えなくなってしまった。


 ゆえに、スィギルはなにも言わず。

 駆け寄るように近づいて――舞うように双剣を縦横に振るった。


 レイ・クルスの霊体が、瞬く間にボロ雑巾のように変わる。


「バカ者どもめが……」


 遠くからそれを見守るヴァイナマリネンの瞳には、涙が浮かんでいた。


 大賢者でさえも、そうなのだ。


 当人が、耐えきれるはずもない。


「……まだ、俺は生きているぞ」


 レイ・クルスは霊体を切り裂かれても、なお変わらず。

 ただ、スィギルを見つめて。スィギル以外は視界からも意識からもはずして、刑の執行を待つ。


「……おまえはバカだ。大バカ野郎だ」


 大粒の涙が、エルフの剣姫からこぼれ落ちた。


「否定のしようもないな」


 そのいつも通りの返答で、スィギルの想いはついに決壊した。

 両手から双剣がこぼれ落ち、その場で、童女のように泣きじゃくる。


「困らせるつもりは、なかったんだがな……」

「困るに決まってるだろ。このバカバカバカ、バカ野郎ッッ!」


 レイ・クルス自身が困ったような表情を浮かべ、たっぷり一分ほど迷ってから愛するエルフの剣姫を抱き寄せた。


「スィギル、俺は……」

「《戒めの茨(ウォーニング・ソーン)》」


 レイ・クルスが、想いを言葉にしようとしたその瞬間。

 ひとつに重なった二人を、鞭のようにしなる棘の生えた枝が縛り付けた。


「くっ」

「エフィルロース様……」

「本来であれば断罪してしかるべきですが、時間がありません」


 花の冠をかぶり、木の葉で編んだドレスを身にまとったエルフの美女。

 森の乙女エフィルロースが、二人の前に現れ厳しい言葉を投げかける。表情もまた、憎々しげとまではいかないが、言葉同様厳しいもの。 

 

「今の《戒めの茨》により天上でも地上でも生きていけぬよう、制約(ギアス)をかけました。……リィヤ」

「……恩に着るように」


 再び、美と芸術の女神が絵筆をとる。


 光が集まり、灰色の空間に劇場の花道にも似た道が生まれた。

 それは、この空間から脱出する唯一の通路。


「エフィルロース様……」

「疾く行きなさい」


 それと、エフィルロースにとって精一杯だったのだろう。

 いつの間にか、茨の戒めは解かれていた。

 スィギルは頭を下げ、レイ・クルスを連れて――余計なことを言わせず、させないように――通路を歩み始める。


「ジイさん、行けよ」


 それを黙って見守っていたヴァイナマリネンに、ユウトは声をかけた。

 大賢者は、驚き、喜び、悔しさと次々に表情を変える。


「……小僧に気遣われるとは、焼きが回ったもんだな」

「ああ、回った回った。うちの子の教育に悪いから、そのまま引退しろ」

「ふんっ。まあ、結末を見守るのも義務か」


 二人に遅れて、ヴァイナマリネンもリィヤ神の道を歩む。

 天上でも地上でもない――奈落への道を。


 三人を飲み込み、道が閉ざされた。


 同時に、絶望の螺旋を縛っていた《時流獄鎖》も解ける。


 そして、神話に残る大戦が始まった。

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[一言] ありゃ、ジイさんまで行っちゃった… その後はスピンオフで語られるんだろうか…
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