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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 16 叙事詩の終焉(エピローグ) 第三章 善と悪を越えて
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3.黒き剣士の策謀(後)

 主なき今も、帝都ヴェルガの象徴であり続けていた帝宮エボニィサークル。

 しかし、今や主以外のすべてをも、失われようとしていた。


「これは……」

「ひどいね、これは」


 帝都ヴェルガに《瞬間移動(テレポート)》でたどり着いたユウトたちが目にしたのは、絶望的で冒涜的な光景だった。

 ラーシアの笑顔が引きつるほどのといえば、その程度が理解できるだろうか。


 遠くに見えるエボニィサークルが崩壊していたから……というわけではない。


 それも重大事だが、ユウトたちの目はその前に広がる帝都の街並みに向けられていた。


 血の惨劇。

 あえて言葉にするならば、そうなるだろう。


 未だ夕刻には早いにもかかわらず、帝都は真っ赤に染まっていた。

 いや、染め上げられていると表現するほうが適切だ。血の海に沈んだ街並みは、ヴァルトルーデはおろかラーシアからも言葉を奪うに充分。


 不意に、風が吹いた。


 それは文字通りの血風となって、上空のユウトたちに錆にも似た血臭を運ぶ。

 血なまぐさい事態に慣れているはずのヴァイナマリネンですら、不快そうに眉をひそめた。 


 しかし、それだけではない。

 血臭がするということは、それを納めていた肉体もある。


 山のように積み重なる、肉、肉、肉。

 即ち、人――生命だったもの。


 人間も、ゴブリンも、エルフも、オーガも、ドワーフも、ダークエルフも。

 男も女も。

 老いも若きも。

 一切の区別なく、街路に骸を晒している。


 人々が闊歩し、ヴェルガ帝国においてではあるが日常を過ごしてきた街。

 今は、そこを屍が占拠していた。


 広場に集まっていた者たちは、その場で両断された。

 街路を走って逃げた者は、背後から縦に真っ二つになった。

 建物にいた者は、それごと切り裂かれた。


 失われた命は、数万でも、まだ足りないだろう。下手をしたら、ひとつ桁を上げなければならないかもしれない。


 それほどの命が、人生が、意思が踏みにじられた。


 それが悪の相を持つ生命だったからといって、衝撃は減じない。

 それが巻き込まれただけの哀れで善良な奴隷たちだから、憤りを感じているわけではない。


 ただただその凶行に、怒りと畏れを感じる。


 まだましと言えるのは、無闇に損壊はしておらず一太刀ですっぱりと絶命させられていることか。遠目にも、苦痛は少なかっただろうことが分かる。


 それが本当に、唯一にして極小の救いだった。


 世に、屍山血河と言う。

 屍が山のように積み重なり、流れた血が河となる。


 それが、目の前に広がっていた。


「せめて、魂が安らかな眠りにつかんことを」

「死後の安寧を司る御方よ、願わくば彼らに慈悲を与えたまえ」


 ヘレノニアの聖女とトラス=シンクの愛娘。ヴァルトルーデとアルシアが、祈りを捧げる。

 その真摯な想いは、きっと神に届くはず。


 そうあってほしいと、ユウトも願わずにいられなかった。


 けれど、同時に、現実にも対処しなければならない。


 意外と言うべきか、やはりと言うべきか。

 最初に立ち直ったのはアルビノの少女だった。


「……焼く?」

「いや……。悪いけど、後回しにさせてもらおう」


 背は伸びても、発想は変わらない。

 それに救われながらも、ユウトは首を振って否定した。


 この規模の虐殺だ。

 遺体の処理は大きな問題となる。


 ヨナの言うとおり、いっそ燃やしてしまうのも手だ。超能力(サイオニックパワー)で生み出した炎ならば、骨も残さないに違いない。


 だから、ユウトが止めたのは別の理由。


 余計なこと(・・・・・)に、力と時間を使ってほしくなかったのだ。


「それで、レイ・クルスはどこにいる?」


 どうやってとは、問わない。

 なぜ、逃げ出しもせずされるがままになっていたのかという疑問も口にしない。


 ずっと黙っていたエグザイルが、一番の問題を提起する。


 そう。帝都ヴェルガにも、帝宮エボニィサークルにも人の。否、生命の気配がどこにもない。

 これだけの大虐殺を引き起こした張本人が、いなかった。


 これだけの死を生み出したのだ。あるいは、目的を達して、既に逃亡したのかもしれない。


 そう考えることも可能だろうが、この場にいる者は皆、誰一人としてそんな楽観論を信じてはいなかった。


「まあ、まだレイ・クルスの仕業と決まったわけじゃないが……」

「レイ以外の誰かがこれをやるというのも、ぞっとしない話だな」

「ジイさん……。一応、気を使ってやってるのによ」

「無用だ!」


 豪快に笑い飛ばすヴァイナマリネン。

 覚悟はしていたのだろう。無理をしている様子は、感じられなかった。


 それでも思うところはあるのだろうが、これ以上の配慮は、逆にヴァイナマリネンを傷つけることになる。

 そう判断したユウトは、自らの考えを口にする。


「まあ、推測はできる」


 帝都の惨状から視線を切って、ユウトは深呼吸をした。

 新鮮とは言い難い空気を吸い込み微妙な表情を浮かべたが、構わずに話を続ける。


「恐らく、あれではまだ足りなかったんだ」


 一人殺せば犯罪者だが、百万人殺せば英雄となる。

 さすがにそこまでではないが、死を数に還元するほど殺している。


 にもかかわらず、まだ足りないのだろうとユウトは言う。


「なるほどの。それで、諸種族の王を動員したわけか。となると、こちらの軍勢が入る前だったのは、僥倖だったな」

「僥倖というか、不幸中の幸いというか……。まあ、その部分は良かった探しになるな」

「どういうことさ?」


 分かり合うユウトとヴァイナマリネンに割り込んで、ラーシアが説明を求める。


「簡単だよ。帝都へ向かう軍勢のどれか。そこにレイ・クルスはいる。さらに、命を刈り取るために……な」


 元より、説明はするつもりだったのだろう。

 ユウトは、なんでもないことのように告げた。





 狂奔する黄昏の大鎌(ダスクリーパー)は、かつて〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル)がある神を騙して創造した秘宝具(アーティファクト)である。


 それ自体が強力な魔法の武器であることは当然として、数多の命を刈り取り蓄えることで、神々が作った牢獄に囚われし絶望の螺旋を解き放つことができるとされている。

 ただ、〝虚無の帳〟にとって計算違いだったのは、実際にできあがった狂奔する黄昏の大鎌が必要とする命の量があまりにも多すぎたこと。


 これは、作製に協力させられた神の意趣返しとも言われるが、判然としない。


 とはいえ、〝虚無の帳〟にとっては重要な祭器であることは変わりない。


 それを成し得る――彼らにとっての――英雄を生み出すため、人造勇者(チャンピオン)を作る計画も実行されたが、結局のところ、失敗に終わる。

 そしていつしか、善の勢力とのいくつかの戦いを経て、狂奔する黄昏の大鎌は〝虚無の帳〟から失われてしまった。


 そのため、モノリスを使用した儀式や、黒檀の狂熱の宝珠(エボニィ・オーブ)を核として邪悪なる炎の精霊皇子を生贄に捧げる計画へとシフトした。


 その失われし秘宝具がレイ・クルスの手へと渡り――〝虚無の帳〟が滅んだ今、彼らの宿願が成就しようとしていた。


「ギャッギャッギャギャギャ」

「そうか。死ぬがいい」


 緑色の肌をした、醜悪な小人。

 生まれつき悪の相を持つ、邪悪な亜人ゴブリン。

 彼らが恐怖にかられて種族語で喚き散らすものの、レイ・クルスには通じない。


 草を刈り取るように狂奔する黄昏の大鎌を振るい、また命を収穫していく。


 帝都ヴェルガからほど近い平原。

 招集に従いはせ参じようとした、ゴブリン王カードッドの軍勢。


 そのただ中に降り立ったレイ・クルスは、再び血の惨劇を引き起こしていた。


 レイ・クルスの背後にも足下にも、死体が散乱している。

 配下を守ろうと真っ先に挑んできたゴブリン王カードッドの遺体は、他の死体に埋もれ見分けがつかない。


「ギャッギャギャーーー」


 そしてまた、新たな死体を踏み越えレイ・クルスは先を目指す。

 奇妙なことに、ゴブリンたちは逃げようとはしなかった。

 かといって蛮勇をふるって向かってくるでもない。


 恐怖に駆られて棒立ちになり、できるのは悲鳴を上げることだけ。


 順番に、レイ・クルスの手によって刈り取られ、その度に、透明な半球状の塊が狂奔する黄昏の大鎌へと吸い込まれていった。


 もう、どれだけそうしていただろうか。

 いや、最初から数などカウントしていない。

 悲願成就のために、ただただ残る作業をこなしているだけなのだから。面倒だが、今までの苦労に比べれば単純な仕事。


 目をつぶっていてもこなせる流れ作業を延々と続け……。


 だが、それも終わりのときが来た。


「頃合い……か」


 帝都ヴェルガの方向を振り返り、レイ・クルスが独りごちる。

 その瞬間、突如として体の自由を取り戻したゴブリンたちが、算を乱してというよりは、最初からてんでばらばらに逃げ出していった。


 レイ・クルスは、それを一顧だにしない。


 完全に無視して、生命啜りと一体となった狂奔する黄昏の大鎌を掲げた。


「神の牢獄にありし、虚無の運び手。永劫なる無の支配者。理の外から訪れ、存在を還元する者よ。我、ここに希う。牢獄を打ち破りて、すべてに等しく滅びを与えんことを!」


 定められた合言葉(テストワード)を唱えると、狂奔する黄昏の大鎌が闇色の光を放つ。


 成功――した。


 にもかかわらず、レイ・クルスは顔をしかめる。


「そこまでだっ!」


 ユウトたちが到着したのは、ちょうどそのときだった。


 それは、いつかの再現のよう。

 魔法銀(ミスラル)板金鎧(プレートメイル)に身を固めた美しき聖堂騎士(パラディン)が天から舞い降りる。


 手には、熾天騎剣(ホワイト・ナイト)

 神すら欲した、人の手による最高傑作。


 それを力強く振り下ろし、レイ・クルスの凶行を中断させんと試みる。


「久しぶりだな、ヴァルトルーデ・イスタス」

「私だけではないぞ、レイ・クルス」


 長剣(ロングソード)大鎌サイズによる鍔迫り合い。

 ヴァルトルーデは宙に浮いたまま全力で大鎌を断ち切ろうとし、レイ・クルスは必死にこらえる。


 互角。

 互角だった。


 リ・クトゥアでは、勢いにまかせて生命啜りを破壊したにもかかわらず。


「いつから、鎌に宗旨替えしたのだ」

「ほんの数時間前からか。あるいは、一年前からかもしれんな」

「戯言を」


 聖堂騎士は吐き捨て、さらに熾天騎剣に力を込める――と。

 その秀麗な相貌の横を、一条の光が貫いていった。


「自分で話を振っておいて、戯言とかひどくない?」


 否、光と見えたのは、一本の矢。

 あまりにも速く鋭かったため、矢と認識できなかったのだ。


 それが認識できるということはつまり、標的に突き刺さっているということを意味していた。


「なるほど。確かに、一人ではないようだ」


 (すんで)のところで急所――心臓――から逸らした矢が、左腕に突き立っている。

 レイ・クルスは大鎌を大きく振るってヴァルトルーデと距離を取り、それを抜き取った。


 ヴァルトルーデも、あえてその隙を突こうとはせず、ようやく地面に降り立つ。


 しかし、視線は油断なくレイ・クルスが掲げる闇色の大鎌を観察している。

 

「レイ、落ちるところまで落ちたもんだな」


 ヴァルトルーデとレイ・クルスの間に、ヴァイナマリネンも降り立った。ヴァルトルーデが追撃を控えたのには、大賢者の存在があった。


 続けて平原に下りたエグザイルにアルシア。そして、ヨナもまずはヴァイナマリネンに任せる。


 その空気を感じ取ったのか。

 レイ・クルスが柔らかく微笑み、旧友と言葉を交わす。


「よく、ここが分かったな」

「数が多いところを優先するだろうと思っただけよ」

「なるほど。俺ほど分かりやすい男もいないもんだな」


 黒衣の剣士は、そう言ってまた笑った。

 ヴァイナマリネンの表情は、ユウトたちからは見えない。


「エルドリックたちは、留守番か」

「レイ……」

「笑えとまでは言わんが、辛気くさい顔は止めてもらおうか。今日は、俺とスィギルの旅立ちの日だ」


 旅立ち、そう旅立ちだ。

 それ以外に相応しい言葉はない。


 レイ・クルスは、また笑う。


「あとは、任せたぞ」


 それは、ヴァイナマリネンがよく知る親友の笑顔だった。


「来い! 絶望の螺旋。俺の願いを叶えるために!」


 世界の滅びなど、関係も興味もない。

 絶望の螺旋など、ただの道具に過ぎない。


 その想いを込めて、レイ・クルスは吼えた。





 そして、世界は闇に包まれた。

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