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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 2 もう一人の来訪者 第二章 異世界の日常

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1.ユウトの理術呪文講義(前)

 アカネがこのブルーワーズへ転移して三日目。ファルヴの街を見て回った翌日の昼過ぎ、早速ユウトによる魔法の授業が始まった。


「魔法とはなんだと思う?」

「なにって、普通じゃできないようなことを引き起こす……つまり、魔法?」

「いきなりメビウスの輪から抜け出せなくなってるぞ」


 生徒は、当然ながらアカネ。

 それから、なぜかヴァルトルーデも。


「魔法というのは、つまり現実を改変する術だ。そういう意味では、呪文を使わない行動だって魔法になる」


 苦笑しつつ、ユウトがかみ砕いて伝える。


「呪文を使わない魔法?」


 ここは、ユウトの執務室。

 昨日、ラーシアやエグザイルと修学旅行先の男子生徒のような会話をしていた応接用ソファで、講義は行われていた。


 ソファの中央に一人座るユウトが、鸚鵡返しに聞いてきたアカネを見つめながら言う。


「例えば、そうだな……」


 教本として用意していた巻物(スクロール)を軽くつまんで持ち上げてみせる。


「これだって、テーブルの上に置いた巻物という現実を改変したことになる」

「へりくつにしか聞こえないが」

「つまり、呪文だの魔法だのって言っても、目的を達成するための手段に過ぎないっていうこと?」

「そういうことだ」


 正解と、ユウトが柔らかな微笑みを見せる。

 純粋に嬉しそうなアカネに、なんとなく不満顔なヴァルトルーデ。

 ヴァルトルーデに言われるまでもなく、こんなものはただの言葉遊びだ。理術呪文とつまみ上げる行為に関連など無い。


「魔法は、火球(ファイアボール)を撃ち出すのが目的じゃない。火球でゴブリンを倒したいのなら、《次元扉ディメンジョンポータル》でエグザイルのおっさんをゴブリンの群れの真ん中に飛ばしたって良い」


 だが、重要な前提でもある。


「魔法は現実改変。呪文は、現象……」


 アカネがかみしめるようにユウトの言葉を反芻する。


「そして、理術呪文とただの物理現象の違いは力の源(パワーソース)

「魔力だな?」

「その通り」


 この程度は知っているのだと、わずかに胸を張るヴァルトルーデ。

 ヴァル子はかわいいなぁと思いつつも、表情には出さずユウトは続けた。


「魔力というのは、世界に偏在している微細な力だ。呪文という公式によりそれをかき集めて、源素界にアクセスして力を引き出す。あるいは天上から生物を召喚する、魔力自体を力場として叩きつける」


 そして、理論は入り口に戻る。


「つまり、現実を改変する。それが、魔法だ」


 二人の生徒を正面から見据え、ユウトが言う。

 ヴァルトルーデは、今までに目の当たりにしたユウトの呪文を思い出しているのだろう。そういうことだったのかと、納得の表情。


「そして、これが神術呪文になると力の源は信仰する神から分け与えられた力ということになる」

「神術呪文って、僧侶とかが使うような?」

「理解が早いな、アカネは。祈りを通じて神にアクセスし、その力の一部を己の肉体を通して世界に放出するのだ」


 この話題なら専門だと、ヴァルトルーデが説明を始める。


「だが、偉大なる神々と接続し力の導管となるため、どうしても肉体と精神に負荷がかかり、無尽蔵に呪文を使うことはできない。また、当然だが、信仰を失えば呪文を行使する力は失われる」

「まあ、それで悪の道に走ったりすると、代わりに悪の相を持つ神々に見込まれて呪文行使能力はそのまま残ったりするんだが」

「ユウト……」


 触れられたくない部分だったのだろう。ヴァルトルーデが、哀しそうな瞳でユウトを見つめる。

 ボクを置いて、外に出かけちゃうの――という飼い犬のような切ない瞳だ。

 そういえば、コロは元気にしているだろうか。あっちの様子も聞いておかないとなと、ユウトは関係ないことを考える。


 そうでもしないと、アカネのいる前でヴァルトルーデの頭を撫でて慰めかねない。

 反則だ――と、何度目か分からない感想を抱く。


「ま、まあ。流儀は色々あるけど、理術呪文の場合、世界は曖昧模糊として可塑性のある物だと定義している。魔力によって、改変可能であるとな」

「魔力とか、神さまの力で世界を作り変える……」


 飲み込み、理解しようとしているのだろう。

 アカネはソファにもたれて、真剣に考え込む。


「んん?」


 しかし、ここで風向きが変わった。

 今までは納得して話を聞いていたはずのアカネが、頭上に疑問符を並べだす。


「火球って、火の玉を撃ち出して爆発させるのよね?」

「そういう呪文だな」


 頬に手を当て、何事か考え込む。

 一方、ヴァルトルーデはどこが問題なのかと、そんなアカネの横顔を見つめていた。


「……エネルギー保存の法則はどこに行ったの?」

「知らん。魔法だし。魔力が転換されてるんじゃねえの?」

「なるほど。それはそうよね……」


 ユウトのある意味で投げやりな説明に納得するアカネだが……。

 すぐに、次の疑問に行き当たった。


「ファンタジーだし、そういうものだって思ってたけど……。なんで、魔力で瞬間移動できたりするの?」

「それは……」


 どうして飛行機は飛ぶの? と聞かれても「そういうものだから」という以外に返しようがない。

 それと同じだ。


「そもそも、魔力ってなに?」

「世界を形作るもの……かな?」

「それって、原子? 分子? 素粒子?」

「いや。別物なんじゃないか……? 実際、どうなんだ?」

「いい加減な……」


 正直なところ、ユウトもアカネに言われて初めて気にした部分だった。それだけに、先達ではあるが答えることができない。


「考えれば考えるほど、理屈が分からなくなるんだけど……?」

「魔法だし」


 ユウトの、良くも悪くもアバウトな認識が凝縮された言葉。

 それも無理はない。


 なにせ、あのオベリスクで出会ってからすぐにオズリック村へと移動し、そこで生きる手段として理術呪文を身につけた。

 いや、身につけざるを得なかったのだ。

 余計なことを考える余裕はなかったし、ブルーワーズを深く知る前にまず理術呪文の習得に没頭した。


「ああああ。なんだか、自分がどこに引っかかっているのかも分からなくなってきたわ。気持ち悪い……」


 こだわりなく受容してしまったユウト。

 理屈が先に立ってしまったアカネ。


 これは、性格や認識の違いが大きい。要するに、女子の方が現実的だというだけの話だが。

 アカネは、地球にいた頃からいわゆるファンタジーをフィクションとしては楽しんでいた。

 しかしそれは、あくまでも現実世界がある前提での話。


「ユウト、アカネはなにを悩んでいるのだ?」

「科学との折り合いかなぁ」

「カガク……」


 ヴァルトルーデならずとも、この世界の人間には理解できないだろう。知識神ゼラスでも、本質的に理解できるかどうか。


 アカネにとっての不幸は、先に世界を見て回ってしまったこと。あの経験が、大きかった。

 地球もブルーワーズも、そんなに違いがあるようには思えなかったのだ。文化も食べ物も、少なくとも基盤は一緒だと思えた。


 そうなると、地球にはない魔法だけが浮いている。

 魔法も、同じ物理法則で理解しようとしてしまう。

 その結果が、これだった。


「ヴァイナマリネンのじいさんに任せた方が良かったか……」


 あの老人ならば、理屈など粉砕して注入してくれたに違いない。


「なんの話をしているのか、分からない……」


 一方、美しき女聖堂騎士は、ぽかーんと二人の議論を眺めることしかできなかった。まあ、真剣に喋っているときのユウトは格好いい。好きだ。

 だから、問題ない。

 それが、自分以外が相手だったとしても。


「ううむ。なんか雲行き怪しいけど、とりあえず巻物を読んでみるか?」

「そうね」


 アカネの目には古めかしく見える、羊皮紙の巻物。

 それを慎重に手に取って目を通していく。


「なにが書いてあるかは分かるけど……」


 一番基礎となる《燈火(ライト)》の巻物へ視線を落としながら、ぐぬぬと唸るアカネ。


「分かるのか!」


 その横で驚愕するヴァルトルーデがそこにいた。


「ああ、うん。理術呪文は、まず文字が読めないと習得できないからな……」

「……ユウト、なぜ私はここにいるのだろう?」

「形而上学の問題なら答えられない。物理的な話なら、アカネに引っ張られてきたんだろ」

「そうだったな……」


 ヴァルトルーデが文字を読めないなどと、アカネが知る由もない。単純に――最大のライバルではあるが――彼女を差し置いて二日連続でユウトと二人きりというのは気が引けていたのだ。

 もうひとつ、他に理由はあるが。


「読めるは読めたけど、理解できたとは到底言えないわね……」

「そりゃ、いきなりできたら困るけどな」


 巻物は、呪文の設計図のようなものだ。

 偏在する魔力に働きかけるための呪言。

 発生する――範囲、時間も含む――現象。

 その総体が呪文であり、定義済みのプログラムのようなものといえるだろう。アカネにとっては、ソースコードに目を通していたようなもの。

 読めるが、意味までは掴みきれない。


 しかし、それでは魔術師にはなれないのだ。

 なぜならば、呪文のすべてを理解し、魔術師は呪文を記憶する。

 その記憶した呪文を呪文書へ転写することで、呪文書を通して呪文を発動し、現実を改変するという仕組み。


 当然、強力で複雑な呪文ほど容量も膨大になり、呪文書のページ数も増えていく。

 それなのに、動機がただ呪文を憶えたいというでは、習得できるはずもない。ユウトの師、テュルティオーネが、まず呪文を使って生き残る環境に放り込んだのも、ちゃんとした理由があるのだ。


「絶対に無理とは言わないけど、憶えられたとしても相当時間かかりそう」

「普通に高校に通える学力があれば大丈夫だと思うんだけどなぁ」


 そこまでは気付いていないユウトは、自分の時との違いに困惑している。

 そんな彼を見て、ヴァルトルーデは呆れたように言った。


「ユウトは自己評価が低すぎるのだ。アルシアも言っていたぞ、『ユウトくんは、自分ができることはみんなできると思い込んでます』と」

「自己評価に関しては、少なくともヴァルにだけは言われたくねえなぁ」


 神が手ずから造型したかのような容姿を誇らないどころか、普通より上程度としか思っていないヴァルトルーデに言われても説得力に欠ける。


「まあ、勇人は昔からそんな感じよ……。とりあえず、私はこれを熟読してみるわ」

「ああ。分からないところがあったら聞いてくれ」

「うん」


 アカネが自習に入り、暇になるユウトとヴァルトルーデ。

 二人は顔を見合わせ――


「文字の勉強でもするか?」

「う。まあ、そうだな……」


 この状況で逃げ出すには、ヴァルトルーデは善良すぎる。

 執務室が教室に変わり、そして黙々と一時間ほど勉強は続いた。

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