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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 16 叙事詩の終焉(エピローグ) 第二章 一年が過ぎて
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1.二度目の大祭(前)

 穏やかな日常が続けば続くほど、月日が経つのは早い。

 あっという間に過ぎ去った一年を想い、ユウトはしみじみと感慨に耽る。


 同時に、思い出す。

 アカネとの結婚式の後は大きな事件――少なくとも、国や世界が滅びるような――もなかった、平穏な日々を。


 生まれたばかりのアルサスとユーディットの子供との間に結ばれた婚約と、公爵への陞爵。

 それにあわせた、断りはしたものの、ユウトの副宰相就任への打診もあった。


 性別転換、人格の入れ替わりに続き起こった、ユウトの記憶喪失騒動。

 報告書の真偽を確認するために地球で行われた、ユウトと真名の偽装デート。

 ラーシアの失踪と帰還。

 岩巨人(ジャールート)自治区で発見された金鉱床と、それを嗅ぎつけてきた錆を食らう怪物(ラスティ・ビースト)の亜種との死闘。

 元には戻ったが、ヨナとレンの姿が大人になってしまった事件。

 ヴァイナマリネンの飛行船と巨鳥ルフ、そして雲海白鯨(クラウド・ホエール)を巡る空の冒険。


 その他、小さな事件を数え上げればきりはないが、それまでに比べたらなんと平和だったことか。


 そして時は過ぎ去り、再びイスタスの大祭が開催されることになった。


 大祭の初日にふさわしい快晴。祭りに浮き立つ人々の笑顔を反映しているかのようだ。

 空は高く青く、ゆったりと雲が流れている。


 まるで、大祭の成功が約束されているかのような天気。


 いつも、いざとなったら《天候操作(ウェザー・ブレイク)》の呪文を使ってやろうと準備をしているのだが、イベントの開催日に雨が降ったことはない。

 初めてのデートのときからそうだ。


 晴れ男や雨女など非科学的。ユウトも、信じてはいない。

 だが、それでも。


 ヴァルトルーデなら。

 二児(・・)の母となって変わらず。否、より一層美しくなった彼女なら、晴天を引き寄せるぐらい無意識にやってのけるのではないか。


 両腕に我が子を抱いて壇上に立つヴァルトルーデを仰ぎ見ながら、ユウトは理屈ではなくそう感じていた。


「みんな、楽しんでくれ」


 二秒で開会の挨拶をしたヴァルトルーデだが、今年は一人ではない。両腕に子供を抱いて、登壇していた。

 ヴァルトルーデの輝くような美しさに、可愛い子供たち。繁栄と、それに続く未来を感じさせる組み合わせ。


 それを目の当たりにし、セレモニーに集まった人々から歓声があがる。

 今の幸福が、未来にわたって約束された。そんな喜びに満ちている。


 そう、ヴァルトルーデが生んだのは男女の双子だった。

 驚くユウトに対し、出産直後にもかかわらずヴァルトルーデはしてやったりという表情を浮かべていた。

 そのときのことを、ユウトは生涯忘れなかった。


 お産自体はとてつもない安産で、双子を取り上げたアルシアも拍子抜けするほど。

 まあそれもこれも、出産の翌日には剣の稽古を再開した、ヴァルトルーデの人並み外れた肉体と体力があってこそなのだろうが。


 男の子は、カイト。

 女の子は、ユーリと名付けた。


 ユウトとヴァルトルーデが相談し、両親や仲間たちの意見も聞いて決定した名前だ。男女どちらが生まれても良いように候補は決めており、それが奏功した。

 それぞれ、界人に友里と漢字の表記も決めている。


 ブルーワーズと地球。子供たちのルーツであるふたつの世界。

 そのどちらでも通用する良い名前になったと、ユウトは満足しているのだが……。


 実は、漢字の表記を決めるだけでもちょっとした騒動になった。

 ユウトがくしゃみをすれば、イスタス公爵家が風邪を引く。それなのに、ユウトが姓名判断の本をひっくり返して、ああでもないこうでもないと悩み政務が数日ストップしたのだ。

 恐らく、オベリスクを犠牲にしてファルヴを守る――こちらへ残る――と決断したときよりも悩みは深かったに違いない。


「個別の画数だと良いのに、総画で計算すると駄目になるとか。マジわけわからん」


 心の底から理不尽だと語るユウトは、漢字と読みが乖離した今時の(・・・)名前を付けそうで怖かった。

 アカネは、後にそんな感想を漏らしている。


 そう生まれる前から愛されていた双子を抱いて、ヴァルトルーデが壇上から降りてきた。

 歓呼の声は、未だ止まない。


 しかし、それを迎え入れるアルシアの表情は複雑だ。


「ヴァル、今年もやりましたね」


 スピーチの短さをアルシアが軽く注意する。しゃべっている時間より、子供たちと一緒に歓声を受けているほうがよほど長いのは領主としてどうなのか。


 最近はユウトも「まあ、ヴァルだから」と諦め気味だが、本来はありえないことなのだ。


「うむ。好評なようでなによりだ」

「ヴァル……。そうではないのよ……?」


 しかし、案の定通じなかった。

 なにを言っても、美という概念を体現したヴァルトルーデの(かんばせ)の前に雲散霧消してしまう。


「まあまあ、アルシア姐さん。みんなに受けてるんだから、良いじゃん」


 ユウトがそこに割って入り、ヴァルトルーデからカイトを受け取る。

 黒髪の赤ん坊は、ぐずりもせず。いや、反対にきゃっきゃと喜んで父親の腕に収まった。


 未だに自覚は薄いのだが、一応は貴族のユウトが、こうやって子育てに参加するのは――ブルーワーズでは――やはり、珍しかった。

 しかも、子育てに関して他人の力はほとんど借りていない。

 乳母の斡旋もあったのだが、不要と断ってしまった。

 いざとなれば、祖母――おばあちゃんなどと言うと、少し悲しそうな顔をするのだが――の春子もいるし、地球から粉ミルクなどを仕入れることもできる。


 実際、問題はどこにもなかった。


 アルシアが、いささか入れ込み気味なことを除いては。


「ユウトくんが、そうやって甘やかすから」


 周囲に、笑顔と幸せを振りまくカイト。その様子に頬が緩みそうになるのをこらえつつ、逆に頬を膨らませて抗議するアルシア。


「駄目なことは駄目と言わないと、子供の教育に悪いでしょう?」

「説得力がなさすぎるわ……」


 ユーリをベビーカー ――ユウトの両親がポケットマネーで購入した物――に座らせるヴァルトルーデを手伝いながら、アカネが半ばあきれたように言った。


 それが半ばであり完全にではないのは、アカネにもその気持ちがよく分かるからだ。


 赤ちゃんは可愛い。それが、ユウトとヴァルトルーデの子供であれば、なおさら。


 その大前提を踏まえても、なお、生後半年を過ぎたカイトとユーリは可愛かった。


 カイトは黒髪で一見するとユウトによく似ているようだが、同時に、整った顔かたちはヴァルトルーデ譲り。将来、女泣かせになるだろうと――ラーシアの中で――評判だ。

 ユーリに至っては、髪の色も含めてヴァルトルーデの生き写し。それどころか、どことなく知性的な雰囲気すらあると――こちらは主にヨナの中で――話題になっていた。


 そのうえ、二人とも人見知りせず人なつっこい。

 アルシアならずとも、相好が崩れるというものだろう。


「よし。行くか」


 ユーリをベビーカーに乗せたヴァルトルーデが、今度はユウトを手伝いカイトももう一台のベビーカーに座らせた。

 彼女自身、不利な話題だと自覚しているのだろう。身振りで夫をせき立て、祭りへと繰り出そうとする。


 ユウトは苦笑で、アルシアはため息をついて、それに続いた。

 なにしろ、ベビーカーに乗った子供たちが、出発は今か今かと手足をばたつかせているのだ。


 子供とヴァルトルーデには勝てない。


 ユーリをヴァルトルーデが、カイトをアルシアが担当し、ユウトはアカネを気遣って隣を歩く。


「さっきの話だけど」


 花嫁広場の雑踏を歩きながら――幸い、周囲の人々は手を振る程度で道を譲ってくれている――ユウトは思い出したように言った。


「こう考えよう。ヴァルに難しいことを言わせようとしても、ボロが出るだけだって」

「そうね……」

「そうだぞ。ユウトの言う通りだ」

「えー。そこは認めちゃ駄目なところじゃない?」


 アカネだけが常識的な指摘をするものの、彼女もユウトの言葉が正しいことは理解している。

 つまり、そういうことなのだ。


「さて。話がまとまったところで、どこから行くの?」


 細かいことは気にしないことにし、アカネが方針を尋ねる。


 今日は家族水入らず……というよりは、他のメンバーはそれぞれに出店をしているし、こちらへ移住してきたユウトの両親は城塞で留守番だった。

 ずっとこもりきりではないし、何歳になっても夫婦二人きりの時間は必要ということなのだろう。


「アカネのこともあるしな。あまり、人混みが多いところは避けるべきか」

「そうですね」

「いや、そこまで気にしなくても大丈夫よ? 妊娠は病気じゃないんだから」


 一歩先を歩いていたヴァルトルーデが、ベビーカーと一緒に立ち止まる。

 そして、上半身だけ振り返ってびしっと指を突きつけた。


「その油断が危険なのだ」


 アカネの妊娠が発覚したのは二週間ほど前。

 本人としては来るべきものがきたかという感慨はあったが、驚きはなかった。


 つわりも、幸いにも軽いものだったため、そこまで辛いとは感じなかった。今のところでは、あるが。


 しかし、アカネの体調変化に機敏に反応……どころか、パニックを起こしかけたのがヴァルトルーデである。


「正論だけど……」

「ヴァルトルーデから言われるとなぁ」

「なにを言うの。ヴァルが学習したのよ? こんなに嬉しいことはないわ……」


 自分にはなかった変化が親しい人間を襲ったのだ。

 その衝撃は想像を絶するものがあったのだろう。


 同時に、成果もあった。

 いかに周囲へ心配をかけていたか気づき、ヴァルトルーデが反省したのだ。次回は、予防措置は講じていたとはいえ、ドラゴンに斬りかかるようなことはすまい。


「まあ、とりあえず知り合いのところへ行きましょうか。疲れたら、ちゃんと言うから。ね?」

「うむ。無理はしないようにだぞ」

「それ、俺の仕事じゃねえかなぁ……」

「勇人の仕事なら、お城にいっぱいあるじゃない」

「よーし。今日は家族サービスしちゃうぞー」


 今日の天気のように朗らかな笑い声を残し、ユウトたちは再び歩き出す。

 自分たちが作り上げた街を、幸せをかみしめるようにゆっくりと。

というわけで、察していた方も多いでしょうが、双子の誕生となりました。

そして、子供の名前のアイディアを提供いただきありがとうございました。

今回、採用・不採用が別れてしまいましたが、まだ子供は増えるでしょうから、

その時が来たら使わせていただこうと思っております。

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[一言] 二卵性双生児とかヴァルさんさすがっす
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