13.新婚旅行(地球編)
「ついに、ここまで来たわね……」
「ハードスケジュールだったけど、ゴールが見えた感じだな」
赤火竜パーラ・ヴェントが所有していた秘宝具、那由多の門。
それを使用したユウトは、地球への里帰りを果たした。
那由多の門が再び使用可能になるのは三日後。
そのとき、異世界を満喫した――はずの――両親と入れ替わりにブルーワーズへと戻る予定だった。
ここからは、リィヤ神もいない。本当に二人きり。
しかし、ユウトも普段着に着替えて訪れたのは、観光地でも名所でもない。
それだけに、思い出深い場所。
二人が通っていた高校の前にいた。
「懐かしいわね」
「ああ。通ってた期間は、中学よりも短いのにな」
学校前のガードレールに腰をかけて語る二人のほかは、ほとんど人通りもない。
それは、すでに日が暮れかけているから……ではなく、休日だから。両親の休みに合わせたのだから当然だが、少し寂しさも感じられた。
「同級生が、私たち結婚するって知ったらどう思うかしらね」
「そりゃ、驚くだろうよ。こんな若さで結婚なんて、普通はしないからな」
「そうよね」
吉沢蛍と佐伯和香奈――地球で魔法具関連の事件に巻き込まれた元クラスメート――へ報告したところ、普通に祝福され驚かれることはなかったという未来を、二人はまだ知らない。
「そう考えると、なんだか不思議な気分だ」
「そうね」
言葉にできない感情を共有し、二人は寄り添って夕日に彩られた校舎を眺める。
言葉もなく。
ただ、お互いの体温だけを感じながら。
「ねえ、勇人」
「ん?」
どれくらい、そうしていたのか。
少し肌寒さを感じ始めた頃、アカネがユウトの名を呼んだ。
「ブルーワーズへ行かなかったら、あたしたち、どうなっていたと思う?」
「行かなかったら……か」
寒さを避けるように。あるいは、熱を共有するかのように。アカネの肩を抱き、ユウトは答える。
「分からないな」
面白味のない答えだが、それが、ユウトの本音だった。
ブルーワーズへ転移していなければ、ヴァルトルーデやアルシア。みんなと出会うことはなかった。
その想像は耐え難い……という感情とは別に、こちらに残った自分をリアルに想像することができなかったのだ。
ブルーワーズへの体験は、あまりにも濃厚すぎた。
地球にいたなら、高校にいるうちになんとなくアカネと付き合って。特に目的意識もなく大学を目指し、運良く就職して、何年かして……という面白味のない未来予想図すら描けないほどに。
「そこは、なにがあっても朱音を好きになっていたよって言うところじゃないの?」
少し不満げにとがらせる唇を物理的にふさぎたくなる衝動を抑えつつ、ユウトはさらに想いを言葉に変換する。
「好きって意味だと、まあ、わりと昔からそうだしな。恋愛的な意味かどうかは別にして」
「……それはズルくない?」
予防線が多すぎると、アカネが抗議する。
その気持ちは分からないでもないが、ユウトにも言い分はある。
「だって、高校に入ってからちょっと距離あったじゃねえか。それなのに、二人が結ばれるのは必然みたいなこと言えるか。自意識過剰かよ」
「そうなのよねぇ。そこは、いろんな意味で痛かったわ」
高校デビューというわけではないが、友人グループの付き合いの関係上、ユウトと距離が空いてしまった。
それはユウトがサッカーをやめたあと、部活にも委員会にも所属せずに浮いていたのも一因なのだが、結果は結果だ。
とはいえ、そのお陰でアカネがユウトにとって一番近い異性というポジションは守られていたので悪いことばかりではなかった。
それに、アカネとしても、ただ座って獲物がかかるのを待っていたわけでもない。
「だって、おじさんと……お義父さんとお義母さんがいない間にちょっと距離を縮めようかなって思ったら、勇人が消えるんだもの」
「それは俺にも予想外で、申し訳ありませんでした」
あの料理の誘いはそういう意味だったのかと、今さら気づくユウト。
アカネにとっても今さらで、そんな告白をするつもりなどなかったのだろう。
「くっ、勢いで余計なことまで……」
恥ずかしげに頬まで膨らますアカネ。
やはり、唇をふさぐか。それとも、その頬を突っつくか。
魅力的すぎる選択肢にユウトが迷いを見せた瞬間、アカネは唐突に笑った。
「でも、確かにそうよね」
「なにが?」
「二人してあっちに飛ばされてなかったら、こんな関係になってなかったかもね」
そして、周囲に誰もいないことを確認してから、『こんな関係』を証明するかのように控えめな口づけをする。
「ここは、好きな男を追っかけて並みいるライバルに負けず勝ち取ったあたしが頑張ったってことにしましょう」
そう結論を出したアカネが、ガードレールから立ち上がった。
「そうか。奪われたのは、俺か」
「そうだったのよ。知らなかった?」
「知らなかったけど、悪い気分じゃない」
確かにプロポーズ自体はユウトからだったが、それもアカネのアプローチがあってこそ。
こういうのをお互い様というのだろう。
「じゃあ、そろそろ始めましょうか」
「そうだな」
ユウトは優しげに微笑み、カメラと着替えの準備を始めた。
その夜。新郎新婦二人の姿は、マンションの一室にあった。
校門の前で写真を撮った後、新婚夫婦よろしく――実際、そうなのだが――スーパーで買い物をし、ユウトの家に戻ったのだった。
形だけだが婚姻届を出すのも、事情をある程度知っているアカネの友人たちに報告をするのも明日で良い。
もちろん、それらは心躍るイベントではあるのだが……。
やはり、今日は特別な日で。
特別な日には、二人だけの時間が必要だった。
ユウトの財力と賢哲会議のコネクションを使えば、どんな場所のどんな高級ホテルだろうと宿泊することはできただろう。
けれど、アカネはそれを望まなかった。
「オズリック村があっちでの始まりなら、ここがあたしたちの始まりでしょ」
「まったく、朱音にはかなわないな」
男の甲斐性という面では思うところもある。だが、両親のいない家でアカネと二人きりというシチュエーションは、そんなこだわりを捨てるに余りあった。
それに、二人で料理を作るのも楽しかった。
「すごい。スイッチをひねると火がつくなんて! 水も、汲んでおく必要がないのね!」
「こっちに初めて来た時のヴァルみたいなことを……」
「それに、今日はケチャップもマヨネーズもソースも使い放題だわ!」
「不自由をかけて申し訳ない」
――というアクシデントもあったが、さすがに手慣れているだけあって、一時間ほどで調理を終えた。ユウトはあまり戦力にならなかったが、関係ない。
「……懐かしい、メニューだな」
「気づいた?」
「材料を買った時点で、ある程度は」
食卓に並ぶのは、ハンバーグにブイヤベース。それに、シーフードサラダ。
もちろん細かいところは違っているが、アカネがブルーワーズで初めて作った料理。当時のアルサス王子を歓迎するために心血を注いだメニューだった。
「今回の新婚旅行の締めくくりとしては、悪くないでしょ?」
「ああ。さすがだな、朱音」
ふふんと得意げに笑い、新婚夫婦の晩餐が始まる。
「しかし、これは……」
始まったが、メインのハンバーグに手を出すのがためらわれた。
「力作よ」
なぜなら、パティはハート型に整形されているのだ。ソースまで、その形に合わせてかけられているという凝りようだ。
これにナイフを入れるのは、象徴的な意味でよろしくない気がする。
「それは認めるけど、どうすれば良いんだ?」
「食べてよ、せっかく作ったんだから」
「そりゃ、食べるけどよ」
これは、試練なのか。
ユウトは、先にスープを飲み、サラダに手を付けてから対策を考える。
「……家でご飯食べてるのに、コロがいないと違和感があるな」
しかし、思いついたのは別のこと。
「それもそうね」
「元気でやっているだろうか……」
コロは、さすがに結婚式には参加させられなかったが、両親と一緒にブルーワーズへ渡っている。異世界観光には、同行しているはずだ。
無理を言って、コロと一緒に結婚写真も撮っていた。
誰にも見せる予定はないが。
「それで、勇人」
「ん?」
「別に困らせたいわけじゃないんで、普通に食べて構わないんだけど」
「……俺たちの愛は、こんなに柔じゃない。なので、このハンバーグがどうなっても無関係。いいな?」
「あ、はい」
それでも、真っ二つにするのはためらわれたので、端から少しずつ食べるユウトだった。
そんな風にいちゃいちゃとしながらではあったが、アカネの手料理は絶品だった。なにより、楽しかった。
きらびやかな高級なレストランで食事をするよりも、ずっと満足だ。
食事を終えると、二人で後片付けをし。
そして、別々に汗を流した後。
薄く照らされたユウトの部屋に、ウェディングドレスに身を包んだアカネが姿を現した。
「朱音……」
綺麗で。
予想外で。
とても、綺麗で。
ユウトは、言葉を失った。
「んふふ」
そんな幼なじみへ、いたずらが成功したかのように無邪気な笑顔をさらし、アカネは長いスカート部分をつまみ上げる。
「せっかく買ったんだから、使わないともったいないじゃない?」
「使うって……。生々しいな!」
「こういうシチュエーションは、お嫌いですか?」
「……とんでもない」
ユウトも男である。
女だったらアカネと結婚などしないだろうが、それはさておき、惹かれないと言ったら嘘になる。それも、生涯最大の嘘に。
もちろん、それはアカネが相手だからこそなのだが。そこを履き違えてはいけない。
「朱音」
逸る気持ちを抑えて、幼なじみ。いや、愛する妻の名を呼び、手を取った。
「少し遅くなったけど」
白い手袋を外し、指輪を取り出して薬指にはめた。
「……勇人、これ」
「二人で選んだ方がいいかなとも思ったけど、せっかくだから」
調べる方法はいくらでもあっただろうから、サイズがぴったりなのは良い。調べる方法などいくらでもあっただろうから。
驚いたのは、そのデザイン。
ピンク、イエロー、ホワイトの三色が一体となった金の指輪。見るからに高級品と分かる。いや、元々その方面には詳しい上に結婚情報誌などを買い集めていたアカネは、ブランドも値段も分かった。
婚約指輪は俗に月収三ヶ月分などと言われていたが、これはその倍はする。
「……奮発したわね」
まず値段に驚いてしまい、そう口にするのが精一杯。
確かに、事前に相談されていたなら、却下していただろう。
「そこはむしろ、自分がこの指輪に見合う女だって誇ってほしい」
「別に高いからうれしいってわけじゃないけど」
そう言いつつも頬が緩むのは止められず、左手の薬指にはめられた指輪を様々な角度から眺めやる。
「このサプライズには、やられたわ」
「お気に召したようで、恐悦至極に存じます」
おどけていって、ユウトはアカネを抱きしめた。
どちらからともなくまぶたを閉じ、ゆっくりと、だが確実に顔が近づいていく。
「あっ、朱音……」
「勇人……。んふぁっ……」
もう、何度目かになるキス。
だが、それぞれに違った意味があり、これから先なんど口づけを交わしても飽きることなどあり得ない。
「愛してるわ」
「俺も愛しているよ」
もつれ合うように、ベッドへ倒れ込む二人。
そして、夜は更けていった。
その夜は、長い、長いものになるだろう。
それは、二人が幸せな結末を迎えたことと同じぐらい明らかなことだった。
長くなりましたが、これにてアカネとのいちゃいちゃいちゃいちゃは終了です。
次回、幕間としてアカネの母視点で異世界観光の話を書いて週明けから第二章となります。
幕間は短くなる予定です。3000文字ぐらいでまとめますよ(ちなみに、今回は5000文字ぐらい)。
追記:まだ完成していないのに、4000文字越えた……。なぜだ……。