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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 16 叙事詩の終焉(エピローグ) 第一章 三度目の結婚式
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9.天草朱音

「朱音ちゃん、立派に育って……。綺麗だよ……」

「忠士くんが嫁に行くわけじゃないんだから、泣いても仕方がないぞ」

「だって……」


 このときのために仕立てたモーニングの脇を突っつかれても、花嫁の父から涙が引っ込むことはなかった。

 壇上で結婚式を取り仕切る美しい司祭(プリースト)の姿も目に入っていない。


「子供の頃から見てきた勇人くんと朱音ちゃんが、こんな風になるなんて思って……は、いたけど……。実現すると感慨深くて」

「分かったから、黙ってなさい」


 無言でうなずきはしたものの、泣き止む様子はない。

 新婦の父、三木忠士は、すでに花嫁とバージンロードを歩み、花婿に引き渡している。つまり、最大にして最後の仕事は終わっているのだ。


 少しぐらいは大目に見ようと、花嫁の母三木恭子は意識を切り替えた。

 彼女もあまり余裕はなかったのだ。先ほどから、涙で眼鏡が曇って鬱陶しい。慣れない留袖のきつさのせいに、違いなかった。


 一方、花婿の両親は、花嫁サイドほど湿っぽくはなかった。


「まったく。一人息子の結婚式に、何度も参列することになるとはな」

「良いじゃないですか。誰も不幸にはなっていないんですから」


 ユウトの父頼蔵は相変わらずの強面で、母春子は名前通り春のような笑顔で息子と娘を見守る。

 結婚式も、そして異世界も初めてではない。どことなく、余裕を感じさせた。


「恐れながら、天上に住まう諸神に申し上げ奉る」


 ユウトとアカネの寝室会議から約一ヶ月。

 ブルーワーズで行うと決めた結婚式の準備は、速やかかつ少人数で進められた。

 といっても、アカネが地球でウェディングドレスを選び、新郎新婦の両親のスケジュールを調整。そして、ユウトが仕事を片づけて休暇を捻出することぐらい。

 いや、それが最も困難だったのだが……そんな苦難を乗り越え、今日の善き日を迎えることとなった。


「彼、天草勇人と彼女、三木朱音は、夫婦の契りを交わすこととなった」


 会場となったのは、ファルヴの城塞。しかも、いつも食事と会議を行なっているお馴染みの部屋。

 だが、そこに即席の祭壇を持ち込み、バージンロードも設えると全くの別物にも見える。それは、幻想的なまでに美しいヴァルトルーデが取り仕切っていることとも、無縁ではないだろう。


「彼らは神々をよく崇め、人として徳と恩とを忘れることなく、子々孫々までの繁栄を約束するものなり。また、良き時も悪き時も支え合い、愛と信頼を以って永久の絆を結ぶものなり」


 凛とした美声で神々へとユウトとアカネの婚姻を奏上する。


「私、天草勇人は、妻朱音を生涯に亘って大切にし、幸せにすることを誓います」

「私、三木朱音は、夫勇人を変わることなく愛し続けることを誓います」


 黒竜衣(ドラゴンクロース)をばっちりと着こなしたユウトが誓いの言葉を述べ、純白のウェディングドレスに身を包んだアカネがそれに続く。


 その様子を、ベールガールを務めたヨナやアルシア。

 それに、友人代表として出席しているラーシアとエグザイルが見守った。


「それでは、誓いの口づけを!」


 嬉しそうな声に押されて花婿がそっとベールを持ち上げると、美しい花嫁が姿を現す。

 ユウトの胸に感動と不思議さという、二種類の感情が湧き起こった。


 ずっと一緒だった幼なじみの少女。

 アカネがそこにいる。


 彼女が名実ともに自分のものになるという――誇らしさ。

 自分も彼女のものになるという――名前の付けられない想い。


 それはアカネも一緒だったのだろう。

 感極まったという様子はなく、困ったような笑顔でユウトを見つめていた。


 今、この瞬間。ユウトしか見れない表情だ。


「朱音」

「勇人」


 名を呼び合い、視線を交差させる二人。


 永遠に感じる一瞬が経過し……ユウトは万感の想いを込めて、アカネに口づける。


 初めてではない。

 だが、柔らかさも熱さも格別だった。


「はっ、あぁ……」

「ぷっ、ふぁ……」


 息が続く限り、口づけを交わす。

 想いが暴走したかのような、長く深すぎる誓いの口づけ。


「ふぁあ……」


 一瞬に感じる永遠を経て、二人は離れた。

 やりすぎだと、アカネに涙目でにらまれてしまったが、ユウトに後悔はない。


「ひゅーひゅー」

「ひゅーひゅー」


 茶化すような……というよりは、実際に茶化している声が聞こえてくる。

 そちらを見るまでもない。ラーシアとヨナだろう。


「朱音」

「まさか、勇人……」


 見せつけるかのように、ユウトはもう一度アカネの唇を奪った。

 ただし、今回は軽く。


「まったく……。神々も、二人の絆を再確認されたであろう。これにて、愛は永久となった!」


 ヴァルトルーデが無理やりまとめ、短いが印象深い結婚式はつつがなく終了した。

 祭壇から降りた新郎新婦が、まずは新郎の両親に声をかける。


「父さん、母さん。ありがとう」

「ありがとうございました」


 頼蔵としてはいろいろと言いたいことがあったのだろうが、息子の隣で甲斐甲斐しく頭を下げる新しい娘に免じて小言は封印した。


「親の責務だ。気にする必要はない」

「そんなことを言って。これでも、喜んでいるのよ」


 他人が見れば、任務に失敗した部下を切り捨てようとしているとしか見えない表情。

 しかし、家族だけは、春子の言葉が正しいことを知っていた。


「……それよりも、この後すぐに出るのだろう。こっちのことは気にするな。いつもいつも、世話になるわけにはいかんからな」

「そうよ。朱音ちゃん、ゆうちゃんのことよろしくね」

「はい。春子さん……じゃない。お義母さん。勇人はあたしが、幸せにします」

「……もう、しあわせです」


 若干棒読み気味に答えたユウトに罪はないだろう。


「じゃあ、そっちの二人も異世界観光を楽しんでね。あたしたちが用意したツアコンは優秀だから」


 そんなユウトの態度が面白かったのか、アカネは上機嫌で実の両親に声をかける。

 この後、ユウトとアカネだけ別行動を取ることになっていた。その間、ツアコン――ラーシアが接待役を務めてくれる。

 あの草原の種族(マグナー)となら、お互いに気兼ねなく過ごすことができるだろう。


 どんな旅になるかは……とりあえず、手加減するようにとは言ってある。


「まったく。披露宴もせず、親を放置するとはな」

「良い娘に育ったでしょ?」

「ああ。盛大な披露宴などやられたら、絶対に来なかったぞ。めんどくさいにも程があるからな」


 女傑そのものといった表情で、恭子がニヤリと笑う。

 気を使って言っているわけではない。徹頭徹尾、彼女の本音だった。


「あがねぢゃん……。ゆうどぐん……」


 一方、忠士は未だ感激しっぱなし。

 両親が共働きだったため、ユウトも幼い頃から彼が世話をしてきたのだ。感動もひとしおなのだろう。


 この状態では、披露宴もなにもない。


 ユウトたちの計画は、その面でも正解だったと言えるかもしれない。


「忠士さん。いえ、お義父さん。朱音のこと、絶対に幸せにしますから」

「ゆうどぐんも、しあわせになっで……」

「もちろんです」


 感極まって抱きついてくる義父を抱き返しながら、ユウトが力強く宣言する。

 問題があるとすれば、もう幸せなのに、もっと幸せにならなくてはいけないということぐらい。


「ほら。そろそろ朱音に返してやりなって」


 恭子が襟首を掴んで、二人を引き離す。

 それだけでなく、ちゃんと背中をさすってあやしていることからも、良好な夫婦関係であることがうかがえた。


 そのタイミングで、ユウトの妻――アカネの先輩ということになるのか――二人が声をかける。


「ユウト、アカネ。名残惜しいが、このままだと行けなくなってしまうぞ」

「そうね。もう、出発したほうが良いわ」


 ヴァルトルーデとアルシアが、笑顔で送り出す。


「お土産、よろしく」


 さらに、べールガールとして可愛らしく着飾ったヨナが彼女なりに祝福をしてくれた。


「ああ。そうだな」

「はい、荷物ね。さっき撮った写真とか、カメラとか。あと、例の魔法具(マジック・アイテム)に巻物も入ってるよ」


 そこへ、割り込むように現れたのはラーシア。


 呪文書と無限貯蔵のバッグを差し出し、ユウトへとびきりの笑顔を見せる。

 甲斐甲斐しくというとユウトもラーシアも嫌がるだろうが、他に表現のしようもない。


「ユウト、肩の荷が下りたという感じだな」

「別に、荷物とは感じてなかったけど……。まあ、これでけじめはつけられたかな」


 無限貯蔵のバッグを受け取りながら、エグザイルなりの祝福に応える。

 実際、清々しい気分は感じていた。


「なにしろ、背負ったままでは、次の荷物は肩に乗せられないからな」

「おっさんに、そんなオチを付けられるとか不意打ち過ぎるんだけど!?」

「大丈夫よ。これからは、あたしも荷物を一緒に背負ってあげるから」


 ぱちりとウィンクすると、アカネはウェディングドレスを着たまま、ユウトに腕を絡ませた。


 幸せいっぱいの新郎新婦の誕生だ。

 だが、まだ幸せの絶頂とは言えない。


 なにしろ、ユウトたちはこれから新婚旅行に出かけるのだから。

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