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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 16 叙事詩の終焉(エピローグ) 第一章 三度目の結婚式
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6.メランコリーな一級魔導官(後)

 ブルーワーズ。


 戦士が剣を振るい強大なモンスターを打ち倒し、魔法が様々な奇跡を現出させる。

 確固たる善と悪が存在し、それを司る神々までも存在する。

 地球の人々から見れば、いわゆるファンタジーと呼ばれる世界。


 その幻想世界でも、ファルヴという街の特異性は群を抜いている。

 発端にして、中心は正義と雷を司るヘレノニア神により下賜されたファルヴの城塞。


 その一室に、ファンタジー世界らしからぬ電子機器を操る一人の少女がいた。


「これは、思っていたよりも難しいですね……」


 いや、現時点では操っているとは言えまい。

 なぜなら、彼女はノートパソコンの液晶画面を難しい表情で見つめているだけ。その手は、キーボードはおろか無線接続のマウスにすら届いていなかった。


 その部分だけ見れば、行き詰まった作家のように見えなくもない。

 だが、彼女は実際に体験した異世界生活を小説にしようとしているわけではなかった。


 仕事という意味では同じだったが、書こうとしているのは報告書だった。


 賢哲会議(ダニシュメンド)からブルーワーズに派遣された、一級魔導官秦野真名。

 ハーフエルフの魔術師(ウィザード)レンに弟子入りをした彼女だったが、彼女の本業は別にある。所詮建前にしても、ユウトの『愛人』として賢哲会議へのレポートを送らねばならなかった。


 これが、ペトラの相談をアカネへとスライドさせた理由だ。そのとき、ちょっとしたアイディアも付け加えているので、完全に右から左へ流したわけではない。


 そうして作業時間を作ったのだが……。


 ワープロソフトを起動しているものの、画面は白かった。

 カーソルだけが、無機質に点滅している。ソフトウェアの設定に従って、なにも書いていないのに定期的に自動バックアップが働く。

 目に見える動作は、それだけしかなかった。


 もちろん、真名はサボっているわけでは決してない。


 真っ白な画面を見つめながらも、頭の中では必死に文章を考えている。

 それに、レンに頼んで休みをもらったのだ。今日中にレポートを仕上げなくてはならないことは、心から理解している。


 理解しているのだが……。


「センパイは張り切って別の国へ行って、また世界を救ってきました。もちろん、私は置いてけぼりです」


 報告書にもかかわらず、現実が突飛すぎた。


「あと、神様が夢に出てきて、竜神の鱗を拝領したそうです」


 今、口にした内容を、報告書になるよう加工して打ち込んでいく。


『名誉顧問天草勇人師は、ブルーワーズの東方リ・クトゥアと呼ばれる地域の紛争に介入した。


 測量技術が発展していないため推測となるが、1000km以上離れたその地へ第七階梯の《瞬間移動(テレポート)》を複数回使用して仲間五名とともに上陸。

 危険が伴うとのことで、一級魔導官秦野真名は同行を許されず。


 数千の兵が集まった会戦に介入し、死者を一人も出すことなく終結させる。


 その後、戦乱の要因となっていたワドウ国へ移動。最終的に、30メートル前後もの超巨大サイズのドラゴン――現地では、邪竜帝と呼称――となったワドウ国の王ワドウ・レンカと対決。


 これに勝利し、リ・クトゥア地方の戦乱を収める。なお、件の邪竜帝は天草勇人師の妻ヴァルトルーデ・イスタスにより、ばらばらに斬り刻まれたとのこと。


 この功績により夢に竜神バハムートを名乗る存在が現れ――現地でも極めて稀な現象とのこと――報酬として自らの鱗を与えた。』


 ――言い回しは適宜修正するにしても、事実関係に誤りはなさそうだ。


「むしろ、間違いであってほしいところですね……」


 しかし、文章は取り繕えても、内容まではどうにもできなかった。


 第七階梯の呪文を複数回使用して、1000km以上の距離を一瞬で移動する。

 ほんの数名で、戦争を終わらせる。

 数十メートルのドラゴンを剣で斬り裂く。

 竜神なる存在が実在する。


 この短い文章のなかで、気にかかる点がこれだけある。


 ……どうなのだろうか、これは。


 提出できるはずもないのだが、仮にこれを見せたとして、香取支部長はどんな反応をするのか。いや、反応できるのか。してくれるのか。


 そもそも、賢哲会議としては真名とユウトの蜜月振りを確認したいのだろうから、その時点で期待に添うものではなくなっているのだが……。


「とても提出できないレポートですね、ご主人様(マスター)。支部長がまともなら、一時帰国とカウンセリングを勧められることでしょう」


 ノートパソコンの傍らに置いたタブレット――マキナが、あきれよりは笑いを多く含んだ口調で論評する。


 真名がいるのは、剣と魔法とモンスターと善と悪の神々が実在する幻想世界ブルーワーズ。

 地球の常識では測れない世界。


 それにしても、限度というものがある。


「もっとも、センパイは最初からその限度を超えているわけですが……」

「ご主人様、これは根本的に方針を見直すべきでしょう」

「そうですね……」


 マキナへ返答しつつ、真名は書いた文章をすべて選択してデリートキーで消してしまった。

 多少の未練はあるが、使えない物を残しても仕方がない。アンドゥを繰り返せば元に戻せるだろうが、使うことはないはずだ。


「すべてを正直に報告する必要はありません。差し支えのないところだけまとめることにしましょう」

「隠し事をしても、ばれることはありませんからね」


 真名の開き直りに、マキナも追従した。

 そうでもしないと、月報を作成する度に同じ悩みを抱えることになる。


「これが、大人のやり方というものです」


 マキナが望む美少女型アイコンが完成していたら、得意げな顔の表情差分が表示されていたことだろう。

 残念ながら、キャラクターデザインは暫定的。完成は、劇の脚本が完成してからになるだろう。


「ひとつ提案があります、ご主人様」

「……ろくな提案ではないような気がしますけど、まあ、聞きましょう」

「いきなり書こうとしても、無理があるのではないでしょうか」

「否定はできませんが……」

「ならば、インタビュー形式などいかがでしょう?」


 マキナの提案に、真名は考え込む素振りを見せる。

 確かに、話しながらのほうが脳も刺激され時間も短縮できるかもしれない。いや、それは虫が良すぎるだろうが、このまま手をこまねいているよりはいい。


「ご心配なく。文字起こしはこちらで行いますから。手間も省けます」

「そういうことなら、やるだけ、やってみましょう」


 このままでは、埒があかない。残念ながら、それは認めざるを得なかった。

 覚悟を決めるかのようにノートパソコンのふたを閉め、代わりに、タブレット――マキナをスタンドに立てかける。


「では、ご主人様。教授(プロフェッサー)いつも通り(・・・・・)なので、ご主人様自身の経験を語っていくのが良いのではないでしょうか」

「誘導されている気がしますが……とりあえず、やってみましょう」


 真名は咳払いをして居住まいを正した。


「ご主人様は、魔法薬(ポーション)作りを学んでいるそうですね」

「……まだまだ見習いも良いところですが」


 わざとらしいとは思ったが、なんとか声には反映させず、真名は続ける。


「やはり、一番の驚きは、魔法薬が厳密には薬ではないことですね」

「ほうほう。それは?」


 わざとらしいマキナの台詞にやりにくさを感じつつ、真名は目を閉じて話を続ける。


「魔法薬の原料は薬効成分のある動植物ではありません。呪文を封じ込めた巻物(スクロール)を特殊な薬液で溶かし、液状にした物です」

「……とてつもなく不味そうですが」

「飲むだけでなく、塗ったり振りかけることで効果を発揮するものもあります」


 真名は、味に関してのコメントは避けた。

 まあ、賢哲会議にとっては味など二の次だ。問題はあるまい。


「その巻物とは、いったいなんなのでしょう?」

「センパイは、呪文の設計図のようなものと言っていましたが……。単純に、呪文が封じられた使い捨てのアイテムと考えたほうが良いでしょう」


 真名も、巻物作成を完全に習得したわけではない。

 そのため、詳しい言及は避けることにした。


「恐らく、地球では失われた技法なのでしょうね。そのため、地球で魔法薬を作るのであればまず、それを復活させる必要があります」

「研究する価値はあると、考えているわけですね?」

「はい。魔法の技術に関しては、地球は遅れていますから」

「なるほど」


 もし量産化されたらその状況を一変させかねないマキナが、調子よく同意した。


「しかし、ひとつ疑問があります」

「魔法薬といえば、傷や病気の治療が代表的な用途ではないかということですね?」

「その通りです、ご主人様。理術呪文には、そういったラインナップはありません」


 であれば、ブルーワーズから輸入をしたほうが効率的ではないか。

 マキナの言葉の正しさを、真名は無言でうなずくことで認めた。


「ただし、賢哲会議はあくまでも学究機関であることを忘れてはいけません」


 真名は神秘的な脅威に対抗するための一級魔導官であり、ヴェルガに感化されたルージュ・エンプレスたちのように魔術と社会の在り方を問う者もいた。

 しかし、


「……話がずれましたね。あとは、概要……一般的な魔法薬の種類や効果などをまとめれば問題ないでしょう」


 最初からこの方向でまとめれば良かったと思いながらも、方向性が決まって安堵する真名。

 しかし、それはまだ時期尚早だった。


「さて、通常のレポートはこれをベースにまとめれば問題はないと考えます」

「となると、問題は裏のレポートですね……」


 そう。真名にとっては、裏。賢哲会議にとっては、本命。

 ユウトと真名の関係を綴った報告書も必要だ。


「……どうしましょう」

「インタビュー形式で、あることないこと引き出しますが!」

「あることなんて、ないでしょう?」

「……ハハハ、ソウデスネ」


 一気に温度の下がった声を前に、マキナは全面降伏した。

 役に立つところを見せなければ危ないと思ったわけではないだろうが、CPUをフル回転させて妙案をひねり出した。


「それでは、ご主人様。教授の奥様方の誰かと、ご自分を置き換えてみてはいかがでしょうか」

「なるほど。それは良いアイディアです」


 嘘に真実を混ぜるのは基本だ。

 ユウトを本当に愛する人のポジションを奪うようで良心が咎めるが、そこは誠心誠意謝れば許してくれるだろう。


「いえ、先に許可を取るべきですね」

「申し訳ありません、ご主人様。それは時期尚早です」

「……どういうことです?」

「驚くべきことに、教授はあまり人前では大っぴらにいちゃついていません」

「そう言われてみれば……」


 椅子に座り直し、真名が思案げに指でほっそりとしたあごのラインをなぞる。


「しかも、一番スキンシップが多いのは白い暴君(ホワイト・タイラント)ではありませんか」


 その言葉の正しさを認めつつも、むしろ、人前で仲の良いところを見せているのはラーシアではないかと思った真名だが、その点に関しては言及を避けた。


「どうすべきでしょうか。このままだと、ご主人様が教授の背中にしなだれかかったり、執務室で教授の膝に座ったり、夫婦の寝室に乱入するような人間になってしまいます」

「……最低ですね」


 その最低で最悪のイメージに、真名は頭を抱えた。

 なんとなく、愛人っぽい行動にも見えるだけになおさら。


「やはり、センパイに頼るしかなさそうですね」


 仕方がないという雰囲気を醸し出しつつも、なぜかうきうきとした様子でユウトの執務室の扉を叩く真名。難題を分かち合うことができて、嬉しいのだろうか。


 一方、相談を持ちかけられたユウトは、とてつもなく嫌そうな表情を浮かべるのだが……。

 最終的にしっかりと付き合って報告書の捏造に協力する辺り、真名に対して誠実ということは間違いないようだった。

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