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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 1 レベル99から始める領地経営 第二章 実践編
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1.ドワーフの里が抱える問題(前)

初の前後編です。

後編は、明日更新です。

 ユウトとヴァルトルーデの眼下に、荒涼とした山地が広がる。


 季節が冬ということを差し引いても、緑がほとんど目に入らない山の風景。切り立った山々が、まるで他者の侵入を拒むかのように荒れ果てた姿を見せていた。

 モンスターが徘徊していないのが不思議なほどだ。


 直線距離で、ファルヴから西に40kmほど離れた山脈。その一角に、ヴァルトルーデの領地となったメインツの街はある。


「ユウト、このような土地でドワーフたちはどうやって生計を立てているのだ?」

「この辺りでは、鉄や石炭が採掘できる。それを直接輸出したり、加工品を作ったりしてだな」


 体を水平にして飛行していたヴァルトルーデが体を起こして停止する。それに合わせて、ユウトも少し先から戻ってきた。


 ファルヴに城塞が現れた翌日。

 ユウトとヴァルトルーデの二人は、ドワーフたちが居住する鉱山の街メインツを訪れようとしていた。


 今回の遠征はいつもの《瞬間移動(テレポート)》ではなく、第五階梯の理術呪文《遠距離飛行(オーヴァーフライト)》を使って空の旅だ。所用時間は2時間強といったところだろうか。


 ユウトがメインツに行ったことがない――というわけではない。

 自分一人なら迷わず《瞬間移動》を使用しただろう。

 しかし、今回は領主のヴァルトルーデも同伴している。貴族となった聖堂騎士が《瞬間移動》でいきなり訪れるというのは、体裁が悪い。


 威厳、面子、礼法、貴族の常識。そんな、今まで無縁だった問題だ。

 下らないが、軽視もできない。


「肝心の食べ物がどこからも取れそうにないのだが」

「行商人ぐらいはいるさ」

「ふうむ……」


 ヴァルトルーデが難しい顔をして考え込んだ。

 今日は平服ではなく、魔法銀(ミスラル)の板金鎧を身に着けている。討魔(ディヴァイン・)神剣(サブジュゲイター)も腰に佩き、籠手と一体化した盾は置いて代わりの物を身につけているが、ほぼ完全武装だ。


 呪文の作用で寒さからは守られている。しかし、ユウトは苦悩を湛えるヴァルトルーデの美貌を目にし、体が震えてしまった。

 こればかりは、慣れたと思っても上回る衝撃を与えられるので意味がない。


(情けない。情けないが、直視できない美しさって反則だろ)


 深刻だがベクトルの違う悩みを抱えていると、ヴァルトルーデに声をかけられた。


「私が知っておくべきことは、他にあるか?」

「ああ……。なら、ドワーフたちに説明する予定の提案を先に説明しておくか?」


 ヴァルトルーデには、ファルヴの街作りに必要な人材を募集するとだけ伝えてある。あまり多くを説明すると、逆に丸投げされてしまいそうだったのだ。


「それは、ドワーフたちのためになる話なのだろう?」

「少なくとも、俺はそう思っているよ」

「ならば良い」


 そう言って、ヴァルトルーデは再び空を駆けた。

 信頼されているのだろう。


「そういうの重たいんだけどな……」


 勝算はある。

 だが、プレッシャーは否定できない。


 ドワーフたちに受け入れてもらえるのか。受け入れられたとして、それが彼らにとって幸せになれる道なのか。それは、ユウトにとっても大きな問題だった。


 二人でしばらく山の上を飛び続ける。


 遠くに煙――煤煙が見えてきた。

 周囲を断崖に囲まれた窪地に、石造りの集落がある。

 良くいえば、質実剛健。悪くいえば、活気のない街並みだ。


「少し離れたところに下りよう」


 ヴァルトルーデが無言で頷く。


 こうして二人は数時間ぶりに地上へ降り立った。連れだって、メインツへ向かって山道を登る。

 早々に、ユウトは後悔し始めた。


 踏み固められているとはいえ、舗装のされていない山道を登るのだ。しかも、健脚を誇るヴァルトルーデは完全武装にもかかわらず涼しい顔。

 男の子のプライドはボロボロだ。


(やっぱ、面子なんてどうでも良いから、《瞬間移動》すべきだったか……)


 しかし、事前にこの街の様子をヴァルトルーデに見せるという目的もあったのだ。軽い登山ぐらいは妥協しなくてはならないだろう。


「ここがメインツ。ドワーフたちの街か」


 入り口に立ったヴァルトルーデが静かに言う。


 ドワーフ。

 岩妖精とも呼ばれる彼らだが、エグザイルたち岩巨人と縁戚関係にあるということはない。

 身長は1メートル半ばほどで、樽のような体型。腰まで伸びる長い髭。明るく陽気で強い酒を好み、一流の職人であり、戦士。

 そのパブリックイメージ通りの種族だ。


 冒険者であれば旅の途中で関わることもあるだろうし、パーティ内にドワーフがいることも多い。

 ユウトたちも、数百年前に行方不明となったドワーフ女王の遺品を探し出し、友好関係を結んだことはあるのだが。


「別の部族だし、あんまり意味はないかな」

「そのようなことはあるまい。善行は必ず報われるのだ」

「報われるという意味では、すでに報酬はもらってるけどね」


 ドワーフ女王の遺品の対価として受け取った宝石は、今となっては大金というほどではない。現在の金銭感覚なら、売らずに記念として取っておいたことだろう。

 しかし、まだまだ駆け出しだった彼らにとっては、非常にありがたい報酬だった。感謝しても、し足りないほどに。

 思い出に浸りながらメインツの街に入ると、すぐに一人のドワーフが向かってきた。


「ユウト・アマクサ様ですね」

「ああ。用件は昨日言った通り。領主様も一緒だよ」


 走ってきたが息ひとつ乱していないドワーフの青年に来訪の意図を告げる。


「今、母――族長のもとへご案内します。こちらへ」

 若干の緊張と好奇心を礼儀正しさで覆い隠し、ドワーフの青年が先導を開始した。

 それでも、ちらちらとヴァルトルーデを盗み見しているのは、この辺境にまで偉業が届いているのか、それともその美しさに驚いているのか。


(たぶん、両方だな)


 お陰で、ローブの下の制服や服装に似合わない無限貯蔵のバッグが目立たずに済む。

 そんなことを考えていたので、ヴァルトルーデの不満気な様子に気付くのが遅れた。


「ユウトよ、昨日とはどういうことだ?」


 さすがに小声でヴァルトルーデが問う。


「ああ、夜にちょっと《瞬間移動》でね」


 いくら領主といえども約束も無しに訪問するのは問題がある。相手からも、必要以上に身構えられてしまう。

 かといって、ただの先触れを出しても彼らより到着は遅くなるだろう。それに、連絡役を務めてくれるような部下もまだいない。

 王都セジュールで、引退した官吏や学はあるが仕事のない貴族の子弟を中心に勧誘はしている。近日中には、形になる……はずだ。


「いきなり、働き過ぎではないのか?」

「ちゃんと休息は取ってるさ。そうじゃないと、呪文を使えないのは知ってるだろ?」

「むう……」


 ユウトは心配だが、その苦労をかけているのは自分自身。そう考えると強くは言えず――ヴァルトルーデは、腑甲斐なさに苛まれてしまう。


「喜んでくれた方が俺は嬉しいぜ」

「うっ。努力しよう」


 そう言って、ヴァルトルーデは無理やり笑顔を作った。


「よしよし」


 頭を撫でるのは、さすがに自重する。


「しかし、寂れているように見えるのは、私の気のせいか?」


 今歩いているのはメインツの大通りのはずだが、先に見えるひと際大きな邸宅までの道は、ほとんど人通りがない。

 では仕事中なのかと言うと、ドワーフの集落特有の槌を振るう音も活気もまるでない。

 ヴァルトルーデならずとも、不審に思うのは当然だろう。

 それに対するユウトの返答は、極めて平坦だった。


「気のせいじゃないよ。そうだったら、ヴァルを連れてきたりしない」

「私と二人きりで出かけるのが嫌だと言うのか」


 唐突に立ち止まり、思わず大きな声を上げていた。


「はぁ? んなわけねーだろ」


 そんな反応が来るとは思っていなかったので、ユウトも思いがけず本音を漏らしてしまう。


「そ、そうか。それなら良いのだ……」

「あ、ああ……」


 顔が赤い。

 ユウトから見えているのは白磁のようなヴァルトルーデの頬が赤く染まっている様だが、自分も大差ないだろう。


(こんなところ、アルシア姐さんやヨナに見られてたら、どうなってたか……)


 そこで、他人の視線に思い至る。


「…………」


 予想通りと言うべきか、ドワーフの青年からなんとも形容しがたい視線を向けられていた。


「ま、まあ、あれだ。メインツがこうなってしまったのには、いくつか理由がある。これから、族長へする提案で改善されるさ」

「そ、そうか。ユウトがそう言うのなら、安心だな」


 何事もなかったかのように歩き出す二人。


 それ以上の追及もどうかと思ったのか、ドワーフの青年も粛々と歩き続け、石壁のある邸宅の前で立ち止まった。


「ここが、ミランダ族長の住居です。このまま、ご案内を続けても」

「そちらの都合が良ければ」

「分かりました。こちらへどうぞ」


 案内をされたのは、10メートル以上ある縦長の大広間だった。天井も高く、圧迫感はない。天窓にはガラスがはめ込まれ、冬の日射しを室内に呼び込んでいた。


 正面には、彼女が族長のミランダなのだろう。老齢のドワーフが、派手な衣装を身に纏ってすでに席に着いていた。

 両脇には長いローテーブルが設置され、その後ろに十名近いドワーフたちがこちらへ訝しげな視線を向けている。


(歓迎されてないなぁ)


 ドワーフは母系社会ということだったが、居並んでいる面々は男性の方が多そうだった。


 部屋の中央には、ドワーフたちが座っているのと同じ円形のクッションがふたつ用意されている。

 ここが、彼らの席ということだろう。


 新領主を迎えるというよりは、まるで裁判にでもかけられそうな雰囲気だったが、仕方ない。〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル )との戦いでは、彼らは武勇を示した。


 しかし、領地経営ではなんの実績もないのだ。


 きりっとした表情の聖堂騎士が、流れるような所作で席に着いた。重たい鎧を身に着けているとは思えない動きに、両脇のドワーフたちから感嘆の声が漏れる。


 一方、それに比べるといくらかよたよたした動作で、ユウトも腰を下ろした。


 交渉――戦いが始まる。


「メインツに住むドワーフの族長、ミランダでございます。遠いところ、ご足労をおかけしましたな」

「ロートシルト王国のチャールトン三世より、新たに領主を任じられたヴァルトルーデだ。よろしく頼む」


 まずは無難に挨拶を済ます二人。


「イスタス伯爵家の家宰、ユウト・アマクサ。魔術師だ」


 一応自己紹介をするが、注目されていないことは彼自身よく分かっていた。

 だから、軽く爆弾を投下する。


「死にかけの街を黄泉返らせる方策を伝えに来た」

「ほう。死にかけとは?」


 いきなり死にかけと言われて良い感情を抱くはずもない。族長――ミランダの眼光がユウトを射貫いた。

 しかし、彼に動じた様子はない。それどころか、生きるか死ぬかの戦闘よりは全然マシだとすら思っていた。

 ヴァルトルーデも、無礼な物言いに口を差し挟むことはない。


「彼、ユウトの言葉は私の言葉だと思ってもらいたい」


 それどころか、全権をユウトに任せてしまった。


「死にかけだってのは、街を見れば分かるさ」


 族長の質問にはわざと答えず、ユウトは要望を突きつけた。


「まずは、人手が欲しい。ファルヴの城塞を中心に、街作りをするための職人が必要なんだ」


 ドワーフは皆、優れた鍛冶師であると同時に石工でもある。領内にドワーフがいるのであれば、使わない手はない。王都セジュール復旧で人手が不足しているとなれば、尚更。


「ファルヴの城塞じゃと? あそこは、ただの廃墟じゃろう」


 さすがに、ここまでは伝わっていなかったようだ。ドワーフたちから疑いの声が上がる。


「城塞はある。ヘレノニア神の奇跡だ」

 短く厳かに、ヴァルトルーデが断言した。

 そのオーラに圧され、両脇のドワーフたちも沈黙する。


「神の手による城塞の真偽は別にして、ファルヴに本拠を置く計画はあるんだ。人手が欲しいのは事実だよ」

「なるほど」


 あくまで否定的なスタンスは崩さず、族長が言う。


「しかし、いくらワシらドワーフが優れた職人とはいえ、素材も無しに家を造ることはできませぬが」

「その点も心配ない。手配の目処はついている」


 自信に溢れたユウトの言葉に、ミランダ族長は押し黙った。


「どこからか、すでに石材は調達済みということですかの」


 別の土地から買い付けたと思っているのだろう。事実は違うのだが、ユウトは特に訂正しなかった。


(領地の外には、金貨一枚だって使ってやるものか)


 心の中で舌を出すユウト。

 まあ、実際にはなかなかそうはならないのだが。


「賃金は、一日に銀貨5枚出そう。衣食住もある程度面倒をみるし、区切り毎にボーナスも出すよ。この条件で、何人ぐらい集められる?」

「銀貨5枚……」


 族長は黙って目をつぶり、代わりに列席しているドワーフたちから驚きの声が上がった。基本給だけで、相場の5割増しだ。

 その他に追加報酬もあるというのだから、破格と言っていい。


「若者に故郷を捨てろと言うておるのじゃ。好条件とは言えんじゃろ」


 族長の言葉に、今度は両脇のドワーフたちが押し黙った。


「誰も強制移住の話なんかしていないよ。帰りたければ帰ればいい。まあ、街作りの目処が付いたら街道整備も頼みたいし、仕事はいくらでもあるけどね」


 だが、ユウトは涼しい顔。


「近くの集落にも声をかければ、二百は集まります」


 声は、ユウトたちの背後から聞こえてきた。


「トルデク! ヌシに発言を許した記憶は無いぞ!」


 族長からの叱責が飛ぶ。

 しかし、ユウトとヴァルトルーデをここまで案内したドワーフの青年は一歩も引かなかった。手は震え、息をするのもやっとという有様だったが、正面から族長の視線を受け止める。


「母さん……いえ、族長も分かっているでしょう。このままじゃ、真綿で首を絞められるようなものだって」

「トルデク……」


 若者が街を捨てるというのであれば止められない。

 ミランダ族長も、周囲の他のドワーフたちも目を伏せたままなにも言えなかった。


「じゃあ、トルデク」


 座ったまま体の向きを変えてユウトが言った。

「リーダーは君に任せる。二百人集めたら、迎えをよこすから伝えてくれ。連絡手段は、後で指示するから」

「はい」


 震えながらも、はっきりとした返事にユウトは満足そうに頷く。


「一緒に話を聞いていくと良い」


 ヴァルトルーデが、左側の一角を指し示す。

 彼女の言葉に、ドワーフたちは異論はあっても唱えることはない。トルデクも、正式な参加者となった瞬間だった。


「さて、懸案のひとつは片付いた。じゃあもうひとつ、新しい産業を興す提案をしたい」

「なんじゃと?」


 族長が目を丸くする。

 当然だろう。その産業がないから、若者は故郷を捨てようというのに。


「もちろん、残った者にも仕事を頼むよ」


「本当に、ワシらを移り住まわせるために来たわけでは……」


 ユウトは、軽く頷いた。

 しかし、ドワーフたちの表情は暗いまま。端的に言えば疑っているのだ。そんな旨い話があるものかと。


「ですが……」

「今まで通りにいかないってのは分かってるよ」


 手を上げて、ユウトが族長の言葉を制す。


「悪いけど、ここからはそっちの努力次第だ」


 そして、ユウトはこのメインツが抱える問題の本質を口にした。

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