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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 16 叙事詩の終焉(エピローグ) 第一章 三度目の結婚式
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5.メランコリーな一級魔導官(前)

 レンの魔法薬(ポーション)店に、最近、新しい店員が入った。

 店主であるハーフエルフの魔術師(ウィザード)に弟子入りした異世界から来た少女、秦野真名――こちらの流儀に直せばマナ・ハタノか。


「勉強ができるのはありがたいですが、さすがに、自らの存在意義を考えてしまいますね……」


 彼女は、滅多に客の来ない店のカウンターに一人立って店番をしていた。

 どれほど暇かというと、一時間ほど巻物(スクロール)の読解に集中しても、問題がないほど。


 そして、それが常態化していた。


 客として来るのは、魔法薬の物珍しさに惹かれた冷やかしか、実はこの街では珍しい冒険者程度のもの。それも、一日に数組あればこの店としては千客万来といったところ。

 それで経営が成り立つのかといえば……成り立つどころか、そこいらの商人よりは余程儲けている。


 それは、店主の弟弟子にしてイスタス侯爵家を取り仕切るユウト・アマクサから、定期的に魔法薬の発注を受けているため。

 一回の取引で金貨数百枚。場合によっては、千枚以上のやり取りが発生する。


 もちろん、そのすべてが利益ではないが、ほとんど仕事のない店番を雇っても問題ないのだった。


「マナ……ちゃん」

「どうしたんですか、師匠」


 その真名の名を、奥から出てきたハーフエルフの少女が呼ぶ。

 ともすれば聞き逃しそうな、小さな声。しかし、意外なほどはっきりと耳に残る声音だった。


「お出かけ……して……くる……ね」


 手にしたバスケットをちょこんと掲げ、少しだけ上気した頬を見せる。


「相変わらず、可愛らしいですね」


 スタンドに立てかけているため、カメラで状況を把握できたのだろう。マキナが、ストレートな感想を述べる。

 真名としても、それを否定する気も材料もなかった。


 そのため、口にしたのはまったく別のことだった。


「ああ。センパイの所ですか」

「ちがっ……う……わ……ない……けど。うう……」


 あたふたとするハーフエルフの少女。

 全身を包み込むかのような長い金髪がわたわたとゆれ、木の葉のような形の耳まで真っ赤になっている。


 普段は、ヨナと同じように……というほどではないが、滅多に表情を変えないレン。


 そんな彼女が恥ずかしそうにしていると、真名であってもほんわかとした気分に包まれてしまう。


「合っているのなら、別に慌てる必要はないと思いますけど」

「王子さんが倒れちゃったから……、疲れを取る魔法薬が欲しいって言われた……の!」


 お仕事なんだから! と、レンにしては声高に主張する。

 実際、精神的な疲労を取り去る効果のある《静心(カーム)》の魔法薬は、ユウトにも効果は絶大だった。アルシアからは、定期的な納品を求められているほど。


「承知いたしました。別に、教授(プロフェッサー)に会いに行くわけではないんですね」

「……そうなんだけど、そうじゃなくて――」


 商品を届けるだけで、ユウトに会いに行くわけではない。ということはつまり、ユウトに会いたいわけではないということになる。

 マキナの言葉を否定も肯定もできず、レンがその場で右往左往する。


「もう、マキナちゃんのいじわる」

「はうっ……。得体の知れない衝撃が、回路を走り抜けていきました……」

「い、行ってくる……ねっ」


 マキナが身もだえする――タブレットのうえに、AIだが――隙に、レンは風のように素早く店を出て行った。


「師匠、転ばないように気をつけて――」

「――あうっ」


 真名が危険を感じて警告を飛ばすのと、レンが店の入り口を開いた瞬間につんのめったのは同時だった。


 間に合わない。

 そう思いつつも、カウンターから飛び出す真名。


 大きく一歩二歩と進み、レンへと手を伸ばすが、現実は非情だった。その手は空を切る。


 しかし、レンが転倒することもなかった。


「大丈夫ですか?」


 ちょうどその瞬間、レンの魔法薬店を訪れた来客――ペトラ・チェルノフ――に、ぽふんとぶつかって事なきを得たのだ。


 真名はほっとすると同時に、なぜペトラがやってきたのか訝しむような表情を浮かべる。初等教育院は休みではなかったはずだが……。


「あ、ありがとうございます」

「いえいえー。気をつけてくださいね」

「……はい。それじゃ、行って……きま……す」


 そんな真名の疑問は置き去りに、レンとペトラは頭を下げ合う。

 そして、レンは早足――彼女にしては、だが――で、出ていってしまった。


 それと入れ替わりに、ペトラが店内へ入ってくる。


「マナさん、聞いてください!」

「……学校はいいの?」

「お昼休み明けまで、大丈夫です!」


 たまたま授業がなかったらしい。

 サボっているわけではないと分かり、真名は安堵の表情を浮かべる。

 その顔を見られたくないから……というわけではないが、真名は踵を返してカウンターへと戻っていく。


「カグラさんが、師匠(せんせい)と、ここここ婚約をしたらしいのですが、どう思います!?」


 そんな真名の背中に、ペトラの不躾な言葉が飛んだ。


「した? らしい?」


 そもそも、なぜ自分に聞くのか。

 そこが、まず分からない。


「あと、ニエベス商会のレジーナさんも愛人だという噂も、まことしやかに」

「まことしやかって、そんな様子は見受けられないと思いますけど……」

「嘘から出た実かもしれません!」


 ペトラは、ユウトのことが好きらしい。

 本人の特性により、そこのところが今ひとつはっきりとしていないのだが、友人である真名ならずとも、明らかな事実だった。

 あわてて真名の下に駆け込んでくる辺り、言い訳のしようもない。


「まあ、その心配をする必要はないでしょう。あのセンパイが愛人を囲うなんてありえません」

「それを言ったら、ご主人様も教授の――」

「マキナは黙っていなさい。電源を切られたくなければ」

「Yes,My Lady」


 妙に流暢な発言で、マキナが命令に従う。

 このガールズトークを聞き逃すことは、絶対に避けたかったようだ。


「じゃあ、師匠は本気ということに……?」

「なぜ、そうなるのか分かりませんが……。そもそも、センパイのどこがそんなに……」

「どこが? 師匠は、凄いんですよ!」


 勢いづいて、ペトラがユウトとの出会いと、奈落での修業と、その後の話を語り始める。

 その何度目かになる話を聞きつつ、真名は状況を整理していった。


 ペトラだけでなく、レンもユウトに好意を抱いているようだ。

 カグラも、レジーナも、そう違いはないのだろう。


 レンは別として、ペトラ、カグラ、レジーナの共通点は、『助けられた』という部分にあるようだ。


 真名も人間関係のすべてを把握しているわけではないので憶測も混じるが、ペトラは呪いを受けた母親を癒す手助けをしてもらったうえ、本人も“教育”された。

 それを、本人から嬉々として語られると疑問しか湧かないのだが――今がまさにそうだ――とりあえず、脇に置いておく。


 カグラは、故郷で迫害されていたところを救われ、新天地を用意してもらった。

 また、レジーナは商会の経営が行き詰まったところを助けられ、親の敵までユウトが討ったのだという。その後もヴェルミリオなどの服飾関係や王都との大商会とのやり取りで、ビジネスパートナーという関係になっているようだ。


 それぞれ、好意を抱く理由はあるようだし、理解できなくもない。


 しかし、ユウトにはヴァルトルーデとアルシアに、アカネまでいる。

 決まった相手のいる男性に恋をするのは、不毛ではないだろうか。


 真名には、そこが理解できない。


 しかも、無茶苦茶なようで頑固なところがあるユウトが相手だ。難攻不落とまでは思っていても言わないが、相当困難だとは言わざるをえない。


「不毛だ、難しいという程度で諦められるならば、それは恋ではないということでしょう。ご主人様も、まだまだですね」

「黙っていなさいと言いましたよね?」

「Yes,My Lady」


 即座に、ディスプレイの電源をオフにするマキナ。

 従順なのか、そうではないのか。真名は、憂鬱そうに首を振った。


「とりあえず、話は分かりました」

「はい。女帝ヴェルガに昏睡状態にさせられた師匠を助けられて良かったです」

「いえ、その話ではありません」


 ぶんぶんと非実在上の尻尾を振るペトラをなだめつつ、真名は口を開く。


「ペトラさん、あなたはセンパイとどうなりたいんです」

「一緒にいたいです!」

「具体的には?」

「それは……」


 真名の指摘に、ペトラは言い淀む。

 自覚していないのか。自覚しているが、畏れ多くて言えないのか。


 どちらにしろ、はっきりしない。


「そこが曖昧では、センパイも困ってしまうと思うのですが……」

「師匠を困らせたくはないです」


 そこは真実なのだろう。

 まったく間を置かずにペトラがカウンターを乗り越えんとばかりに詰め寄ってくる。


 それをさりげなく押し返しながら、真名はあえて突き放すように言った。


「それに、正直、この問題では私は力になれそうにありません」


 恐らく……というか確実に、倫理面ではユウトに味方をしてしまう。

 親友の願いとはいえ、そこはいかんともし難い。


 さらに言えば、賢哲会議(ダニシュメンド)へ提出する報告書の期限も迫っていた。


「だから、もっと有力な味方に頼ることにしましょう」

「そ、それはいったい……?」

「三木センパイ……朱音さんです」


 それは、奇しくもペトラの母親が至った結論と同じだった。

レンが作った《静心》の魔法薬は、書籍版3巻の書き下ろし短編が初出です(ステルスマーケティング)。

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