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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 16 叙事詩の終焉(エピローグ) 第一章 三度目の結婚式
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2.竜神の置き土産(後)

「夢か……」


 寝起き特有のぼんやりとした状態で、ユウトはゆるゆると起きあがる。

 脳に酸素が足りていないのか小さくあくびをしつつ、周囲を見回した。


 ここは、夫婦の寝室。寝ていたのは、ヴァイナマリネンから贈られた大きなベッド。そして、一緒にいるのは愛する妻とアルビノの少女。ベッドの中央にユウトがおり、その両隣をヴァルトルーデとヨナが占めている。

 場所と物と人の記憶が蘇り、夢と現実がかみ合っていく。


 ユウト、ヴァルトルーデ、ヨナ。

 この三人が竜神バハムートに召喚されたのは、こうして一所に固まって寝ていたからだろう。


 本来であれば、身重の妻と一緒のベッドは避けるべきなのかもしれない。しかし、「誰かと一緒のほうが、気を使う分安全は確保されるではないか」との自己申告があり、実際に寝相は大人しくなっている。

 寝ているときに手を繋いでいるため――必然的に、今もそうなっているが――万一にもベッドから堕ちることはあり得ない。


 ヨナに関しては、わがままを聞いている格好だ。

 まあ、現時点でヴァルトルーデ以外――アルシアかアカネ。もしくは、その両方――と、ヨナで同衾するのは支障がある。邪魔ではないが、支障がある。


 そう考えると、この三人が呼ばれたのは、必然だったと言えるだろう。


「今回は、穏当に終わったな」


 夢の内容を思い出し、ユウトは満足そうにうなずいた。

 実際に、満足していた。


 前触れなく城塞が出現することもなければ、神々が――分神体(アヴァター)とはいえ――降臨するようなこともない。

 もちろん、女運だって無関係だ。


 このファルヴの城塞は拠点として大いに活用させてもらっているし、分神体の降臨による利益はいろいろとある。今のラーシアだって、幸せでないとは言えない。


「でも、仕事が増えるからなぁ……」


 結局のところ、平和が一番である。


 そういう意味では、バハムートは世界平和に貢献していると言えるのではないか。

 もしかすると、結婚には一度失敗しているようだが、竜神バハムートはかなりの人格者だったのかもしれない。結婚の失敗も、原因は赤火竜パーラ・ヴェントにあるのだ。むしろ、バハムートは被害者である。


 認識を改めなければと、ユウトは一人うなずく。


 しかし、それは早計だった。


「ああ。ユウト、おはよう」


 手をつないだまま、ヴァルトルーデがむくりと起きあがる。

 重さを感じさせない無造作な動きに、ユウトのほうが緊張してしまう。


 だが、心配……とまではいかない。

 身重の状態でも、ヴァルトルーデは規格外。ある程度は自由にさせるのが一番だ。


「おはよう、ヴァル。一緒に、夢見てたよな?」

「うむ。さすがは、竜神バハムート。偉大な神であったな」


 堂々たる振る舞いに感じ入るところがあったのだろう。ヴァルトルーデが、うなずきながら褒め称える。まさか、強そうだからというわけだけの評価ではない……はずだ。


「しかし、最後の警告はどういうことだったんだろうな……」

「それも気になるが、ユウト」

「ん?」

「それはなんだ?」

「それ? どれの――」


 ユウトは、視線の先を見るため振り返り……言葉を失った。


 ベッドの上に、見慣れない物体が存在していた。黄金に輝く、きらきらと美しい物体が。


 すぐに気づかなかったのは、四肢を投げ出したヨナの体が陰になっていたせい。

 

「ちょっと、ヨナ。どいてくれ」

「んー」


 アルビノの少女が不機嫌そうにうなる。だが、それを斟酌はしていられない。

 名残惜しそうにヴァルトルーデとつないでいた手を離し、愛犬に対してそうしていたようにヨナをごろんと転がす。


 そして、問題の物体を手に取った。


 手のひらを広げたよりも、一回りほど大きい。厚みは、薄い冊子程度か。金属のようだが、なんの金属なのか推測もできない。加工法も同様だ。


 金属でなければ、なんなのか。


 似た物を見たことはある。あるのだが……。


「もっと」

「もっとじゃねえよ」


 口ではそう言いつつも、おねだりに応じてアルビノの少女を足で転がした。

 そうしながら、ユウトはそれを鋭い視線で鑑定する。

 ヴァルトルーデも鑑定に参加しようとし……自分に分かるはずがないかと、両手両足を伸ばしてごろごろ転がるヨナへと視線を移した。


「ううむ……。専門家じゃないからあれだが……」

「その口振りだと、見当はついているようだな」


 分かっているくせに、確信がないと言いよどむ。

 そんなユウトのことを誰よりも理解していると自負するヴァルトルーデが、再び手をつないで発言を促す。


「ドラゴンの鱗だと思う」

「そうか。言われてみれば、面影があるな」


 ヴァルトルーデが思い浮かべたのは、エグザイルの鎧。

 言われてみれば、大きさなどは異なるが、あの竜鱗(ドラゴンスケイル)の鎧を構成する素材に似ているように思えた。


「あの夢の後だ。ドラゴンの鱗ぐらい出現しても不思議ではあるまい?」

「不思議じゃないかもしれないが、俺たちが会ったのは、誰だった?」

「それはもちろん……ああ、そういうことか!」


 ようやく、ユウトの懸念に気づいたヴァルトルーデ。エウレーカと叫びをあげるが、ヨナがうるさそうにうなったのであわてて口を押さえた。


「詳しくは、ウルダンさんに鑑定してもらうしかないけど……」


 竜細工師のウルダンは熾天騎剣(ホワイト・ナイト)作成でも重要な役割を果たした、ドラゴン素材のスペシャリストだ。

 もし、彼が見たことのないドラゴンの鱗であれば……。


「十中八九、竜神バハムートの鱗であろうな。まったく、義理堅いことだ」


 本来であれば与えられるべき報酬を辞退させ、あまつさえ地の宝珠まで返還された。

 それで、現時点ではなにもなしとはいかなかったのだろう。


 それは理解できるが……。


「家宝として、どっかに飾るかなぁ……」


 使うにしろ、死蔵するにしろ、途方もなさ過ぎる。

 ユウトは黄金色の鱗を天に掲げ……良い案が浮かんだとばかりに、微笑を浮かべた。


「また、厄介なことを思いついたという顔をしているぞ」


 最愛の妻から見ても、さわやかとは言い難い微笑を。





「――以上が、リ・クトゥアでの顛末となります」


 起点となるスイオンの救出から、終点である竜神バハムートとの邂逅まで。

 たっぷりと時間をかけて話し終えたユウトは、何杯目かになる紅茶で舌を湿らせ、反応を待った。


 主君であり友人である、アルサスからの反応を。


「アマクサ守護爵よ」

「はっ」

「余は、怒っている」


 硬い表情と声で告げられた内容は、残念ながら、ユウトの予想通りだった。


 アルサス王とユウト。

 二人が顔を合わせているのは、謁見の間ではなく王の私室。


 ユーディットは同席していないが、代わりに宰相のディーター・シェーケルが傍らに控えている。


 私室といっても、正確には、それに隣接する応接間というほうが正しい。


 部屋の中央には、布張りのソファにローテーブルが配置されている。その上には、かろうじて湯気を上げているティーカップ。

 床は絨毯に覆われ、壁も邪魔にならない程度に装飾が施されている。いずれも、高級感と気品が高い次元で調和した逸品だ。

 豪華だが、絢爛とまではいかない。長い年月を経て洗練された王族のセンスを感じさせた。


 この点に関しては、《不可視の邸宅(クリィネェル)》も一歩譲る。


「約定を違えたこと、お怒りはごもっともと存じます」


 珍しくかしこまった口調で、ユウトが頭を下げる。

 

 以前、ファルヴで行われた大武闘会。それに優勝したアルサスは、ユウトたちが冒険にでることがあれば、それに同行させるよう求めたのだった。


 空中庭園リムナスを訪れた際はきちんと履行したが、一回だけの話ではない。

 ユウトは、もちろんそれを理解していた。


 理解して、リ・クトゥアへの遠征には連れていかなかった。事前の相談すら省いた。


 それもこれも、円滑な国家運営のため……という理由がないでもなかったが、それはやはり副次的なもの。一番の理由は、ユーディット王妃への配慮だった。


 ヴァルトルーデと同じく妊娠中の彼女を置き去りにして、アルサスを連れていくことなどできるはずがない。


 というよりは、常識で判断すれば、一国の王を遠く離れた地の騒動に巻き込むこと自体ありえない。ゆえに、同席しているディーター・シェーケルは、ユウトの味方だった。


 とはいえ、約束を破ったのは確か。


「お詫びの品を持ってきましたので、どうかこれでお怒りを鎮めていただけないでしょうか」

「ふむ……」


 そして、アルサスとしても、自分が無理難題を言っているのは理解していた。

 ユーディットからも、引退したチャールトン前王からも諫められているのだ。


 それでも、きつく申し渡しているのは次の機会を見越してのこと。これだけ強く言えば、無視されることはないはず。


 そのため、ユウトが差し出す『お詫びの品』で手打ちをするつもりだったのだが……。


「これは?」


 紫色の袱紗を開き、アルサスが中身をしげしげと眺める。

 手のひらよりも大きな金属板。しかし、実際に持ってみると、金属ではあり得ないほど軽い。


「竜神バハムートより賜った鱗です」

「なっ」


 さすがのアルサスも、驚きを隠せなかった。

 目を丸くし、思わず取り落としそうになる。


「とんでもない物を……」


 呆然とつぶやくアルサス。

 滅多に見せない表情を浮かべており、ユーディットが知ったら、なぜその場にいなかったのかと深く深く後悔することは絶対確実。


「実は、先ほどの話には続きがありまして――」


 そうして、ユウトは入手した経緯を語る。

 といっても、起きたら枕元に黄金の鱗があったというだけなのだが。


「直接受け取ったものではありませんし、専門家からも『今まで見たことがないほど美しく堅い』との証言は得ましたが、そのものかどうか確証はありません」


 ちなみに、鑑定を依頼したとき竜細工師のウルダンに譲渡を打診したが、拒否されてしまっている。ここまでいくと、加工するのも畏れ多いのだろう。


 次に、地の宝珠の代わりではないが、カグラを通してジンガにも譲渡を打診した。

 しかし、カグラの時点で拒否されてしまった。それはもう、飛び上がらんばかりの勢いで。


 この件でユウトが学んだのは、財宝を所有するにも、それなりの格が必要ということ。


 その点、ロートシルト王家であれば、なんの問題もない。


「宰相、如何にする?」

「……保管するうえで、気をつけるべきことは?」


 暗に、危険はないのかと聞いてきた宰相に、ユウトは大げさにうなずいて答える。


「特にありません」


 竜神バハムートの鱗であれば、破損させるほうが逆に難しい。

 また、いきなり爆発するような危険物でもない。


「……国宝とするしかありますまい」


 絞り出すような腹心の言葉に、アルサスは無言でうなずいた。

 今後は、わがままを言うにしても、節度をわきまえようと誓いながら。

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