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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 16 叙事詩の終焉(エピローグ) 第一章 三度目の結婚式
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1.竜神の置き土産(前)

「ああ、またか……って、動じなくなってる自分に自己嫌悪を憶えるなぁ」

「……ユウト、なにか言ったか?」


 ユウトたち――パーラ・ヴェントとスイオンを見送ったのと同じメンバーだ――は、黄金に光り輝く草原にいた。遮る物はなにもなく、文字通り、どこまでも続く草原だ。あり得ないことだが、地平線の存在すら疑わしい。


 太陽は中天に座し、陽光が燦々と降り注ぐ。


 いつの間にか、そんな場所にいた。


 ユウトの傍らにはヴァルトルーデ。そして、背中にはヨナ。平常通りと言ってしまいたくなる位置関係だが、こんな場所に来た記憶はない。


(あのあとは、ハーデントゥルム行って、ジンガさんに相談して……)


 唐突な展開にも動じず、ユウトは直近の記憶を探る。


 空中庭園の出発を見送ってから、まっすぐファルヴへは帰らなかった。

 せっかくだからと、ハーデントゥルムに寄り道して屋台を物色。それから、ヴァルトルーデはヨナに任せ、ユウトだけ別行動。天竜の里に立ち寄って、ジンガと少し話をした。


 変わったことは、それだけだ。


 あとはいつも通り過ごし、この三人でベッドに入ったところまでは記憶している。どこにも、こんな美しい草原が出てくる隙間はない。


 だから、これは夢なのだ。


 夢なのに意識があり、話もできる。

 そんな超常現象も何度目かになると慣れてしまうもので、ユウトは平然と会話を続ける。


「いや、単なる独り言だよ――」

「ユウト、自分が嫌いだって」

「なに? それはいかんな」


 いつも通り――夢の中だからか、膨らんだ腹部も元通りになっている――の調子で、ヴァルトルーデが詰め寄ってきた。


 すっと通った鼻梁。宝石よりも輝く瞳。理想を体現したような顔かたち。

 整っているというよりは、美という概念がそのまま形になったような容貌。彼女が美しいのか、美しいから彼女なのか。それとも、ヴァルトルーデを基準に美という概念が形成されているのか。


 間近で見ていると、因果すら逆転しそうになってくる。


「すべての人から好かれるのは不可能だ。人間誰しも、欠点はあるだろう。だが、自分ぐらいは自分のことを愛してやらねばならぬ。そうでなければ、誰からも愛されることはないぞ。それでは、私もアルシアもアカネも困る」


 そんな聖堂騎士(パラディン)が、息がかかりそうなほど間近で説教を始めた。

 しかし、ユウトの耳には届かない。というよりは、まともに理解したら恥ずかしくてどうにかなってしまう。


 だから、感想は一言だけ。


「……ヴァルは、良い母親になれそうだなぁ」

「なにをっ!?」


 思いがけない言葉をかけられ、ヴァルトルーデがびくりと後ずさる。

 頬を染め、視線をさまよわせ……自分の中で消化できたのか、にっこりと笑った。


「そうか。まあ、私自身はよく分からんが……。ユウトがそう言うのであれば、間違いはなかろう。うむ。その評価を現実のものとするためにも、元気な子を産まねばならぬな!」


 照れながらも、決意を新たにするヴァルトルーデ。

 ユウトも、そんな愛妻の手を取り、優しくなでた。


 夢の中でも二人の世界に入ってしまったが、ユウトの背中には相変わらずヨナがいる。


「隙があると、いちゃいちゃいちゃいちゃ……」


 無視されてしまった格好のアルビノの少女の口調は平坦で、非難しているようにも、単に事実を指摘しているようにも聞こえる。

 ただ、仮に非難だったとしても、それはユウトやヴァルトルーデへ向けたものではない。それは、水に低い方へ流れるなと言うぐらい無意味だ。


 真に非難されるべきは、隙を作った存在。


「ユウト、ヴァル。なんか来る」


 背中から肩へ昇ったヨナが、天を指さした。

 その先には、太陽を遮る巨大な影。黄金に輝く、荘厳なる存在。奇しくも、それはヨナが非難の対象とした存在と同一だった。


「……ヘレノニア神ではないのか」

「違うだろ。今回は、あの御方のプロデュースみたいなもんだったからな」


 三人は、そろって天を仰ぐ。

 ほんの数十秒で、巨影は草原へと降りたった。


 しかし、ユウトたちは見上げたまま。


 それほどまでに、ユウトの言うあの御方――目の前に鎮座する黄金竜(ゴールド・ドラゴン)は巨大だった。


「竜神バハムート……」


 ヴァルトルーデすら、神の御名をつぶやくことしかできず圧倒されている。


 炎の精霊皇子イル・カンジュアル、蜘蛛の亜神イグ・ヌス=ザド、次元航行船(プレインクラフト)スペルライト号、赤火竜パーラ・ヴェント。そして、邪竜帝ワドウ・レンカ。

 生物・人工物を問わず、巨大な存在と相対してきた。


 だが、それらとは桁が違う。


 より強大で、威厳に満ち、目にするだけで魂が震えた。衝動にかられてではなく、自然と。そうするのが当然だと、ひざまずきたくなる。


 偉大なるドラゴンの守護神を目の当たりにして湧き立つ感情は、恐らく大自然に対する畏敬と同種のものだ。


 天を突く山々。天蓋を彩る星々。吹き荒れる暴風。荒れ狂う海。

 より原始的で、だからこそ純粋な信仰心の対象となる存在。


 竜神バハムートは、それらに匹敵する偉容を誇っていた。

 

「まずは、詫びねばなるまい。此度は、迷惑をかけた」


 その偉大なる竜神が、長い首を地面近くにまで下げて許しを請う。

 率直すぎる行動と、威厳はあるが思っていたよりも若々しい印象を受ける声に驚き、反応できない。


 けれど、ヴァルトルーデは違った。


「その謝罪、受け入れさせていただく」


 竜神バハムートに負けず劣らず――というのは、ひいきが過ぎるだろうか。

 しかし、ユウトがそう思ってしまうほど、ヴァルトルーデは堂々とした態度だった。


 もしユウトが対応していたら、もっとぐだぐだとしたやり取りになっていたはず。敵わないなと、ユウトは内心で苦笑を浮かべる。


「そうか」


 ほっとしたように息を吐き、それでユウトたちだけでなく、草原そのものが鳴動した。

 やはり、生物としてのスケールが違う。


「では、褒美を取らす。なんなりと、希望を述べるが良い」

「それは辞退させていただきます」


 竜神に望みを叶えると言われたことで内心思うところはあったが、ユウトは迷うことなく謝絶した。


「結局、赤火竜パーラ・ヴェントに後始末を押しつける形になってしまいましたから」

「……気を使わせてしまったようだな」

「なんのことか、分かりかねます」


 ユウトはポーカーフェイスで応えた。


 パーラ・ヴェントがバハムートから指名され、リ・クトゥアを治める代理人となった。

 一時的な――ただし、神々のタイムスケールで――措置ではあるが、神々の地上への直接介入を禁じた青き盟約(ブルーワーズ)に抵触しかねない処置でもあった。


 それでもなお実行したのは、リ・クトゥアがそれだけ乱れていたからというのもあるが、もうひとつ理由があった。


 実は、赤火竜に実績を積ませるための処置でもあったのだ。


 ゆえに、ユウトたちが報酬を辞退することは、パーラ・ヴェントに花を持たせることになる。


 ユウトはそれに気づいてはいたが、一切触れようとしない。

 ヴァルトルーデは、もちろん気づかない。ただ、ユウトの判断であれば、それが正しいのだろうと全幅の信頼を寄せているだけ。

 ヨナは、言うまでもなく、無関心だ。


 少なくともユウトの意図は正確に受け止めた竜神は、憂いを込めてつぶやく。


「財宝を着服されたときは怒りに任せて追放したが、あれの地上での様子をゼラスたちから聞くにつけ……な」

「…………」


 ユウトは、沈黙は金という格言の正しさを噛みしめていた。


「もし叶うならば、ひとつだけお願いがあります」


 そうは言っても、バハムートが愚痴を続けるようではたまらない。

 ユウトは思いきって、ジンガとも相談した地の宝珠の件を切り出すことにした。


「ひとつ残った地の宝珠、お納めいただくことはできないでしょうか」

「ほう……。なるほどな」


 相変わらず、ヴァルトルーデとヨナは、ユウトの言葉に驚きはしても意見を述べはしない。黙って、ユウトが地の宝珠を差し出すのを見ていた。


 先ほどと同じく、竜神バハムートのみが、ユウトの真意を理解する。


「今さら、騒乱の種になるとも思えぬがな」

「それは分かっていますが……」

「気が咎めるか」

「そんなところです」


 三つの宝珠のうち、ただひとつ残った地の宝珠。

 もはや竜帝が生まれることはなく、ただ強力な秘宝具(アーティファクト)としての存在価値のみを有している。


 さらにいえば、竜帝の残留思念も消えてしまった。


 もちろん、手元にあれば有効活用はできるだろうが……。


 可能ならば、あるべき場所へ戻すべき。それが、ユウトとジンガが出した結論だった。


「よかろう」


 ユウトの意思が覆らないと見るや、竜神バハムートはそれ以上議論を重ねることはしなかった。


 恭しく差し出した地の宝珠が光に包まれ、見えない糸で引かれているかのように宙に浮かぶ。そして、バハムートの眼前に達したところで、音もなく消え失せた。


「しかし、地の宝珠を返還されたとあっては、なにもなしというわけにはいかぬ……そうだ」


 今思いついたのか。それとも、元々考えていたことだったのか。

 どちらとも判然としないが、バハムートは鎌首をもたげ巨大な口を開く。


「そなたらに縁のある黄金竜の仔がおったはず」

「ゴドラン!」 

「良い名だ。では、そのゴドランを猶子ゆうしとして、育てよう」


 それが具体的にどのような意味を持つのかまでは完全に理解できなかったが、悪いことではないはず。


「そして、時が来たならば遣わせようぞ。ゴドランも、それを望むであろう」


 付け加えられたその言葉を聞いて、ヨナはユウトの肩を叩いて喜んだ。

 そんな反応をされては、どこで寝泊まりさせれば良いのかなどという問題も、置き去りにせざるを得ない。


「そろそろ別れの時だ、最も新しき我らに近づきし者たちよ」


 竜神の声が遠くに聞こえた。

 目覚めの時がやって来たのだと、否応なく理解させられる。


「未来は不確定だ。努、油断する事なかれ」


 最後に警告を残し、竜神との邂逅は終わりを告げた。

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