ファルヴ騒動記その1 性別が変わった日
本日、2/29は書籍版5巻の発売日!
というわけで、恒例の書籍版発売記念短編です。
今回のお話は、かなりコメディ寄り。いわゆる、キャラ崩壊注意な感じです。
それでは、よろしくお願いします。
リ・クトゥアでの騒動を収めたユウトたちは、ファルヴへと帰還した。
ヴァルトルーデは《瞬間移動》の危険性を考え空中庭園リムナスでの帰還となった――パーラ・ヴェントは快く応じてくれた――ため、全員が揃うまで数日を要したものの日常を取り戻しつつあった。
ユウトが自身の工房――ファルヴの城塞の一室を占拠した作業場――で、朝から作業をできるようになったのも、その証左だろう。
もっとも――
「うっ、げほっ。なんだこりゃ」
――その工房で舞い上がった白煙が、次なる騒動が始まる狼煙となったのだが。
「奥義書を封印しようとしたとはいえ、なんで煙なんか噴くんだよ」
ヴァルトルーデとの結婚祝い――という名の嫌がらせだとユウトは信じている――でヴァイナマリネンから贈られた、秘められし幻想の書。
有り体に言えば夜の生活の指南書兼そのときに役立つ呪文の指南書といったところか。
ユウト自身は活用することなく、いろいろと事情のあるラーシアへと貸し出していたのだが……思い出したように返却してきたため、封印することにしたのだ。
ところが、本自体開かないよう《魔法の鍵》を使用したところ奥義書から白煙が噴き出した。
封印しようとしたことへの反撃だろうか。
内容は内容だが、奥義書には違いない。想定していなかったのは、うかつだった。
とはいえ、毎朝欠かさない《祝宴》のお陰で、毒の心配はない。ダメージを発生させるものでもなかったようで、ユウトの反応には余裕が感じられた。
このときは、まだ。
「やれやれ。ジイさんに返却すべきか……な?」
煙が晴れ、最初からそうしておけば良かったとユウトはぼやく。
「あれ? なんか、妙に声が高いような? ヘリウムってわけじゃないだろうけど……」
毒というほどではないが、やはり、なにか悪影響のあるガスだったのだろうか。無意識に指先で唇に触れる……が。
「妙に艶めかしいような……?」
違和感がある。
だが、詳細は掴めない。
首をひねりつつ、ユウトは奥義書に手を伸ばした。
「って、なんだこれ」
奥義書へと伸びた指は、別人のものだった。
記憶にある自分の指よりも細く白い。
別人としか、思えなかった。
無骨な男の手ではない。
別人であってほしかった。
だが、間違いなく、細く柔らかな女性の指だった。
それだけではない。奥義書を手に取るため体を屈めたことで、目の前に髪がかかった。それも、長く艶やかな黒髪がだ。
「まさか、そんな。マンガみたいな……」
半笑いで、その思いつきを否定する。そんな、まさか。ありえない。そうだ。確かめればはっきりする。
ユウトは工房内の雑多に資材が積まれた一角から鏡を取り出した。
そして、一回だけ深呼吸をしてからのぞき込む。
「マジか……」
鏡の中にいたのは、ユウトであってユウトではなかった。
記憶にある自分の顔よりも小さく、反対に目はぱっちりと開いている。肌も染みひとつなく、つるんとしていた。恐る恐る手を伸ばすが、まるで引っかかりがなく絹のような肌触り。
唇は小さく、鼻はつんと高い。パーツの大きさも配置も申し分ない、端整な顔立ちだ。
その上、ぼさっとしているだけだった髪は背中まで伸びている。艶やかな光沢まで放って。
スタイルも良い。具体的な言及は避けたいところだが、アカネとも良い勝負ができるだろう。ある一部分については、ヴァルトルーデに圧勝している。
端的に表現すると、鏡の中には理想の黒髪美人がいた。
「変化の一種か……?」
触れても――どこの部位かは言及を避ける――実体があるため、幻術の類ではなく肉体そのものが呪文で変化したものとあたりをつける。
もちろん触覚すら騙す高度な幻術という可能性もあるが、魔術師としての感覚が、それは違うと告げていた。
さすがに女性になるのは初めてだが、変化自体は、《竜身変化》などで経験はある。
「しかし、どういうわけだ?」
元の体に戻れるか不安になるようなこともなく、ユウトは原因を探ろうとしていた。魔法的なものであれば、《魔力解体》でも《大願》でも解除できるだろう。最悪、アルシアに頼ってもいい。
だから、焦る必要はなかった。
問題は、そういった手段で安易に解決して、逆に問題が出ないか。
ゆえに、原因調査は重要だった。
「……といっても、心当たりはあれしかないわけだが」
鏡を元に戻し、ユウトは念のためいくつかの防御呪文をかけてから、再び秘められし幻想の書へと手を伸ばす。
……また煙が吹き出すようなことはなかったが、この奥義書にも変化が起こっていた。
「勝手に内容が書き換わるとか、さすが奥義書」
どうやら、封印に対抗した防衛反応が起こっていたようだ。奥義書に、それに関する記載が追加されている。
要約すると、「この素晴らしい書物を封印するなどとんでもない。その素晴らしさを身を以て体験するため、肉体もしくは精神に変化を引き起こした。新しい世界へようこそ! 二度と封印なんてしないで、楽しんでいってね!」ということのようだった。
「余計なお世話だよ!」
普段よりも1オクターブ高い声で、思わず怒鳴ってしまう。その声自体、ユウトとしては落ち込みたくなるのだが、ここでめげるわけにはいかなかった。
我慢して読み進めると、変化に関しては完全にランダムだったことが分かった。隠れた願望が表に出て……というわけではない。
とりあえず、他の可能性など知りたくもなかったので読み飛ばす。
急な変化に対する心構えやアドバイスなどが続き、どうも性別が変化する場合は同時に元よりも美形化するらしいことが判明した。そのほうが、楽しめるからだろうから。
とりあえず、得られた中で一番有益な情報は、一昼夜ほどで元に戻るということだろうか。
「つまり、黙ってれば元に戻すから大人しくしてろってことなんだな……。意地でもその変化ってのを体験させたいと。悪意と善意を超越したなにかを感じる……」
本当に、余計なお世話にも程がある。
再封印はじっくりと考えるとして、問題はこれからの身の振り方だ。
予定では執務室でデスクワークだったが、これは外せない。幸いにして、カグラはジンガにリ・クトゥアでの事件の報告のため休暇を取っている。
ダァル=ルカッシュなら、変な反応もしないだろう。彼女を通じて、クロードには秘密にしてもらうべきだ。
あとは、ハーデントゥルムにいるラーシアを近づけさせなければ、内々で処理できる。
「まあ、ヴァルとアルシア姐さんと朱音には説明せざるを得ないだろうけど……」
「私がどうかしたか?」
「きゃっ」
本当に飛び上がらん勢いで、ユウトの心臓が悲鳴をあげた。
いや、悲鳴は口からもあがっている。しかも、自分のものとは思えないリアクションで。
「う゛ぁ、ヴァル……?」
「ああ。なにか騒がしいので様子を見に来た。しかし、ユウト。その格好は、いったいなんなのだ?」
「驚かないの……か?」
「驚いたが、まあ、理由があるのだろう」
「ヴァル……ッッ!」
理解のある。あまりにも男前な反応に、ユウトは感極まって愛する人を抱きしめてしまった。
いつもと抱き心地が違うのは自分の肉体が変わってしまったせいなのだろうが、その温かさは変わらない。
「なんだか、今のユウトは可愛いな」
「可愛いって」
おどけた調子でほめられ、ユウトは思わず頬を染めた。
「って、ちがーーう」
危険な思考に陥りそうになり、ユウトは慌ててヴァルトルーデから離れる。
精神が肉体に引っ張られているらしい。危険だ。危険すぎる。
「とりあえず、話を聞いてくれ」
「うむ。私で力になれるかは分からんが、話せば楽になることもあるだろう」
「いや、そんなに深刻な話じゃないんだがな」
そうは言いつつも相談できることは単純に嬉しかったらしく、ユウトは勢い込んで説明を始める。
途中、分からないところもあっただろうが、ヴァルトルーデは最後まで聞くことに専念した。
「そうか。性別が変わったのか。だが、一日で元に戻るのだな」
「ああ。仮に戻らなかったとしても、いくらでも呪文でなんとかできるはずだ」
「一日待つのは、安全策ということか……」
読み書きも不自由で知識も少ないが、理解力は高い。
あり得ないなどとは言わず、ありのままを受け入れるヴァルトルーデ。
「それにしても……」
安心して余裕ができたのか。
ヴァルトルーデはユウトの頭のてっぺんから爪先までを、なぞるように凝視した。
「な、なんだよ」
身の危険を感じたわけではないが、思わず胸を抱き顔を背ける。腕に当たる自分のものではない――あってはならない――感触は、考えないことにして。
「いや、なに。可愛らしいなと思ってな」
「男にそれは、ほめ言葉じゃないぞ」
「……それもそうだな。しかし、今のユウトは女で……。いいや、男なのか?」
「男だよ!」
そう主張する声が明らかに女のものなのだが、かといって認めるわけにはいかない。
「そうか。そうだな。うむ。良かった。それは良かった」
自分に言い聞かせるように、ヴァルトルーデは何度かうなずく。
そして、急に黙り込んだ。
なにがあったのかと、ユウトも訝しんで言葉を発することができない。
そのまま、数分が経過する。
不意に、ユウトは芳しい香りを感じた。
「ヴァル……?」
遅れて、ヴァルトルーデに抱きしめられていることに気づく。
全身が愛する妻の香りに包まれ、ひとつになってしまったかのような錯覚を憶える。
「少しだけ、こうさせてくれないか」
「それはいいけど……」
「ユウトが男で良かったと、そう思ってな」
ユウトが、最初から女性だったならば。
恐らく今と同じように頼りになる仲間ではあっただろうが……それだけ。
今の幸せはなかったはずだと、突然不安に襲われたらしかった。
「俺も、そう思うよ」
その不安をすべて察したわけではないが、肩を震わすヴァルトルーデを放っておけるはずもない。
愛する妻が落ち着くまで、ユウトは強く強く抱きしめ続けた。
「そもそもだな。子供を身籠ったからと、安静にしなければならないというほうがおかしい」
「いやだって、そりゃ当然だろ?」
「子供という宝が胎内にいるのは分かっている。だからこそ、宝を守るために、母親が動けなくてどうするのだ」
「いや、まあ、そうだけど……」
理屈としては正しい。
いや、理屈としてしか正しくないのか?
ユウトの逡巡を余所に、ヴァルトルーデは己が主張を続ける。
「ライオンに追われたウサギが逃げる時に肉離れを起こすか? それは、準備が足りないのだ」
「うん、分かった」
「分かってくれたか」
「やっぱり、アルシア姐さんと相談して決めよう」
そのアルシアなら、アカネと一緒に《伝言》で事情を伝えてある。
もうそろそろ、一緒に工房まで来てくれることだろう。
今の話も、二人を待つ間に今後のことを話し合っていた過程で出てきたものだ。
「ユウトくん、無事なの!?」
息せき切って、アルシアが工房になだれ込んできた。
「アルシアさん、足速い……」
少し遅れて、肩で息をするアカネも。
冒険者として鍛えたアルシアの全力疾走に、元女子高生はついていくことができなかったようだった。
「無事というか、まあ、無事の定義にもよるけど、《伝言》で伝えたとおり心配することはないよ」
「ユウト……くん……?」
余程心配していたのだろう。
今までになく余裕を失ったアルシアを安心させるべく、ユウトは笑顔で迎え入れる。
ユウトによく似た黒髪の美少女が、笑顔で。
「はう……」
耐えきれず、アルシアはその場で気絶した。
「って、アルシアさん!? なにが!?」
その体は遅れて入ってきたアカネに支えられ事なきを得たが、ユウトに残した爪痕は大きかった。
「気を失うほどショックなのか……」
「いや、まあ、私も少し大げさだとは思うが」
「それよりも、助けなさいよ」
慌ててユウトが駆け寄り、アルシアをソファへと移動させ……ようとしたが筋力が足りず、結局はヴァルトルーデに任せる羽目になった。
「俺ってヤツは……」
「ああ……。本当に、勇人なのねぇ」
アルシアが盛大に驚いてくれたお陰でタイミングを失ったアカネが、先ほどのヴァルトルーデよりも無遠慮に、全身をなめ回すように観察する。
「止めろよ、朱音。目が怖いぞ」
「服は替わってないみたいねぇ」
「それ以上、いけない」
貞操と男としての矜持が危険だと、ユウトはアカネから距離を取った。
「とりあえず、さっきのメールにあったとおり、明日になれば元に戻るのよね?」
「メールじゃねえけど……。なんにせよ、明日にはどうにかする」
「良かった」
さすがのアカネも、ユウトがこのままでは困る。
具体的には言えないが、困る。
安心したと深く息を吐き、それから、とても良い笑顔を浮かべてスマートフォンを取り出した。
「安心したから、撮影するわね。さあ、ポーズ取って」
「取らねえよ!」
「はい。笑って、笑って」
「動画は止めろよぅ!」
写真だけなら許せるが、声まで残されては死ぬしかない。
「冗談よ、冗談。そんなに慌てなくて良いじゃない」
「……俺が嫌がらなかったら、そのまま撮影しただろ?」
「当たり前じゃない」
「お、おう」
アカネには敵わない。
ユウトは抵抗を諦めた。
長い黒髪の美少女の姿で。
幸薄い、儚げな佇まいで。
「なんだか、変な気分だな……」
「……そうね」
「二人が目覚めてどうするんだよ……」
もう、無茶苦茶だ。
秘められし幻想の書への憎悪も湧かない。
ただただ、諦念だけがあった。
「まあそれはそれとして」
アカネがごほんと咳払いをして、話を変える。
「こんなユウトを衆目に晒すわけにはいかないわね」
「俺もできれば秘密にはしたいけど……。でも、仕事を放置はできないぞ」
「……ならせめて、知り合いに出会わないように遠ざけましょう」
「そうだな。私も、協力するぞ」
「お願いね。カグラさんはお兄さんの所だから……ヨナちゃんにレンちゃん――」
「――あとは、ペトラとマナだな」
「みんなを連れて、どこかへお出かけでもする?」
「ラーシアも頼む。というか、ラーシアだけは頼む。エグザイルのおっさんは……大丈夫だから」
「OK。それじゃ、計画を立てましょう」
方向性は決まった。
ちょうどそのとき、呻き声をあげながらアルシアが目を醒ました。
「アルシア、大丈夫か?」
先ほどの二の舞になっては敵わないと、ユウトを制してヴァルトルーデが駆け寄る。
「ヴァル……? 私はなにを……? ……そう、夢ではなかったのね」
「大丈夫よ、アルシアさん。勇人は、勇人だから」
額を押さえつつ、アルシアは首を振って覚醒を促す。
「そう。そうね。どんな姿をしていても、ユウトくんだものね」
「そんな悲壮な決意を固めないでいいから。一日もすれば元に戻るから。言ったよね?」
とりあえずは大丈夫そうだと、顔は見せずに声だけかけるユウト。
「ちょっと、気が動転してしまって。今日はまだ、指輪を有効化する儀式をしていなかったものだから……」
「ああ……。そういう……」
美少女となったユウトとキスをしなければならないと強迫観念でも感じていて、それが精神的な負荷となったのだろうか。
そういうことなら仕方がないとユウトも納得する。
「まあ、今日一日ぐらいは――」
「今の勇人と……」
「……くちづけ、か」
なにかに気づいたかのように、アカネとヴァルトルーデが手を止める。
「……もしかして、変な誘惑の能力でも付随してたのか?」
もっとしっかり、秘められし幻想の書を読んでおくべきだっただろうか。
後悔とも諦めとも分類できない感情を抱いて、ユウトはため息を吐いた。
憂慮する深窓の令嬢に見えるとも知らずに。
――妻たちと婚約者との関係は然程深刻なことにはならず、一時間ほどで業務を再開することはできた。
案の定、ダァル=ルカッシュはユウトの変貌に関心を示さず、執務室に誰も通さないようにという依頼も快諾してくれた。
あとは、アカネが知り合いを遠ざけてくれれば、明日まで安心して過ごすことができるだろう。
だが、その見通しは甘すぎた。
「やっほー。うあわっ! ほんとに女になってる! 髪ながっ!」
「秘密にした……はずなのになぁ」
「たったひとつの真実を暴く、見た目は子供、頭脳は大人、行動は子供寄り。だーれだ? ボクさ!」
「オーギュスト・デュパンとシャーロック・ホームズと明智小五郎とスフィンクスに謝れよ」
「はははー! 女の子の顔なのにユウトが喋ってる。おっかしー」
箝口令を布いたにもかかわらず。そして、しっかりと呪文で施錠したにもかかわらず。
お祭り好きの草原の種族はユウトの執務室に現れた。
魔法的な鍵すら解錠するラーシアから逃げおおせることなど、できるはずもなかったのだ。
ユウトの心を、諦めが支配する。
「いやでも、うん。似合ってるんじゃないかなー」
「半笑いでほめるのは止めろ。あと、女装みたいに言うんじゃねえ」
ただの女装であれば、似合う似合わないはあるだろう。
しかし、これは女性に変化しているのである。その評価は的外れだ。
「いやでも、髪型がポニーテールだし?」
「長くて鬱陶しいと言ったら、朱音がまとめてくれたんだよ」
ちなみに、化粧と着替えは全力で拒否した。
それはまだ、人類には早すぎる……というのが、ユウトの見解だ。
その代わり、真っ赤なリボンでまとめられることになったのだが。
「ユウトは、ほんとにさ。面白いよねぇ……」
「しみじみ言うな。泣けるから」
「あははははははは」
「俺、なんとなくレイ・クルスの気持ちが分かる気がしてきた」
「分かっちゃ駄目なやつだ、それ。あははははははは」
執務室にラーシアの笑い声が木霊する。
どうやって、追いだしてくれようか。
固い決意とともに、ユウトが呪文書に手を伸ばしたそのとき。
再び、執務室の扉が音を立てて開いた。
「ラーシアくん、無事!?」
そこから侵入した影が横っ飛びで執務室へと突入すると、ラーシアを抱いてごろごろと転がってユウトと距離を取る。とらわれのヒロインを救出に来たヒーローのようだ。
事実、素早くラーシアを背中に隠すと、きっとこちらを睨んでくる。
「いや、っていうか、何事!?」
「良かった。無事みたいね……」
問題は、そのヒロインが、まったく事態についていけていないことか。
「危ないところだったわ」
ヒーローも、それをまったく斟酌していない。
「駄目よ、ラーシアくん。ここは危険だわ」
「危険って……」
「いいから、帰るわよ」
「ちょっ」
有無を言わさず、リトナはラーシアの首根っこを引きずって去っていった。
トリックスターを自認する草原の種族の創造神が、危機感をあらわにして。
「いったい、なんだったんだ……」
なぜ、リトナに警戒されるのか分からない。
首をひねりつつも、ラーシアを始末してくれたのだから良いかと思考を打ち切った。
真実にたどり着いたら、カタストロフが起こる気がする。
「まあ、ラーシアには見られたが傷は浅い。これなら、大丈夫――」
――とはならなかった。
「ユウト……」
「ヨナ……」
一難去ってまた一難。
次に現れたのは、《テレポーテーション》してきたアルビノの少女。
「ユウト?」
「俺だよ」
アカネやアルシアでも、ヨナを押しとどめるのは難しかったのか。それとも、超能力者の直感で異変を察知したのか。
ヨナは相変わらずの無表情で、事情を察するのは難しい。
「ちょっと、失敗してな」
安心させるように笑顔を浮かべながら、ユウトはヨナへと近づき頭を撫でる。
手触りは違うが、手つきは同じだ。
これでようやく、ヨナは目の前の美女とユウトをイコールで結べたようだった。
「ユウト」
「うん」
「おっぱい、ある」
「まあ、あるな……」
ストレートな物言いに、ユウトは鼻白む。
それは、あえて触れないようにしていた部分だった。二重の意味で。
我思う、ゆえに我あり。
ならば、そこになにもないと思えばないのだ。
しかし、そんなごまかしはヨナには通用しない。
「うおぅっ」
アルビノの少女が、その白すぎる手をユウトの胸へと無造作に伸ばした。
予想外のことに防ぎきれず、また、なにか普段の様子の違うヨナの態度に手を振り払うこともためらわれる。
結果、無遠慮に揉みしだかれるがままになってしまう。
「あの……ヨナ……? ちょっと止めてほしいんだけど? くすぐったいから」
引きつった笑いを浮かべ、ユウトが懇願する。
だが、返ってきた反応は想像を絶するものだった。
「うっ……、わあああっっんっ」
「泣いたー!?」
感情がないわけではないが、感情表現に乏しいヨナの号泣。
こんなのは、ユウトですら見たことがなかった。いや、誰であろうと見たことはないだろう。
それほどまでに、ショックだったのだ。
どうして良いか分からず、ユウトはおろおろと狼狽する。思えば、レンも大人しく良い子で、こんな事態になったことはなかった。
その仕草は妙に可愛らしく、この場にアカネがいたら、スマートフォンのカメラを向けていただろうことは想像に難くない。
「明日になれば治ってるから。大丈夫だから」
「……ほんと?」
「ほんとほんと」
それで安心したのか、ヨナがぎゅっと抱きついてくる。
「あー。それは良いけど、仕事ができないんだが」
「…………」
「参ったな」
ユウトは渾身の力でアルビノの少女を抱き上げると、そのままゆっくりと執務机へと移動し、膝に座らせた。
どうにか泣き止んだヨナを後ろから抱くような格好で、ユウトは執務を続けた。
その後は騒動も起こらず――エグザイルにも目撃されたが、特に反応はなかった―― 一日が経過する。
「ああ……。やっぱり、落ち着くなぁ」
奥義書の記述通り元の体に戻ったユウトは、執務室でコーヒーを味わいながらしみじみとつぶやいた。
「馴染む。実に馴染むぞ」
「昨日は、大変だったようですね」
「カグラさんに見られなくて良かったです」
「わたくしとしては、とても残念ですが」
秘書に職務復帰したカグラが、いたずらっぽく微笑む。
リ・クトゥアへ行く前はぎくしゃくしていたが、とりあえず保留の状態ではあるものの、冗談を言い合えるぐらいには関係が修復できた。
それは、とても喜ばしいことだ。
「勘弁してくださいよ」
ユウトも笑顔を返し、コーヒーカップを机の上に置く。
――と。
その動きで袖に引っかけた植物紙が舞い上がり、床に落ちる。
不幸にも、振り向いて歩き出そうとしたカグラの足下へと。
「危ないっ」
後先考えず、ユウトは椅子を蹴ってカグラの体を支えようとする。
「いっつ……」
その甲斐あって、二人の頭がぶつかってはしまったものの、床との衝突は避けられた。
「あ、ありがとうございました、ユウト様」
カグラが感謝の言葉を述べる。
ユウトの顔と声で。
「いや、悪いのは俺のほうだか……ら?」
ユウトが首を傾げる。
カグラの顔と体で。
「今度は入れ替わりかよ。なんてベタな……」
これも、一日経てば元に戻るのか。
ユウトは、右往左往する自分自身の姿を眺めながら、途方に暮れた。
こんな話の後でなんですが、次章ではユウトとヴァルトルーデの子供も生まれる予定ですので、名前を募集させていただきます。
使っても良いよという名前がありましたら、男女問わずに感想欄やメッセージでご連絡ください。
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なお、締め切りは更新再開予定の3/14の前日。3/13までとさせていただきます。
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