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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 15 竜の後継者 第三章 黒き刃の陰謀
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エピローグ

「ヴァルずるい」

「そうだ。これからが良いところだったというのに」

「あんまり言いたくはないけど、ボクもどうかと思うよ」


 とりあえずと、空中庭園リムナスへ降り立ったユウトたちとヴァルトルーデ。

 すべての季節の花々が咲き乱れる楽園。

 だが、誰一人としてそれを観賞しようなどしない。カグラは、未だに現実を処理し切れていない。それどころか、ヨナ、エグザイル、ラーシアは一様に聖堂騎士(パラディン)へと詰め寄っていく。


 もちろん、花々よりもヴァルトルーデのほうが美しいから……というわけではない。

 純粋にして単純に、「良いところで全部かっさらっていきやがって」という抗議のためだ。


「アルシアぁ……」


 多少は、申し訳ないと思っていたのだろう。

 少し涙目になったヴァルトルーデが、哀願するような声を出して幼なじみに助け船を求める。


 その視線を向けられたアルシアは、ほんの一瞬たじろいだものの、長く息を吐くと努めて冷静に言葉を紡いだ――


「ヴァル。あなたね、ここで私が取りなすと思うの?」


 ――はずだったが、努力は裏切られてしまった。

 ヨナがぴくりと反応し、さささっとユウトの背中へ移動する。いつものように背中に登ろうとはせず、足下で息を潜めた。


「まあ、怒られるかもしれないなとは思っていたが……」

「かもしれないですって?」

「す、すまなかった」

「……本当にそう思っているの?」

「わ、私も心配だったのだ」

「それで、私たちに心配をかけたら本末転倒でしょう?」

「ほ、本末? そ、そうだな……」


 四面楚歌とでも言うべきこの状況。

 段々、自分の行為が悪いことだったという自覚が芽生えてきたらしく、先ほどまでは得意げだったヴァルトルーデがうな垂れる。


 そのタイミングで、ようやくユウトが口を開いた。


「まあ、みんな無事だったんだし良いじゃないですか」


 アルシアとラーシアから向けられる非難の視線がヴァルトルーデからユウトへと移る。エグザイルは、どうなるのかと興味深げ。

 ヨナは、存在感を消しているので分からない。カグラは、ようやく邪竜帝ワドウ・レンカが倒されたという現実を飲み込みつつある。


「ユウトくん……。あなたが、そうやって甘い顔をするからヴァルも本当に反省しないのよ」

「助かったのは事実ですし」

「それはそうだけど、そうやって認めるから駄目なのよ」

「駄目なのは、俺たちもそうだったんだよ」


 一方ユウトは、ヴァルトルーデを擁護するというよりは、自分たちにも問題があったのではないかとアルシアの目を見ていった。


「俺たちはヴァルを安静に安静にと思っていた。でも、ヴァルは安全を確保したうえで参戦するなら問題ないという立場なんですよ」


 そこが、似ているようで根本的に違っているのだ。


「ヴァル」

「ユウト……」

「鳥を籠に閉じ込めても意味なんてなかったんだ。次からは、なにがあっても一緒だ」

「ユウトッッ!」


 感極まったヴァルトルーデが、鎧を着たままユウトに飛びつく。

 それを男の子の意地で受け止めたユウトは、全身を震わせながらも、なんとか耐えきった。

 一人の体ではないのだ。絶対に、倒れるわけにはいかない。


「なんか、良い話みたいに言ってるけどさ……」

「ああ、そうだな」

「なにをやるか目が離せないって言っているだけなのよね……」


 だから、ラーシアやエグザイルだけでなく、アルシアまで真意にたどり着いてしまっても、なにも言うことはできなかった。


「到着早々に終わらせてしまうとは、風情もなにもない連中じゃな」


 本人は真剣そのもの。

 端から見れば、あきれるしかないやり取り。


 そのただ中に、紅玉よりもなお美しいドラゴンが降り立った。

 着陸しても風が巻き起こるようなことはなく、静かな降臨。巨大だが優美な肢体は、空中庭園の美しさとも調和していた。


 赤火竜パーラ・ヴェント。

 竜神バハムートの元配偶者にして、ブルーワーズに住まう最強のドラゴン。


「久しぶりではしゃいでしまったようだ。反省はしている」


 ユウトを抱く手を離して、恩人とでも言うべきパーラ・ヴェントへと向き直るヴァルトルーデ。

 とどめを刺したのはヴァルトルーデではあるが、彼女をこのリ・クトゥアまで運び、貴重な魔法具(マジック・アイテム)まで提供したのは赤火竜なのだから。


「どうにか間に合ったし、助かった。心から感謝する」

「ふふふんっ。もっと崇めるが良い、奉るが良い」


 上機嫌で、パーラ・ヴェントが長い首を振った。人の価値観では恐ろしくおぞましいものかもしれないが、赤火竜はそのような価値観など超越した異界の美を感じさせる。

 カグラなど、竜帝の意思や黄の古竜の魂の影響もあってか、先ほどまでの戸惑いも忘れて感動の面持ちを浮かべていた。


「とはいえ、こちらも所用があってのこと。感謝には及ばぬわ」

「所用? ヴァルがいい手を思いついたからって、空中庭園で移動させたんじゃなかったのか?」

「ふんっ。後始末を依頼されたのじゃ。こやつなど、ただの密航者のようなものなのじゃ」


 そう言って、パーラ・ヴェントはぬっと腕を突き出す。


「こいつは、宝珠……の残骸か」

「最後の一仕事をしたら、そうなるであろうな」


 邪竜帝ワドウ・レンカと同化していた人と天の宝珠。

 どうやら、パーラ・ヴェントはそれを回収しに行っていたようだった。


 そこまでは理解したユウトだったが、次の行動にはさすがに驚いた。


「遠からん者は音にも聞けぃ!」


 突如として叫び声をあげると、パーラ・ヴェントは掌中の宝珠を握りつぶした。


「我が名は赤火竜パーラ・ヴェント。竜神バハムートの代理人である」


 そこから雷光のような光が溢れ出し、ユウトたちはそれとは異なる衝撃に頭を打たれた。物理的な力ではなく、精神波(テレパシー)がどこまでもどこまでも広がっていく。 


「見ての通り、邪なる竜帝となったワドウ・レンカは滅び去った。竜帝は、もう二度と現れぬ」


 精神波は一方的なもので、その声を聞いたリ・クトゥアの人々がどう思ったかは分からない。

 だが、喜びでないことだけは明らか。


「ゆえに、このパーラ・ヴェントがリ・クトゥアの地に君臨することとした」


 再び、ユウトは驚かされる。

 同時に、その手があったかと膝を打つことにもなった。


「だが、君臨はするが、統治などせぬぞ。疾く代表者を集め、新たな統治について決定するのだ。無論、争いなどしたら……分かっておるな?」


 脅迫以外のなにものでもない。そのうえ、実務はすべて丸投げ。恐らく、気に入らない案が出てきたら遠慮なく蹴飛ばすのだろう。


 暴君以外のなにものでもない。


「……でも、これくらい強引なほうが良いのかもしれないな」


 ワドウ軍に追い散らされたと思ったら、次は竜神バハムートの元伴侶が現れたのだ。

 もう、戦乱などこりごりだという気分になっているに違いない。


 あとは、パーラ・ヴェントが睨みを利かせながら、知恵を出し合って新しい時代を作っていくことだろう。


「……ハッピーエンドにはなりそうだけど、俺たちは最後で脇役に追いやられちまったな」

「いいじゃない。なんでもかんでも自分でやりたがるのは、ユウトくんの悪い癖よ」

「それもそうか……」


 たまには、他人に任せるのも良いかもしれない。

 そう考えながら、パーラ・ヴェントを仰ぎ見る。


「ふはははは。矮小なる人間が、なんでもできると思ったら大間違いなのじゃ」

「……じゃあ、あとはお任せします」


 赤火竜は首を大きく縦に振り、それから思いついたように口を開いた。


「ワドウ・レンカとやらも、本望であったであろう。これで、竜帝というシステムが崩壊することは確定的であるからな」

「そりゃ、まあそうでしょうが……」


 五つの古竜のうちひとつは殺害され、宝珠もふたつが失われた。

 王権を保障するシステムとしてだけであれば存在する余地もあるだろうが、『竜帝』という強力な指導者に支配される体制は金輪際生まれることはないだろう。


「本望って、それじゃどうして竜帝なんかに……」

「決まっておろう。憎んでおるか、愛しておるかでしかないのじゃ」

「愛……」


 あり得ないと否定しようとして、ユウトは黙り込んだ。

 直感的に、それが真実だと気づいたから。


 竜帝は現れない。

 ワドウ・レンカ自身、人の宝珠にも認められず、竜帝の器ではなかった。

 戦乱は終わらない。


 ならば――自らが悪役になって竜帝を終わらせよう。

 そして、悪しきものを滅ぼした新たな英雄に引き継ごう。


 そう思って、ユウトをこの地に呼び寄せた。


 本質まで悪ではなかったため、竜神バハムートも介入をしなかったのではないか――


「じゃ、ここのことはそれで良いとして、レイ・クルスはどうなったの? あれで死んだの?」


 ――ワドウ・レンカの真意にたどり着こうとしていたユウトは、はっとして顔を上げた。


「あの魔剣は叩き折ったぞ?」

「それで終わりなら、良いんだけど……」


 だが、黒衣の剣士レイ・クルスは、どれだけ捜索しても。

 アルシアの神託やユウトの《念視(リモートサイト)》によってすら、発見することはできなかった。





「やれやれ、堪ったものではないな」


 声はしているが、人影はどこにもない。

 ただ、完膚なきまでに破壊された剣が転がっていた。


「古竜から秘宝(アーティファクト)を回収していなかったらと思うとぞっとする」


 そのとき、ふたつに折られた剣がびくんと震えた。

 綺麗な切断面から細い縄のような線虫のような触手が姿を現し、紙縒りのように寄り合わさって人の腕ほどの太さになる。


 螺旋状にねじくれた触手。


 それが生命啜り(ライフ・サッカー)――レイ・クルス自身を接合し、数秒後には傷ひとつなく再生した。


「さて、東での策謀は失敗に終わったか」


 頭上では、邪竜帝が盛大に切り刻まれている。

 ワドウ・レンカの希望通りの結末に、レイ・クルスはわずかな羨望を覚えた。


 だが、それも一瞬。


「もうすぐだ。スィギル……」


 生命啜りを強く握り、愛しい思い人の名を呼ぶ。

 今やレイ・クルスそのものとなった魔剣は、いつの間にか螺旋状にねじくれた触手で覆われていた。


 ユウトがこの場にいたならば、ある存在を連想しただろう。


 絶望の螺旋(レリウーリア)を。

これにて、Episode15終了です。

ご意見ご感想などお気軽にどうぞ。評価もいただければ幸いです。


次回の更新は、2/29の0:00に書籍版5巻発売記念の短編となります。

(恐らく)最終章となるEpisode16は、二週間ほどお休みをいただき、3/14開始予定です。


それでは、Web版・書籍版ともに今度ともよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] おお、急にラスボス感が… いや、あの面倒くさいのが黙っているはずが… とは言え、目的はもう達成している、とはこれかな?
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