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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 2 もう一人の来訪者 第一章 もう一度、異世界の始まり

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6.女の語らい

内容的に、今回から一応R15を入れておきました。

 ファルヴの城塞は、街そのものとは独立して存在している。

 城塞が出現してから街作りをしたのだから、当然と言えば当然だが、その最たるものは水回りだろう。

 城塞内にはいくつもの井戸が設けられ、万一の際にもしばらくは耐えられるようになっている。


 また、浴場やトイレといった施設もいっそ過剰と思えるほど準備されており、その仕組みはユウトでも解明することはできなかった。

 要するに、お湯がどこからとも無く出ていき、廃水はどこにとも知れず処理されている。

 まさに、神の恩恵という他ない施設。


「凄いんでしょうけど、地味よね」


 罰当たりながら、現代日本人としては当然の感想。風呂やトイレの水を流した後どこへ行くかなど普段から意識しているはずもない。


「なにか言ったか?」

「ううん。気にしないで」


 アカネが、ヴァルトルーデへ曖昧な答えを返す。それほど気にしていたわけでもないようで、美しき聖堂騎士は自らの着替えに戻る。


 そう。着替えだ。


 ふと周囲を見回し、現在の状況を再確認する。

 数メートル四方のこの部屋には石造りの床にはカーペットが敷かれ、壁際に棚が並んでおり、その中にはカゴが並んでいた。

 温泉の脱衣場にしか見えないこの場所は――実際に、その通りだった。

 街の見学から戻ったアカネと、神殿での訓練を終えたヴァルトルーデ。二人して城塞内の浴場に連れ立って入っているのは初めて使うアカネに配慮してのことだが、妙に意識してしまう。

 というより、どうしてこうなったのか分からない。


「気にしても仕方ないわよね」


 あえてヴァルトルーデの方は見ずに、表着を一気にめくり上げる。

 玻璃鉄(クリスタル・アイアン)の球に封じ込められた《燈火(ライト)》が、その瑞々しい肢体を照らす。

 白く柔らかそうな肌。

 女性らしい曲線を描く上半身。

 豊満な双球を包み込む、ライトグリーンのブラジャー。


「アカネ、その布はなんだ?」

「え?」


 何を聞かれているのか分からない。

 困惑しつつも、ヴァルトルーデの視線をたどると……胸に行き着いた。


「ぶ、ブラ?」

「ブブラ。ふむ……」

「いや、そうじゃなくて……」


 アカネの否定の言葉は、ぶしつけなヴァルトルーデの視線によって遮られた。

 新発見を目の当たりにした学者のように興味津々と、アカネのブラジャーをぐるりと回って観察する。


「なるほど。この布で胸を支えるわけか。なかなか便利そうだな」

「まあ、そうね。あと、こすれると痛いし……って、こっちには無いの?」

「そのように胸を支える必要がある場合には、コルセットだな。私もアルシアも好いてはいないが」

「ブラが、無い……?」


 なんということだろうとめまいがする思いだった。

 そういえば、古着屋にでも見かけなかった。その時は、下着を市場で広げたりしないだろうと思っていただけなのだが……。

 そして、もっと重大な問題に気付く。


「じゃあ、ヴァルはノーブラ?」

「うん? のーぶら?」

「ごめん。ちょっと待って」


 何度目かのカルチャーギャップに、アカネは頭を抱える。半裸だが、気にしている場合ではない。

 そんな来訪者を見て、ヴァルトルーデはあっさりと決断を下した。


「そうだな。見た方が早いだろう」


 証拠とばかりに、彼女も服を脱ぐ。

 下着姿となったヴァルトルーデの体を覆っているのは、白い綿製の肌着。肩紐で支え、膝ぐらいまで丈があった。


「ああ、シュミーズはあるのね」


 まったく下着がないわけではなかったと安堵する。

 その安心が、ユウトに対してのものだとまでは気付かない。


「知っていたか。それから、下はこうなっている」

「あー。スパッツみたいなものかしら? って、じゃあショーツもない?」

「しょーつ?」

「そう、こんなの」


 もう羞恥心はどこかへ行ってしまったようだ。

 目の前でスカートを脱ぐと、上とおそろいのライトグリーンのショーツが姿を現す。


「可愛らしいな。色も、上下で揃えてあるのか」

「女のたしなみよ」

「ふうむ……。このリボンがいい。しかし、私は今までこんな肌着は見たことがないな」

「まさか、ショーツまでとは……。私の分は何着かあるけど、どうしよう」


 ユウトがいたら照れるというよりは先に呆れそうなやりとりだ。


「アカネ。とりあえず、そろそろ中に入らないか? 風邪を引いてしまう」


 ヴァルトルーデは風邪は元より病気などほとんどしたことはないのだが、アカネはそうではない。


「そ、そうね」


 さすがに背中合わせになって下着を脱ぎさると、ヴァルトルーデはタオルだけ持って、アカネはお泊まりセットに入れたシャンプー類を持って浴場へと移動した。





 二人は、ゆったりと湯船に浸かっていた。

 体を洗う段階でも、タオル、ボディソープ、シャンプー、リンスと様々なギャップは存在したが、熱い湯の気持ちよさは変わらない。


「ああ……。染みるわ……」


 浴槽に身を沈めたアカネが、たまらないと息を吐く。

 石造りの浴槽がいくつか設えられた、優に十数人は入れそうな浴場。天井は高く、広々としている。

 日本の温泉と違って窓も装飾も無いが、ここが普段から使う風呂場と考えれば不思議ではない。


「随分と気持ち良さそうだな」

「今日は、結構歩いたから」

「ユウトも、最初は移動で苦労していたな。いや、今でもか?」

「地球には、便利な乗り物が色々あるもの」


 半分夢見心地で答えるアカネ。


「チキュウか……」


 見たこともない地球――愛する男の故郷を思い、ヴァルトルーデが遠い目をする。

 その物憂げな表情が、湯浴みにより上気した頬と相まって得も言われぬ色気を醸し出す湯気の向こう側というある意味制限された環境も、その神秘性を強調する結果になっているのだろう。


 ここまで美人だと、嫉妬する気にもならない。ただただ、感嘆するだけ。

 胸の大きさなど勝っている部分がないわけではないが、引き締まったその肢体を前にしては得意になる気も失せてしまう。

 彼女の美しさの前には、密かな自慢だったこの胸も、余計な脂肪の塊に思えてしまう。それに、大きさだけを言えば、アルシアに負けているではないか。

 聖堂騎士(パラディン)――剣を振るって戦う騎士だというのに、その白磁のような肌には傷ひとつない。適度な脂肪がついた手足も、筋肉の固さではなく女性らしい感触を有している。

 つまり、美人でスタイルが良い。


「どんなチート……」

「ん? じっとこちらを見て、どうした?」

「いえいえ。なにも」


 一方、ヴァルトルーデも同じことを考えていた。

 ユウトの幼なじみであるアカネは、少なくともヴァルトルーデが今まで見た中では最も洗練された美少女だ。


 茶色に近い髪はさらさらしていて、自分のように櫛が突っかかるようなこともないのだろう。肌には日焼け跡もしみもなく、艶がある。

 また、立ち居振る舞いも堂々としており、自信を感じさせる。

 戦士としては、比べるまでもない。だが、女性としては、どうだろう?

 それに、あの精緻な刺繍が施された肌着は美事なものだ。


 知識豊富というわけではないが、あんな物を見たこともなかった。あれが地球特産ということであれば、ユウトにとっては馴染みがある物なのだろう。

 翻って、こちらはどうだ。

 今まで気にもしたことは無かったが、ユウトにあんな姿を晒すことができるだろうか? いや、いずれはそうしなくては――


「いやいや、待て、落ち着け、ヴァルトルーデ」


 暴走する思考――あるいは妄想――を、慌ててかき消す。そのまま顔を湯に沈めて、ぶくぶくと気泡を放出する。


「ヴァル、何やってるの?」

「精神修養のようなものだ……な」

「そう」


 そこで会話が途切れる。

 そのまま数分。

 そろそろ出ようかとヴァルトルーデが動きかけたところ、アカネが思い詰めたように言った。


「聞いてほしい話があるの」


 声は浴室の壁に反響し、湯気で表情ははっきりと見えない。

 だが、真剣さは伝わった。


「聞こう」


 ヴァルトルーデは居住まいを正し、正面からアカネを見つめる。


「勇人には話せない、ユウトの話。でも、ううん。だからこそ、あなたは知らなくちゃいけない話なんだと思うわ」


 湯に漬かりながら、ヴァルトルーデ頷いて先を促す。


「勇人がいなくなってから、地球では半年ぐらいかしらね」

「半年? 二年ではなく?」

「うん。でも、そこは本質じゃないの」


 一度、深呼吸。

 それでなんとか心を落ち着け、改めてアカネは口を開いた。


「勇人がいなくなってからね、勇人の家は夜、絶対に明かりが消えなくなったの」

「それは……」


 戸惑いながらも、ヴァルトルーデは正解に達した。

 いつ息子が帰ってきてもいいように。自分たちが寝ていてもせめて明かりだけででも迎えられるようにしているのだ。


「そして、おじさんとおばさん――勇人のご両親は休みの日も滅多に休まなくなった。勇人がいない家にいたくないからじゃないわよ。警察が見つけられないからって、代わりに人を雇って探させているの。その費用を稼ぐために働いているのよ」

「…………」


 言葉もない。


「勇人の学校の友達も、みんな心配してる。夜遅くまで勇人を探すのにかけずり回ってくれたこともあるわ」


 いや、何も言うべきではない。

 ヴァルトルーデでは、否、ユウト以外の誰であっても、言葉を発した瞬間、それは空虚な絵空事となる。


「あなたが、勇人を好きなのは分かる。勇人が、この世界で色々やってきたんだなというのも、全部じゃないでしょうけど分かるわ」


 非難にならないように、冷静さを心掛けるが、成功しているかは分からない。

 切り出したは良いが、迷いがある。

 せっかくの機会だからと、焦りすぎたかも知れない。

 緊張に、手が震える。

 思えば、今日一日異常なテンションだったのも、この思いを抱えたままだったという裏返しだったのかも知れない。

 それでも、口を開くのは止められなかった。


「でも、それは誰かの哀しみを生み出しているということでもあるの」

「それを想わなかったことはない」


 ヴァルトルーデの声が震える。

 浴場の反響ゆえか、それとも……。


「だが、やはり、本当のところでは分かっていなかったのだろうな……」


 ある意味、それは当然だろう。

 なにしろ、ユウト自身ですら、本当の意味で地球に残してきた人たちのことを理解していたわけではないのだから。


 自分自身が生きているのは、ユウトには分かる。一方、両親や友人が不幸に見舞われるという想像は難しい。

 そして、ユウトが元気であることが伝わるはずもない。

 この情報格差は、どうしても乗り越えられないのだ。


「でも、勘違いはしないでね。別に、勇人を諦めろなんて言ってないから」

「……どういうことだ?」


 湯でのぼせかけているヴァルトルーデには、その言葉は難解だった。平常時でも、理解できたかどうかは分からないが。


「だって、ユウトのこと、好きでしょう?」

「うっ」

「好きでしょう?」

「うう……」


 再びヴァルトルーデが浴槽へ沈む。


「ああ、その通りだ」


 しかしすぐに浮上し、堂々と宣言した。

 顔は真っ赤だったが。


「それは誰にも止められない。理屈じゃないものね。だから、ユウトがヴァルを選んでこっちに残るというのも、私は非難できない」

「アカネ……」

「だから、私が勇人を誘惑するのも自由よね?」

「そうだ……」


 同意しかけて、途中でおかしさに気付く。


「あれ? なんだか話が違わないか?」

「違わないわよ」

「いや、絶対におかしい」

「はぁ……。のぼせちゃいそう」

「それは私もそうだが、ちょっと待ってくれ」

「大丈夫よ。勇人のことを信じましょう」

「うん。そう……なのか?」

「そうよ。でも、アルシアさんとの関係はきっちり問い詰めないと」

「ああ、そうだな。それは重要だ」


 疑念をあっさりと流し、ヴァルトルーデは同意した。

 二人は湯に入ったまま、再びがっちりと握手を交わす。

 それは、戦いの握手か、共犯者の握手か。

 いずれにしろ、ユウトが知ったならば頭を抱える類に違いなかった。

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