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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 15 竜の後継者 第三章 黒き刃の陰謀
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9.前夜、そして

 夜……かどうかは分かりにくい場所にいるのだが、夜。

 カグラは、石造りの廊下をしずしずと歩いていた。


 完全に準備を整えるため、ワドウ・レンカとレイ・クルスとの再戦は翌朝に決まった。

 今は、明日に備えて英気を養うべき時間。

 そのために、蒼の古竜ゴウレイの住処に間借りし、《不可視の邸宅(クリィネェル)》を使用してその日の宿を整えた。


 もちろん、竜帝と黄の古竜ゴウリンの魂に授けられた『竜の威吹』のテストも忘れていない。ヨナは既に夢の世界だが、エグザイルやラーシアが付き添って性能確認は終えている。

 なにができて、なにができないのか。それを把握したカグラは、達成感と同時に緊張感を抱きながらユウトの部屋を訪れようとしていた。


 本当に、《不可視の邸宅》の内部は呪文で生み出したとは思えない。

 その豪華さは、足元を見るだけで分かる。

 廊下に敷かれた絨毯は毛足が長く柔らかで、足触りも良い。毛織の敷物にはまだ慣れないカグラだが、高級品であることは複雑な文様を見るだけで分かる。

 今も、この絨毯の上ではなく、敷かれていない廊下の脇を歩きたくなる衝動に駆られていた。


 それでも、あえて真ん中を進んでいるのは勇気を振り絞るため。

 絨毯程度に臆しているようでは、この先へ進むことなどできはしない。

 この胸に秘めた想いを、伝えられはしない。


 教えられた――というよりは、各人のものが伝えられているのだが――ユウトの部屋番号は「001」だ。

 心持ち力強い足取りで廊下を進み、その部屋の前に立つ。


 目をつむり、深呼吸を何度か繰り返した。

 神に祈りを捧げるときと同じく心を静め、鏡面のように透き通った精神を作り出す。


 そのまま数分。


 意を決してまぶたを開き、カグラは扉をノックした。


「ユウト様。お話があって参りました」


 その声は、うわずっても、震えてもいない。

 緊張でのどが渇き、心臓がばくばくといっているわりには上出来だ。


 そんな風に分析をしている自分自身に、カグラは心の中で苦笑する。

 余裕があるのか、それとも現実逃避しているだけなのか。


 とりあえず、明鏡止水とはいかないものの、冷静なのは確か。


 部屋から応答はないが、こちらへ近づいてくる気配はする。

 カグラはもう一度だけ深呼吸して、扉が開くのを待つ。


 一分も経たずに、中から扉は開いた。


「あら?」


 しかし、顔を出したのはユウトではない。

 意外そうな表情を浮かべるアルシアを指して、ユウトではなくともアマクサではあると強弁することはできるかもしれなかった。


 けれど、一瞬で舌も思考も凍り付いてしまったカグラには、なんの慰めにもならない。


 明鏡止水ではないが、冷静だ? それは、本当に自分のことだったのだろうか。


「あの……。あっ、しししし、失礼しました!」


 なぜこうなることを考えなかったのか。

 自分の役割が見つかって、舞い上がってしまったのか。


 少し気を回せば、こうなることは分かったはずなのに。


 この二人は、夫婦なのだから。


「ごゆっくりどうぞ!」

「カグラさん、絶対に誤解してるから! ラーシアに見つかる前に、入って!」


 いつから、目の前にいたのか。

 わけの分からないことを言って立ち去ろう、否、走り去ろうとするカグラの腕をユウトが引いた。

 それに抗えず、カグラは室内に連れ込まれてしまう。


 部屋の中に入ること。


 それ自体は、望んだことのはずだった。


 にもかかわらず、今のカグラは動揺を通り越して錯乱へと近づきつつある。


「こう、戦の前には……はい。そうなるというのは、誰からともなく聞いたことがあるますから。ええ。大丈夫です」

「あるますって……。カグラさん、お願いだから落ち着いて」

「どうぞ、お水よ」


 強引にガラスのコップを押しつけられ――これも、超高級品だ――勢いに乗せられ一気に飲み干す。

 冷たくて、さわやかな柑橘類の風味のする美味しい水だった。


「ふう……」

「ちょっと、ワドウ・レンカを偵察したり、明日の作戦を立てたりしていたんだ」


 カグラが落ち着いたのを見計らって、ユウトが事情を説明する。

 明日の戦闘のため、どんな呪文を事前に付与するかは前日に決めておかねばならない。


 また、偵察も重要だ。

 大魔術師(アーク・メイジ)が脇にどくと、巨大な姿見が壁に立てかけられていた。地球で買えば数千円だが、このブルーワーズで手に入れようとすると単位が金貨に変わる。


 もっとも、金額的な驚きは、そこに写っているものに上書きされてしまった。


「これは、なんでしょうか……」


 鏡にもかかわらず、その表面は室内の様子を映してはいない。

 鏡面に表示されているのは、不気味な闇色の塊だった。


「ワドウ・レンカかな。《念視(リモート・サイト)》の呪文でワドウ・レンカを指定したら、これが出てきたからね」


 自信なさげに答えるが、ユウトなら分からなければ分からないと答えるだろう。疑ってはいないが、認めるのに抵抗があるというだけのようだった。


「宝珠を使いすぎた代償ということでしょうか?」


 すっかり落ち着いた……というよりは、先ほどまでの興奮が別物に入れ替わってしまったカグラが問う。

 新たに『竜の息吹』という能力を手に入れたにもかかわらず。否、だからこそか。あれがいかに恐ろしい存在か理解できてしまう。

 巫女としての直感も、あれが悪しきものだと叫んでいた。


「まあ、たぶんそういうことじゃないかと思うけど……」


 ユウトにしては珍しく、歯切れが悪い。

 カグラとアルシアにソファを勧めながら、ユウトだけは座らずに部屋の周囲をぐるりと一周する。

 この《不可視の邸宅》の部屋は、すべてが地球の基準で言うスイートルームになっていた。リビングにあたる部屋は、かなりの広さがある。


 それを一回りするまで、ユウトは考え込んだままだった。


「宝珠を使用したことであんなことになるのであれば、それは竜帝になるための儀式(イニシエーション)なんじゃないかな」

「それが、こんなに禍々しいのはおかしいと言いたいの?」

「うん。まあ、竜帝というシステムに継承も善悪もないのは分かっているから、個人の資質にも依るんだろうけど……」

「ユウトくんは、ワドウ・レンカが完全な悪とは考えていないのね」

「そっちのほうが、余程楽だったね」


 話しているうちに、なにを悩んでいるのか自分でも分からなくなってしまったようだ。

 ユウトは諸手を上げて降参し、アルシアの隣に座った。


「それで、カグラさん。話というのは?」

「話……?」


 ソファに座り、テーブルを挟んで向かい合うユウトとカグラ。

 大魔術師と竜人の巫女が、そろって頭上に疑問符を浮かべる。


「あっ」


 当然と言うべきか、先に疑問符を取り下げたのはカグラだった。

 同時に、頬どころかうなじまで羞恥で真っ赤に染まり、挙動不審に目を彷徨わせる。


 その動きで内容を察したのか、アルシアがソファから腰を上げた。


「私は、部屋に戻ろうかしら」

「いえ、いてください」


 懇願するかのようなカグラの勢いに押され、アルシアはソファに戻った。

 ただ、完全に納得はしていない様子でカグラとユウトの顔を交互に見る。残念ながらというべきなのか、ユウトの頭上から疑問符は取れていなかった。


「さすがユウトくん……」

「え?」

「兄から言い出した話で恐縮ですが、婚姻を結ぶという件、断っていただけないでしょうか?」


 間が悪いことに、台詞が重なってしまった。

 一大決心で発したというのに、格好悪いことこの上ない。


 しかし、ひとつだけ良いことはあった。


「えっと……」


 その瞬間、ユウトに浮かんだのは困惑だったのだ。

 安堵ではない。疑問だった。


 そのことに、カグラは喜びを抱いてしまう。不謹慎だと分かっていても。


「まあ、カグラさんが嫌なら、もちろんそれで良いんだけど……」

「ユウトくん、決めつけるのは止めてカグラさんの話を聞きましょう?」


 思考の出発点が違うため、ユウトとカグラの認識に齟齬が出る。

 それを感じたのだろう。ユウトは口を閉ざし、ソファに身を沈めた。


 そして、カグラを正面から見つめる。


「嫌というわけではありません。決して」


 その視線を受け止め、カグラは少しだけ苦しそうに答えた。


「ただ、資格がないと感じたのです。ユウト様のことを、理解していないと」


 問題は力の有無ではなく、心の有り様だとカグラは言う。


「こちらへ転移した直後の奇跡には心底驚かされましたが、より重要なのは、それを驕ることも力に溺れることのない器の大きさ。それが重要なのだと、思い知りました」


 そんな自分が――四番目になるのだろうが――輿入れするなど僭越だと。

 遥かに及ばないまでも、役に立つかもしれない力を手にし、それに気づいたのだと。


「だから、ユウトくんには相応しくないと思ったのね」

「もちろん、そのユウト様が、なんとも思っていないことは百も承知しておりますが……」


 それでも、こちらからなにも言わずに待っているだけでは不誠実だと告白に来たのだ。


「……実は、ヴァルトルーデからカグラさんとのことは真剣に考えるように言われていて、まあ、そのあと、色々あって単に先延ばしにしたようになっていたんだけどさ」


 黙って話を聞いていたユウトが、不意に口を開いた。


「とりあえず、俺も俺たちも、そんなに大層なもんじゃないよ……って言うと、まあ、そこが器が大きいって返されちゃいそうだな」


 難しいなと、ユウトが頬をかく。

 その仕草は年齢相応で、カグラは思わず微笑んでしまった。


「まず。前提として、俺はカグラさんのことを――」

「分かったわ」


 アルシアが、ぱんと手を叩き言葉を止めた。

 当のユウトのみならず、カグラからも視線が突き刺さる。


「本当は、こういうことはアカネさんが言うべきなのだけど……」


 しかし、アルシアは非難めいた視線など無視して言葉を紡いでいく。


「まず。前提として、二人とも深く考えすぎよ」


 前半部分はユウトの言葉を借りて、アルシアは二人を教え諭すことにした。

 そう。説教なら、得意分野だ。


「ユウトくんは、誰かを娶るとき、ヴァルトルーデと同じぐらい愛さないといけないと思っているわよね?」

「それは、そうでしょう」


 婚姻は、本来一対一でするものだ。

 だが、今のユウトにはそんなことはできない。

 であれば、精一杯愛さなくては申し訳が立たない。逆に言えば、それくらい愛せる相手でなければ結婚などできない。


「それは、わ、私も? アカネさんも嬉しいとは思っているけれど……重たいわ」

「お、重たい……?」

「それから、カグラさん?」

「は、はい!」


 なにを言われるのかと、飛び上がりそうな勢いで背筋を伸ばす竜人の巫女。

 ユウトがずんと沈んでいるぐらいなのだ。身構えるのも当然だろう。


「あなたも、少し気負いすぎではないかしら。ユウトくんのことを神聖視するのも分かるけれど、それでは本質を見逃すことになるわ」


 尊いものは尊い。

 それは確かだ。否定するつもりはない。


 しかし、アルシアが接した神々は、それだけの存在でもなかった。


「もう少し気楽に捉えたほうが、良いと思うわよ」

「いやでも、ヴァルほどには好きになれないから扱いもそれに準じたものになるけど、それで良ければ政治的に都合も良いから嫁にしたいとか。そんなの通らないでしょ?」

「それが当たり前では……?」

「え?」

「え?」


 第七階梯の理術呪文で生み出された豪華な居室で、ユウトとカグラが見つめ合う。


「そっか。重たかったのか……」


 リ・クトゥアの未来を賭けて、ワドウ・レンカと雌雄を決する前夜。

 ユウトは自らの常識が音を立てて崩れ去る音を聞いていた。

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[一言] ○○○○「重たいってさ!ハハハハハ!」
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