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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 15 竜の後継者 第三章 黒き刃の陰謀

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5.蒼の古竜

 蒼の古竜(エルダードラゴン)ゴウレイの怒りは、頂点に達していた。


 元より、人の物差しで測れば気が長いとは言えないゴウレイではある。だが、それを差し引いても、今回の暴挙は許し難い。否、許すつもりなどなかった。


 その強大すぎる力ゆえ、歴史の表舞台からは姿を消した古竜。永遠に続くかと思われたリ・クトゥアの戦乱に心を痛めたのも、一度や二度ではない。

 それでも介入しようとしなかったのは、亡き竜帝との約定と、人の世は人に任せるべきとの思いがあったから。


 それは五つの古竜の総意であり、そのため戦乱に乗じて侵略しに来た外つ国の軍勢を退けることしかできずにいた。


 力を持たぬのは、確かに不幸であろう。

 だが、力を持ちながら、それを振るうこともできず朽ちていくのも、また不幸である。


 やるせない想いを抱えながら、微睡み続けること幾星霜。

 もはや、前回からどれだけの月日が経過したかも分からなくなった今、新たな宝珠の後継者が生まれた。

 とはいえ、それで逸ることはない。

 過去に後継者が誕生したことは幾度かあり、その都度、失望してきたのだから。


 そのため、まずは古竜のなかでも最も思慮深い黄の古竜ゴウリンが、その人となりを確認しようとし――無惨にも殺害され、財宝も奪われた。


 この暴挙、許すことができようか。


 翡翠にも似たゴウレイの両眼が、地上をうごめく人の子らをぎょろりと睨め付ける。逃げまどいもひれ伏しもしない。まったく、度し難い。


 もはや、憤死しかねない勢いで、蒼の古竜ゴウレイは吼え猛り吐息(ブレス)を放った。


 それでも、地上を無差別に攻撃しなかったのは、古竜にも理性と人への慈しみが残っていたからではあるが……。


 それを、人の側が斟酌するかは、また別の話であった。






「ユウトくん」


 蒼の古竜ゴウレイ。

 予想だにしなかったドラゴンの登場に、アルシアが発したのは一言だけ。


「あのドラゴンを守るぞ」


 誰が聞いても、不遜としか言えない台詞。

 特に、天に舞う蒼の古竜が聞いたなら、黄の古竜ゴウリンの件とは別に、憤死しかねない言葉。


 しかし、アルシアの問いかけに答えを出したユウトは冷静だった。

 そう。冷静に、レイ・クルスの立場になって考えただけだ。


 ユウトから地の宝珠を奪うのと。

 蒼の古竜ゴウレイを滅ぼすのと。


 どちらが簡単か、冷静になって考えたのだ。


「分かった」

「世話が焼ける……ねっ!」


 相手が天の宝珠の加護に頼るつもりだと判断したエグザイルは、あえてレイ・クルスたちから距離を取った。

 ヴァルトルーデなら。いや、アルサスやエルドリックであっても、突撃をしなければ攻撃が届かない距離。


 しかし、そこはエグザイルの間合いだ。


 防御されても構わないと言わんばかりにスパイク・フレイルを振り下ろす。建物の中でも問題はなかったが、その枷が取り払われれば威力はいや増す。

 天罰にも似た一打が、レイ・クルスへと襲いかかる。


「余の周囲に、雷風の防壁を」


 だが、それは今回も届かない。

 ワドウ・レンカの命に天の宝珠が応じ、雷をまとった透明な風の防御壁が再展開してレイ・クルスも一緒に暴力から身を守った。


 しかし、それで止まるエグザイルではない。


 倒してしまえば古竜を守ることになるだろうと乱打し、その度に弾き返され、反動で血が流れても、構わず打ち付け続ける。


 それしかできないと言わんばかりに。

 それですべて片づくと言わんばかりに。


 もちろん、エグザイル以外も、手をこまねいてみているわけではない。


「《理力の弾丸(フォース・ミサイル)》」


 三本束ねた《魔法の短杖(マジック・ワンド)》に持ち替えたラーシアが、合い言葉(テスト・ワード)とともに込められた呪文を解き放つ。


 やはり、雷光をまとった風の防御壁に阻まれるものの、目に見えて小さくなっていった。


 ここで容赦など、するはずがない。 


 アルシアとカグラは、いつでも支援や回復ができるよう待機している。

 それを確認したユウトが、満を持して動いた。


「《時間停止(クロノス・アイズ)》」


 一気に勝負を決めようと、ユウトが第九階梯の大呪文を発動させた。

 世界が灰色に変わり、時の止まった世界でユウトだけが意思を持ち行動する。


「《差分爆裂ディファレント・ブラスト》」


 手慣れた様子で、遅延発動する《火球(ファイアー・ボール)》。それも、第三階梯の《火球》の呪文より倍は威力のあるそれを、都合四発レイ・クルスたちの周囲に展開。


 慣れているのは、ユウトだけではない。


 距離を取ったエグザイルは、きっちり効果範囲から外れている。


「《エレメンタル・ミサイル》」


 ユウトが通常時間に復帰すると、まるでそれを待っていたかのようにヨナが超能力(サイオニック・パワー)を発動させた。

 攻城兵器にも似た源素の大槍が炎をまとい、防御壁に突き刺さる。


 同時に、遅延発動した四つの《差分爆裂》が起爆した。


 無音。


 轟音。


 そして、また、無音。


 音と光と衝撃が荒れ狂い、個人に対して使用すべきではないエネルギーの爆発が場を支配した。当時のイスタス伯爵領を襲撃した悪の相を持つ亜人種族たち。

 それを一網打尽にしたのと、同じ攻撃。


 切り札として温存したため神力刻印の起動はしなかったが、必要になるとも思えない。カグラなど、あまりの衝撃に耳を押さえて涙を浮かべている。


 しかし。


「過激なことだな」


 爆煙が晴れ、その中心にはレイ・クルスとワドウ・レンカがいた。

 さすがに天の宝珠による防御壁は霧散していたが――無傷で。


 宝珠から伝わる魔力の波動に翳りはない。それどころか、増しているように感じられた。


「尻尾、生えてる」


 ヨナの静かなつぶやきが、戦場に響きわたる。


 いつも通りの

 顔は鱗に覆われ、翼も生えていたワドウ・レンカだったが、尻尾まではなかった。


 にもかかわらず、この短時間のうちに、爬虫類の尻尾が生えていた。


 そして、ワドウ・レンカはそれを当然と受け入れていた。狼狽はおろか、元々表情はわかりにくいが、顔色ひとつ変えていない。


 顔色が変わっているのは、アルシアやカグラのほうだ。


「余のなにを哀れむ必要があろうか」


 先ほどより、しゃがれて聞こえる声。

 そこからは、どんな感情も読みとれない。


「ワドウ・レンカは……」

「そうだ。元々は、人間だ」


 本人に代わり、黒衣の剣士が応える。


 ワドウ・レンカは、かつての自分やユウトと同じ人間で、宝珠の力を使用するうちに竜人(ドラコニュート)へと姿を。いや、種族を変えたのだと。 


「……炎に飲まれてるな」


 狂信の炎に。


 このままでは、竜人を通り越して本物のドラゴンになってしまうのではないか。

 そのとき、ワドウ・レンカの正気を誰が保証してくれるのか。


 力ではなく精神性に、ユウトは悪寒を感じる。


 果たして、宝珠の力に底はあるのか。


「……ま、あってもなくてもやることは変わらないけどな」


 ユウトは不敵な笑顔を浮かべ、レイ・クルスへと呼びかける。


「降参してもいいぜ?」

「ふっ。世迷い言を」

「俺にとっては、それが一番楽なんだけどな。それに、殺したりなんかしないから安心しろよ。降伏したら、身柄はヴァイナマリネンのジイさんに丸投げしてやるからな」

「それは、願い下げだな。心の底から」


 ヴァイナマリネンの名が出た瞬間にだけ、レイ・クルスが屈託のない笑顔を見せた。

 

「グゥオオオッッッ」


 そこに、まるで自らの存在を誇示するかのような咆哮が響いた。


 手足に翼を畳み、紡錘形に近いフォルムで急降下。

 その顎で噛み砕かんと、地上のレイ・クルスとワドウ・レンカへと一直線に落下していく。

 

 ユウトたちを敵と見誤ることはなかったが、その行動に、ユウトは顔をしかめた。

 あるいは、蒼の古竜には、天の宝珠による防御壁を突破する能力があったのかもしれない。だとすれば、ユウトの認識は誤りだ。


 どちらにせよ、一気に状況が動く。


「ワドウ・レンカ」

「承知した」


 レイ・クルスが飛んだ。外套(マント)をはためかせ、蒼の古竜ゴウレイを迎え撃つかのように。


「ぬぅんっ!」

「やらせないよ!」


 スパイク・フレイルがレイ・クルスの足に巻き付き、《理力の弾丸》がその身を貫く。

 レイ・クルスの肉体が、空中で縫い止められたかのように静止する。


「違う! ええい、神力解放(パージ)! 《絶魔光線レイ・オブ・アンティマジック》!」

「遅い」


 空中で、レイ・クルスが笑う。

 邪悪に笑う。


 生命啜りを振りかぶって。


 勢いよく魔剣が投擲されたと同時に、レイ・クルスの肉体が消える。

 いや、肉体は生命啜りそのものだ。


 それを追って、触れたものの魔力を一時的に消失させる《絶魔光線》が飛ぶ。

 蒼の古竜ゴウレイは止まらない。


「風よ、加速せよ!」

「《エレメンタル・ミサイル》――エンハンサー!」


 ワドウ・レンカが我が身を顧みず軍配を振って突風を引き起こし、そのワドウ・レンカをヨナの放った源素の槍が無慈悲に貫いた。


 致命傷。


 どんな生き物でも、丸太のような大きさと太さの槍に胸を貫かれ、平気でいられるはずがない。


 けれど、まるでなにごともなかったかように、むくりと起きあがった。鱗に覆われた肉体には傷ひとつなく、《エレメンタル・ミサイル》の痕跡は薄片鎧(ラメラー・アーマー)にのみ残して。


 風に乗って加速する生命啜り――レイ・クルスも止まらない。《絶魔光線》を置き去りにし、蒼の古竜の口腔から入って、喉から脊椎を刺し貫く。


 これも、致命傷。


「《損傷封印(シール・パージ)》」


 だが、この場にはアルシアがいた。

 瞬間的にゴウレイが負った傷を塞ぎ、わずかながらも、カグラも回復呪文を飛ばす。


「離脱するぞ!」


 余力はある。

 だからこそ、一時撤退する。


 ユウトは、決断を下した。


 蒼の古竜から話を聞きたいというのもあったし、潮目が変わったのを感じてもいた。また、逆に相手が逃亡を選んだら厄介だという考えもあった。この本拠地を追い出してしまったら、二人を捜すのが面倒になる。


 そこまで意図が伝わったわけではないはずだが、誰も異議は唱えなかった。それどころか、最も好戦的なアルビノの少女が率先して協力する。


「集まって」


 ヨナが仲間たちを自らの側に集める。

 それを見たユウトは持続時間が残っていた《遠距離飛行(オーヴァーフライト)》の呪文で、ゴウレイに近づく。


「《瞬間移動(テレポート)》」

「《テレポーテーション》」 


 ユウトが蒼の古竜を。ヨナが仲間たちを転移させた。

 打ち合わせなどなかったが、以心伝心で、その直上に出現する。《瞬間移動》で移動する距離としては些細だが、レイ・クルスやワドウ・レンカの追撃をかわすには充分。


 こうして、前哨戦の幕は下りた。

よし。生き延びた。

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