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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 15 竜の後継者 第三章 黒き刃の陰謀
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3.後継者の平行線

「楽にするが良い」


 マザキの中心部に位置する、広大な屋敷。

 評定が行われるだろう板の間に、ワドウ・レンカが腰を下ろした。他に、ワドウ国側の人間は誰もいない。それ以前に、この屋敷には人の気配がなかった。

 どういう意図なのかは分からないが、戦闘になっても巻き込む心配がないというのは、ユウトたちとしても好都合ではある。


 それに、ユウトたちが戦いを挑むと思っていないのか。それとも、対抗できると思っているのか。エグザイルやラーシアが武器を持ち込んでも、表情ひとつ動かさない。


 端的に言えば、不気味だった。


「クッションもないのに、楽にするもないよねぇ」

「そう言いながら、取り出してるじゃねえか」


 そんな状況や相手でも、ラーシアは変わらない。この程度で、変わるはずがなかった。


「あ。ユウトも使う?」

「……あるだけ出せよ」


 評定の間に土足で入り込んだ――正直、かなり抵抗があったが仕方ない――ユウトたちは、ラーシアが無限貯蔵のバッグから取り出したクッションに座り、ワドウ・レンカと相対した。


 とても一国の代表と会見に臨む態度とは思えない。


 従って、これも作戦の内なのだろうと、カグラは重々しくうなずいた。


「相手の言い分に丸め込まれないよう、ペースを握ろうとして……」

「まあ、そういう解釈もあるわね」


 カグラの好意的すぎる解釈に、アルシアは苦笑を返す。

 曖昧な返答になってしまったのは、いつも通りの自然体で接しているという意味では、カグラの認識も間違いではないからだ。


「まず、最初に言っておこう」


 主導権を握るためではないだろうが、機先を制してユウトは口を開いた。


「俺は、地の宝珠を管理者から譲られた。その力を、何度か使用もしている」

「宝珠の後継者であれば、当然であろう。余に言うべきこととも思わぬが」

「だが、ここは遠すぎる。俺の居場所じゃない。だから、竜帝になるつもりはない」

「竜帝になるつもりはない。余に地の宝珠を譲るつもりもない。傲慢極まりなき言い分であるな、アマクサ・ユウト」


 ワドウ・レンカの静かだが、苛烈な指摘。

 ユウトはしかし、肩をすくめてその主張を受け入れた。


 そんなことは、自分自身が一番分かっている――と。


「とはいえ、竜帝の残留思念からは、こっちのことも気にかけてくれと言われている。俺が介入する大義名分は、ちゃんとあるぜ」


 あえて軽い口調で、ユウトは言い募る。


「力を借りているのだって、竜人(ドラコニュート)に種族が変わるリスクを負っている。ただで使っているわけじゃないさ」

「自ら信じておらぬ言葉は、実に軽い」

「へぇ。人の宝珠を持ってると、そんなことまで分かるのか?」


 ユウトは板の床に置かれた軍配へと視線を移す。

 あの軍配にはめこまれた宝玉こそ、人の宝珠だろう。

 ワドウ・レンカはなにも言わないが、秘宝具(アーティファクト)に相応しい魔力の波動は《魔力感知(センス・マジック)》の呪文を使用せずとも感じられた。


 だが、今のところ強引に奪おうとは思わない。

 形だけになってしまうかもしれないが、まずは話を聞いてからだとワドウ・レンカへ視線を戻し、真っ正面からドラゴンの瞳を見つめる。


「俺たちにも、そいつを使ってみるか? いや、既に使っているのか?」

「無駄なことはせぬ。竜帝ならぬ余では、自ずと限界もあろう」

「殊勝なことだ」


 それを頭から信じるつもりはなかったが、嘘を吐かれているとも思わなかった。

 ラーシアやアルシアからも、今のところコメントはない。ヴァルトルーデがいたら確証が得られたはずだが、まずは信じていいだろう。


「ユウト様」

「ああ。カグラさん、もちろん」


 ワドウ・レンカに許可は求めず、ユウトが一方的にこの場を譲った。

 この場にいる誰よりも、ワドウ・レンカを問い質す資格を有した竜人の巫女に。


「ワドウ・レンカ。あなたは、このリ・クトゥアに、いったい何をもたらそうとしているのでしょうか?」


 小さな角を生やしたカグラが、ドラゴンの威風をまとうワドウ・レンカを糾明する。

 それは、ユウトも。いや、誰もが明らかにしたかった疑問。


「宝珠の力を自儘に振るって人々から意思を奪い、竜帝の名を貶め、それでなにが得られるというのでしょうか?」


 もしかすると、カグラにはワドウ・レンカを問い質す気持ちなどなかったのかもしれない。

 既に故郷を捨て、新天地を得た身である。そんなことをするのは烏沽がましいと、思っているに違いない。


 ゆえに、筋違い。

 だからこそ、その憤りは本物でもあった。


「もっともな問いである。しかして、初めて向けられた問いでもある」


 しかし、ワドウ・レンカは揺るがない。


「解放を」


 竜神に使える巫女にして地の宝珠を管理していた一族の裔へ、ただ一言で答える。


「余が求めるは、解放である」

「宝珠で支配をしておきながら、解放などと」


 虚言を弄してごまかすつもりかと、カグラは射抜くような視線を向ける。

 それに対して、ワドウ・レンカはなにも答えない。ただ正面から視線を受け止めるのみ。そこに疾しさは感じられず、カグラは困惑を隠せなかった。


 だが、ユウトの前だ。醜態は見せられない。


 素早く思考を巡らし、別の方向からワドウ・レンカに問いかける。


「……もうひとつ。人の宝珠の管理者は、なんと?」

「管理者は、余である」

「それはっ!」


 あまりの真相に、醜態を見せられないという気持ちなど吹き飛んだ。

 自ら放った火を己の手で消すが如き、厚顔無恥な行い。管理者の一族として、許すわけにはいかなかった。


「なんて恥知らずな」

「人の宝珠を持つに相応しき者が、たまたま余であっただけのこと。なんら、恥じ入るところはない」

「ユウト様にもお伝えはしておりませんでしたが、宝珠の管理者には、非常時に宝珠の力を借り受ける秘儀がございます」

「ということは……」

「恐らく、あの軍配がそれに当たるものと存じます」


 管理者によって、手段は異なるのだろう。

 守る地の宝珠の場合は特殊な儀式が必要であり、その鍵はカグラの背に刻まれた刺青に隠されていた。


 そう。手段はある。

 だが、捨て鉢になっていたジンガも、それだけはやろうとしなかった。スイオンも、同じだ。もちろん、使ったとしても一時しのぎにしかならなかっただろう。

 それでも、部外者からすれば、死ぬよりはましなのだから使えば良いと思ってしまうところだ。それでも頑なに意地を張ったのは、そこは背負ってきた歴史と価値観の違いに他ならない。


 管理者は相応しい者に宝珠を託すため、預かっているに過ぎないのだ。


「それを、この男は平然と……」

「カグラさん」


 頭に血が上ったカグラを、ユウトが制する。

 怒りを露わにする彼女には驚かされたし、事態の重大さも理解させられた。


「ワドウ・レンカ。その思想を理解したとも、意思が伝わったとも言わない」


 聞くべきことは聞いたと、ユウトは結論を伝える。


「だが、話してみて分かったよ」


 にやりと、ラーシアに向けるような邪悪な笑みを浮かべてユウトは言った。


「あんたとは、友達になれそうにない」

「それが答えか、アマクサ・ユウト」

「ああ。肝心なことを話そうとしない人間と友誼を結べるほど、器の大きな人間じゃないんでね」


 ワドウ・レンカに隠し事があると喝破したユウトだったが、しかし、追及しようとはしなかった。直接対面しても言おうとしないのだ。

 なにかしらの信念があるのだろう。

 そして、正しい正しくないは別にして、信念を抱いている人間に無理強いは通用しない。


「リ・クトゥアのことは、リ・クトゥアの住人が決めるべきだろうが、ジンガさんにカグラさん、スイオン。それに、竜帝からも託された想いがある」


 このまま座視はできないと、ユウトは宣戦布告した。


「余を敵と見なし、立ち向かうか」


 ワドウ・レンカが笑った。

 牙をむき出しにして、笑った。


 この会見で初めて見せた情動。

 ユウトが敵対を表明して喜ぶなど、正気の沙汰ではあるまい。


「あれかなー。宝珠を無理やり使うことで、所有者も正気を失ってるみたいな感じなのかな?」

「あり得る話だな」


 話は終わった……というよりは、戦いの気配を感じ、ラーシアとエグザイルが腰を上げる。

 ユウトからすると、どっちが敵か分からない物言いだったが頼りになることには違いない。


 続けて、ユウトやアルシアらも立ち上がる。カグラがいるものの、戦闘で片を付けるのであれば千載一遇の好機でもあった。


 しかし、その意図は早々に挫かれてしまった。


「だから言ったのだ、ワドウ・レンカ。話などしても、平行線になるだけだとな」


 会見の場へ無遠慮に登場した、黒衣の剣士によって。


「これは余が望んだ邂逅だ、レイ・クルス。余は満足しておる」


 ワドウ・レンカとレイ・クルス。

 リ・クトゥア全土を巻き込む騒乱の元凶が揃った。


 だが、それで動じることはない。


「むしろ、手間が省けた……って、ヴァルなら言うよな?」

「そうね。土産話を聞いて、残念そうな顔をするヴァルが目に浮かぶわ」

「そちらもやる気か、ユウト・アマクサ。ヴァイナマリネンの師よ」


 漆黒の板金鎧(プレートアーマー)に身を包み、魔剣魂啜り(ソウル・サッカー)を腰に佩く堕ちた英雄。

 怜悧な美貌は相変わらずで、武闘会で対戦したときとの違いは、同じく黒い外套(マント)を羽織っていることぐらいか。

 しかし、真相――魔剣が本体で、その姿は人の形をした鞘に過ぎないことを知ってからは、作り物めいて見える。


 無限貯蔵のバッグをいくつか掴んで姿を現したレイ・クルスは、殺意のこもった視線をユウトへと向ける。


「だが、竜帝になるつもりは……なさそうだな」

「その話なら、さっき終わったよ」

「余計なことをせず、立ち去れば良いものを。責任を取る気もなく、引っかき回す気か」

「最初に戦乱を起こしたのは、そっちだろ」


 竜帝になるのであれば介入しても構わないと言わんばかりの物言いに、ユウトは引っかかりを憶えるが……すぐに、どちらが正論か気づく。


 レイ・クルスの主張は正しい。

 復讐が絡まなければ、理性的なのだ。それは、ヴァイナマリネンやエルドリック王との親交が続いていることからも分かる。


 だが、終わった話だ。


「それに、俺が竜帝を目指すのと、そっちが竜帝になれるかどうかってのは別だろ」

「その件か。これを見たら、諦めがつくか?」


 そう言って、黒衣の剣士が無限貯蔵のバッグを逆さに振る。


 すると、数え切れないほどの金貨や色とりどりの宝石。絵画や彫像といった芸術品、魔化された剣や鎧などの魔法具(マジック・アイテム)が流れるように溢れ出て、評定の間に積み上がっていく。


「ドラゴンの財宝みたい」

「その通りだ」


 黒衣の剣士が、ヨナのつぶやきを肯定する。


古竜(エルダードラゴン)なら、狩ってきた。まだ一頭だけだがな」


 レイ・クルスは、事実を淡々と告げた。

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