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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 15 竜の後継者 第三章 黒き刃の陰謀
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2.ワドウ・レンカ

 数時間に及ぶ空の旅を終えた夜。

 カグラは、夜通し飛び続けるのではないかと心配し、覚悟もしていた。だが、そんなことはなく、束の間の休息となった。


 ただし、野宿をするわけがなく、どこかに一夜の宿を求めたわけでもない。第七階梯の理術呪文、《不可視の邸宅(クリィネェル)》により生み出された異次元の宿舎で王侯貴族もかくやという待遇を受けていた。

 事実、カグラが備え付けのローブに着替えて横になっているベッドは、言葉にできぬほど柔らかく暖か。普段の彼女なら、罪悪感を感じて座ることもできなかっただろう。


 長く艶やかな黒髪が頬から胸へと流れ、ベッドに広がっている。

 自分に厳しいカグラのしどけないその寝姿は、誰にも晒したことがないに違いない。兄のジンガに見られたら、叱責では済まない醜態だ。


 それほどまでに、カグラは疲労を憶えていた。


 特に、なにかをしたわけではない。


 情けないが、そこは認めざるを得なかった。つまり、なにもしていないのに、疲労困憊。旅塵を落とし、そろって夕食を摂ったあとは、こうして横になっていた。

 せっかくの機会だからユウトに会いに行こうなどとは、考えもつかない。


「アカネさんは、すごい人だったのね……」


 ベッドの上で寝返りを打つと、今度は天井が視界に入る。

 白い部屋の白い天井。

 分不相応に広く、快適な室内。温度は外界とは無関係に一定に保たれており、騒音も全く感じない。手足を一杯に伸ばしてもなお余裕のあるベッドは言うに及ばず、部屋着が満載されたワードローブに、壁を飾る絵画などの調度も一級品だ。


 ここが呪文で生み出した異空間だとは、誰も思うまい。《不可視の邸宅》の呪文の恩恵を受けるのが初めてではないカグラですら、いまだに信じられないほどなのだから。


 そして、信じられないのは、それだけではない。


「まさかまた、戻ってくるなんて……」


 遠く離れた故郷リ・クトゥア。

 正直、あまり良い思い出はない。思い出すのは、迫害と孤独。それに貧しさ。救い出してくれたユウトとの思い出でも、完全には上書きされない。

 だから、里帰りなど考えもしなかった。


 それなのに、戻ってきた。


 一瞬で。


 ユウトは、一回の《瞬間移動(テレポート)》では移動距離が足りなかったことに渋い顔をしていたが、カグラとしては、なぜ、そんな反応になるのかが分からない。


 分からないのは、その後の行動もそうだ。


 個人が軍勢を圧倒し、その威でひざまずかせ、戦争を止めてしまった。

 しかも、それを当然と、驕りも誇りもしない。


 神力刻印についても説明を受けたが、どう理解すべきなのか。未だに消化し切れていなかった。


 聞けば、アカネも知っており、受け入れているそうだ。


 アカネは凄いと、改めて思ってしまう。


「本当に、役に立てるのかしら……」


 恐らく、ユウトも、アルシアたちも、なにもできなかったからと非難することはないだろう。

 それを理解していてもなお、カグラの胸から焦燥感があふれそうになる。


 いや、焦燥感ではない。どちらかといえば、反発心や対抗心に近い。


 自分がこの地に来たのには、絶対に意味がある。今はまだ、竜神バハムートの予見した時と場所ではないだけ。


 カグラが、勢いよく身を起こした。それと一緒に、黒髪が舞う。


「役に立てるかではないわ。足手まといになっても、その時が来たら絶対に役割を果たすのよ、カグラ。そう。竜神バハムートのお導きなのだから」


 今日の振る舞いを反省し、カグラはベッドから降りて床にひざまずいた。

 そして、信じる神に祈りと誓いを捧げる。


 それから、もうひとつ。


「もう、ユウト様がなにをしても驚かないこと。大地が揺れるのも雷が落ちるのも自然の理。それと、同じよ」


 ユウトが聞いていたら抗議の声をあげそうな割り切りをするカグラ。

 しかし、幸か不幸か、道中は、その覚悟が問われるような事態は起こらなかった。 


 ひたすら《遠距離飛行(オーヴァーフライト)》の呪文で飛び続け、いくつかの山と平原と海を飛び越え、二日後、一行はワドウ国へと到達した。





 ワドウ国に入ってから――もちろん、上空からの不法入国だ――しばらく、ワドウ国の都を目指していた途上で、とある村に立ち寄ることにした。

 といっても、潜入したのはラーシアだけで、ユウトたちは上空で待機していただけだが。


「いやー。これ、なかなかやっばいね」


 その偵察から戻ってきたラーシアの第一声。

 口調は相変わらずだったが、表情がその軽妙さを裏切っていた。


 とある村の上空で草原の種族(マグナー)盗賊(ローグ)を待っていた大魔術師(アーク・メイジ)一行は、その曖昧な報告に、顔をしかめる。

 ラーシアは話が面白くなるように誇張もするし嘘も吐くが、今回は事実をそのまま話すのが一番面白いと判断しているようだったから。


「あれさー。ほとんど、生きてる不死の怪物(アンデッド)みたいなもんだったよ」

「不死の怪物……」


 生きている不死の怪物と表現したからには、本当に不死の怪物となっているわけではない。

 それでも、カグラは不快そうに眉をひそめた。

 ユウトの為すことに付いていこうと決意したとはいえ、悪行に感じる不愉快さはまた別だ。


「……具体的には?」

「ん~。不気味な不死の怪物農場、みたいな?」


 ラーシアの説明は先ほどとほぼ同じだったが、それで、イメージが伝わってしまったのだろう。

 ユウトが嫌そうに顔をしかめる。それは、アルシアも同じだった。


「本当にそれをやると、負のエナジーで作物も土地も数年したら駄目になるんだけどな」


 そんな関係のない情報を口にし、ユウトは心を立て直す。

 予想していたとはいえ、無感動ではいられなかった。


「ほんと、黙々と働いてたよ。もちろん、人間も竜人(ドラコニュート)も関係なくね。んで、ちょうど時間になったみたいで、鐘が鳴ったら、みんな一斉に休憩を取ったりしてた。試しに話しかけてみたけど、ほとんど反応もなかったし」

「大丈夫じゃないよな、それ……」


 露骨にあやしい不審者――もちろん、ラーシアのことだ――に対して、警戒感を抱かない。

 人としての情緒が失われているのみならず、危険への対応力もなくなっているようだ。盗賊やゴブリンなどの悪の相を持つ亜人種族に襲われたら、ひとたまりもない。


「すべての生き物がそんな状態になったら、危険などないということかもしれんな」

「理屈としては分かるけど……」


 エグザイルの指摘に、ユウトは首を振る。

 それで平和が訪れるのは、確かだ。外から見れば、長閑だが、活気に欠けた国ということになるかもしれない。

 だが、それでは発展はおろか、生きている意味もない。すべてを静止させた状態を安寧と呼んだ、ムルグーシュ神の思想と同じだ。


「でもさ、一応争いのない状態になるよね」

「そうだな。だけど、これは人の営みじゃない。神の行いだ」

「……違いが、よく分かんないんだけど?」

「ちゃんと説明できるほど、はっきりとはしていないんだが……」


 民を守る、富を調整する、法を広める。

 他にも様々あるだろうが、それが(まつりごと)だ。


 しかし、人から感情を奪い、ただ支配するだけでは、政治とは言わない。

 人を駒のように扱うそれは、まさに神の所行ではないか。


「分かった! 要するに、気にくわないってことだ!」

「…………いや、まあ、そういうこと……だな」


 ラーシアに一刀両断され、ユウトは天を仰いだ。


「ユウト様、それで良いのではないかと思います」


 落ち込むユウトに、カグラが語りかける。


「故郷を脱し、ケラの森へと移住をして、誰もがかつては得られなかった平安を手に入れました。それは、良いことばかりではありませんでしたが、それが当たり前なのです」

「カグラさん……」

「だからこそ、わたくしたちも、それに人の上に立つ者も、良いことをたくさん得られるよう、努力せねばなりません」

「……そうか。そういうことか」


 気にくわない。

 確かに、そうだったのだ。


 まだ足りないところばかりだが、曲がりなりにも家宰として領地を発展させてきたユウトからすると、感情を奪って従わせるなど、逃げにしか見えない。

 こんなことをしなくても、領地経営はできるはずなのにだ。


「気にくわない。それで充分か」

「ヴァルがいたら、怒りそう」

「そうね。でも、それが必要な場面もきっとあるわ」


 ヨナとアルシアの言葉に、ユウトはうなずいた。

 そう。今は、考えても仕方がない。


「とりあえず、先を急ごう。急げば、日が落ちる前に着くはずだから」


 その言葉通り、ワドウ・レンカが居を構えるマザキの街に到着したのは、その日の昼下がりのことだった。


 板塀と空堀に囲まれた、リ・クトゥアでは珍しい城塞都市マザキ。東西南北に設けられた門の存在は、彼の地が交通の要衝であることを表している。

 上空からでは細かい兵士の配置などは分からないが、ワドウ・レンカの居場所は分かる。


 街の中央に建てられた、一際大きな平屋の屋敷。

 ユウトがイメージする戦国時代の城ではなく、平安時代の貴族の邸宅を思わせる建物こそ玉座の在処に違いなかった。


「さて、ユウト。どうやって攻める?」

「どうやってって、エグ。ボクらに、正面突破以外にあるの? いや、言われれば潜入して、さくっと暗殺とかしてくるけど」

「がんばる」

「なるほど……。一軍を鎧袖一触したユウト様たちであれば、一国の中枢を相手にしても、問題ないのですね」

「攻めねえよ。暗殺もしねえよ。ヨナも頑張らなくていいよ。というか、お前らのせいでカグラさんが変な誤解をしてるじゃねえか」


 ユウトの息を吐かせぬ訂正の嵐に、全員が押し黙る。


「では、ユウトくん。どうするの?」


 妻であるアルシアが代表し、日頃の行いを考えたらと言いたげな皆を押さえて、方針を確認した。


「ヴァルを見習って、ワドウ・レンカとやらを問い質すよ。もちろん、正面からね」

「ヴァルがいなくても、行動がヴァルっぽくなるね。ふしぎ!」

「まあ、結局は殴り合いになるんだ。別に構わんが……こっちから訪問する必要はなくなったようだな」


 珍しいことだが、真っ先に気がついたのは岩巨人(ジャールート)だった。

 エグザイルの視線の先には、こちらへ向かって上昇してくる竜人の姿があった。背中から身長の数倍はある翼を生やし、占いに使用する水晶玉のような物を埋め込んだ軍配を手にしていた。


「おっ。自分からこっちに来るなんて、感心感心」

「先にやっちゃう?」

「ヨナ、確認してくれたのは嬉しいけど、今までの話は聞いてなかったね?」


 誰かが具体的な行動を起こす前に、アルシアがヨナとカグラの手を引いて、自らの背後へ移動させる。


 それを見届けたユウトは、少し前へ出て竜人を迎え入れた。


「余がワドウ・レンカである」


 人の宝珠を手にしてリ・クトゥアを席巻するワドウ・レンカ。

 その覇業に相応しく、彼は立派な体格の偉丈夫だった。かなり大型の《薄片鎧(ラメラーアーマー)》を身につけているはずだが、窮屈に見える。


 身長も体の厚みも、エグザイルに負けず劣らず。今までで会った竜人たちがドラゴンの特徴を宿した人間だとするならば、ワドウ・レンカは人のサイズにまで縮小したドラゴンだ。


 そして、ドラゴンそのものといった竜人の顔の見分けは難しいが、暴君のイメージに反して、実直そうにも見える。


 ただ、瞳は爛々と輝いていた。

 狂気を孕んで。


「俺は天草勇人。地の宝珠の――」

「細かな自己紹介は不要である」

「……話し合うつもりはないと?」

「否。断じて否」


 軍配を下ろしたまま、ワドウ・レンカがドラゴンの頭部を横に振る。


「貴殿らのことは、余が同志レイ・クルスより聞き及んでおる」

「同志……か」


 王と、その配下の将軍ではない。志を同じくする者だと、ワドウ・レンカは主張する。


(レイ・クルスが、仲間なんて作るのか?)


 莫逆の友であるパス・ファインダーズとも袂を分かって、復讐にすべてを懸ける黒衣の剣士。

 あのレイ・クルスが遙か遠い異国で同志を得るなど、あり得ることなのだろうか。


「ユウトくん」

「……分かってる」


 アルシアの気遣わしげな声に、ユウトは振り向きもせず応える。

 今は、そこに気を取られている場合ではない。


「ということは、俺たちが来るのを待っていたわけだ」

「いかにも、いかにも」


 大仰にうなずき、ワドウ・レンカは軍配を掲げた。

 ただそれだけで風が逆巻き、ワドウ・レンカの赤い薄片鎧が軋む。


「人の宝珠は、余の手にあり。ゆえに、余の行いは竜帝陛下の意に沿うものである」

「俺の知ってる竜帝は認めそうにないが……。それで?」

「余は要求する。地の宝珠を、疾く返還せよ」

「……本当の竜帝の所有物だって?」

「いかにも、いかにも」

「はっ」


 ユウトは、その主張を言下に否定した。


「宝珠をひとつやふたつ揃えたら竜帝か? 五つの古竜に認められなくてはならないという話は、どうなったんだ?」

「その疑問は、もっともである」


 しかし、ワドウ・レンカの巨躯は揺るがない。

 王者の余裕で批判を受け入れ、理解を示す。


「余の館に来るが良い、遠き国からの客人(まろうど)よ」


 話はそれからだと、返事も聞かずにワドウ・レンカがマザキの街へと降下していく。


「どうする? やっちゃう?」

「……戦うのは、いつでもできるだろ」

「そんな卑怯なことはできないって言わないのが、ユウトって感じだよね」


 一言多いラーシアに苦笑を返しつつ、ユウトはワドウ・レンカの後を追う。


「ユウト様。地の宝珠を守ってきたものとして、あの男……ワドウ・レンカと話をさせてください」

「分かった」


 カグラの懇願に、うなずき返しながら。

おかしいな。

ヴァルがいないと、ユウトの相棒がアルシアじゃなくて、ラーシアになってしまう……。

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