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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 2 もう一人の来訪者 第一章 もう一度、異世界の始まり

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5.それぞれの思惑

「それで、どうするつもりなの?」


 ユウトたちが出ていってからきっかり三分経ってから、食後のハーブティーを楽しみながら、ラーシアが問いかけた。

 既に、《祝宴ディヴァイン・フィースト》で創造した食べ物や食器は跡形もなく消え、食後特有のだらりとした空気が流れかけた瞬間の投下。


「どうとは、どういう意味だ?」


 疑問をぶつけられたヴァルトルーデは、意味が分からないと首を振る。


「いや、あの娘とユウトを二人きりにしちゃっていいのかなーって」


 分かりやすく言い換えても、表面上、ヴァルトルーデの態度は変わらない。イスタス伯爵と呼ぶべき威厳は保っている。

 ただし、わずかにこめかみが動いたのには、誰もが気付いていた。


「彼女の立場にもなってみろ、ラーシア」


 言い聞かせるかのような口調で、ヴァルトルーデが言う。


「いきなり故郷から切り離され、そこに同郷のユウトがいたんだ。頼りにするのは当然だし、ユウトが世話を焼くのもごく普通のことだろう」


 正論。

 これ以上ないほどの正論。

 誰もが納得したことだろう。自分に言い聞かせるような口調でなければ。


「ふぅん」


 イタズラを楽しむかのようにラーシアが笑う。


「オレは勉強してくる」


 興味がないわけではないが、自分では有益なアドヴァイスは見込めないだろうと、エグザイルが席を立った。


「べんきょうって?」


 ヨナが不思議そうな表情と声で聞くと、エグザイルが立ち止まって答えた。


「軍を率いてみようかと思ってな」

「それ、ボクも初耳なんだけどー。初耳なんだけどー」

「誰にも言っていないからな」


 当然と、エグザイルが言い切る。


「どういうことだ?」

「少しこのままヴァルのもとで厄介になるつもりなのでな」


 しかし、そのまま待っても説明はない。


「えっと、つまり?」

「エグザイルが、自分ができること、為すべきことを見つけたということでしょう」

「ああ。立場上、ヴァルが前線に立つわけにはいかないだろうからな」

「むう……」


 戦争を起こしかけたことはあるが、実際に軍団編成までには至っていない。

 しかし、いずれ――といっても、数年の猶予はあるだろうが――軍を率いることになるだろう。

 その時、信頼できる指揮官がいれば、これ以上に頼もしいこともない。


「まあ、期待されすぎても困るがな。挫折する可能性もある」


 そう言って、岩巨人(ジャールート)は部屋を出ていった。


「そういえば、なんの話をしてたんだっけ?」

「ユウトくんとアカネさんの後を、ヴァルは追わなくていいの? という話だったはずですよ」

「そうだったそうだった」

「かなりねじ曲がっているぞ!」


 当然ながら、ヴァルトルーデの訴えが聞き届けられるはずがない。


「でも、二人がどんな様子か気にならない?」

「もだえるぐらいなら、のぞき見した方がマシ」


 ヨナの視線は、ユウトの執務室――上級魔法具(マジック・アイテム)のミラ・オブ・ファーフロムへと向いていた。


「気にならないと言っては嘘になるがな……」


 無意識に、胸元のペンダント。ユウトからの贈り物をまさぐる。


「私はユウトを信じている」

「おおー」

「アルシア姐さん、どうよ?」

「いつも一緒だった幼なじみの成長に嬉しさ半分、ヴァルトルーデにあんな台詞を言わせたユウトくんに嫉妬半分というところかしら」

「なるほど。深いね……」

「おまえらなぁ!」


 伯爵と言えば、押しも押されもせぬ上級貴族。そんな彼女がいじられている様子を他の貴族が見たら卒倒しかねないだろう。


「ユウトとのことがなければ良い娘だとはボクも思うよ。ヴァルがそれで良いって言うんなら、こっちも適当にいじって楽しもうかな。主に、ユウトを」

「私としては、ヴァルが正妻であれば妾が数人いてもしかたないかなとは思っているのですが」

「ええ? でも、ヴァルと結婚ってことは、なんとか伯爵家に婿入りでしょ? お婿さんが妾とかありなの?」

「そこは、ヴァルの度量次第でしょうか」

「もう、好きにしろ……。全部、ユウトのせいだ……。あと、イスタス伯爵家だからな……」


 ユウトがいないと、すべて自分に向いてくるじゃないかと、理不尽な怒り(哀しみかも知れない)をぶつける。

 いじりすぎたかしらと反省したアルシアは、この辺で矛を収めることにした。


「あら、ヨナの前でする話ではなかったですね」

「だいじょうぶ。みんなで仲良くってことでしょう?」

「ヨナは賢いなぁ」

「ぜったいに、ちがう……」


 ヴァルトルーデの生涯で、今ほどユウトを必要とした瞬間はない。残念ながら、悪い意味で。

 そんな彼女の声を聞きながら、アルシアはほっとしていた。

 ユウトが帰還の術を失ったと知った後から、親友があまりにも情緒不安定で心配していたのだ。しかし、アカネという予想外のファクターにより、一時的にせよ罪悪感を忘れられたらしい。


(できれば、このままユウトくんを取り合って、エスカレートして、既成事実でも作ってほしいものですが)


 ヴァルトルーデの幸せのためならば、ある意味で見境のないアルシア。

 同時に、こうも思う。


「それに、ユウトくん自身が妾が許される立場にならないとも限らないのですよね」


 その呟きは、誰にも聞かれることはなかった。





「勇人、ちょっとタンマ」

「歩くの、速かったか」

「それもあるけど、それだけじゃないかな?」


 城塞が一番異世界らしいという言葉を受けて、ユウトは次に神殿へアカネを連れていった。

 アルシアのトラス=シンク神殿に、建設途中のヘレノニア神殿、他にも続々と神殿が進出している。ゴシック様式ともなんとも言えぬ異世界の神殿を前にして、完全に観光客気分になってしまった。


「歴史的建造物として教会とか神社は見たことあるけど、リアルタイムだともっと派手なのね」


 黄金に近い黄色で彩られた太陽神の神殿を目にし、アカネはそんな感想を抱いていた。

 その後は、居住地区へ移動し、街灯や工事中の住居などを見て回っていた。


「なんというか、そろそろ情報を処理しきれなくてオーバーフローしそう」

「ああ……。それは悪かった」

「いいわよ。楽しかったのは事実だし。でも、もっとゆっくり歩きなさい」

「ヴァルは俺より足が速いぐらいだから、すっかり忘れてた」

「そこでなぜヴァルが出てくるのかは、後でじっくり問い詰めるから」

「ぐっ」


 失言を悔やむユウトへ、サディスティックな笑みを向けるアカネ。

 しかし、内心は複雑だった。

 数歩先を歩くユウトの背中は、記憶にあるそれよりも大きい。一年以上の時差があるのだから当然だが、なんだか置いてけぼりを食らったような気分になる。

 それに、昔よりも体力がついたようだし、背も高くなった。

 中学時代サッカー部だった幼なじみを思いだしてしまい、運動によるものではなく頬が赤くなってしまう。


 ユウトは変わった。

 良くも悪くも。


 簡単に言えば――格好良くなった。


「あれだ、仲間内じゃ俺が一番体力がないから。それで、配慮が欠けたんだ。そういう意味では、ヴァル子が関係しているとも言えるし、無関係とも言える」

「言い訳は後で聞くって言ったでしょ。でも、ヨナちゃんより?」

「野生児なんだよ、見た目はそんな感じしないけど」

「野生児って」


 苦笑を浮かべたアカネが、小走りにユウトの隣へ移動する。

 肩が触れそうで、横顔がはっきりと見え、その気になれば手をつなげる距離。

 後ろからついていくよりも、この方が良い。

 そのまま十分ほど歩き続けると、ユウトが立ち止まる。


「ここが、最後の目的地?」


 二人の前には、このファルヴでは一般的な石造りの家があった。

 他と違うのは看板に書かれた文言だろうか。


「ええと、『レンの魔法薬店』? 知らない文字なのに普通に読めるって、やっぱり違和感があるわね……」

「そのうち、嫌でも慣れる。ここは、知り合いが最近始めた店だよ。タイミングが悪くて、顔を出せなかったんだ」


 タイミングとはイグ・ヌス=ザド――とはその時点では知らなかったが――が現れると神託が下った前後。さすがに、知り合いのいる店へデートの途中で立ち寄る気にはなれなかったのだ。


「レン、いるか?」


 無遠慮に木製の扉を開け、店内へ入っていくユウト。アカネも、堂々とそれを追う。

 物怖じしない性格と、そんな配慮の心は一時的に磨耗した結果だろうか。


 店内は、それほど広くない。

 端から端まで移動するのに五歩もかからないだろう。両端の棚とカウンターの奥には、魔法薬(ポーション)が入っているのであろうガラス瓶が並んでいた。


 アカネは、住宅街で住人が趣味半分でやっている小物の店を連想する。良い悪いは別にして、金銭価値も中身もまったく違うのだろうが。


「お兄ちゃん……?」


 カウンターの奥にいた少女が、ユウトを見て茫洋とした声を漏らす。

 しかし、整った顔は幽霊を見たかのような驚きに彩られ、実際、驚いているのだろう。魔法薬が入ったガラス瓶を、今にも取り落としてしまいそうだった。


「なかなか顔を出せなくて悪かったな」


 ふるふると無言で首を振るその仕草に、アカネは言いしれぬ感動を憶える。反則だ。どのルールに抵触しているのかは分からないが、反則だ。

 少女の動きにあわせて、ややくすんだ金色の髪が揺れる。その髪はかなり長く、小柄とはいえ、その少女の背丈ほどもある。


 それが包み込むのは、小柄なだけではなく華奢な体躯。身長は140センチ前後だろか。

 抱けば折れてしまいそうなだが、不健康さは感じられない。若葉のようにみずみずしい少女だった。


「妖精?」


 アカネのその印象は、あながち間違いではない。


「レンはハーフエルフだよ」

「うわお」


 興奮で、女子高生らしからぬ声が上がる。

 エルフであれば、街の散策中にもすれ違ったが、不躾な視線を向けるわけにもいかず、きちんと相対するのは初めて。

 よく見れば、確かに耳は広葉樹の葉のようにとがっている。

 アカネが興奮している間に、ハーフエルフの少女――レンもようやく現実を認識したらしい。


「会いたかった!」

「うおっと」


 もどかしくカウンターの横手から出ようとして魔法薬を持ったままであることに気づき、それを慎重に置いてから、ユウトの胸に飛び込んだ。

 身長差のせいで、実際には、腹か腰の辺りなのだが。


「まったく、レンは寂しがりやだな」

「だって、ずっと会ってなかったんだもん」

「それもそうか。この一年はこっちにかかりきりだったもんな……」


 深く考えずに胸中の少女の頭を撫でていると、横合いからの視線に気付く。というよりむしろ、アカネがあえて視界に入ってきたとも言える。

 あわててハーフエルフの少女を離し、軽く居住まいを正した。


「ああ。彼女はレン。俺の理術呪文の師匠、テュルティオーネの娘だよ」


 非難がましい視線には触れず、とりあえず初対面の二人を紹介することに専念する。


「で、レン。こっちはアカネ。俺の故郷の幼なじみで、つい昨日こっちに来たんだ」

「わぁ……」


 憧憬にも似た純粋で純真な視線を向けられ、アカネは一瞬たじろぐ。

 しかし、聞くことは聞かなくてはならない。


「ユウト、あんたはこっちでなにを想い、なにを為してきたのよ」

「そんな壮大に聞かれても困る……」


 あんな美人をこまし、いたいけな少女たちまで手なずけているとは。この幼なじみに、いったいなにがあったのか。


「俺とレンは姉弟弟子みたいなもんだからさ。一緒に理術呪文をならったり。もちろん、俺が弟な」


 そう言うユウトに対し、レンは静かに首を振る。


「私は、才能があんまり無い……から」

「才能とか、関係ないだろ。まあ、向き不向きはあるだろうし、魔法薬を作るのが好きだったみたいだけど」


 そのフォローに対しても、レンはふるふると首を振って否定する。


「お兄ちゃんは。すごい。お父さんが考えた特訓を初めてクリアした人。お父さんでも音を上げたのに」

「そうだったのかよ……」

「まあ、監督が選手と同じ練習をできるわけはないしね?」


 アカネのフォローが逆に哀しい。


「そういえば、森の中のサバイバル合宿も、途中で俺だけになったなぁ……」

「待ちなさい」


 額に手を当て頭痛をこらえながら、ユウトの言葉を聞き咎める。


「途中でユウトだけになったってことは――」

「ああ。二週間ぐらい、レンと二人だったな」

「……うん」


 顔を向けると、ハーフエルフの少女は視線をそらしながらも、しっかりと肯定する。頬を赤く染めて。

 かわいいから性質が悪い。

 抱きつきたくなる衝動を必死にこらえ、アカネはもうひとつの疑問を口にする。


「ちなみに、ハーフエルフってことは人間よりも寿命とか……」

「ああ、かなり長いな。普通のエルフが800~1000歳。ハーフエルフだと、ざっくりその半分ぐらいらしい」


 ハーフエルフはおよそ人間の5倍の寿命。


「それで、レンちゃんはおいくつ?」

「あれ? 何歳だっけ?」

「20歳」

「実質4歳じゃないの!」


 レッドカードを持っていれば、即座に掲げていただろう。その後は、規律委員会送りだ。


「いや、最初は人間年齢の半分ぐらいの成長らしい。んで、ある程度成長したらもっと緩やかになるとか」

「それでも、10歳よねぇ」


 とりあえず、これはなにかあったのは確定だ。この見るからに内気な少女が、ユウトに心を開き懐くに至った出来事が。

 それは後で追及するとして。


「でも、実質10歳でこの店を出すわけ? って、他にちゃんと大人が……」

「私、がんばる」

「そうよね、『レンの魔法薬店』だもんね」

「レンも魔導師(ウォーロック)一歩手前ぐらいの実力はあるし、不安になるのは分かるけど、立派に一人前だよ」


 ただし、この界隈の巡回はしっかり行うようにヴァルトルーデから伝えてもらおうと決意する。


「ところで、ユウト」

「なんだよ」

「それで、魔法薬ってなに?」

「おう……。忘れてた……」


 魔法薬は、様々な薬草や鉱石、動物やモンスターの内臓などを特殊な配合で煎じ詰めた特殊な薬品――ではない。


「違うの?」

「薬草や鉱石のどこに、魔法の要素があるんだよ。そういうのは、錬金術師の領域だな」


 そして、効果も怪しげなものがほとんどだった。


「魔法薬の原料は、呪文の巻物(スクロール)


 つま先立ちになったレンが、カウンターの上に置いてあった巻物を手に取る。理術呪文や神術呪文を羊皮紙に封じ込めた、即席だが一度きりしか使用できない消耗品。


「これを薬液で溶かして魔法的な処理を施し瓶詰めすると、そのベースになった呪文の効果が発揮される魔法薬の完成らしい」

「薬液とか処理方法は秘密」


 ユウトも、魔法薬作りにまでは手を出していないので、詳細は知らない。

 一方のアカネは、製法よりも気になることがあるようだった。


「紙が原料って、不味そう……」

「ふつうは」


 レンが控えめに否定する。ちょっと胸を張って得意げだ。


「ユウトお兄ちゃんと一緒に、研究した」


 ハーブを香料にしたり、酒や果汁を混ぜて飲みやすくしたりと、ユウトにとってはちょっとした工夫。それが偉大な父と違って魔術師としては二流止まりだったレンの劣等感を救ったのだが、ユウトにはそんな自覚は欠片もない。


「そういえば、派手な攻撃呪文とか魔法薬にしたら、飲んだら死んじゃうんじゃない?」

「そういうのは、ダメ。強すぎる呪文もダメ」

「制限があるのね」


それはそうかとアカネがうなずく。


「基本は、怪我を治したり、身体能力を増幅させたりだな」

「うん。あっちにあるよ」


 とてとて店内を移動し、「ん~っ」と背を伸ばして商品のありかを指さしてくれた。


「それから、武器とか鎧を一時的に強化する塗布型のもある、よ」


 今度はカウンターの中に戻って、わざわざガラス瓶を並べてくれる。


「ユウト、買うわよ。いくらか知らないけど」

「買わねえよ。あと、金貨20枚以上するからな」

「きっと払うから!」

「その言葉は聞きたくなかったなぁ」


 いきなり漫才を始める二人に、レンは首を傾げていた。

 しばらく商品を冷やかし、一段落したところで、そんな雰囲気が醸し出されたからだろうか。


「お兄ちゃんと、アカネ……さんは、もう帰っちゃう?」

「いや、用事があるような無いような……」

「お昼、一緒に食べない?」

「もちろん。いいわよね、ユウト」

「ああ、そうだな。おごるから、どこかへ食べに行こうか」

「うん」


 満面に笑みを浮かべ、小さな天使が、居住スペースにしているのであろう奥へと軽い足取りで準備をしに行った。


「ねえ、ユウト。訂正する」

「なんだよ?」

「私、レンちゃんに一番異世界ファンタジーを感じたわ」

「……左様で」

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