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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 15 竜の後継者 第二章 東方風雲
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8.東へ

「言いたいことを言って、すっきりしてたな……」


 ペトラたち三人がいなくなり再び一人きりになったユウトは、先ほどの出来事を反芻し、なんとも味わい深い表情を浮かべていた。


 話を聞いてほしい。


 こう言われて、あんな話になるなど、予想できるだろうか?

 ラーシアだったら、十中八九、女性関係か金銭のどちらかだ。まあ、ラーシアを引き合いに出すのは間違いなのだろうが、それでも不意打ちに等しかった。


「あれ? でも、女性関係で間違ってはいないのか……?」


 執務机の前で、ユウトが混乱する。

 思いっきり椅子に体重を預けたかと思ったら、その反動を使って、今度は勢いよく机上に突っ伏した。


 とにかく、ペトラの話は愛の告白に等しいだろう。それは、同席したクレスや真名。そして、マキナの反応を見ても明らかだった。

 理解していないのは、ペトラ本人ぐらいだ。


 ペトラも、ジンガから結婚を打診されたカグラも、決して嫌いではない。好きか嫌いかの二元論で言えば、好きと言っていい。


 だが、ヴァルトルーデやアカネやアルシアと同じ好きかと聞かれれば、首を横に振らざるを得ない。

 加えて、ヴァルトルーデは出産を控えているのだ。誤解を恐れずに言えば、それどころではなかった。


 受け入れるのか、拒絶するのか。


 中途半端な態度が一番悪いのだろうとは思いつつ、カグラに関しては、他ならぬヴァルトルーデから熟慮を促されていた。

 どう答えを出したものか。


 ユウトは、懊悩に沈む。

 これで、レジーナ・ニエベス。美しきニエベス商会の会頭まで……と知ったら、どうなっていたことか。もしかすると、レイ・クルスを物理的にどうにかするほうが楽だと、八つ当たりに精を出そうとしたかもしれない。


 そこに、再びノックの音が響く。


「誰だ?」


 イスタスの大祭期間中は、基本的に休みということになっている。つまり、ユウトが片づけていた仕事は応用ということになるのだが……。休みなど、建前に過ぎないと表現したほうが適切か。

 そんな状況ではあったが、来客の予定もなかった。


 訪れたのがラーシアやエグザイルだったら、ノックもせずに開けている。

 心当たりを検索しながら扉へ近づき、結果が出ないまま、ユウトはノブをひねった。


「ユウト様……」


 扉の向こう。

 今は遮る物のなくなった先には、竜人(ドラコニュート)の巫女がいた。


 きゅっと唇を引き結び、真剣で、それでいて今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。その表情は、出会った当時――地の宝珠を管理する一族の業を背負っていたあの頃――を連想させる。


「お時間、よろしいでしょうか」

「ええ。こちらは、構わないですけど……」


 カグラこそ大丈夫なのかと、ユウトが言外に問う。


 メインツで偶然出会ったとき、カグラはユウトから逃げ出した。

 まあ、ユウトもあの場で小粋な会話などする余裕はなかったが、そんな態度を取られるとは思ってもおらず、ドゥコマース神の伝説の剣の噂などどこかへ吹き飛んでしまった。


 だが、それを根に持っているとか、そういう話ではない。

 肝心なのは、ユウトですら、そう感じている状況を衝動的に生み出してしまったカグラの心境。わざわざ顔を合わせたいとは思わないのではないか。


 その推測は正しく、ジンガの提案など脇に置かざるを得ない、重大な理由があった。


「……神託がありました」

「まさか……」


 このタイミングでの神託。

 はっきりした内容は分からないが、リ・クトゥアの動乱と無関係であるはずがない。


「……まあ、神託がなくても話ぐらい聞きますよ」


 なにしろ、相手はカグラなのだから。


 その気持ちが伝わったのだろうか。カグラは緊張した面持ちに薄い笑顔を浮かべ、ユウトの執務室――彼女の職場でもある――に入っていく。

 ユウトは執務机には戻らず、ペトラたちを招いたときと同じように、応接スペースのソファへとカグラを誘った。


「ええと、お茶は……」

「いえ。お任せください」


 今度こそもてなそうとしたユウトだったが、あえなくカグラに止められてしまった。

 執務室に常備してある魔法具(マジック・アイテム)のポットから急須に湯を注ぎ、手早く緑茶を出してくれる。


 冴えない中年のような醜態を晒したユウトだったが、効果はあった。

 ようやくカグラの緊張がほぐれ、先ほどよりもはっきりとした笑顔を浮かべていた。


「……お茶も良いな」

「いつもは、コーヒーばかりですから」


 ユウトにほめられ、カグラがふふっと笑う。

 メイドとしてのカグラでもない。ジンガがユウトにカグラとの婚姻を申し出たあとの挙動不審なカグラでもない。自然体の彼女が、そこにいた。


「竜神バハムートはいったい、なにを?」


 そんなカグラを懐かしく感じながら、しかし、ユウトは単刀直入に話を切りだした。


探索行(クエスト)を下されたというほど、明瞭ではありません」

「まあ、そこは神託だから……」


 自ら神にコンタクトを取り、肯定か否定に限られるが、質問の解答を得る。

 そんなことができるのは、アルシアのように限られた信徒に過ぎない。カグラが劣っているわけではない。アルシアが特別なのだ。


 さらに、青き盟約(ブルーワーズ)により、明確な形で地上に関わることは避けられる傾向にある。そのため、どうしても曖昧になりがちだった。


「ただ感じられたのは、ひとつ」


 そう前置きし、カグラは呼吸を落ち着けてから言った。


「故郷へ戻れと」

「故郷……。この話、ジンガさんは?」

「話してあります。自ら判断せよと」

「なるほど……。にしても、神託らしい神託だな」


 ユウトがぼやいたとおり、いつ、どのように、誰と。詳しい指定は、なにひとつとしてない。

 しかし、神託としては分かりやすいほうだった。


 それは内容そのものよりも、受け取った巫女の周囲に要因がある。


「カグラさんも、リ・クトゥアからの漂流者がいるという話は聞いてますね?」

「ええ。噂では」


 それはつまり、詳しいことはなにも知らないということでもある。


 ユウトは、天の宝珠の管理者――だった――スイオンから聴取した話を、かいつまんで語っていく。


 人の宝珠を手にしたワドウ・レンカなる男が、リ・クトゥアを席巻していること。

 そのやりようは、宝珠の力を用いた非道なものであること。

 理由は不明だが、パス・ファインダーズの一人、レイ・クルスまで関わっていること。


 そして、地の宝珠を受け取った者として、介入するつもりであること。


「ユウト様……」

「宝珠を押しつけたなどと、考えないように。謝るのもなしで」

「……はい」


 ユウトに機先を制され、カグラは曖昧な微笑を浮かべる。

 嬉しいが、そのまま受け入れることはできない。さりとて、謝罪をしてもユウトは喜ばない。

 カグラにできるのは、震える手を無理やり押しつけることだけだった。


「しかし、読めないな……。いや、相手が神なら、それも当然か」


 竜神バハムート。正直なところ、赤火竜パーラ・ヴェントの元夫神というイメージしかないが、偉大なる神に間違いない。

 スイオンとカグラ。

 二人の信徒に神託を下したのは、ユウトたちを彼の地へ誘うため……だろうか。


 けれど、それだけであればカグラが同行する必要はない。

 彼女にも、なにか役割があるということなのか……。


(あるのだろう)


 ユウトは、そう判断した。


「分かりました。一緒に行きましょう。結局、行かないと分からない」

「えっと、はい。それは……でも、よろしいのですか?」

「足手まといになるかもしれないと?」

「……はい」


 言いにくいことをずばりと聞いたユウトは、しかし、いつも通りの彼だった。


「仮に足手まといだったとしても、一人や二人なら、ちゃんと守り抜きますよ」


 なんてことはないと、ユウトは自然体で言い切った。

 それで自分を鼓舞するわけでもなく、当たり前のことだと。


「よろしくお願いします」


 泣き笑いにも似た表情で、カグラは頭を下げた。

 ユウトに、全力で守ると言われたのだ。そんな状況ではないと分かっていても、喜んでしまう。


 もっとも。


 その感動は、出発間際にこれでもかと付与された支援呪文を前に、雲散霧消してしまうのだが。





 明くる朝、ユウトたちは城塞の中庭に集い、リ・クトゥアへ出発する準備を整えていた。


 リ・クトゥアへと赴くのは、ユウト、アルシア、ヨナ、ラーシア、エグザイル。そして、カグラ。

 見送るのは、ヴァルトルーデ、アカネ、ジンガ。


 既に、長時間持続する――あるいは、通常よりも持続時間を延長させた――支援呪文はかけ終わっている。げんなりとした表情を浮かべているカグラを見れば、非常識なほど付与されていることが分かるだろう。


 残りは、別れの挨拶だけ。


「ヴァル、その、この前は言い過ぎたけれど……」

「ん? この前?」


 準備やスイオンの治療――結局、同行は断念させざるを得なかった――があったため、結局、ぎりぎりになってしまった。

 いや、ぎりぎりまで引っ張らねば、言えなかったと言うべきだろう。


 ラーシアから注がれる好奇の視線を感じつつも、アルシアはたどたどしく言葉を紡ぐ。


「あなたが、ついてくると言ったとき、怒ったでしょう?」

「ああ、あれか」


 うむうむと、ゆったりとしたワンピースを身につけたヴァルトルーデがうなずく。


「その件なら、アカネからも、いろいろ言われてしまった。確かに、自分のことばかりで、アルシアの気持ちを考えていなかった。すまぬ」

「いえ、私こそ……」


 堂々と非を認めるヴァルトルーデと、おろおろするアルシア。

 謝ろうとしたら、謝られたのだ。それも、当然だろう。


「なんというか、最近のアルシアはおもしろいよね」

「ノーコメントで」

「そんなこと言ってる時点で、同意と見てよろしくない?」

「ノーコメントで」


 ユウトは口を挟まず、そんな二人をラーシアと一緒に見つめている。

 ヴァルトルーデとアルシアに任せたほうが良いという判断でもあるが、まだ夢の国にいるヨナを背負っているからでもあった。


「ええと、そうね。ヴァルも悪いけど、私も言い過ぎたわ。ごめんな――」

「いや、そんなことはあるまい」


 気を取り直してアルシアが謝ろうとするが、今度はかぶせ気味に否定してくるヴァルトルーデ。


「私も軽率だ――」

「ヴァル」


 そんな聖堂騎士(パラディン)に待ったをかけたのは、アカネだった。


「ここは黙ってうなずけば良いのよ」

「そうか?」

「そうよ」

「ふむ……」


 見かねたアカネのアドバイスを、よく分かっていないようだが、受け入れることにしたようだ。

 今度は、最後まで聞くぞと言わんばかりに唇を結び、ヴァルトルーデはアルシアの言葉を待つ。


「あれは、やりにくい」

「俺の奥さんは、良くも悪くもまっすぐだから」

「良くも悪くも?」

「良くも悪くも」


 外野の声はシャットアウトし、アルシアは、軽く息を吐く。

 そして、何度目かの決心とともに、言った。


「この前は、言い過ぎてごめんなさい」

「ああ。びっくりしたのだからな」

「それから、ユウトくんのことは任せてちょうだい。ちゃんと、あなたの下に返すから」

「アルシアも、だぞ」

「……ええ、そうね」


 二人の麗しい友情を目にし、出発前にわだかまりがなくなって良かったとアカネが満足そうにうなずいた。

 ユウトたちがクロニカ神王国から天上へ向かった際にも、留守番だったのだ。今さら、うろたえることなどない。


「しっかり果たせよ」

「……はい。行って参ります」


 一方、ジンガとカグラの兄妹が交わした言葉は、それだけ。

 素っ気ないが、厳しさの中に優しさが感じられた。それは、ユウトに深々と頭を下げたことからも、よく伝わってくる。


「行くか」


 別れは済んだ。

 そう判断したかのように、寡黙な岩巨人(ジャールート)が、低い重低音で言った。


 既に、家で妻子と別れの挨拶を済ませているのだろう。あっさりとしたものだ。


「みんなに飛行(フライト)の呪文をかけてるから、出現するのは空だよ。驚かないように」


 一カ所に集まる仲間たちに注意してから、ユウトは残る妻と婚約者に向き直った。


「ヴァル、朱音。行ってくる」

「やりすぎないよう、気をつけなさいよ」

「うむ。アカネの言うとおりだ。私のいないところで、やりすぎるのではないぞ」


 思わず、ユウトは苦笑いを浮かべた。

 実に、らしい別れの言葉だ。


 離れたくなくなってしまいそうだ。


 しかし、残念なことに、そうはいかない。


「俺がやりすぎるんじゃない。周りに、あわせてるだけだよ」


 そんな、冗談か本気か分からない台詞と同時に、呪文書から7ページ引きちぎり、周囲に展開する。


「行ってきます」


 心配するななどと、無理なことは言わない。

 ただ、ちょっと近所に出かけてくるような別れの言葉を残し、ユウトは《瞬間移動》を発動させた。


 呪文名通り、魔力光の残滓を残し、瞬時にユウトたちの姿が消え去った。

 その瞬間、残された人々がどんな表情を浮かべたのか。それは、ユウトにも、誰にも分からない。


 もう、目の前には青い空と海が広がっていたから。


 どこかの空中に《瞬間移動》したユウトは、思いを振り切って、再び呪文書に手を伸ばした。


 今回の目的地は遙か遠き東方。

 再びリ・クトゥアの地へ到達するまで、何度かの《瞬間移動》が必要だった。


「お、とうちゃーく。前に比べたら、早い早い」

「え? もうですか?」


 あっさりと、なんの感慨もなく、リ・クトゥアに到着した。

 眼下には、ヒウキに追われるカグラを助けたあの街道が広がっていたが、しばらく、それに気づかないほど。


「って、あれ? なんか、向こうで戦争してない? 人が一杯いるように見えるんだけど」


 意味があるのか分からないが、ラーシアは手をかざして街道の向こう。ゴジョウの街の、さらにその先を見つめた。


「まさか、ワドウ・レンカの軍が、既にこっちも……?」


 ユウトの目には戦場など見えないが、自分の視覚よりも、ラーシアのほうがよほど頼りになることを知っている。

 疑うこともせず、どう対応すべきか――本当にワドウ軍だった場合、どの程度の力で介入するか――を検討し始めた。


 けれど、そんなユウトの思考は、背後から聞こえた声で、あっさりと中断する。


「せんそう……?」


 夢うつつだが、はっきりとした意思を感じさせる声音。

 ユウトの背中で、むくりとアルビノの少女が起きあがった。

リ・クトゥアに着いたよー。

着いたー。

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