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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 15 竜の後継者 第二章 東方風雲
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7.立つ鳥跡を濁さず(後)

 リ・クトゥアへの出発を前に、ユウトはここ数日にない忙しさのただ中にあった。


 ……といっても、イスタスの大祭が始まってからは視察名目で妻や婚約者たちと見て回っていただけ。それを考えれば、この慌ただしさもいつも通りと言えるかもしれなかった。


「平均マジックだな」


 騙されないぞと思いつつ、ユウトは執務室で一人黙々と書類に目を通し、訂正し、あるいはそのまま決済していく。

 ヴァイナマリネンと話をしたあとから続け、既に今は昼近い。リ・クトゥアへの出発が差し迫っているだけに、大した集中力だった。


 といっても、元々、大祭中は少なくなるように調整しているので急ぎの仕事というわけでもなかった。だからこれは、未来の自分のための仕事。

 そうしておかないと、リ・クトゥアから帰ってきたとき、泣く羽目になる。


「帰ってきたとき……か」


 生死を賭けた戦いが待っている。

 敵対することが確定したわけではないとはいえ、戦いを避けられるとも思っていない。


 そのはずなのに、帰ってきたときの心配をしている自分が、妙におかしかった。


 いや、正確にはそうではない。

 帰ってくると微塵も疑っていない自分に気付き、思わず笑ってしまったのだ。


 自信過剰にも程があると、自らの余裕にあきれていると、執務室の扉がノックされた。


「どうぞ」


 そう声をかけつつ、ユウトは扉の前まで移動して来客を出迎える。


師匠(せんせい)っっ!」


 まるで飼い犬のように飛び込んできたのは、ペトラ。

 アッシュブロンドの髪が大きく波打ち、ユウトの胸へと飛び込んでいく。


「ペトラ、ステイですよ」


 しかし、その寸前。

 肩を掴んだ真名に、強引に引き戻されてしまった。


「うう……。でも、これが試練なら!」

「無闇に、ポジティブにならないように」


 面倒ですからと、片手で――なにしろ、マキナで塞がっている――ペトラを制した真名は、視線だけでユウトに了解を取り、肩を掴んだまま執務室へと入っていく。


「やはり、出会いイベントはインパクトが重要ですよね、教授(プロフェッサー)

「そういう理解も、どうなんだろうなぁ」


 いつも通りのマキナにあきれるというよりは安心しつつ、ユウトは、最後の一人に目を向ける。


「帰りたそうにしてるけど、帰さないからな」

「……分かっているのなら、自重してもらいたいのですが」


 自重しろなどと、訳の分からないことを言うクレス。自重すべきなのは、ペトラであって、ユウトではない。

 しかし、その点を議論しても益はないだろうと、ユウトはクレスも執務室の応接スペースへと誘った。


 そして、お茶でも……と思ったところで、大祭の期間中はカグラに休暇を出していたことに気づく。

 まるでパートナーに出ていかれた男のように、紅茶の在処も分からない。出せるのは、魔法薬(ポーション)ぐらいだ。


(まあ、ないものは仕方がない)


 そう開き直って、ユウトは応接スペースへと移動し、いきなり本題を切り出す。


「というわけで、エルドリック王から書状が届いた。クレスを、俺の下で働かせるようにということだ」

「……えええっ!?」


 さすがに予想どころか、想像もしていなかったのだろう。ソファに座るや否や落とされた爆弾に、クレスは思い切り動揺していた。


「だけど、俺たちはちょっとリ・クトゥアまで出かけなくちゃならなくなった」

「ちょっと行ってこられる距離じゃないと思いますけど……まあ、事情は理解しました」


 理解と諦めの早いクレスが、あっさりと立ち直る。


「意外と、話が早い」

「船団の補給もやって、なにかを運営するということの大変さが身に染みましたから」


 小さなところでは、冒険者のパーティ。大きなところでは、南方遠征の船団。

 規模の大小は関係なく、その組織を維持していくには、交渉や補給といった事務処理が必要なことに、クレスは今さらと言われるかもしれないが、気づいた。


 つまり、領地や国を経営するのでも、同じこと。

 祖父であるエルドリックや、自分がやりたいようにできたのは、父がバックアップしてくれたからなのだ。


 ユウトの下で働くのは、王となるうえで、得がたい経験となるだろう。


 確かに驚いたが、自分に足りないところがあると自覚しているクレスにとって、渡りに船の提案でもあったのだ。


「ふ~ん。さすが、エルドリック王ってところか」


 最終的に受け入れるにしても、もう少し葛藤があると思っていたユウトは、意外さと驚きが入り交じった瞳で、クレスを観察する。


 渋々という雰囲気は、欠片もない。

 それどころか、やや興奮気味に頬を染めている。前向きに成長の機会と捉えているようだ。


(若いというか、青いというか……)


 その初々しいパワーに、むしろユウトが気後れしてしまう。意識の高いエリート気質に上昇志向にも、今まで接したことがなく、どうして良いのか分からなかった。


 いや、同年代で、こちらが少し年下なぐらいだから、その感想はおかしい。

 それは分かっているが、感じてしまったものは仕方がない。

 必要以上に、老成してしまったのかもしれなかった。


 それはさておき、ここまでは完全にエルドリック王が描いた絵図の通り進んでいる。いい加減に見えても、英雄にして王。人を見る目は、確かなようだ。


「分かった。クロードさん……うちの事務方のナンバー2に話を通すから、しばらくはその人の下についてもらえるかな?」

「承知しました」


 それでこの件は片付いたとばかりに、ユウトはクレスの隣――ユウトの正面に座るペトラへと目を向ける。


「さて、ペトラ」

「はい」

「こっちの都合で悪いけど、これから君の話を聞きたい」

「はい!」

「でも、その前に、真名」

「ええっ!?」


 肩すかしにあい、前のめりになっていたペトラが応接スペースのテーブルと衝突しかける。


「……さすが、センパイ。天然でやっていたとしたら、大したものですね」

「そこは、教授ですから」


 主従がこそこそ言い合っているが、ユウトは無視して話を続けた。


「南方遠征団が救出した竜人(ドラコニュート)の関係で、リ・クトゥア……この世界の東にある日本みたいな文化の国へ行くことになったんだ。ヴァルトルーデと朱音は置いて」

「当然の選択ですね」

「ああ。それで、実は頼みがある」

「頼みですか?」


 まさか、一緒に来てほしいなどというわけではないだろう。

 そう、真名は自分の実力を評価する。


 もちろん、頼まれればやぶさかではないが、足手まといにしかならない。

 それでは、いったいなにをと考えを巡らせるよりも先に、答えが提示された。


「ヴァルが無茶をしないか、それとなくでいいんで注意してほしい」


 果たして、学級委員の役割を求められてしまった。


「……私の言うことが、ヴァルトルーデさんに通じるでしょうか? それに、注意ということなら、三木センパイもいるのでは?」

「自分を卑下するもんじゃない。真名のツッコミは、結構、心に来るぞ?」

「なるほど。そうやって奥さんを三人も口説いたんですね、センパイ?」

「……そういうところだよ」

「分かりました。及ばずながら、力を貸しましょう」


 はぁ……、と、ため息を吐き。

 それでも、真名は了承した。


 ユウトの心配も分かるし、ヴァルトルーデも知らない仲ではない。つまり、神々しいまでの美しい外見とは裏腹に、平然と無茶をやり遂げる人間だと理解していたから。


「うちの、世界で一番可愛い師匠にも相談してみます」


 それに、切り札もある。

 レンが涙目で哀願すれば、断れる人間などいるはずがない。いたとしたら、それは人間ではないので、100%だ。


「まあ、レンもいれば大丈夫……かな。手間をかけるけど、よろしく」


 ユウトは、そう真名に頭を下げ――クレスは、それを見て驚きを隠せなかった――今度こそ、ペトラを真っ正面から見つめる。


「師匠」

「うん」


 まるで、「よし」と命じられた犬のように瞳を輝かせたペトラは、語り出した。


 この南方遠征について。


「船旅は何度か経験してますけど、アーケロンと一緒だと凄いんですよ。嵐も向こうから避けていくみたいで。あ、それから、久々に、幼なじみのネラと一緒の部屋で寝起きしたんですけど、いろいろ話ができて楽しかったです」

「…………」


 そこからなのかという指摘を、ユウトは寸前で飲み込んだ。

 真名もクレスも、ペトラの勢いに飲まれ、呆然と聞きに回っていた。

 マキナが黙っているのは不気味だが、それを指摘する前に、ペトラが続きを語り始める。


「それから、レラさんに、たくさん鍛えてもらいました。もう、師匠にも負けませんからね」

「俺を基準にするのは、どうなんだろうか……」

「あと、南の料理は辛かったです。こっちで食べたら、目玉が飛び出るぐらい香辛料使ってましたよ。あ、今のは、辛さと料金の両方で目玉が飛び出るっていう意味ですからね?」

「エスニック料理ってやつか。俺は、あんまり辛いのは得意じゃないんだよな。カレーぐらいなら、まあ、食べられるけど」

「カレーというのはなかったですけど、激辛ピクルスで悶絶してる人はいました」

「ぶはっ」


 自分が標的になるとは思っていなかったクレスが、不意打ちを受けてむせる。

 しかし、ペトラは斟酌しない。

 

「それから、奴隷の人たちは可哀想でした。難しいことはいろいろあると思いますけど、酷いと思いました」

「もうすぐ、イブン船長たちが連れて帰ってくるんだよな。出迎えはできないけど、その後の生活は保障するよ」


 ペトラが言いたいことを言っているのは分かる。

 だが、着地点が分からないため、どうしても相槌を打つ以上の反応が返せない。


 いや、そもそも、相槌を必要としているのだろうか。


 一方的に捲し立てられ、ユウトは戸惑いを隠せずにいた。


「はい。だから、アーケロンの口にみんなを入れて脱出するという師匠の作戦を目にして、とても嬉しかったです。これで、みんな助けられるって」

「あれは、まあ、決して勧めたわけではなかったんだけど……」

「師匠は、すごいです」


 瞳を潤ませ、頬を染め。

 ペトラは、ぎゅっとユウトの手を握った。


 油断していたからか、ユウトはそれを避けることができなかった。また、深窓の令嬢のように哀切なペトラを前に、無理やり手を振り払うこともできなかった。


(まあ、世襲議員の娘なんだから、深窓の令嬢で間違ってはいないだろうけど……)


 どうでもいい思考のみが、流れていく。


「師匠」


 今までの勢いは、どこへ行ってしまったか。小さく、か細い声。

 笑っているような、泣いているような。困っているような、怒っているような。複雑な表情を浮かべるペトラ。


「改まって、なんでしょうか」


 初めてのことに、ユウトは露骨に動揺を見せる。


「だから、師匠の側にいたいです!」

「お、おう?」

「いいんですか?」

「……具体的には?」

「もっと、修業に付き合って欲しいです。それから、もっといろいろ教えてください!」

「まあ、それくらいなら」


 なんとかなるだろうか。

 いや、仮に無理だったとしても、断るに断れない雰囲気があった。


「やった! 約束ですよ」


 その場で立ち上がり、くるっと回って喜びを表現するペトラ。アッシュブロンドのサイドテールが踊り、真名やクレスの顔を直撃する。


 だが、その二人の表情を、ユウトは確認することができなかった。


「いや、これは今後が見ものですね。ははははは。とりあえず、データにはロックをかけておきましょう」


 さすがに理性が邪魔をし、マキナをどうにかすることも、できなかった。

絶賛作業中ですが、書籍版5巻が今月29日に発売です。

編集さんから許可をいただきましたので、カバーイラストを公開します。


挿絵(By みてみん)


今までのイメージとは異なりますが、素晴らしいカバーを仕上げていただきました。

くろかわ様には感謝です。

というわけで、書籍版も、よろしくお願いします。

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