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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 15 竜の後継者 第二章 東方風雲

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5.説得

「いささか、要領を得ない話だな」


 ファルヴの城塞、食堂兼会議室となっている一室で、ヴァルトルーデが腕を組み、難しそうな表情で言った。

 長方形をした机の短い辺の部分でそうしていると、生来の美貌も相まって、不思議と思慮深そうに見える。


「結局、そのワドウ・レンカだったか? その者は、悪なのか、そうではないのか」

「まったくー。ヴァルは、悪と見たら、すぐ斬ろうとするんだからー」


 ヴァルトルーデから見て左側の列に座るラーシアが、おどけた声と表情で茶々を入れる。

 しかし、ヴァルトルーデには、通じない。


「そんなことするはずがないだろう。まずは、誠心誠意話し合い、説得だ」

「あ、ヴァルなのにまともなことを」

「それが通じない場合には、斬るしかないがな」

「やっぱり、ヴァルトルーデだった!」


 ラーシアが、投げやりに納得の声をあげる。

 言葉という形にはしなかったが、他のメンバーも思いはひとつだった。


「その説得も、物理的な説得だったりするのかしらね」

「いや、そこまでじゃないと思うが。さすがに……。たぶん……恐らくは……」


 アカネのあまりと言えばあまりな、けれど、ある意味でもっともな指摘を、ユウトは苦笑とともに否定する。スイオンから聞いた話を伝えたあとの重苦しい雰囲気が、愛する妻と婚約者のお陰で軽くなったと感謝しながら。


 とはいえ、歯切れが悪いのは許してほしい。なんにだって、限界というものはある。


「要点をまとめましょうか」


 ダークブラウンの瞳で周囲を見回し、アルシアが話を戻す。

 最初に説明をしたのはユウトだったが、彼のなかに迷いがあったのだろう。そのせいで、話も捉え処がなくなってしまった。

 スイオンとの面会に同席していたアルシアが、客観的に伝えるべき場面だ。


「ユウトくんが所有している地の宝珠と同じ系統の秘宝具(アーティファクト)を持つワドウ・レンカという男が、リ・クトゥアを席巻している。これが前提であり、発端ね」


 それだけならば問題にはならないが、ワドウ・レンカの手法は人の意思を顧みないものであり、さらに、あのレイ・クルスまで協力している。


 これを見過ごすのか。それとも、介入するのか。


 問題をまとめたことで、同時に話は視点に戻る。


「……正直な感想を言っていい?」


 小さく手を挙げ、アカネが許可を求めた。

 ヴァルトルーデとユウトが同時にうなずき、アカネはおずおずと口を開く。


「ぶっちゃけ、対岸の火事って感じがするんだけど。本当に、関わる必要あるの? まあ、あたしはこっちの世界の詳しいことまでは分かってないけど……」

「ボクもそう思うね。むしろ、ユウトを火事に放り込みたい裏の意図を感じるな」


 ユウトの隣に座るアカネが口にした印象を、ラーシアが肯定した。


「そのスイオンって竜人(ドラコニュート)が来たのは神託に従ってだっていう話だけど、それがなくても、わざと情報をもらしてこっちへ来るように仕向けたんじゃない?」

「疑えば切りはないけど、その推測だと、あっちにレイ・クルスがいることが前提になるな」


 他にも方法はあるだろうが、ユウトの存在をレイ・クルスが知っていると考えたほうが自然だろう。


 ヴェルガ帝国を乗っ取り、天上に攻め入るつもりだったという黒衣の剣士。

 あの復讐者が、なぜ極東の地にいるのか。


「レイ・クルスが復讐。いえ、剣姫スィギルを諦めるとは思えないけれど」

「じゃあ、向こうにいるのは偽物?」


 アルシアの言葉の正しさを認めつつも、おかしいのではないかと反論する草原の種族(マグナー)

 別に妻を援護するつもりではなかったが、ユウトは反射的に再反論の言葉を発していた。


「リ・クトゥアで戦力を確保して、ヴェルガ帝国に攻め入るつもりかもしれないだろ」

「あのわりと短絡的で近視眼な黒い人が、そんなことするかなー?」


 ラーシアのレイ・クルス評は、容赦がない。

 ユウトは思わず苦笑するが、一面の正しさを認めないわけにはいかなかった。


 そんなやり取りを、エグザイルは言葉少なに見守っている。

 話し合いに参加するつもりがない……というわけではない。


 ヴァルトルーデやユウトに、方針を委ねているだけなのだ。


 行かないのならば、なにもする必要はない。

 行くのならば死力を尽くす。既に、そう決めている。


 どこまでも揺るぎない岩巨人(ジャールート)だった。


 それは、ヨナも同じ。


 それどころか――


「殺ることは変わらないから」


 ――と、会議には参加せず、屋台の営業を続けていた。どうやら、スープを他人に任せるつもりにはなれないらしい。

 もしかすると、アルビノの少女は思わぬところで天職に出会ってしまったのかもしれない。


「ラーシアの言う『短絡的で近視眼』ってのが変わらないんだったら、ショートカットできるようななにかが、リ・クトゥアにあるのかもしれないな」

「それは……。いえ、可能性だけなら、なんとでも言えるわよ?」

「まあ、ただの思いつきだから。とてつもなく下らない理由かもしれないし、そもそも、理由なんてないのかもしれない」


 そう言って、ユウトは憂鬱そうに頭を振った。

 伸びてきた前髪が、目の前で踊る。


 レイ・クルスがユウトを呼び込もうとしている。


 この前提に立つと、どうにも、ヴァルトルーデが言うとおり要領を得ない。態度が決まらない。曖昧な話に終始してしまう。


「ひとつ。このまま推移を見守る」


 悩みを吹き払うかのように、ユウトは指折り数えて選択肢を列挙していく。


「ふたつ。とりあえず、俺だけでもリ・クトゥアに《瞬間移動(テレポート)》して状況を確認する」

「それは、どっち付かず過ぎ」

「じゃあ、三つ。俺たち全員で介入する」

「他は?」

「四つ。ヴァイナマリネンのジイさんに押しつける」

「それは……どうなのかしらね」


 ユウトが最後に放った爆弾は、アルシアのみならず、参加者全員の顔色を一変させるのに充分だった。


「イメージだけど、なんか酷いことになりそうよね。あくまでも、あたしのイメージだけど」

「レイ・クルスと組んで、リ・クトゥアを一緒に征服しちゃったり?」

「あり得ないと言い切れないのが、困りものなんだよな」


 アカネの心象は、ユウトも共有しているものだった。


「例えば、ラーシアがなんか事情があって悪の道に走ったとする」

「なんでボクなのさ?」

「いや、特に意味も理由もないけど」

「そこは、なにかあってほしかった!」

「まあそれはともかく、ラーシアが悪に堕ちて、クレスあたりがラーシアを討とうとしているとしよう」


 あり得ないが、もしかしたら……と、思わなくもない例え。

 しかし、本当に、固有名詞に然したる理由はない。


「そんな状況になって、クレスから協力を頼まれたら、俺はどうするか分からない」


 堕ちた親友を、せめて自分の手でと、積極的に介入するだろうか。

 それとも、中立を守るだろうか。


 あるいは……。


「もしかしたら、ラーシアの仲間になってしまうかもしれない」

「あのさ、ユウト……。なんか、良い話っぽくなってるけど、ボクたち、もともと仲間だよね……? あれ? もしかして、そう思ってたのはボクだけってオチ?」

「…………」

「せめて、目は逸らさないで!」


 それでもユウトは目を逸らしたまま――というよりは、ヴァルトルーデのほうを見て――続ける。


「とりあえず、ジイさんとエルドリック王には秘密にしておきたい」

「……そうだな。私たちが主体的に動くべきだろう」


 ヴァルトルーデもその方針には不満はないらしく、重々しくうなずき言った。

 協力を仰ぐことは可能だろうが、同時に、この二人の行動は読めない。下手をすると、事態がとんでもない方向へ行ってしまう可能性。いや、危険性がある。


 それならば、信頼する仲間だけで事に当たったほうがずっと良い。近道が安全とは限らないのだから。


「結論は出たな」


 左右を見回し、ヴァルトルーデが言う。

 それは、審判を下す女神のように威厳があり、内容を聞くまでもなく従わせる力があった。


「皆で現地へ赴き、見極めるしかあるまい」


 見過ごすことなど、絶対にしない。

 戦力を小出しになどせず、全力で対応する。


「大祭の期間中だけど、そうも言っていられない。明日……は無理でも、明後日にはリ・クトゥアに飛ぶからそのつもりで」

「ま、宝探しは下の(もん)に任せるから大丈夫だよ」

「こちらも、問題ない」


 冒険者時代と同じように、ラーシアとエグザイルがフットワークも軽く同意する。

 そんな二人に、少しだけ羨望の入り交じった視線を向けながら、アカネが軽い口調で言った。


「じゃあ、あたしとヴァルは留守番ね。アルシアさんは、どうするの?」

「ん? 留守番?」

「え?」

「え?」


 停止したのは、果たして空気と時間のどちらだっただろうか。

 ヴァルトルーデとアカネが、どちらも「ありえない」と顔を見合わせる。


 それ以外のメンバーは、エグザイルでさえも、呆気に取られてなにも言えずにいた。

 

「ヴァル」


 そんな室内に、冷え冷えとした声が響き渡る。


「あなたは留守番に決まっているでしょう?」


 アルシアの怒気すら孕んだ言葉に、直接向けられたわけではないラーシアが体を縮ませ、視線を逸らした。

 もしヨナがいたら、この場から《テレポーテーション》で逃げ出していたかもしれない。


「《瞬間移動》は子に悪いかもしれないという話だろう? しかし、時間はかかるが、飛んでいけば問題ない」

「それ以前の問題よ!」


 死と魔術の女神の愛娘。

 そう呼ばれるアルシアが、髪を振り乱し、あまつさえテーブルに拳を叩き付けた。


「うっゎ……。アルシアがキレた……」

 

 その剣幕に、怒りを直接向けられたわけではないラーシアが体を縮ませ、無意識に視線を出口へと向ける。

 もしヨナがいたら、この場から《テレポーテーション》で逃げ出していた。


 だが、ヴァルトルーデにも引き下がれない理由がある。


「ユウトが狙われているのかもしれんのだぞ。私が同行しなくてどうするのだ」

「……一理ある」

「ねえよ!」


 ぼそりと同意したラーシアには無遠慮な否定を叩き付けると、ユウトはその場で立ち上がった。もはや、座って会議などしている場合ではない。

 なぜかヴァルトルーデが正しいような風向きになっているが、認めるわけにはいかなかった。


「ヴァル、気持ちは嬉しい。嬉しいけど、今は、自分の体を優先してくれ。いや、最優先だ」

「私だって、おろそかにしているつもりはない」


 受けて立つかのように、ヴァルトルーデも席を立つ。

 そして、愛おしそうに、慈しむようになだらかな腹を撫でてから言った。


「だが、この前地球に送り出したときとは、事情が違う。あのときは危険を見通すことはできなかったが、今回は争いになることは明らかだろう」

「まあ、そうだけれども……」


 決して、自分が暴れたいからと言っているわけではない。

 それが分かり、ユウトとしても、強くは言えなくなってしまう。


「大丈夫だ。ヴァルがいなくても、なんとかするから」

「具体性に欠ける」

「ぐっ」


 まさか、ヴァルトルーデから具体的などという言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。

 思わず、ユウトが言葉に詰まる。


「本当に、大丈夫だって。なにしろ、今回は、ヴェルガがいるわけじゃないんだから」

「……それもそうか」


 それで納得するのか。

 残念ながら、そう思ったのはユウトだけ。


 過去の実績に鑑み、他のメンバーは、ある意味納得していた。


「だが、私を置いていくというのであれば、アルシアも一緒に連れていくことだ」

「ヴァル……」

「こっちに残る私よりも、アルシアはユウトたちに必要だ。当然の話だろう」

「……その代わり、帰ってくるまで安静にしててくれよ?」

「も、もちろんだ」


 ユウトは、固く決心した。


 愛する妻と、まだ見ぬ子のため、一刻も早く帰ってこなければならない。

 乗り出すと決めた以上、解決は目標ではない。前提だ――と。

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