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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 15 竜の後継者 第二章 東方風雲

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3.宝珠の管理者(前)

「それにしても、こいつは認めて良いものなのかどうか……」


 イスタスの大祭は、三日目を迎えていた。

 しかし、ユウトがいるのは、それとは関係のないハーデントゥルムの施療院。待合室にまでは宝探し大会の喧騒も届かず、遠い世界のできごとのようだ。


 日本の病院と同じく、白い清潔感のある空間。以前はただの石壁だったが、ユウトが命じて――予算も出して――白い塗料で塗り替えたものだ。

 待合室には背もたれのあるベンチがあり、さすがに布張りのソファーとはいかなかったが、弾力のあるクッションも並べられている。


 ユウトは、待合室でアルシアが出てくるのを待っていた。

 もちろん、アルシアは診察される側ではなく、行う側。リ・クトゥアからの漂流者を診察し、必要な治療を施すため病室に入っている。

 施療院という施設の意味を厳密に捉えるならば、ユウトは邪魔者以外のなにものでもなかった。


 なにしろ、治療を待つ間にも、こうして新しい案件に頭を悩ませているのだから。


「しかし、この展開は予想外だったな……」


伝言(メッセージ)》の呪文により届けられた手紙。その文面を何度か読み直し、ユウトは待合室の壁にもたれかかり、目をつぶる。


 南方遠征が成功に終わり、先行してツバサ号が帰還したことは《伝言》の呪文により、関係各所へ伝えられた。

 ヴァイナマリネンを経由してではあるが、エルドリック王にも《伝言》を送っている。


 問題は、その――やはり、大賢者経由で届けられた――返信にあった。


「クレス王子を、俺の下働きにするってなぁ」


 下働きというのは、エルドリック王がそう言っているだけで、そのまま受け入れるのは問題があるだろう。

 だが、そう扱って構わないという麗騎士の認識が端的に表されてもいた。


 南方遠征から帰還したクレス。

 祖父であるエルドリックから新たに下された命令は、イスタス侯――つまり、ユウト――の下につき、行政を学ぶべしというものだった。


「インターンのようなもんだと思えば、良いのか?」


 もちろん、地球ではただの高校生に過ぎなかったユウトは、インターンに行ったことも受け入れたこともない。なんとなく、イメージでそういうものだと認識しているだけ。まさか、職場体験と同列に考えるわけにもいくまい。

 そのイメージも、見習い程度のもので、ぼんやりとしている。具体的に、なにを教えて、なにを任せれば良いのか。さっぱり見当もつかないといったところ。


 徒弟制と捉えれば、この世界では一般的なことなのかもしれないが……。

 それでも、一国の王子を教育しなければならないというのは、重圧がかかる。


 なにしろ、ユウト自身、体系立ってなにかを学んだというわけではないのだから。


「まあ、まずは本人に確かめてからか」


 エルドリック王の、そしてヴァイナマリネンの性格からすると、クレス王子にはなにも言っていないに違いない。ラーシアを賭けても良いくらい確実だと、ユウトは肩をすくめる。

 そもそも、ユウトにもヴァルトルーデにもクレス受け入れの打診は来ていないのだが、その点を抗議しても、今度はセジュールのアルサス王を経由して断れない形で言ってくるだけだろう。


「あの老人どもは、本当に性質が悪いからな。本当の本当に」


 そう言っている間に、被った様々な迷惑――主に、武闘会関連――を思い出してしまい、ユウトの表情が苦り切ったものへと変わっていく。

 客観的に見ると、お互い被害者であり加害者なのだが、意図的なのか否か、ユウトはその点には目を背けていた。


 なんにせよ、クレスとの面談は必須だ。ペトラとも、なんの話があるのか分からないが、時間を作らなければならない。

 祭りでなくとも忙しいものだと、ユウトはまた肩をすくめる。


「まあ、これから聞く話によっては、事態は変わってくるんだろうけど」


 白い天井を見上げる。

 エアポケットのように、ぽっかりと空いた時間。

 しかし、休憩とは、ほど遠い時間でもあった。


 ヴァルトルーデやアカネには、悪いことをしている。

 すっかり放置してしまっている妻と婚約者に、心の中で謝罪した。治療に必要だからと、アルシアにも手間をかけている。


 平和と平穏を求めているのだが、どうにも、周囲が許してくれない。

 そして、それが嫌ではない自分も、どうかと思ってしまう。


 自己嫌悪に駆られるユウトへ、病室から出てきたアルシアが声をかけたのは、それから数十分ほどしてからのことだった。





「おお……っ! おおお……っっ!」


 ユウトが病室に入った瞬間、ベッドに横たわっていた竜人(ドラコニュート)が起き上がり、その少し離れた両眼から涙を流し始める。

 まさに感極まったという状態だが、ユウトは、思わず真紅の眼帯をした妻をまじまじと見てしまった。


「大丈夫。さっきも言ったとおり、話をするぐらいなら問題はないわ」


 問題はないけど、異常はあるのではないか。

 そんなレトリックを感じつつ、ユウトはリ・クトゥアからの漂流者に近づいていく。


 かつてカグラたちの里で一対一の勝負を演じたヒウキと同じく、容姿はドラゴンに近い。

 額から生える角や、鋭い爪が生えた手。なにより、小型のドラゴンと表現すべき頭部など、ジンガやカグラと比べても、否、比べるまでもなく人間離れしていた。


 だが、外見がいかに異なっていても、ゴブリンやオークなどといった悪の相を持つ亜人種族とは、決定的な違いがあった。

 共通の言葉を喋り、名を持ち、価値観の共有ができる以上、同じ人間なのだ。


「俺は、ユウト・アマクサ。俺の名前を知っていたようだけど――」


 名乗りまではできたが、最後まで言うことはできなかった。

 ベッドに座る真竜人(トゥルー・ドラコ)は、なまずひげをふるふると震わせると、ベッドから出て床に跪こうとする。


「ちょっと、いきなりなにを」


 慌てて近づきベッドの上に押しとどめようとしたが、一歩遅かった。


(それがし)は、竜神バハムートに仕え、天の宝珠を先祖代々受け継ぎし一族の末裔、スイオンと申します。この度は、地の宝珠を受け継ぎしアマクサ様にお目通りが叶い恐悦至極に存じまする」


 右の拳と左の掌で親指を合わせたままの格好で平伏し、自己紹介を始める。無論、ユウトのことなど見ずに、床へ向かって。

 リ・クトゥアからの漂流者の名前と、彼が天の宝珠の管理者であることなど、今の挨拶だけで情報が得られたが、それどころではない。


「え~と、とにかくベッドへ。病人に、そんな格好をされたら、話もできません」


 それなりに偉い地位にいるユウトだったが、こうも大っぴらにされた経験は少ない。精神面では、今も高校生と変わらないユウトは、焦って竜人の漂流者――スイオンの頭を上げさせた。


「ですが……」

「良いから」


 なにが良いのかは自分でも分からないが、とにかくそうしないと話が進まないと言外に匂わせ、なんとかスイオンを押しきった。


「……そこまで仰せになられては、仕方ありますまい」


 ユウトの意に従い、竜人の司祭がベッドの上に戻る。それでも、ベッドの上で正座をしているところに、渋々やっているという意識が見て取れた。


「元気そうに見えるけれど、あまり無理はさせたくないわ。次の鐘が鳴るまでには、終わらせてもらえるかしら」

「某なら――」

「分かった」


 スイオンの抗議を遮り、アルシアの注意にユウトはうなずいた。

 次の鐘――花嫁広場の時計塔は、イスタス侯爵領全体に時を告げている――が鳴るのは、30分ほど後。それだけあれば、一通り話を聞くことができるだろう。


「まず確認したいんですが、俺が地の宝珠を持っているということが分かるんですか?」

「もちろんですとも」


 根拠は示さず。

 それでいて自信満々に、竜人はうなずいた。


「それはやはり、竜神バハムートからの神託があって?」

「いえ、この点に関しましては、畏れ多くも太陽の女神より助言を賜ってござる」

「太陽神フェルミナが……」


 長く艶やかな黒髪を顔の両側で束ね、幾本かのかんざしで飾った妙齢の女性。

 世間で流布している姿とは、まったく異なっていた太陽神の姿を思い起こすユウト。


 そのフェルミナ神から“空絶”ムルグーシュを退ける探索行(クエスト)を命じられるなど、関係も印象も深いものがある。


 フェルミナ神ならば、ユウトが――あくまでも暫定的にだが――地の宝珠の後継者になっていることを知っていてもおかしくない。

 それに、あのとき目の当たりにしたきらびやかな東方風の装いからしても、リ・クトゥアと浅からぬ因縁があるのだろう。

 

「古い伝承ですが、かつて太陽神が地上に在りし時代には、世界の東の果てに居を構えていたと言われております。恐らく、そのような縁があって、某に神託を下されたものと存じまする」

「それは知らなかった……」


 多元大全でも、そこまでの情報はなかった。いや、調べようともしなかったという方が正しいか。


 太陽神の宮殿から飛び立った太陽が世界を照らし、その任務を終えて西に没し、また東に戻る。神話の時代には、そんなサイクルが成立していたのだろうか。


 そして、リ・クトゥアの建築様式が、太陽神フェルミナの宮殿に似ていたのではない。

 太陽神フェルミナの宮殿を模して、リ・クトゥアの建物は作成されたのだ。


「合わせまして、我が神バハムートより、西へ向かえとの探索行が下り、外洋へ飛び出た次第でございます」

「じゃあ、元々乗っていた船が嵐にでも遭って、ボートで脱出したんですか?」

「いえ、正真正銘、あのボロ船で出発いたしました」

「……ちゃんとした船を用意することができなかったと?」


 金銭的な問題でなければ、切迫した事態がそれを許さなかったのだろう。


「いかにも」


 ユウトの推測を、スイレンは事も無げに認めた。


「彼の者の名はワドウ・レンカ。人の宝珠を手にし、天の宝珠を奪った輩に追われ、某は命からがら逃げ出したのでござる」

「ワドウ・レンカ……」


 その名に、心当たりはなかった。

 地の宝珠のなかの竜帝からも聞いてはいない。あるいは、目の前で臍をかむ思いをしているスイレンのように、いずれかの神から警告を受けたこともない。


 それでも、なお、ユウトはその名に不吉なものを感じずにはいられなかった。

書籍化作業のため、今週と恐らく来週は月・水・金の縮小更新とさせていただきます。

最近、お休みが多くて大変心苦しいのですが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。

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