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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 15 竜の後継者 第二章 東方風雲
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2.帰還と報告

師匠(せんせい)ーーッッ!」

「うおっ。テンション高いな、ペトラ」


 一人、《瞬間移動(テレポート)》の呪文でハーデントゥルムの港へやってきたユウト。


 単なる偶然か、それともなにかの導きがあったのか。ユウトが出現したのは、ツバサ号が停泊している場所の目の前。

 ツバサ号の純白で優美な船体が視界に入った瞬間。

 既に下船していたらしい。ペトラが、猛然と抱きついてきた。まるで、久々に飼い主と再会した犬の尻尾のように、アッシュブロンドのサイドテールが揺れる。


「師匠、師匠、師匠、せんせーーーい!」

「ちょっと、待て落ち着け」


 全身を押しつけるようにして、喜びを表現するペトラ。

 ユウトは、押し倒されないようにするのがやっと。いや、それも無駄な抵抗かもしれない。南方への航海中、レラに鍛えられたペトラは長足の進歩を遂げていた。

 そこに、ユウトと再会した喜びが重なったのだ。恐らく、数十秒もすれば、抵抗虚しくのしかかられてしまうことだろう。


 久々に会った弟子は、成長していた。


 できれば、精神的にも成長してほしかった。


 以前は、ここまであからさまなスキンシップは取らなかったことを忘れ、ユウトは苦笑を浮かべる。


「だって、こんなに早く師匠に会えるなんて思っていなかったですから」

「やれやれ。俺でこれなら、真名に会ったら、どうなることか……」

「え? 真名さんですか?」


 予想していなかった友達の名前を聞き、ペトラが首を傾げる。


「ああ。そっちもいろいろあっただろうけど、こっちもいろいろあってな」

「なるほど~」


 南方遠征では本当にいろいろあったので、ペトラは、それで納得してしまった。

 その隙を逃さず、ペトラの肩を二、三回労るように叩いてから、ユウトは彼女を優しく引きはがす。


「それで、戻ってきたのはツバサ号だけ? イブン船長たちは? あと、リ・クトゥアからの漂流者がいるって話だけど?」


 とにかく状況を確認したいと、矢継ぎ早に質問をするユウト。

 焦っているというよりは、曖昧な部分をはっきりさせたいという気持ちのほうが大きい。それと同時に、余裕を失っているのも確かだ。


 地の宝珠に残留思念として残る竜帝から伝えられた異変に、根拠が産まれたようなものなのだから。


「ツバサ号だけで先行しました。残りの船も、数日中には到着する予定です」

「なるほど」


 クレスもこちらに近づいてきて、ペトラの代わりに答えてくれる。

 どうやら、地上に降りたのはクレスとペトラの二人だけのようで、連絡をくれたラーシアもいない。本業が忙しいのだろう。


 そのクレスも、肌が日に焼け、一層精悍になっていた。

 落ち着いた面持ちから、困難を乗り越えた末の成長を感じる。


「とにかく、無事に帰ってきてくれて嬉しいよ」


 満面に笑みを浮かべ、ユウトはクレスに握手を求めた。


「……はい」


 クレスは驚き、次いで感慨深そうに手を握る。


 その様子をうらやましそうに眺めていたペトラだったが、弾かれたように二人の間に割り込んで存在を主張する。


「私も、がんばりました!」

「分かった、分かった。話なら、あとでちゃんと聞くから」


 そう。あとでだ。今ではない。


 まずは帰還を心から労ったユウトだが、急いで報告すべき事態が発生したことも理解している。それも、《伝言(メッセージ)》では伝えきれない事態だ。


「盛大に歓迎したいところだけど、リ・クトゥアでなにか起こっているのなら、俺にも無関係じゃない。先に、その漂流していたっていう人に直接話を……」

「それが……」

「まさか、もう?」

「いえ、生きてます。衰弱していましたが、命は取り留めています」

「それは良かった」


 単純に、生きていてくれて良かった。

 それに加えて、アルシアに負担をかけずに済んだという安堵で、ユウトは軽く息を吐く。


「ということは、まだ話ができるような状態じゃないということかな?」

「はい。船医の診断では、安静にしたほうが良いと。今は、ミルシェさんがついてツバサ号の船室で眠っています」


 ペトラとパーティを組んでいた、太陽神フェルミナの司祭(プリースト)ミルシェ。彼女のことは、ユウトもよく知っていた。

 もちろん、アルシアには及ばないが、それは比較対象が悪いだけ。小康状態を保っているようだし、ミルシェに任せておけば問題はないだろう。


「分かった。よく助けてくれた。ありがとう」


 アルシアを呼んで、今すぐ呪文で回復させることは可能だ。

 しかし、リ・クトゥアからの漂流者をいつ助けたかまでは聞いていないが、それなりに時間が過ぎていることは間違いない。


 ならば、ある程度、自然回復に委ねたほうが、長期的に見れば体には良いだろう。

 それに、話の内容によっては、精神的な負担が発生することも考えられる。となれば、やはり、自然な回復を優先すべき。


 非常時となったら、その限りではなくなるだろうが。


「ところで、街のほうが賑やかですが、なにかあったんですか?」

「そうか。そこからだな」


 ユウトは優先順位を整理し、クレスとペトラの二人に告げる。


「疲れているところ悪いけど、まずは情報交換といこうか」





 ユウトは、クレスとペトラだけを連れてファルヴの城塞へと帰還した。

 リ・クトゥアからの漂流者はハーデントゥルムの施療院に収容し、経過を見ることにしている。明日にはアルシアにも診断してもらい、その後の予定を決めることになる。


「はあ。イスタスの大祭ですか……」

「そう。目的は、飲み食いして、騒いで、消費する。それだけだ」

「ストレートな」


 カグラはメインツにいるため、ユウトが自分でハーブティーを淹れ二人をもてなす。

 まずイスタスの大祭について説明をしていると、いつもの執務室にまで、騒ぎの喧騒が聞こえてくる気がしてきた。


「楽しそうです!」

「ああ。楽しんでくれたら、俺も嬉しい」


 応接スペースのソファに座りつつ、控えめに言うユウト。だが、盛況ぶりはわざわざ確かめるまでもない。街にいるだけで、伝わってくるはずだ。


「ヴァルトルーデたちには俺から伝えるから、そっちの話も聞かせてくれ」


 メインツで別れた妻と婚約者たちには、既に《伝言(メッセージ)》の呪文で事情を伝えてある。そうして、しばらくメインツで過ごしたあと、馬車鉄道でファルヴへ戻ってくることになった。

 祭りの期間中に仕事をするのは、自分だけでいい。


 ユウトは、そう割り切っていた。


「じゃあ、私が活躍したお話を!」

「それよりも漂流者の話が先だろう」


 あきれたようにクレスがペトラを押しとどめる。

 彼の冒険者仲間であるサティアが同席していたら、「これだから、クレスは……」と言われかねない態度だったが、どちらかというと、ユウトの認識もクレスに近い。


「悪いけど、まずは、リ・クトゥアの話を把握しておきたい」

「師匠……」

「あとで、ちゃんと時間取るから」


 ペトラをなだめつつ、ユウトはクレスに話を促す。

 言質を取られた格好だが、ユウトも、そしてペトラも気づいていない。


「まともに話ができない状況だったのですが……」


 懐から帳面を取り出したクレスが、それに目を落としながら語り出す。


「それでも、うわごとで意味が分かる言葉がいくつかありました」


 ファルヴという地名。それに、ユウトの名前。

 それは別個のものではなく、ファルヴに住むアマクサ・ユウトという人物を意味しているようだった。


「それから、宝珠。あと、違っているかもしれませんが、ワドウ・レンカという名称も繰り返し出ていました。でも、イブン船長も誰も、聞いたことがありませんでした」

「俺も同じだな……。なにか持ち物から、分かったことは?」


 ユウトの確認に、クレスは首を横に振って答える。


「ドラゴンを象った聖印だけしか。他は、わずかな食料と水だけでした」


 確かめられた情報は、これだけだと。


「なんか、あやふやな情報で、申し訳ないですけど」

「いや、空振りならそれで良い。いや、そっちのほうが良い、かな」


 まとめた情報を伝え終えたところ、自分でも曖昧で情報量もないと気づいたのだろう。

 しかし、しゅんとするクレスに、ユウトは笑顔を向ける。


「宝珠、ワドウ・レンカ、そして、俺か……」


 ワドウ・レンカという人間――人名であればの話だが――は知らないが、逆に、ユウトの名前はリ・クトゥアでは、誰も知らないはずだ。

 知っているのは、一騎打ちをしたヒウキぐらいのものだろう。

 そのヒウキにしても、ユウトが地の宝珠を受け継いでいることは知らないはず。


 しかし、知る手段がないかといえば、それも答えは否だ。


「神託か、あるいは他の宝珠からの情報か……」


 考えに沈むユウトを、ペトラとクレスが不思議そうに眺めるが、大魔術師(アーク・メイジ)は気にした様子もない。

 ただ、自らの思考に意識を集中させる。


 どの神と特定はできないが、ユウトが地の宝珠の後継者となっていることは、神々が知ろうと思えば簡単に把握できる情報だろう。


 そして、相応しい理由があれば、その情報を自らの信徒へ託すことも充分あり得る。


 さらに言えば、地の宝珠を守ってきたジンガとカグラの兄妹は、竜神バハムートの司祭でもあった。


 件の漂流者も竜神の信徒であり、その加護のお陰でリ・クトゥアからこちらまで漂流することができた。こう考えることもできるのではないか。


 すべては、地の宝珠の後継者であるユウトに会うために。


 ただの推測。

 偶然にすぎない。


 まったく、的外れの可能性だって高い。


 それが、常識的な判断。


「まあ、覚悟はしておくか」


 しかし、そんな常識など関係ないと。

 ユウトは、軽く笑った。

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