9.イスタスの大祭(後)
「出遅れた? そんなことはないよ。むしろ、これからが本番さ! さあ、ハーデントゥルムの宝探し大会は、まだまだ参加受付中だよ!」
小気味のいい口上を述べながら、バンバンと植物紙の束を叩いて居並ぶ人々をあおる草原の種族。
言わずと知れた、交易都市ハーデントゥルムの裏すべてと、表側の一部に君臨するラーシアだ。
「宝探し、か……」
「なかなか楽しそうではないか」
「盛り上がってるようね」
銀貨と引き換えに、ラーシアから宝の地図を受け取っていく人々。
なかには、2枚3枚と、複数の地図を購入していく者もいた。
「この人混みは、初詣を思い出すわ」
「そうだな。初詣は、こんなにぎらついてないと思うけど」
人混みで、ラーシアの姿が見えない。押しつぶされないかと心配になるほどだ。
ラーシアやリトナが企画したのは、ハーデントゥルム全域を舞台にした宝探し。
ゲームに参加するチケット代わりの宝の地図には、運営側が事前に設置した『財宝』の在処が記されている。
その場所の拡大図だったり、いくつかの記号を組み合わせて暗示したりと、分からなければ街を歩いて探すような工夫が為されていた。
また、地図が示しているのは、街の路地裏や商店など幅広い。なかには、ラーシアたちが事前に交渉し、地図と引き替えに酒場で一杯引っかけることもできるようになっている。
チェックポイントによっては謎かけも用意されており、とにかく、街全体を歩き回って賞品を探す仕組みになっていた。
そして、地図で指定した場所には宝箱があり、そこからチケットを一枚取り出して引き替え所へ行くと、地図に振られたシリアルナンバーと照合し、賞品や賞金を手に入れるという仕組みだ。
そのなかには、より高額な賞品の在処を示す次の地図を渡される場合もある。
最も高額な賞品は、金貨100枚相当。
当然難易度も高いが、一般的な港湾労働者の月収半年分にも匹敵する。しかも、くじのように運任せではなく、体力と知力と努力で手に入るのだ。
活況を呈するのも、当然といえた。
「まあ、それが罠なんだけどね」
「おう、いつの間に?」
気づけば、足下にラーシアがいた。
地図の販売は、部下と交代しているようだ。元々、一人で捌ききれる量ではないので、考えてみれば当たり前の対応だが。
「罠とは、どういうことだ?」
「ふふふ。よくぞ聞いてくれました」
ラーシアが無邪気な――つまり、なにかたくらんでいる――笑顔を浮かべて言う。
秘密を語るように、声を潜めて。
「ユウトたちも参加するじゃん?」
「……まあ、やっても良いけど」
「ユウトたちなら、すぐに見つかるじゃん?」
「当然だな」
「でも、金貨100枚ぐらい端金じゃん?」
「あ。あたし、読めてきたわ……」
「だから、賞品をボクに渡すじゃん?」
「ラーシア、あなたは……」
その悪巧みを聞き、ユウトは苦笑し、アカネは乾いた笑い声をあげ、アルシアはあきれた。
「ん? それはつまり……」
そして、ヴァルトルーデは首をひねり――
「それは、イカサマではないか。不正はいかんぞ、不正は」
――遅れて理解し、草原の種族をにらみつけた。
「ううむ。残念」
「本気じゃなかったろ」
本当に実行するつもりなら、少なくともヴァルトルーデがいないところで言うはずだ。
「つまり、俺たちを参加させたくなかったわけだな?」
「さすが、ユウトは分かってるね」
うんうんと、ラーシアがわざとらしく大げさにうなずく。
賞品や賞金を戻すかどうかは別にして、領主が参加して高額商品を入手しては、確かにひんしゅくを買いかねない。
それを伝えたかったのだろうが、実に回りくどい。
「だからさ、ユウトたちには他のお宝の情報を教えてあげるよ」
「ん?」
「メインツで伝説の剣が売られてるって噂、知ってる?」
「伝説の剣?」
草原の種族の正気を疑うかのように、ユウトが視線を鋭くする。
しかし、そんな態度など気にした様子もなく、ラーシアは言葉を続けた。
「メインツの露店で、伝説の剣を売ってる鍛冶師がいたって噂が流れてるんだよ」
「うさんくさい……」
「興味あるよね?」
もう、ラーシアはユウトを見ていない。
その視線は、真剣でありながら子供のように興味津々としているヴァルトルーデに向けられていた。
「ファルヴが文化祭で、闘技場のほうが体育祭だとしたら、メインツは即売会ね」
「即売会って、祭りじゃなくなってるぞ」
「え? なに言ってるの? 年に二回のお祭りでしょ?」
「アカネさんこそ、なにを言っているのか分からないのだけれど……?」
イスタスの大祭の期間中は、そうすることに決めてでもいるのか。ドワーフの里メインツに降り立ったユウトの両手はアカネとアルシアが占有し、ヴァルトルーデは何歩か先を歩いて周囲をうかがっていた。
ファルヴの花嫁広場との違いは、屋台というよりは露店が並んでいるということ。
そして、その多くが飲食物ではなく、各種の武具や工芸品だということ。
そのため、イスタス侯爵領の村々から出てきた人々――ヴェルガ帝国から解放した元奴隷たちも参加できるよう、慰労金の名目で銀貨を渡している――が冷やかしているほか、王都セジュールやクロニカ神王国からやってきた商人たちも真剣に商品を見定めていた。
「ユウト。噂の鍛冶師というのは、どこにいるのだ?」
「俺も探してるんだけど……《魔力感知》に引っかからないな」
イスタスの大祭も二日目。
しかし、昼過ぎになってメインツを訪れたユウトたちの目当ては、伝説の武器。
いかにブルーワーズといえども、大雑把過ぎはしないか。
そんな気持ちも込めて、アカネは上目遣いに問いかける。
「というか、勇人。そもそも、伝説の武器ってなんなの? 岩に剣が刺さってるの? かつての、そして未来の王なの?」
「分からないんだ。噂だからな」
現時点では、ただの噂。伝説の剣を買ったという人物も、その威力の目撃者も存在しない。形すら、分かっていない。
そう説明しながら、ユウトたちは歩き出す。
玻璃鉄の工芸品。
名工の逸品としか言いようのない鎧。
精緻な意匠が彫り込まれた家具。
壁一面を覆うに充分なタペストリ。
技術の粋がこらされた作品が道端に敷かれた布の上に並べられ、道行く人々の目を楽しませ、ときに驚かす。
それを眺めながら、ユウトはためらいがちに口を開いた。
「でも、剣そのものじゃなく、売ってるほうで心当たりがあるんだよな……」
「確か、ドワーフが露店を出しているという話でしたが」
ドワーフの里であるメインツであれば、当然の話。手がかりにもならない。
アルシアは、そう考えてユウトの横顔を見つめる。誰かを視界に収めながら話すという行為に慣れつつあることを、少しだけ残念に感じながら。
「あ、分かった。ヴァルの剣を作ったドワーフみたいな人たちが来てるんでしょ?」
岩漿妖精ドラヴァエル。
ドワーフの近縁種でありながら、そのドワーフをして頑固で偏屈と言わしめる鍛冶の妖精。ツバサ号には彼らを模した小型の魔導人形が配備されていて、操船を補助している。
その関係から、直接会ったことのないアカネも存在は知っていた。
「その可能性もあるけど、たぶん、違う」
「根拠は?」
せっかくの推理を否定され、アカネが不満げに唇をとがらせた。
「アカネ、往来でキスをねだるのはどうかと思うぞ?」
「違うわよ! あ、でも、ユウトがしたいのなら……」
ここぞとばかりにヴァルトルーデに乗っかったアカネの頭を押しのけながら、ユウトは根拠を口にする。
「ドラヴァエルたちが作ったのなら間違いなく業物だけど、伝説とまではどうだろう。もちろん、それだけ凄みのある剣を作れるだろうけど、それを簡単に売るというのは違和感がある」
「どうやら、ユウトくんには心当たりがあるようね。別にもっと、有力候補がいるから否定しているように聞こえるわ」
アルシアの鋭い指摘を受けて、ユウトは神妙な面もちでうなずいた。
「ドゥコマース神、ドワーフの主神が戯れに手ずから打った剣を与えたんじゃないか。俺は、そう考えている」
滅多にあることではないが、神々が手ずから武具を授けたという逸話は存在する。
ヴァルトルーデの討魔神剣など、その代表格だろう。
他にも、仇討ちに旅立った騎士が、偶然立ち寄った村の雑貨屋で魔法具の剣を手に入れる。あるいは、自らの腕前に慢心した鍛冶師の前に、神が鍛えた武具が現れ心を入れ替えるなど様々。
「なるほど。実物を手にした者は見つからないけれど、事実のように流れる伝説の武具が存在しているという噂。確かに、神の御技を思わせるわね」
真っ先に理解を示したのは、大司教の位階を持つアルシア。
状況証拠ではないが、ドラヴァエルたちよりもしっくりくる。
「しかし、そうなると困ったな……」
「え? なにが?」
珍しく難しい顔をするヴァルトルーデに、アカネが反射的に問う。どこが問題なのか、まったく理解できていなかった。
「ユウトの推測が正しいとなると、その剣は持つべき者のところにしか現れぬ。剣の腕も、職業も関係あるまい」
「それが、伝説……ってことなのね」
アカネが、人差し指で唇に触れる。
「あれ? そのことって、ラーシアは気づかなかったの?」
恐らく、ラーシアはかなり早い段階で情報を得ていたのではないか。
となれば、多少、時間がかかっても同じ結論に達してもおかしくない。
「……俺たちをメインツに行かせて、どんな得がラーシアに――」
「ユウト……さ……ん?」
「あ、カグラさん」
考え事をしながら歩いていると、ばたりと巫女装束姿のカグラと出くわした。
遅れて、竜人の里――テンリュウの里が、紙や木工品を出展していたことに気づく。
「あの、いえ。すみません。失礼します!」
ユウトがなにか言い出そうとした気配を察し、ユウトのメイドにして竜人の巫女は、黒髪を舞うほど勢いよく頭を下げ走り去ってしまった。
「ええと……?」
なにが起こったのか分からないと、ユウトが伸ばした手を宙にさまよわす。
メイドとしての仕事はきちんとこなしていたが、ジンガが結婚の申し込みをして以来、仕事以外の会話はめっきりなくなっていた。
ユウトが地球に行くことになり、その後も大祭の準備があったので、なんとなくそのままになっていたのだが……。
「そういうことなのね……」
戸惑うユウトに対し、今のやりとりで、アカネはすべて理解した。
カグラは、ユウトから断りの言葉が出てくるのを恐れているのだ。だから、仕事でない場での出会いに狼狽え、逃げ出した。
カグラが自覚しているかは分からないが、アカネは分かってしまった。
根拠はない。だが、分かったのだ。
そして、もちろんユウトに言うつもりはなかった。
これは、まず、ユウトが考えるべき問題だ。
「なるほど。ラーシアは、これを狙っていたのね」
「……珍しいな、そのラーシアから《伝言》だ」
置き所に困っていたユウトの手の上に、一通の手紙が出現していた。
指定した人物に、単文のメッセージを送る理術呪文。
草原の種族としては珍しい、理術呪文の使い手であるラーシア。万一のため、巻物で《伝言》の呪文は用意していたが、使用することはあまりなかった。
特に、同じ領内ならば、彼らの感覚では、ほとんど離れていない。一刻を争う事態でなければ、ラーシアが訪れるのが常だった。
そのほうが、反応を直に見られて楽しいから。
もちろん、今の状況だと、忙しいから《伝言》を送ったという可能性もあるが……どちらにしろ、ラーシアからの報告には警戒してしまう。
「まあ、読まないわけにはいかないんだが……」
覚悟を決めて、ユウトはヴァルトルーデたちにも伝わるよう、ユウトは内容を読み上げていく。
「ツバサ号が、ハーデントゥルムに戻ってきた……」
だが、それはすぐに止まってしまった。
「どうしたのだ、ユウト?」
「いや……。ちょっと、予想外でね」
ヴァルトルーデの問いに、ユウトは珍しく言葉を濁す。
意外であり、同時に、来るべきものが来たかと腑に落ちる部分もあった。
どちらにせよ、黙っているわけにはいかない。
「どういうわけかは分からないけど、ツバサ号にリ・クトゥアからの漂流者が乗っていて……俺に会いたがっているらしい」
イスタスの大祭の準備期間に情報を集めたが、これといったものは引っかからなかった。
それが、向こうからやってきたのだ。ラーシアからの報告でなくとも、警戒せざるを得ない。
「祭りは、終わり……かな。まだ、二日目だけど」
聞けるのが、明るい話なら良いんだけど。
ユウトは、そう言って笑う。
それは、覚悟と決意を感じさせる笑顔だった。
書店様の特典SSのネタ出しと執筆のため、明日は更新をお休みさせていただきます。
ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。




