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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 15 竜の後継者 第一章 イスタスの大祭

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5.祭りの準備(前)

ちょっと風邪気味のため、今週は月・水・金の更新とさせていただきます。

「さあ、ユウト。儲け話を始めようか」


 寝室に入った瞬間、ユウトは膝から崩れ落ちた。


「お笑い芸人みたいなリアクションね」

「いや、だってよ。もう……どうでもいいや」


 ベッドではなく寝室のソファにアルシアと並んで座るアカネ。

 彼女のからかいの声も、ユウトの心までは届かない。


 プライベートな空間である夫婦の寝室で、まずは当事者だけで話をしようと意気込んでいたらこれだ。綺麗にカウンターが決まったような状態で、なにも言う気がなくなるのも仕方がない。


 クロードから披露宴実施の要望を聞いたあと、その件は誰にも話さずいつも通りに過ごした。


 普段と変わらず、いや、それ以上に仕事をこなし。

 夕食も、その後も、おくびにもださずに過ごした。


 それなのに、ラーシアが寝室の壁に寄りかかりながら、ニヒルに笑っている。指をさして笑うのをこらえている表情だ、あれは。


「知らなかったのかい? 草原の種族(マグナー)からは、逃げられない」

「物理的な意味で?」

「物理的な意味で」


 すばしっこく目ざとい草原の種族。彼らから逃げおおせようとするのは、確かに困難だろう。これで真面目さが備わっていたら、借金取りや徴税役人に最適だったかもしれない。

 現実は、その特性を生かして借金取りや徴税役人の天敵になっているのだが。


「ユウトくん、その、なんというか……」

「いえ、分かります。分かってます」


 申し訳なさそうにするアルシアに言葉をかけながら、ユウトはよろよろと立ち上がり寝室の扉を閉めた。

 気づいたら、いつの間にかいたというところなのだろう。ラーシアが本気になればどこにでも侵入できるだろうし、止めようもない。


「私が、真紅の眼帯をつけてさえいれば……」

「その油断が命取りってことさ」

「まあ、気づいたとしても、追い出せるかどうかは別だから」


 こうなっては、ゴブリンに出くわしたとでも思って、我が身の不運を嘆くことぐらいしかできない。


「ゴブリンなら、簡単に蹴散らすんだけどなぁ」

「なんで、ユウトにそんな邪険にされるのか、さっぱり分からないんだけど-?」


 天真爛漫を絵に描いたような笑顔で、ラーシアが首を傾げる。


 そう。まともに取り合っても時間の無駄だ。

 ここは、諦めて話を進めるのが最善……いや、次善の策だろう。


「ラーシアが儲け話と言っていたが、いったい、どういうことなのだ?」


 ベッドの中央であぐらをかいて座るヴァルトルーデが、妊婦らしからぬ威厳のある態度で愛する夫に問いかける。

 儲け話自体に興味があるわけではなく、なにが起こっているのか知りたいということのようだった。


「クロードさんから話があったんだけど……」


 ユウトは、その横に腰を下ろしながら、元々する予定だった話を始める。


「俺とアルシア姐さんの披露宴を大々的にやってほしいそうだ」

「……どういうことかしら?」


 突然、当事者になったアルシアが、ダークブラウンの瞳を見開いて問い返す。

 恐らく、「自分たち」に関連した話だろうと予測はしていても、「自分」が原因とまでは考えていなかったのだろう。

 明らかに、困惑していた。


「ヴァルのときには、かなり儲かったからねぇ。そりゃ、もう一回ってなるのも仕方ないよね」

「まあ、そういうことらしい」


 ラーシアの説明を、ユウトは渋々といった口調で認めた。


「それから、やっぱり、お祭りをしたいっていう欲求もあるみたいだ」


 実際、商人たちが機会を得たいというほかに、住民としても消費をしたいという密かな需要がある。追加で、ダァル=ルカッシュからもそんな報告を聞き、ユウトの心情は揺れていた。


「騒ぎたいって、フラストレーションでも溜まってるの?」

「いや。朱音、それは違う。色々あって、稼ぎは結構増えた。だけど、使い道があんまりないみたいなんだ」

「ああ……。そういう」


 もちろん、貯蓄をするという概念はあるが、利息を付けてくれるうえに比較的安心して預けられる銀行のような機関は存在していない。保険は作ったが健康保険なので、投資のためのものでもなかった。


 その分、多少の贅沢も許されると、ヴェルミリオの業績は上がっているし、庶民が手にするよりもグレードの高い商品の需要も大きい。だが、それですべてを受け止められるわけでもなく、玻璃鉄(クリスタル・アイアン)の製品や魔法具(マジック・アイテム)のような高級品に手が届くほどではない。


「お金の使い所がないのは、困るわよねぇ」

「まあな」


 これは、ヴァルトルーデ――イスタス侯爵家がとんでもない資産家であることが引き起こした問題といえるかもしれない。


 多大な金額を領地経営に投資し、それによって領民は富を得た。

 そこまでは良いが、税率を高くしては勤労意欲も湧かないだろうと、税の徴収を抑え目にしたところ、今度は現金がだぶつき始めてしまったようなのだ。


 この点はユウトも手を打っており、馬車鉄道への投資を呼びかけたり、フォリオ=ファリナとの貿易を促進したり、年金制度を作って現金を吐き出させつつ貯蓄する動機を減らそうと計画するなどしている。


 とはいえ、これは長期的な話。


「だから、短期的にはぱーっとお祭りでもやって、散財してもらうのが効果的といえば、そうなんだよな」

「ふむ。いい話ではないか」


 詳しい話は分からないが、金を持っているだけでは不健全だというのはヴァルトルーデでも分かる。

 まとまった報酬を手に入れた冒険者が賭けや酒にのめり込んで身を持ち崩した男や、引退して田舎へ引っ込んだは良いが、その穴埋めに苦労した例も知っている。

 金は、幸福だけを呼ぶわけではないのだ。


「それで、なにが問題だというのだ?」

「問題って、ヴァル……。あなたが言うの?」

「なんの話だ?」


 あっけらかんとして言うヴァルトルーデに、アルシアは思わず額を押さえて首を振った。

 気づいていない……といえば、そうなのだろう。


 だが、根本的に、問題だと思っていないのだ。


「私が、あんなに大々的にやったのだ。アルシアやアカネがやっておかしい理屈はあるまい」

「ほら、ユウト。ヴァルはヴァルだよ。安心して、計画を進めちゃいなよ」

「予想してしかるべきだったが、ここまでだとはな……」


 準備の手間や、ユウトの結婚をイスタス侯爵家の行事として行うことに加え、もうひとつユウトがためらっていたこと。

 それが、ヴァルトルーデがどう思うか。


 ただでさえ妻が二人も三人もいる状態なのに――今は、カグラの件は考えない――披露宴まで同じような規模でやっては、立つ瀬がないのではないか。

 もちろん、ユウトも、アルシアもアカネも、ヴァルトルーデをないがしろにするつもりはない。良好な関係を築けているという自負もある。


 それでも、感情は別だ。

 根本的な話として、良い感情を抱くはずがないのだが……。


「ん? なにかおかしなことを言ったか?」


 少しずつお腹も目立ち始めたヘレノニアの聖女は、投げかけられる視線に戸惑いを隠せずにいた。


「ヴァル、ちょっといい?」

「どうしたのだ、アカネ」

「まあ、私のことは置いといて、アルシアさんが大々的に披露宴をやるのよ?」

「必ずしも必要とは思わないが、それでアルシアが認知されるのであればやるべきだろう。それに、細かいことは分からんが、他にメリットもあるようだしな」


 代表してアカネが聞くものの、ヴァルトルーデからの返答に負の感情は皆無。

 これには、ラーシアですら空気を読んでひやかすのを控えるほど。


「ヴァル、大丈夫? 無理をしてるんじゃない?」

「……そうか、そういうことか」


 ようやく、ヴァルトルーデの瞳に理解の光が灯る。


「まったく、変に遠慮せずはっきり言えば良いものを」

「デリケートなところじゃない?」

「問題ない。自らを律することは、信仰の初歩の初歩だからな」

「そうなんだ。さすが聖堂騎士(パラディン)ね……って、あれ?」

「安心しろ。祝い事で酒を飲めないのは残念だが、私とユウトの子のためだからな」


 明るい笑顔で、ヴァルトルーデはそう言った。


 誰も、なにも言えなかった。

 本当に、なにも言えなかった。


 ラーシアでさえも、ユウトに目で「ユウトの奥さんなんだから、自分でなんとかしなよ」と指示を送ることしかできない。


「……そうだわ。これも修業よ、神様が試練を与えたもうたのよ」

「くっ、そうか。それを乗り越えれば、健康な子が生まれるのだな」

「うん。なんていうか、こう、ごめんなさいとありがとうと。それしか言えない」

「ん? おかしなユウトだな」


 アカネがなんとか継いだ言葉に、望むところだと挑戦するヴァルトルーデ。

 そんな献身的な愛妻の覚悟を前に、ユウトは彼女を抱き寄せ謝罪と感謝を伝えることしかできない。それを捧げられたヴァルトルーデ本人が、目を白黒させていても変わらなかった。





「はい! それはさておき!」

「……なんだ、まだいたのか」

「いるよ! 超いるよ!」

「そうか。それで、なんの話だったっけ?」


 いることは分かっていたが、とりあえず、礼儀なのでラーシアを邪険に扱うユウト。

 なんら話が進んでいない自覚もあったため、抱擁を解いて壁に寄りかかったままのラーシアへと視線を向ける。


「ヴァルも良いって言ってるし、もう、なんの問題もないみたいだね~?」

「つまらなさそうに言うんじゃねえよ」

「別に波風が立ってほしいわけじゃないんだけど、なんにもないと、それはそれで面白くないって言うか。分かる?」

「ラーシアがろくでもないってことは分かる」

「あははは」

「はははは」


 お互いに指をさしあい、笑う。

 ただし、目は笑っていなかった。


 お互いに。


「というか、そもそも、なんでラーシアがこの件を知ってたんだよ」

「逆に聞くけど、なんでボクが知らないと思ったのさ?」


 本当に不思議そうに、ラーシアが聞き返す。


「マナを連れてきたユウトがどう思われているかとか、結婚を申し込んだ形になったけど、その後、どうして良いか分からないカグラの本音とか、ボクに知らないことはないよ」

「なにそれ、超気になるんだけど?」

「まあそれはさておき、ボクに、ユウトの悩みを解決するアイディアがあるんだけど?」

「……聞こうじゃないか」


 ろくでもないアイディアだろうが、ここは変に嫌がらないほうが良い。

 経験からそう悟ったユウトが、素直に教えを請う。


「アルシアとの披露宴だけにするから、ダメなんだよ。ここはもう、王妃とヴァルトルーデの妊娠のお祝いに、今度公爵になることを発表したりして、全部混ぜちゃえば良い」

「なる……ほど……」


 要は、イベントを開催すれば良いのだ。

 そのお題目は、極論すればなんだって構わない。


「でも、もの凄い大事(おおごと)にならないか?」

「だからこそ、もうか……お金が動くんじゃん」


 動機は不純だったが、一理ある。

 しかし……。


「ああ……。また、勇人が仕事増やすパターンだわ」


 アカネの言葉は、とりあえず忘れることにした。

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