表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 15 竜の後継者 第一章 イスタスの大祭
461/627

2.真名の任務(前)

真名の寝起きシーンが長くなったので分割です。

「おはようございます、ご主人様(マスター)

「…………」

「環境が変わりましたが、よく眠れたようですね」

「…………」

「本当に、よく眠れたようですね」


 マキナがベッドから起き出す気配のない所有者へかける言葉には、珍しいことにあきれのトーンが含まれていた。

 だが、目覚ましのアラームを自主的に止めてくれる優しさは本物だ。合成電子音のため、その声からニュアンスを感じ取るのは難しい作業ではあったが。


「やはり、ルージュ・エンプレスなどという連中との戦闘があり、やむを得ずですが愛人扱いされたことで、どう思われるか心配で心労が溜まっていたようですね。結果として杞憂に終わりましたけれど……。ふふふ。ここが、ご主人様の心が安まる場所になったら良いのですが」


 ユウトの指示で竜人(ドラコニュート)のメイドであるカグラが用意してくれたのは、ファルヴの城塞に無数に存在する個室。

 ベッドと、その脇のサイドテーブル。それに、クローゼットと書き物用のテーブルしかないシンプルな部屋だ。広さも、地球でいうビジネスホテルよりは広い……という程度。


 しかし、真名にはちょうど良いサイズだった。

 さらに、ヘレノニア神の奇跡により生み出されただけあって、質実剛健ながら家具はいずれも一級品。少なくともベッドの寝心地が良いことは、間違いないだろう。マキナの言葉に真名が反応するまで数分かかったことが、それを証明している。


「んっ。うん……。そういうことは、わざわざ口にしないのよマキナ……」

「ご主人様が寝ていれば単なるモノローグになっていたわけですから、問題ありません」

「私を起こしたかったのか……、私で遊びたかったのか……、はっきりさせなさ……い」


 もぞもぞと動く……というよりは蠢きながら、秦野真名は夢の国に別れを告げようともがく。

 言葉は明瞭だが、動きは緩慢。掛け布団から出てくることはなく、ベッドの上でうずくまっているような姿勢で止まってしまった。

 彼女を知る者が見たら、驚きを隠すことはできないだろう。


「毎朝のことながら、なかなか萌える光景ですね」

「毎日では……ないでしょう」


 萌える云々は無視して、真名は反論を試みる。


「用事がないときだけ、です」

「では、以後はそういう設定で」

「設定でも、ありません」


 さすがに聞き捨てならなかったのか。それとも、マキナとの会話が覚醒を促したのか。

 真名の起床フェイズが一段階進み、ベッドの上にぺたんと座るような格好になる。それに伴い、掛け布団が重力に従ってはらりと落ち、彼女の全身が露わになった。


「それでは、まるで朝に弱いようではありませんか」


 カーテン越しの陽光に浮かび上がる、上下ともに白のシンプルな下着姿。そのなかで、小さなリボンが可愛らしさを演出する。清潔感のあるその姿は、真名らしいと表現しても良いだろう。


 だが意外なことに、どうやら、この格好で就寝するのがいつものことのようだった。

 ポニーテールを解いた長い黒髪が、小さいが細くしなやかな肢体を包み込む。身長は低く、くびれなどもほとんどない。しかし、無防備なその姿は、妙に煽情的だった。


 そんなあられもない姿を晒しながら、眠そうに。あるいは、眠気を覚まそうとしているかのように、手の甲でごしごしとまぶたをこすっていた。

 いつもの凛とした表情は寝起きで緩み、目もとろんとしている。普段とのギャップが、実に生々しい色気を醸し出す。


 しかし、真名には自覚はない。

 マキナも、あえて指摘することはない。


「まるで……? いえ、それどころではありませんよ、ご主人様」


 ベッドサイドテーブルに――しかも、裏返しで――置かれているため、寝起きの様子を動画に保存できない。

 それに悔しさを憶えつつも、マキナは自らの本分を怠ることはなかった。


「あと5分ほどで約束をした朝食の時間ですが、これは用事にはカウントしませんか」

「…………ッッ」


 言葉にならない悲鳴とは、まさにこのことか。


 掛け布団を跳ね飛ばし、真名は壁際に置きっぱなしのスーツケースへと駆け寄った。





「おはようございます」


 颯爽と真名が食堂に姿を現す。つい先ほどまで蕩けていた様子など、微塵も感じさせない。

 既に、食事の用意は調っており、数名の先客も存在していた。

 

「おはよう真名ちゃん。よく眠れた?」

「ええ。どんな環境でも眠れるように訓練されていますから」


 真っ先に出迎えてくれたのはアカネ。

 ユウトの隣に座る彼女が立ち上がると、部屋の入り口まで移動して案内をしてくれる。


 そんなアカネにうなずき返しながら、誘導に従い真名が隣の席に座る。マナー違反かもしれないが、マキナもテーブルの上に置く。


「ほら、ヨナ。起きろよ。真名なんか、こっちに来たばかりだっていうのに、あんなにしゃんとしてるぞ」


 ふと真名が隣の隣を見ると、ユウトの膝の上にアルビノの少女が座っていた。それは文字通りの意味で、ユウトの体を背もたれにし、だらんとしている。

 甘えているというより、寝ぼけているといったほうが正しいだろうか。


「うう……。よそはよそ……うちはうち……」

「この点に関しては、よそもうちも変わらん」


 ユウトが、後ろから両手でヨナの頬を挟み込む。

 そのままもちをこねるように上下に動かすが、むしろ、面白いとヨナはなすがままになっていた。


「ふふふふふ」

「ん? マキナ? なにがおかしいんだ?」

「……おかしいことなど、なにもありませんよね、マキナ」

「いえ。兄妹もしくは親子のようで微笑ましかっただけです。ええ、それだけですとも」


 なぜか、真名が渋い表情をする。

 ユウトは、どういうことなのかと訝しんだが、ヨナの世話で忙しく追及することはできなかった。


「……ところで、エグザイルとラーシアはまだなのか?」


 長方形のテーブルの辺の短い部分に一人で座るヴァルトルーデが、左隣にいるアルシアへと問いかける。

 まだ来ていない残り二人を心配するというよりは、先に食べても構わないかという確認なのは、焦れた様子から容易に察せられた。


「もうしばらくすれば、来るでしょう」


 その意図を十全に把握しつつ、しかし、アルシアはけんもほろろに返答する。

 もうしばらくすれば母親になるのだ。それなのに、落ち着きがないのは困ると言わんばかりだ。


「ぐぬぬ……」

「ほら、ヨナもいつまでそうしているの? そろそろちゃんとしなさい」

「ぐぬぬ……」


 ヴァルトルーデの真似をしてうめくような声をあげながら、アルビノの少女は素直にアルシアの指示に従った。誰が一番の実力者か、子供はよく分かっている。

 ユウトの膝から飛び下りると、いそいそとアルシアの隣の席へと移動した。


 実の父母の顔も知らない真名だが、その親子のようなやり取りに、思わず微笑みをこぼす。


「おっまたせー」

「少し、遅れたか?」

「いや、問題ないよ」


 ユウトが座ったまま残る二人――ラーシアとエグザイル――を迎え入れ、ようやく朝食が始まる。

 今でも定期的に朝食を一緒に摂ることにしてるのは、《祝宴ディヴァイン・フィースト》による加護を受け取るためであり、様々な打ち合わせをするためでもあった。


 テーブルの上には、まだ湯気が出ている焼きたてのバゲット。ジャムも、何種類か並んでいる。

 個人の皿には、黄色が鮮やかなオムレツに、日本ではあまりお目にかからない白ソーセージ。どちらも、ナイフとフォークで食べるようだ。

 それに、サラダと飲み物はポットから紅茶を自分で注ぐスタイル。


 待ちかねたと言わんばかりに、まずヴァルトルーデが白ソーセージに手を付ける。ナイフはあるが、それで切り分けることなく、フォークで突き刺して直接かじる。

 実に幸せそうにかみしめ嚥下していくその姿をテレビCMで流せば、一財産築くことも可能だろう。


「どうぞ、召し上がって」


 アルシアに勧められるまま、真名もバゲットを手に取りママレードのジャムをたっぷり塗って一口。


「……美味しい」


 思わず、声に出してしまった。

 食事にこだわりや思い入れのない真名だったが、味覚に問題があるわけではない。


 苦みがなくすっきりとした酸味と甘みがあるママレード。それにバゲットも香ばしく、旨味と甘みが感じられる。

 真名の普段の食事より、数段レベルが高い。


「驚いた?」

「……まあ、そうですね」


 してやったりとユウトが聞いてきたので強がってはみたが、どこまで成功しているのか。真名には自信がなかった。


「センパイ、今回も、やはり……」

「そう。これが、第六階梯の神術呪文《祝宴》だ」

「第六……」


 地球では、《火球(ファイア・ボール)》のような第三階梯の呪文を使用できれば文句なく一流。それ以上、例えば第六階梯などおとぎ話の領域に入る。

 さらに、理術呪文ではなく神の奇跡を体現する神術呪文となれば、完全に伝説や伝承の類だ。


 初めてではないが、その奇跡の一端を口にしている。

 そう思うと、改めてめまいがしてきた。


「ま、そんなにかしこまることはないよ」


 緊張とは無縁の草原の種族(マグナー)が、オムレツを食べながら言う。


「なにせ、ただみたいなもんだもんね!」

「それはそうですけどね……」


 確かに、《祝宴》の使用には特別な触媒は使用しない。必要なのは、時間をかけてゆっくりと食べる余裕と、術者の信仰心だけ。


「それにほら、タダ飯ほど美味しいって言うじゃん?」

「言わねえよ」

「言うって。少なくとも、うちの家訓にはあるよ」

「これだから、草原の種族は……」

「あの……。第六階梯の呪文を惜しげもなく朝食の準備に使用できる時点で……いえ、なんでもありません」


 反論の言葉は、最後まで出ることはなかった。

 ユウトなど、焦っていただろうとはいえ、第九階梯の極大呪文をなんのためらいもなく使用するほどなのだ。感覚が違うと、飲み込むしかない。

 こちらでは、因果の反動(バックラッシュ)なども存在しないのだから。


「ちなみに、朱音がこっちに来た直後は、このレベルの食事が普通だと思ってた」

「懐かしい話ね……」


 アカネがナイフとフォークを置き、遠い目をする。

 その後のアルサスの供応に苦労したことを思い出しているのだが、真名には、そこまでは分からない。


「つまり、この城を出て生活すると、食事も美味しくなくなるわけですね、教授(プロフェッサー)


 食事時は暇なマキナが、所有者の思いを、そう代弁する。


 食事にこだわりや思い入れのない真名だったが、味覚に問題があるわけではない。


 これは、なかなか難しい決断になりそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ