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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 2 もう一人の来訪者 第一章 もう一度、異世界の始まり

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3.文化が違う(前)

「なにこれ、美味しい」


 それは、食べる前から分かっていた。

 しかし、これほどまでとは思いもしなかった。


 焼きたてのパンは柔らかく芳醇で、日本で食べた物と同じか、それ以上。

 スープも滋味豊かで体に染みこんでくる。これ以上の物を作れるかとなると、中々難しい。

 若鶏のソテーは、シンプルだが素材の味がしっかりと感じられた。

 しかも、一口食べるごとに気力と体力が満ちていくような感覚すらある。


「素材が違うのかしらね。調理法自体に変わったところは無さそうだし……」


 独り言をつぶやきながら、皿に残ったソースを舐める。

 ベースは林檎だろうか? さわやかな酸味とほのかな甘みを感じた。


「え? なに?」


 そこで視線に気づいたアカネが、周囲に疑問を投げかける。


「いや、なんか真剣だなと……」


 代表してユウトがおずおずと答えた。


「負けられない」


 大食い勝負だと誤解したヨナがパンをお代わりするが、相手はエグザイルが務めてくれるだろう。


「アカネは料理が得意なのか?」

「普通よりはね」


 横でユウトが首を振っているが、気づかないことにする。

 否定は否定でも、ちょっとどころでもなく、かなり得意だ。

 やたら手間をかけるという欠点も、電子レンジやガスオーブンの無いこのブルーワーズでは必然的にそうなるので、マイナスにはならない。


「そうなの? じゃあ、ユウトくんがさっぱりだったのは、アカネさんが料理をしていたからかしら」

「いや、普通の男子高校生は料理とかしないから」


 自分が標準だと主張するユウト。


「こーこーせーって、なんにもできない人のこと?」

「ぐっ」


 ヨナの心ないが的を射た言葉に、ユウトが精神的なダメージを受ける。


「そういや、無茶振りされる度にただの高校生に無理を言うなって反論してたんだよな……」

「料理は無茶なのか?」

「そりゃ無理だろ。このソースなんて、どうやって作れば良いか分かるか?」

「そう言われると、確かに」

「騙されては駄目よ、ヴァル。ただの言い訳なのだから」


 ユウトが他の人と話しているその様子を見て、アカネは閃いた。


「あっちの料理をこっちで再現してみるのも悪くない……かな?」

「そうだな。でも、理術呪文……魔法の勉強を勧めるつもりだったんだよな、俺は」


 アカネの前でワインは選びづらかったのか、水で口の中を洗い流してから言う。


「いきなり俺並みにってのは、相当なスパルタが必要だけど、第一階梯ぐらいなら一ヶ月もあればいけるんじゃないか」

「あっ、やっぱりそっちが良いわね!」


 魔法。

 ファンタジーなら、やはり魔法だろう。

 あの二人で空を飛んだ夜は、アカネにとって(色々な意味で)衝撃的だった。


 他にも、杖の先からCGエフェクトのような光を出したり、なにかを召喚したり、瀕死の重傷を回復したりと夢が広がる。


「それに、あれよね。地球人だから、すごい魔法を使えたりするのよね?」

「ええと……」


 声を弾ませるアカネ。

 声を詰まらせるユウト。


「普通に、勉強が必要だから」

「……なんで?」

「逆に聞くが、どうして無条件で憶えられると思ったんだ?」

「そういうもんじゃないの?」


 本気で不思議そうなアカネに、かける言葉が見あたらない。


「うん? 昔のユウトみたいなことを言うのだな」

「……先に口止めをすべきだった」

「口止めされるってことは、言うべきことだって判断するけどね、ボクらは」

「そうだな。オレも里を出て空気を読むということを学んだ」

「よし。そこのでこぼこコンビは、口を閉じようか」


 ラーシアとエグザイルを黙らせると、ユウトはヴァルトルーデに向き直る。ヨナは、一心不乱に食べていた。


「俺たちの世界には、ほら、あれだ。ただの学生が違う世界へ迷い込んで大活躍みたいな物語が結構あってさ。たいてい、特別な力が備わってたりするんだよ」

「ただの学生が、世界移動しただけで、なぜ特別になるのだ?」

「願望というか。物語なんだよ、考えるな感じろ」


 それもあるが、そういう物語である以上、"特別"でなければ描かれる意味がない。

 なんの力も持たない主人公が異世界でのたれ死にました――では、文字通りお話にならない。


「稀人信仰の一種でしょうか?」


 ワインのグラスを傾けながら、アルシアが言う。


「本来は来訪者は特別であるという思想ですが、来訪者になれば特別にもなれるという本末が転倒している状態ですけど」

「アルシア姐さん、そういう真面目な考察はいらないかなー」


 故郷のサブカルチャーを冷静に分析されても、その、困る。


「でも、勇人は大魔術師さまなんでしょ?」

「さまは要らないが、まあ、そうだな」

「自分が特別じゃないって言うんなら、どうしてそうなったのよ?」

「どうしてって……。急成長したければ、基礎を憶えた後は使いまくればいい」


 わずか一年でユウトが魔術を極められた理由。

 それは――


「俺の師匠の言葉なんだが、『戦闘に身を置く方が理術呪文の成長が早いのは、思考と実践を繰り返せるからなんだ。ただし、破壊の魔法を使用して敵を打ち倒すだけではダメだよ。味方を強化して倒してもらっても、弱体化させて敵を倒しやすくしても、戦場を有利に整えても、勝利は勝利だ。常に探求し、勝利したまえ』って」

「スパルタな話ね……」

「まあ、勝てばというよりは、戦闘で勝つためにたくさん呪文を使ったり、どんな呪文があるか調べていったり。とにかく、研究に耽るよりは場数を踏んだ方が成長は早いな」

「それは私のような聖堂騎士でも同じだが、テュルはそんな極論をユウトに……」


 オズリック村に住むエルフの魔導師(ウォーロック)テュルティオーネは、ヴァルトルーデやアルシアとも旧知の仲。しかし、そんなことになっているとは思いもしていなかったようだ。


「なんだか、今の仕事にも通じるものがあるな」

「その結果、ユウトは仕事ばっかりになった」


 ヨナがとどめの一撃を放ったところで、アカネが極上の笑みを浮かべて言った。


「私は普通で良いわ、普通で」

「そうだな。むしろ、そうすべきだな」


 今更異常さに気づいたらしいユウトが、うなだれながら言う。


「もし剣を振るうことに興味や適性があるのならば、私が力になるぞ」

「そうだね。盗賊(ローグ)向きだったり、急所を攻撃する方法なら、ボクが教えられる」

「えっと、そっちは、どうかな……?」


 親身になってくれるのは嬉しいが、外向的だがインドア派のアカネには体を使うのに自信はない。

 というより、適性があっても急所攻撃を習得するのは遠慮したいところだ。


「超能力も素質が必要」

「ということは、私に素質が――」

「無い」


 一刀両断されアカネががっくりとうな垂れる。


「才能がないんなら、言わなくても良かったんじゃねえ?」

「こういうのは、最初に言っておかないと」


 無表情にヨナが言い切る。

 そう言われると、そんなもんかなと思えてくるから不思議だ。


「ユウトくん」

「なんでしょうか?」

「今日はお休みにするでしょう?」

「ああ……。そうですね」


 結局こっちへ残ることになってしまったが、仕事はだいぶ引き継いである。まあ、その分、学校の建設などあれこれやろうとしていたところなのだが、現時点では余裕があるのは確か。


「アカネ、とりあえず今日は俺から色々レクチャーするから」

「……そうだな。それはユウトに任せた方が良いだろう」


 不承不承な雰囲気も見え隠れするが、ヴァルトルーデも同意する。

 たまにはわがままを言っても構わないんですよとアルシアなどは思うが、背中を押すにはタイミングが早いか。


「ユウトに聞けないことがあったら、力になる」

「いや、ヨナに聞くのはどうだろう?」

「よ、よろしくね?」


 昨日から色々急展開だったが、とりあえず歓迎されているんだなとは思うアカネだった。





「てっきり、勇人の部屋で授業でも受けるのかと思ってたわ」

「そっちの方が楽だけど、朱音の服なんかも買わなくちゃいけないしな」


 言外にユウトの部屋を見たかったというアカネへ、そんなことは気付かずついでだからなと肩をすくめるユウト。

 これがヴァルトルーデ相手ならデートと色めき立つところだが、相手が幼なじみではいつもの買い物の延長線に過ぎない。


 目立たない服に着替えた二人は、ファルヴの城塞から出て、市街へと足を向けていた。

 街は、ちょうど目覚め始めた頃。

 南西の住居街からは煮炊きの煙が上がり、まだ見えてはいないが商業区域に立つ市では開店準備が進められていることだろう。


「それに、ただ説明するよりも、実際に見ておいた方が分かりやすい」

「それもそうねー」


 ここが地球ではないと、理解はしても心の底から納得まではしていない。自分の目で見て回るのは、確かに必要なことかも知れなかった。


「とりあえず、少なくとも日本じゃないってのは分かるわ。この辺を見ただけで」


 石造りの建物、石畳の道。

 すれ違う人々に黒髪は滅多におらず、たいていは金髪碧眼のいわゆる「外人」たち。しかも、エルフやドワーフ、草原の種族(マグナー)も混ざっているのだ。異世界と認識するには充分なはずなのだが、アカネの中ではまだ懐疑的らしい。


「外国でもないんだけどな……」

「そうは言うけどね、太陽や月が二つあるわけでも無いじゃない?」

「一応、無くはない」

「そうは見えないけど」


 頭上を仰ぎ見るアカネ。

 空気が澄んでいるからなのか空は高く、風の匂いも違う。朝の太陽はまぶしいほどだったが、そこだけを切り取れば、地球のそれと変わりない。


「太陽は光・火・風の、月は闇・水・土の源素界への扉になっていて、その影響の強弱により朝と夜や季節の入れ替わりが発生している。そして、その太陽と月の間に影月――混沌の源素界の扉がある」


 ユウトたちが倒したイル・カンジュアル――火の精霊皇子――は、この混沌の源素界の奥に住まう支配者の一人だった。

 完全に消滅したことにより混沌の源素界の勢力が弱まり、この世界はやや温暖になり豊作な地域が増えつつあるのだが、そのからくりを知る人間はいない。


「そういう設定だったの? その割には、夜も見えてなかったような……」

「そりゃそうだ。影月だぞ。光を反射しないから、そもそも見えない。月明かりもあるしな。あと、設定とか言うな」

「見えないんじゃ、無いのと一緒じゃない」

「見えるような状態になったら、混沌の勢力が増してるってことだからな。消えてる方が良いんだよ」

「今フラグ立ったわよ、大丈夫?」

「立ってねーよ」

「あらやだ。男の子が『立ってない』だなんて。どうする? どうしよう、ユウト」

「うぜぇ……。どうもするな」


 目が覚めたときのように殊勝になれとは言わないが、いつも通りだと扱いに困る。まあ、環境変化に伴う一時的な躁鬱状態と考えれば我慢できなくもないが。


「とりあえず、色々見ていくから」

「りょーかい」


 こうして、二人は連れだって歩き出す。

 まずは、ファルヴで一番の賑わいを見せる市場へと。

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