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年越し冒険者

突発的に、年越し特別編更新です。

「ユウトたちの故郷風の年越しがしたい」


 前触れもなく執務室に現れ、わけの分からないことを言いだしたラーシアを、ユウトはうろんな瞳で見つめる。


 年の瀬が迫るファルヴの城塞では、仕事納めへ向けて慌ただしい日々を過ごしていた。特に、来年はクロニカ神王国への訪問も控えている。

 はっきり言えば、ラーシアに構っている暇は……あるかもしれないが、積極的に関わりたいとも思わなかった。


「ユウトの故郷だと、年越しになんかイベントあるらしいじゃん。楽しいことしたいー。しーたーいー」


 ――構いたくはなかったのだが、放置したら、もっと面倒なことになりそうな気もする。いや、そうなることは明らかだ。

 緩慢な動作で顔を上げ、ユウトは諦めとともにラーシアに言葉へ向き合った。


「楽しいことって言うほど、楽しくなんかないぞ」

「大丈夫。目新しいから、絶対に楽しくなるって」

「そういや、こっちじゃ特になんもなかったな……」


 ブルーワーズでも、新年は重要な意味を持つ。

 とはいえ、農村部なら少し豪華な食事が出るだけ。都市部なら、各神殿を中心に祭事が行われるが、新年――翌朝になってからのこと。

 それでも、娯楽が少ないこの世界では重要なのだが、日本のように年越しそばや除夜の鐘などの『イベント』をやるということはない。


「じゃあ、城塞の大掃除でも……」

「はぁ? ユウト、バカなの?」


 蔑みの視線とともに、遠慮のない罵声が飛ぶ。

 もちろん、ユウトはこんなことで怒りはしない。


「年越し、ねぇ……」


 椅子の背もたれに体重を預けながら、ラーシアの言葉を反芻する。

 日本風の年越しなら、テレビを見ながら年越しそばを食べて、初詣に行ったり、ご来光を拝むといったところだろうか。

 後半は、年を越した後のことだが。


「ラーシアにぴったりの風習があるぞ」

「さすがユウト、ちょろいね」

「……除夜の鐘という風習がある」


 ラーシアの暴言には文字通り目をつぶり、ユウトは言った。


「その数だけ鐘をいて、108ある煩悩を祓うという儀式だ」

「へー。なんか、エキゾッチック。で、煩悩を祓うって?」

「俗にまみれたラーシアを綺麗なラーシアにするってことだ」

「分かったよ。ボクは綺麗なボクになる」

「……オチは?」


 ラーシアの言葉を信じるなら、詐欺師の口上に耳を傾けたほうがましだ。

 そんな信念があるわけではないが、裏があるのは間違いないと、一段飛ばしにユウトがネタばらしを要求する。


「煩悩ってのにまみれたまま、ユウトはハーレムを築けばいいんじゃないかな」


 二人の視線が絡み合う。


「ふふふ」

「あはは」


 二人の視線がぶつかり合う。


「止めよう」

「そだね。他には、ないの? あるんでしょ? 大人しく出しなよ」

「あることはあるけど……」


 そばを食わせておけばラーシアは――そして、ヨナも――満足するだろうことは、分かっていた。

 分かっていて除夜の鐘と言いだしたのは、ユウト自身で、どうにもできない領域になってしまうから。


「朱音に負担がかかるからなぁ……」


 要望を叶えるとしたら、材料を地球から持ってくるにしても、調理は全面的に委任するしかない。わいわい楽しくやってるときに、それは申しわけなさすぎる。


「そっかぁ……」


 陽気な草原の種族(マグナー)が深刻そうな表情を浮かべた。


「仕方ない。ユウトが、アカネにご奉仕するしかないね」


 そして、ラーシアが重々しくうなずく。


「う~む」


 ご奉仕はともかくとして、お返しは必要だろう。それに、ここで下手に断ると、おせち料理が食べたいなどと負担がより大きな方向に行きかねない。


「話をするだけ、してみるか」

「うんうん。応援するよ、精神的に」


 言いたいことを言い終えたラーシアが、意気揚々と執務室を出ていく。


 その後、ユウトは黙々と執務を終わらせ、夜になってから断っても構わないというニュアンスを込めてアカネへと事情を伝えた。


「なるほど。年越しそばね」

「ああ。面倒だろ?」

「いいえ。あたしに、良い考えがあるわ」


 意外なことに、アカネはとんと胸を叩いて無理難題を請け負った。





「懐かしいな、カップ麺」


 大晦日の夜。

 なぜかユウトの執務室に集まった仲間たちが、めいめいに好きなカップ麺を選んではお湯を注いでいた。


 アカネが語った「良い考え」。それは、そばに限らず様々なカップ麺を地球から持ち込むこと。

 こうすれば、調理に手間はかからない。それに、カップ麺に馴染みのないラーシアたちにとっては、こちらのほうがイベントらしくなる。


「完璧な作戦だな」

「見返りは期待しているわよ」

「もちろん」


 かき揚げを乗せるタイプのオーソドックなカップそばを手にしつつ、ユウトはアカネを褒め称えた。実際、母の春子の方針でカップラーメンはおろかレトルト食品をほとんど口にしないユウトに、この発想はなかった。


「しかし、いろいろあって悩むな」

「ユウトくんに頼んで、決めてもらってはどうですか?」


 真紅の眼帯を身につけたアルシアは、パッケージに記されている文字は読めない。イラストからも判断できないため、ユウトに希望を伝えて調理も任せている。

 先ほどユウトが手にしていたカップそばは、実は、アルシアの分だった。


 一方、ヴァルトルーデは、アルシアとは別の理由で文字が読めない。それ以上に、種類がたくさんあって選ぶに選べないようだった。


「せっかくだからって、おそばだけじゃなく、うどんとかラーメンも手当たり次第に用意してもらったのが裏目に出たわね」

「それなら、アルシア姐さんと同じのにするか? 俺も、これにするし」


 シンプルイズベストと、ユウトがヴァルトルーデに助け船を出す。

 しかし、美しき聖堂騎士は、難問にぶち当たったかのように渋い顔。


「あ、そういうこと。なら、こっちのラーメンなんかどう?」


 そう言って指さしたのは、太麺タイプの魚介系醤油ラーメン。アカネの個人的なおすすめでもあった。


「そうか。ラーメンというのは、そばとは違うのだな?」

「そうよ。安心して」

「では、それにしよう」

「それで良いのか……?」


 疑問に思いつつも、ユウトはアルシアのカップそばの用意を進める。

 といっても、やることはほとんどない。

 パッケージを開封し、スープの素を投入してお湯を注ぐだけ。あとは携帯電話で3分計測し、かき揚げを乗せるだけだ。


 続けて、自分のカップそばも用意しつつ、視線をエグザイルへと向ける。


「悪くないな」


 サイズの関係で床にどっかりと座るエグザイルは、早くもラーメンをつまみに酒を飲んでいた。

 といっても、お湯で戻したものではない。どんぶりに開けてお湯をかけるタイプの即席ラーメンに、そのままかぶりついていた。

 いったい、誰がそんな食べ方を教えたのか。


「おっさん、しょっぱくねえ?」

「だから、酒に合うんだろう」

「いや、それでいいなら、とやかく言うことじゃないけど……」


 既に、年越しそば関係ないだろとは思うものの、よくよく考えればラーシアの要求で開かれている場だ。楽しんでくれているなら、それで良いのだろう。


 一方、そのラーシアは、ヨナと一緒に大変なことになっていた。


「食べ比べ、食べ比べ」

「おっ、ヨナ楽しそうだね。言い出しっぺのボクに感謝するといいよ!」

「ありがとう、アカネ」

「ヨナちゃんが、あたしにお礼を言ってくれるなんて……」

「ボクの扱いがないがしろ!?」


 まあ、それは当然の扱いと言えた。


「それよりも、そんなにたくさんどうするつもりなんだ」

「そりゃ食べるのさ。他に、どうするのさ」


 自信満々に胸を張って言うラーシア――と、ヨナ――の前には、10個近いカップ麺が出来上がりを待っていた。


「食べろよ?」

「もちろん」


 自信満々に言うヨナ。

 こうなると、もう、なにも言えない。


 それを許可だと受け取ったヨナが、珍しく興奮した様子でラーシアに雑学を語る。


「そういえば、5分ではなく10分待つという食べ方もあるらしい」

「へぇ。でも、無理だね」


 落ち着きのない草原の種族にとって、それは不可能事だった。


「おっと。アルシア姐さん、もう、良いよ」

「ありがとう」


 携帯電話のアラームで意識を引き戻されたユウトが、最後の仕上げをしてアルシアの前にカップそばを置く。


「ありがとう」

「うん。それより、伸びるとあれだから、食べて」


 アルシアは小さくうなずき、箸を手にして――ユウトの仲間たちは皆、箸の使い方をすっかりマスターしている――控えめにそばをすする。

 ユウトは、どういうわけか目が放せず、可憐な唇に麺が吸い込まれる様を、凝視してしまう。


「……悪くないわね」

「まあ、インスタント……非常食よりはましってぐらいだけど」

「これが非常食なら、冒険者は泣いて喜ぶわね」


 そう言って、アルシアが今度は小さくかき揚げをかじる。

 これも満足できる味だったらしく、順調に箸を進めていった。


「ほら、見とれてないで勇人も食べたら?」

「見とれてないし」


 ヴァルトルーデの分のカップラーメンを作っていたアカネが、揶揄とからかいの中間ぐらいの声音で勇人に注意を促した。

 まったく説得力のない反論をしてから、ユウトもカップそばのふたを開けた。


 途端に、わざとらしい鰹だしの香りが広がる。

 それを感じながら、七味を入れ、麺をほぐす。そして、かき揚げを投入した。


「いただきます」


 まずは、麺を一口。


「……こんなだったっけ?」


 最初に感じたのは、懐かしさではなく小さな驚き。

 教育方針もありカップ麺はほとんど食べないユウトだったが、初めてではない。


 しかし、記憶にあるぼそっとした麺ではなく、つるつるとした食感だった。そこに、新鮮な驚きを感じる。

 美味しいのかそうでないのか、今ひとつ分からないが、悪くない。決して悪くはなかった。


 かき揚げも、さくっとしている。

 エビの香りが、海老煎餅を思い起こさせるが、やはり、それも悪くない。


「あっちち」


 次いで、スープを飲んだが思った以上の熱さに慌ててカップを口から離す羽目になる。

 しかし、それも悪いことばかりではない。

 口直しに飲んだ水。ただの水が、本当に美味しかったのだ。


「……ユウト」

「ん?」


 夢中になって食べていたユウトが顔を上げると、ヴァルトルーデの美しい相貌が間近にあった。

 内心驚きつつ、箸を置いて問い返す。


「そ、そっちも美味しそうだな」

「ああ。どうせなら、そばも食べたほうが良いよな」


 もはや有名無実化しているが、これは年越しそばを食べる会なのだから。


「う、うむ。そう、そうだな」

「安心しろ。まだいくつか、残ってるから」


 元々、食べきれないほど地球から持ち込んでいるのだ。

 それに、ヴァルトルーデなら、カップ麺のひとつやふたつ、どうということはないはず。


 そう考えて、追加でもうひとつ作ろうとしたところ――


「勇人……」

「ユウトくん……」


 なぜか、アカネとアルシアがあきれたように名前を呼ぶ。

 気づけば、エグザイルやヨナからも、同じような視線を向けられていた。


 ラーシアだけは、満面の笑顔だったが。


「あー。そういう……」


 ヴァルトルーデの逡巡。その時点で、レールは敷かれていたらしい。


 恥ずかしい。


 恥ずかしいが、愛する妻の要望ならば応えないわけにはいかない。


「ヴァル、俺のを食べるか?」

「う、うむ。新しいのを作るまでもない。申し訳ないが、少しいただこう」


 顔を真っ赤にするヴァルトルーデが可愛らしくて、愛おしくて。

 ユウトも笑顔を浮かべて、少しとは呼べない量の麺を箸で取り、愛妻の口元へと持っていく。


 髪を押さえ、目を伏せながら麺を口にする様が、得も言われぬ色気を醸し出す。

 二人きりだったなら、果たして理性を保てたかどうか。


 麺をすするヴァルトルーデの唇を凝視しないように気をつけながら、ユウトはそんなことを思う。


「ふう……。こちらも、なかなか悪くないな」

「それは良かった」

「ユウトも、こちらのラーメンとやらを――」

「それは許してくれ」


 ヴァルトルーデは不満気に頬を膨らませるが、仕方がない。一度そんなことをしたら、アカネやヨナが黙っているとは思えなかった。

 もしかすると、アルシアも……。


「来年は、平和だと良いな」


 心持ち急いで食べ終えたユウトは、ふと、そんなことを口にする。

 それは無意識の。しかし、心からの言葉。


「ユウト、それは無理だと思うよ?」

「言うなって」


 誰からともなく笑い声が漏れる。


「まあ、なんだ。来年も、よろしくな」


 こうして、大切な人たちとの時間は過ぎていった。

本編は予告通り1/4更新予定です。

また、書籍版5巻の発売が2/29に決まりました。

http://www.futabasha.co.jp/booksdb/book/bookview/978-4-575-75078-2.html


来年も、Web版書籍版どちらもよろしくお願いいたします。

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