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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 14 女帝の熾火 第三章 ルージュ・エンプレス
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エピローグ

「ヨナ、まだ買うのかよ」

「……ダメ?」

「いや、ダメじゃないけどさ……」


 あんな事件があった後にもかかわらず、ヨナはいつも通りマイペース。さすがに、あの事件のあとで指輪などのアクセサリーをねだることはなかったが、その分、ヨナのチョイスに遠慮はない。

 家電量販店のおもちゃ売り場で、めぼしい商品を物色してはユウトが持つカゴへと入れていく。 


 今回も、ヨナがいなかったら、どうなっていたか分からない。

 感謝の気持ちはあるし、それを物質的に現すのもやぶさかではない。


 しかし、ユウトが両手にひとつずつ持つカゴは、既に商品で溢れんばかりだ。金銭的には問題ない。金ならある。

 だが、これ以上はアルシアに怒られる危険性があった。


「買うけど、もうちょっと厳選しようぜ」

「学校のみんなにも、配るから」

「うっ。そうきたか……」


 ヨナが初等教育院の友達へのお土産を買おうとしている。

 それだけで、ユウトとしては感動ものだ。ラーシアなら、きっとこの気持ちを分かってくれることだろう。


 今は次元を隔てた友の顔を思い浮かべながら、ユウトは覚悟を決めた。


「よし。アルシア姐さんに怒られたら、そのときはそのときだ。もう、めぼしい物があったら、どんどん買っちゃえ」

「さすがユウト」


 珍しく。本当に珍しく、唇に微笑をたたえたヨナがさりげなく売り場を移動していく。

 向かう先は、自転車売り場のようだ。もしかすると、街中で見かけて狙っていたのかもしれない。


 石畳で覆われたファルヴの街であれば、特に問題なく利用できるだろう。

 おねだりをされたら、ユウトはどんな反応をするのか。


「なんだかんだと、何台か買っちゃいそうねぇ」

「センパイ、このままお父さんになって大丈夫なんでしょうか」

「今回は、ヨナちゃんが、新しい技を身につけたから多少は割り引いてあげないと」


 休日で混雑する店内。

 少し離れた場所から兄妹のような二人――外見は似ていないのだが――を眺めながら、アカネと真名が感想を言い合う。

 彼女たちのなかでは、ユウトが押しきられるのは既に確定事項のようだ。


「どちらかというと、センパイが弱すぎるようにも見えますが」

「そこが、教授(プロフェッサー)の良いところかと」

「まあ、そうですね……」


 マキナの指摘に、苦笑しつつ真名がうなずく。


「ところで、私たちに付き合ってて大丈夫なの?」

「今は、私が皆さんの護衛です。それに、後始末は他に担当がいますから」

「そういうものなんだ」


 具体的な名詞を出さずにアカネが尋ねるが、真名は誤解することはなかった。

 なんの心配もないと、端的に答える。


 事件の中心である佐伯和香奈の母。

 それに、吉沢蛍に佐伯和香奈といったアカネ――と、ユウトの――元クラスメートをはじめとする、事件の目撃者たち。


 彼女たちへの説明と処置は、賢哲会議(ダニシュメンド)の専門の部隊が行なっている。

 ここまで派手なことになるのはレアケースだそうだが、この地球で神秘の事象に対応をし続けてきた実績は本物だ。世間の耳目を集めることなく、収束させてくれることだろう。


 もうちょっと穏便に解決させてくれれば……ぐらいは、思っているかもしれないが。


 また、佐伯和香奈の母の状態は深刻だったが、全力を尽くすことを約束してくれている。

 肉体的な損傷であればともかく、精神の傷を癒す呪文は非常に高度で、地球で使用するのは難しい。カウンセリングからになるのか、投薬が必要になるのかは分からないが、まずは任せるしかなかった。


 また、吉沢蛍と佐伯和香奈に対しては、アカネもユウトも自ら説明することを望んだが、まずは賢哲会議から話をさせてほしいと謝絶された。

 その後の事情説明が、今回の地球行きにおける最後の仕事となるだろう。


「今回はいろいろと後れを取ってしまいましたが、後始末は任せてください。支部長も、汚名返上と張り切ってますから」

「そこは、お任せするしかない立場だけど……」


 案の定、自転車売場へ誘導され渋い顔をしているユウトを追いかけながら、アカネが困ったような表情を浮かべる。


「あたしたち、下手な映画やゲームみたいな境遇になってるんだけど。情報操作、もうちょっとなんとかならなかったの?」

「それを言われると辛いところですが、常識的な線でごまかすのは難しかったので、いっそ荒唐無稽なストーリーのほうがいろいろ都合が良かったんです」


 そう言われては、アカネもなにも言えない。

 納得したわけではなかったが、起点がユウトの行方不明にある以上、無い物ねだりにならざるを得ないのは理解している。


「でも、担当部署には希望を伝えておきます」

「……期待できなさそうな返答だわー」

「いえいえ。元凶を破壊されて途方に暮れている調査部よりは、聞く耳を持ってくれると思います」

「あー。あの呪いの指輪」


 状況からして、あの金無垢の指輪が佐伯和香奈の母の精神を蝕んでいたのは間違いない。ヨナや、同行していた護衛の人員が、彼女を気絶させても意味がなかったという傍証もある。


 しかし、ユウトが魔法具(マジック・アイテム)としての力を消去してしまったので、調べようがないらしい。


「購入ルートなどから追うしかありません。彼らには、せいぜいがんばってもらいましょう」


 三人分の声が聞こえてくる状況だが、特に奇異な視線は向けられていない。他人事のように言うマキナの意見にうなずくのは良心が痛んだが、そうするしかなさそうだ。


「呪いの指輪や幽霊屋敷の噂はいくつもあります。その大半はデマですが……」

「数少ない例外が、あれだったわけね」


 そう考えると、アカネが事件に巻き込まれたのは運が悪く、同時に、佐伯和香奈たちにとっては幸運だったのだろう。


「はい。なので、追跡調査によってさらなる本物に遭遇する可能性もありますから」


 さすがに、黒幕がいることはないようだ。

 仮にいるのであれば、ルージュ・エンプレスの捜査で痕跡ぐらい見つかるだろうから、完全に偶然なのだろう。


「といっても、空振りがほとんどのようです。統計的には、ですが。それに、今回の事件の本質は、そこにはないようです」

「……どういうこと?」


 マキナへの問いを、真名がささやくような声で答える。


「連中の主張に理があることが、図らずも証明されてしまいましたから」


 ルージュ・エンプレスの、人々が神秘の実在を知っていれば被害を未然に防ぐことができるという主張。


 確かに、呪いの指輪が存在していると多少なりとも信じられる土壌があれば、違った展開になったかもしれない。


「なるほどね。でも、そこは勇人が上手くやるでしょ。給料分は働かないと」


 そのユウトは、結局、自転車は5台ほど購入する羽目になったようだ。

 大量購入したおもちゃと一緒に配送してもらうよう、書類に住所を書き込んでいる。


「……随分と厚い信頼ですね」

「それは、そうよ」


 理由は口にしない。

 けれど、アカネの口調も表情も確信に満ちていた。


 異常で非日常の事件に連続で巻き込まれたにもかかわらず、アカネはいつも通りだった。

 慣れたというのもあるだろうが、実のところ、それは枝葉だ。


 そして、もうひとつ。久々に友人と遊んだのは楽しかった。プレッシャーもなく伸び伸びとしていられた。……だが、どこか物足りなかった。


 この両者に共通する要因、それはユウト。


 ユウトがいれば、どんな事態になっても安心していられる。

 ユウトがいなければ、どんな楽しい状況でも物足りない。


 つまりは、そういうことなのだ。


「なんだか、嬉しそうですね」

「そう? とりあえず、あたしの選択は間違っていなかったなって」

「はぁ……」


 真名が、なんだかよく分かっていなさそうな生返事をする。


「これだから、ご主人様(マスター)は……」


 情緒面においては、もしかするとマキナのほうが発達しているのかもしれなかった。


「悪い。待たせたな」

「あとで、アルシアさんに怒られても知らないわよ?」

「ラーシアの自転車も買った。味方はいるさ」

「頼りになるのかしらね……」


 手続きを終えたユウトが、アカネたちの下へと戻る。

 ヨナはゲーム売場へ放流され、代わりに、真名とマキナがアルビノの少女の後を追った。


「ゲームのほうは、そんなに時間かからないから、次は朱音の買い物だな」

「大丈夫、もう買ったわ」


 満面の笑みを浮かべ、緑色の手提げ袋を眼前に突き出す。

 この家電量販店に行く途中、地下街の書店で購入したらしい。


「マンガかなにか?」

「違うわ。これよ、これ」


 アカネが得意げに取り出したのは、雑誌だった。


「……感動のウェディングプランベスト50?」


 ただの雑誌ではない。いわゆる、結婚情報誌のようだった。


 表紙には、その他、まばゆい文字が踊っている。だが、それよりも目を引いたのは、付録。


 シンデレラなランドリーエプロン。


 付録は、シンデレラなランドリーエプロンと記載されていた。


 さっぱり意味が分からない。シンデレラのエプロンは幸運のアイテムなのか。いじめられている時代の物ではないのか。その後、玉の輿に乗るから構わないのか。


 もしかして、意味不明なアイテムにより男を萎縮させ結婚へと持ち込もうという作戦なのではないか。


「まあ、参考にね」

「お、おう」


 なんだろう。

 この男だけが感じる重圧は。


 責任を取るというか、アカネと結婚するつもりはある。もちろんある。

 だがそれはそれとして、やはり、得体の知れないプレッシャーを感じずにいられなかった。


「それに、幸せのピンクの婚姻届もついてるのよ」

「お、おう」

「ほら、手じゃ破れないほど頑丈な素材なんだって」

「……おっさんとヴァルが挑戦しそうだな」

「あの二人は、本当に破りそうね……」


 しばし、次元を隔てた友に思いを馳せた。

 だが、それも長くは続かない。気を取り直したように、アカネが蠱惑的な瞳で幼なじみ兼婚約者に問いかける。


「これ、このまま役所にも提出できるんだって。本当に使う? それとも、記念にとっておく?」


 しかし、ユウトにあらがう資格はない。

 立て込んでいたとはいえ、婚姻届を取りに行くという約束を反故にしたままなのだから。


「仰せのままに」


 おどけたように言って、ユウトはアカネの手を取った。

 その答えに満足したようで、アカネも手を握り返し、愛し合う二人が店内を移動する。


 それは、ヨナや真名と合流するためのものだったが――まるで、同じ未来への道を進んでいくようだった。

これにて、Episode 14の終了です。

感想・評価などお寄せいただければ幸いです。


また、Episode 15の開始は来年1/4(月)の予定です。

それでは、今後とも本作品をよろしくお願いいたします。

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[一言] ヒーローもヒロインもみんなまどろっこしい! おめでとうございました。
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