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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 14 女帝の熾火 第三章 ルージュ・エンプレス
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8.事件のその後

「来て早々、厄介事に巻き込まれたな……」


 熱々のコーヒーを口にしながら、ユウトが疲労と一緒に長く息を吐いた。

 炎の精霊皇子イル・カンジュアル、悪魔諸侯(デーモンロード)、ムルグーシュ神、レイ・クルス等々、強敵との死闘に事欠かないユウトも、これほど精神的に消耗した経験はない。

 今日ばかりは、いつものブラックコーヒーではなく、砂糖とミルクを投入した甘めのコーヒーを口にしているのもそのせいだろう。

 ユウトの個人的な嗜好としては、この飲み物をコーヒーと呼ぶのにかなり抵抗があるのだが。


「巻き込まれたというか、狙われていたというか。勇人は、ほんと、あの痴女帝に好かれてたのね」

「まさか、地球にまで爪痕を残しているとは思わなかった……。でも、まあ、油断だなぁ」


 対面に座るアカネへ、恥ずかしそうに言うユウト。

 客観的に見ると、そこまでではないのかもしれないが、少なくとも、ユウト本人は忸怩たるものを感じているようだ。


「解決したんなら良いじゃない。それも、たった一日で」

「それはそうなんだが……」


 ユウトの煮え切らない態度には、事後処理に関われなかった点も関係しているのかもしれない。


 ヨナがルージュ・エンプレスの面々を文字通り叩きのめした後、さすがに部外者のユウトたちの手を煩わせるわけにはいかないと、極東支部長の香取が自ら陣頭指揮を取り、事態の収拾に乗り出した。

 ルージュ・エンプレスの支持者がどこにどの程度いるか分からない状態ではあったが、取り調べに対し田港たちは抵抗することなく、求められるままに証言したらしい。

 ユウトに手ひどい拒絶を受けたうえ、年端もいかぬ少女に完膚なきまでにやられて心を折られたことが原因なのは言うまでもないだろう。


 結果、支部長秘書の倉木などそれなりに支持者はいたものの、実際の戦力は田港が率いていた部隊のみということが判明した。

 少数精鋭を標榜していたのか、赤毛の女帝の指導を直接受けたというステータスを組織の維持に利用していたのかまでは不明だが、日本国外にまで思想汚染は広がっていなかったようだ。

 そこで、極東支部の管理下にある他国の実働部隊を動かし、支持者を一気に拘束する。もちろん、ユウトやアカネの両親の護衛もそつなくこなし、事態は当日の夜遅くには、一応の収拾をみた。


 今回は後れを取ったものの、このあたりの手腕は若くして極東支部長にまで登り詰めた香取の面目躍如といったところだろう。


 それに、背後にいたのは、あの赤毛の女帝だ。出し抜かれたのは仕方がない。

 秘書にまで裏切られたからと、ユウトは香取の評価を下方修正するつもりはなかった。


 もっとも、事態が安定するまではと、極東支部に留め置かれたのには閉口したが。


 そのため、真名のハイブリッド車で支部を出たのは夜もすっかり遅くなってから。

 軽食ぐらいは口にしていたものの、まったく量が足りなかったため、誰もが空腹を抱えていた。ヨナの極めて強硬な要望もあり、では帰りに食事をとはなったが、ファミリーレストランぐらいしか選択肢はなかった。


 といっても、彼らがいるのは、放課後に学生が寄るような低価格店ではない。メニューの価格だけでいえば、倍は違う高級店だ。

 もっとも、ユウトの収入からすれば大差はない。

 それに、費用は賢哲会議(ダニシュメンド)持ちだった。


「確かに、経費で落としますから、お好きなものをどうぞとは言いましたが……」

「楽しみ」


 本来なら夢の世界へ旅立っているはずのヨナも、極東支部にいる間にたっぷり睡眠を取ったため元気いっぱい。

 オレンジジュースをストローで飲みながら、今か今かと料理の到着を待っていた。


「本当に、遠慮なくお好きなものを頼まれるとは思いませんでした」


 ヨナだけでも――というよりは、ほとんどヨナのオーダーなのだが――3,000円以上する320gのサーロインステーキにオムライス。それに、オニオングラタンスープと本当に遠慮がない。アルビノの少女だけで5,000円ほどは注文しているはずだ。


 普段は賢哲会議(ダニシュメンド)の寮で食事を摂り、クラスメートと出かけることなどない真名にも分かる。

 これは、いわゆるファミレスで支払うような額ではないと。


 さらに、メニューのデザートのページを舐めるように見ていたのを、真名は見逃していなかった。


「ステーキが美味しかったら、持ち帰りのステーキ重も頼む。明日の朝ご飯。サンドイッチもあるし、ユウトたちはこっち」

「見ていたのは、デザートだけではありませんでしたか……」

「ステーキ重ですか。たまにならば仕方ありませんが、もう少し野菜も摂取すべきかと」


 そこも心配だが、今はそんな場合じゃない。

 相棒(マキナ)の的外れな忠告に、真名の憂色は益々濃くなる。客も少ないため、タブレットが喋っても問題ない状況なのが、逆に恨めしい。


 本来止めるべきユウトは、「ヨナが他人の分まで頼もうとしているなんて……」と、成長を喜んでいるので頼りにならなかった。


「後で精算できるとはいえ、財布のお金で足りるか……」

「電子マネーの機能がないのが悔やまれます。タブレットではなくスーパーカーであったなら、ATM機能ぐらい搭載していたはずなのですが」

「巨大な悪に立ち向かう現代の騎士過ぎる……」


 ユウトと同じようにコーヒーカップを手にしていたアカネが、マキナの本気とも冗談ともつかない嘆きに半眼でツッコミを入れる。

 その態度からもうかがえるが、若干眠そうではあるものの、アカネはショックを受けているようには見えなかった。いきなり非日常に巻き込まれたにもかかわらずだ。


「三木センパイは、本当に大丈夫なのですか? その、私が言うのもどうかと思いますが、いろいろとショッキングな事件だったと思いますが」

「ありがと。でも、自分の書いた劇が異世界で大人気になったうえに奇跡を起こしたり、王妃様たちにメイク術が大絶賛されたりとかに比べればねえ?」


 より衝撃的な事件を例に出し、アカネは笑って否定する。

 それはもちろん、ユウト――と、ヨナ――がいてくれたからこその話。加えて、肌身離さず身につけている婚約指輪は、三回までではあるが、アカネに降りかかる災難を払ってくれるのだという。

 好きな人が側にいて、好きな人からの真心のこもった贈り物がある。どこに、ショックを受ける要素があるというのか。


 それがアカネの偽らざる気持ちだというのは、ユウトにも伝わっている。だが、ユウトとしては、どうにも釈然としない。


「でもなぁ、今回は、もうちょっと上手くやれれば良かったんだが……」

「それを言ったら、私のほうが情けない話になってしまいます」

「いや、そんなことは……」


 ユウトは咄嗟に否定しようとしたが、真名の言わんとするところは分かる。

 自らの本拠地に招待しておいて裏切り者の襲撃を許し、客人にその撃退まで任せてしまった。組織として考えれば、とんでもない失点だ。


 さらに、ユウトが内罰的になればなるほど、立場もなくなる。


「まあ、そうか。じゃあ、おあいこということで」

「そうしていただけると、助かります」


 隣に座る真名へ無意味な責任追及は止めにするよう提案し、全面的にではないが、真名もそれを受け入れた。

 ようやくユウトが前向きになったと、アカネもほっとする。


 今までは、遠慮もあったが、これからはそれも不要だ。


「やっと、前に進めるわね」

「え? そんなに後ろ向きだったか?」

「そういうことじゃないわよ」


 ぱたぱたと手を振り、アカネはまたしても笑顔で――それも、先ほどよりも濃い笑顔で――否定する。


「婚約者の愛人問題なんて、ニュートラルな精神状態で話さないと、ろくなことにならないでしょう?」


 コーヒーカップを持ったユウトが固まった。

 その隣に座る真名も同じだ。


「……火のないところに放火されたみたいな話だぞ」


 しばらくして、絞り出すようにそう言うのが精一杯。甘いはずのコーヒーが、やたらと苦かった。

 とはいえ、ここで「誤解だ」とか、「違うんだ」などと言っても、事態は沈静化しない。


「確かに、火の気のないところからの出火は、放火以外にあり得ませんね」


 上手いことを言うものですと、他人事のように真名がうなずく。


ご主人様(マスター)、放火犯の言う台詞ではないかと」

「なにを言うのですか、マキナ。小火に油を注いでおいて」

「今後のことも考えると、だめ押ししたほうが良いと思いました」


 そう、浮気を問い詰めるにしては和気藹々とした雰囲気で話が進んでいたところ、注文の料理が届いたため、一時中断する。


「その辺の話は、支部長も交えた席でやりましょう」

「そうだな、そうしよう」


 センシティブな話題を先延ばししたかった――わけではない。

 若い食欲が、いろいろな問題を凌駕しただけだ。


 じゅうじゅうと食欲を刺激する鉄板の音。その上に載った肉の塊に勇躍挑みかかったのはヨナだ。ナイフとフォークを使って大きめにステーキを切り分けると、無造作に口へと運ぶ。


 見た目だけなら、小動物がもきゅもきゅと食事をしているようだが、実態は、この上ない肉食。

 じっくりと味わいながらも、早いペースでサーロインステーキを嚥下していく。そうしながら。ユウトが注文したハンバーグも観察しているのだから、肉食としか言えない。


 それに刺激を受けたというわけではないが、ユウトたちも、深夜だからと食欲を抑えるような真似はしない。

 アカネでさえも、注文した生ハムとトマトのスパゲッティ――これが、パスタの中で一番カロリーが低かった――を若干のためらいと後ろめたさとともに口にしていく。


 しばし、若く旺盛な食欲に逆らわず、料理に舌鼓を打った。


「まんぞく……」

「それは良かった。真名の財布にも」


 結局、ヨナの暴食を鎮めるためには、さらにパフェとあんみつというデザート二品が必要だった。


「でも、勇人。こんなに食べさせちゃって、あとでアルシアさんに怒られるんじゃない?」

「う……。でも、今回はヨナに助けられたから。ご褒美なので、ノーカンだろ」

「あたしも、そうは思うけど……。次は、ここまで行く前に止めましょうね」

「ああ。分かった」


 子供の教育方針で揉める夫婦のような会話をするユウトとアカネだったが、その渦中にあるヨナは、氷が溶けたオレンジジュースをすすっていた。


「ユウト」


 そのヨナが、グラスを置いてユウトの目をじっとのぞき込む。


「ごほうび」

「食べただろ?」

「それだけ?」

「そう言われると……」


 正直、弱い。

 ここの支払いを真名だけに任せるつもりはなかったが、最終的には賢哲会議が出そうとすることだろう。


 そう考えると、確かにユウトからのご褒美とは言えなくなってしまう。


 一方、もちろん、ヨナもこの程度でごまかされるつもりはない。

 好きなだけ食べたのは、それはそれ、これはこれだからだ。


「そうだな……」


 どうやら、ヨナはキスを求めているようだが、子供相手にそんなことができるはずがない。少なくとも、アルビノの少女が求めているようなキスは。

 これはもちろん、成長したらしても良いという意味ではない。


「じゃあ、なんかプレゼントしよう」

「うー」

「一段落したら、こっちで買い物だ。朱音も一緒だけれど」

「……分かった。それで」


 満足はしていないが、それで手を打つと懐の深いところを見せるヨナ。

 なんとか話がまとまり、ユウトは安堵のため息を吐く。


「ヨナちゃんに、良いようにあしらわれてる気がするんだけど」


 幼なじみからのもっともな指摘だったが、ユウトは黙殺した。

 分かっていても、どうしようもないことは、確かに存在するのだ。


 しかし、それが原因で、まったく別の事件に遭遇するとは、さすがのユウトも想像もできなかった。

ちなみに、本エピソードは、あと2~3話で終わる予定です。

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