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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 14 女帝の熾火 第三章 ルージュ・エンプレス
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6.彼らの主張(前)

「俺を賢哲会議(ダニシュメンド)の最高指導者に?」


 予想外というよりは想像もしていなかった要求に、ユウトは思わず香取支部長と顔を見合わせてしまった。


「驚くのは無理もありません。いきなり最高指導者というのは、現実的ではないでしょうね」

「そりゃそうですよね」

「もちろん、受けていただけるのであれば全力で調整しますが」

「ええっ!?」


 香取の手の平返しに、ユウトは驚きを隠せない。しかも、秘書の倉木へのポーズや時間稼ぎという風でもなかった。半ば本気で検討をし始める。


「東南アジアと北米はなんとかなるでしょう。欧州も説得次第。問題は、やはり中東の本部ですね。しかし、天草師が実力を披露いただければ納得するはずです」

「するんですか!」


 そこはしちゃいけないところだろうと、声をあげるユウト。

 しかし、銃を突きつけられている状態にもかかわらず、香取支部長は飄々とそれを受け流す。


「申し上げたではないですか。賢哲会議は実力社会だと」

「そういう問題だろうか……」


 脅迫寸前という状況におかれて「そういう問題」もないものだが、想定する流れと違ってしまい、ユウトは二重の意味で頭を抱えた。

 いっそ、ヴァイナマリネンのジイさんでも送り込んでやろうかとユウトのなかの悪魔がささやくが、ユウトのなかの天使が泣きそうな顔で制止するので思いとどまる。

 そんなことをしたら、頼んでいた原油の精製はとんでもない方法で解決されそうだし、なにより、地球がどうなってしまうのか不安しかない。

 ふるさとは遠くにあって思うものかもしれないが、変わって欲しくないものでもある。


「そもそも、顧問への就任要請も賢哲会議の内部への招聘は困難であろうという、ある意味で妥協の産物ですので」

「……香取さんまで、ルージュ・エンプレスとやらじゃないですよね?」

「お恥ずかしながら、その名は私も初耳でした。いや、本当に恥ずかしい」


 思わぬ裏切りに当初は当惑し、動揺していた香取だったが、今は良くも悪くも開き直りつつあるようだ。それは、自らが害される可能性があっても、ユウトやアカネ、ヨナへ危害を加える可能性が低いと分かったからだろう。


「さすが勇人ねー」

「ねー」

「二人とも、棒読みは止めてほしいんだけどな……」


 左右に陣取るアカネとヨナではなく、拳銃を構える倉木秘書を見ながらユウトはぼやく。

 意思を確認しようとでもしているのか、半分ふざけたような話を制止する様子はない。眼鏡の奥の黒く怜悧な瞳は、観察するかのようにこちらへ向けられている。


「まあ、俺が最高指導者に就任したとして……」


 その視線と注意を惹きつけるかのように、悠然と足を組みユウトは口から出任せに思考実験を行う。


「理術呪文の存在を公にしたいだなんて、社会に与える影響が大きすぎて俺には判断できないな」

「確かに、影響は大きいでしょうね」


 ようやく、倉木が会話に乗ってきた。

 だからというわけでもないだろうが、すっかり落ち着きを取り戻したアカネが首をかしげながら疑問を呈する。


「そう? 影響が大きいっていうより、誰も信じないんじゃない?」

「それなら、むしろ良いほうだな。ただでさえも、科学的根拠のないインチキ治療法みたいな詐欺が存在してるんだ。魔法が実在しますなんてことになったら、それにお墨付きを与えることにもなりかねない」

「ああ……。まあ、そうかしら……」

「あと、アフリカのほうじゃ、サッカークラブにはお抱えの呪術師がいたりするしな」


 科学万能というわけではないが、日本ではいわゆる霊感商法は詐欺だ。そんなものは、存在しないと言うことになっている。

 一方、ユウトが例に出したアフリカの一部でも、呪術師が詐欺で逮捕されることはある。


 しかし、事情は日本とは正反対。


 本物の呪術師でないにもかかわらず、その名を騙って依頼を受けたがゆえに詐欺なのだ。そういう地域では、なにを今さらという話になるのだろうか。


「あと、どっかのサッカー協会が試合で勝つために、呪術師に依頼をして結果が出たのに、報酬が支払われなかったって、呪術師から訴えられたとか」

「神風が吹きそうねぇ」

「九州に二ヶ月もいれば、台風のひとつやふたつ勝手に来るだろうけどな」


 なんにせよ、社会に与える影響が大きすぎる。

 それが良い方向に進むということであれば、ユウトも協力はやぶさかでもない。もちろん、できる範囲は限られるが。


 しかし、どう考えても責任が持てない。


「そうお思いになるのも、当然かも知れませんね」


 けれど、倉木は銃を構えたまま艶然と微笑む。

 その理解のある態度が、逆に恐ろしい。


「ですが、結論を出すのは、同志の話を聞いてからでも遅くはないかと」


 倉木の肩越しに外の光景を眺めつつ、ユウトは、ゆっくりとうなずく。


 だが、それは彼女への肯定ではなかった。


「《冷気の矢(フロスト・ボルト)》」


 タブレット――マキナから魔法陣が投射され、そこから二本の冷気の矢が飛び出て窓ガラスに突き刺さる。だが、特殊なガラスなのか、破壊には至らない。


ご主人様(マスター)、もう一度です」

「分かっています。《火炎爆砕(フレイム・バースト)》」


 続けて放たれた破壊の呪文により、支部長室の窓ガラスに大きなひびが入った。


「朱音、伏せて!」


 そう叫ぶと同時に、ユウトはアカネを押し倒し覆い被さる。

 倉木が警告のために、口を開こうとした瞬間、彼女の背後からバリンとガラスが割れる音がした。


「センパイたち、ご無事ですか?」

「ヨナ、やれ!」


 背後の破砕音が、誰かがぶち破った音だと自覚するよりも早く、倉木は振り返った。

 振り返ってしまった。


 ビルは制圧済みという油断。強化ガラスが破られるはずがないという先入観。ルージュ・エンプレスの魔導官以外が、《飛行(フライト)》のような高度な呪文を使用できるはずがないという侮り。


 敗因を上げれば切りはないが――いずれも、本質ではない。


 結局のところ、彼女はユウトのことを、なにも理解していなかったのだ。


「《サイコキネシス》」


 ヨナが鬱憤とともに超能力(サイオニック・パワー)を解放する。

 それと同時に、応接スペースのテーブル――ケーキの皿や紅茶のカップが載ったそれが独りでに動き出し、見えざる巨人が投擲したかのように倉木に衝突した。


「ぐぇっ」


 潰れたカエルのようなうめき。女性が出して良い声ではないが、ヨナは斟酌しない。テーブルも、止まらない。


 女性の体ではあるが、そのまま軽々と押しやり、広い支部長室を横断し壁際まで運んでいく。

 ユウトに押し倒されながらその光景を見て、アカネは雪国の除雪車を連想していた。もちろん、実物を見たことなどないので、単なるイメージだが。


「こ、こんな……」


 拳銃も途中で取り落とし――持っていたとして、有効活用はできないだろうが――無力な虜囚となった倉木が呆然とつぶやく。

 気持ちは分からないでもないけどね……と、アカネを抱き起こしながら、ユウトは思わず同情してしまった。


 そんな思いやりは彼女にとっては無意味だし、すべきでもないのだろう。

 しかし、テーブルで体を押さえつけられながら、壁に体をぴったりと接しているこの状況は、やはり、同情せずにはいられない。


「倉木くん……」

「はぁ……。センパイは、センパイですね」

「さすがです、教授(プロフェッサー)


 賢哲会議の面々もあきれ気味だ。一人――というよりは、一台か――だけは、肯定的だったが、なんの慰めにもならない。


「ユウト!」


 殊勲をあげたヨナは、《サイコキネシス》を維持はしつつも、制圧した倉木に興味などなかった。

 ソファから下りて、アカネの肩を抱いたままのユウトの前へ回り込み、キラキラとした瞳でご褒美をねだる。


「ありがとう。助かったよ」


 ユウトにも、断る理由はない。

 アカネを抱くのとは別の手で、ヨナの白い髪を、少し力を込めて撫でる。


「ご、ごまかされない」


 アルビノの少女が望んでいたご褒美とは、少し違ったようだ。

 不平を口にするが、いつもの無表情は崩れ、わずかに頬が緩んでいる。


「私の婚約者が半端ないって。女の子の頭を撫でただけで骨抜きにするもの。そんなの普通できないじゃない」

「人聞きの悪い!」

「センパイ、私には、そういうの要りませんからね」

「冤罪だ!」


 これでは道化だと、ユウトは苦笑する。

 だが、アカネが変にショックを受けていないのであれば、この程度安いものだ。誤解を解く機会は、あとでいくらでもあるだろう。


「真名、助かった」

「大したことはしていませんが……」

「ディフェンダーを引きつけるためのおとりの動きは大事なんだぞ」


 アカネのことはヨナに任せ、ユウトは窓ガラスを壊して飛び込んできた真名へと近寄る。香取支部長は、さすがに哀れに思ったのか、倉木を別の手段で拘束し、《サイコキネシス》から解放するために動いていた。


「そのたとえはよく分かりませんが、結局、センパイたちを危険にさらしてしまったようで、申し訳ありませんでした」


 タブレットを胸に抱いて頭を下げる真名へ、ユウトは苦笑して返す。


「まあ、あっちへ行ったときに、俺もヴェルガ関係で迷惑をかけたりもしたし。おあいこだろ」

「それはそうですね」

「立ち直るの早いな」

「ええ。なにしろ、まだ事件は解決していませんから」

「それもそうか……」


 他に方法がないからと、支部長にベルトで手を縛られている秘書――呪文は温存するのだろう。正しい判断だ――を眺めつつ、ユウトは今度の行動を思案する。

 真名とも合流できたし、脱出するのに障害はない。


 しかし、ここでの脱出は逃亡と同義。逃亡後のプランがなければ、ただ問題を先送りするだけになってしまう。


「ちなみに、ルージュ・エンプレスと名乗った武装集団が、こちらへ迫っているところですが……」

「向こうの話を、聞くだけ聞くか」


 せめて、アカネだけでもヨナが《テレポーテーション》で連れ出してくれたら安心なのだが、ヨナはユウトから離れるのを拒むだろう。もしかしたら、アカネも。


 仕方がない。守れば済む。それだけのことだ。


「できれば、センパイたちには、この場から離れてほしかったのですけど……」

「その前に、教授。お願いが」

「ん?」

「ご主人様の服や髪に、ガラスの破片が付着しているようです。除去をお願いします」

「ああ。そうだな」


 非常時ではあるが、放置もできない。

 黒竜衣(ドラゴン・クロース)の袖を使って、肩や髪を払ってやる。


 それは完全に善意からの行動で、下心など一欠片もない行為だったが……。


「なるほど。ブラフではなかったか」


 傍目には、抱き合っているようにしか見えなかった。


「……いろいろな意味で、遅きに失したようですね」


 真名がため息を吐くと同時に、足音を立てて支部長室へとなだれ込んでくる一団。

 そのなかには、真名に片足を折られた田港の姿もあった。


「貴様が天草師の愛人だというのは、本当だったようだな」


 ユウトと、ルージュ・エンプレスとのファーストコンタクト。 

 それは、予想外の指摘で始まった。

マキナ「計画通り」

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