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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 14 女帝の熾火 第三章 ルージュ・エンプレス
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5.ルージュ・エンプレス

 ビル全体が鳴動しても、賢哲会議(ダニシュメンド)極東支部を訪れた客人たちは狼狽を見せることはなかった。


「地震?」

「攻撃?」


 アカネのある意味で日本人らしいつぶやきに、ヨナの誤解とも言い切れない疑問が続く。

 ブルーワーズにも地震はあるが、本拠地であるファルヴ周辺では、日本に比べれば皆無と言っても良いぐらいの頻度。

 アルビノの少女にとっては、むしろ、呪文による攻撃のほうが馴染み深いぐらいだ。


「攻撃って、大げさな」

「……真名が下で待ってるって言っていた。確認してみよう」


 これが、家にいるときならアカネの意見を全面的に支持しただろう。

 にも関わらず、ユウトが迷いもせず携帯電話を取り出したのは、冒険者の勘とでも言うべきものだったかもしれない。


 だが、真名に連絡を取ることはできなかった。


「……圏外?」


 なにか理由があって、このフロアは携帯電話の電波を届かないようにしているのか。


「いいえ、そんなはずはありません」


 視線で、会談相手である極東支部長の香取へと尋ねるが、返ってきたのは明確な否定だった。

 期せずして、冒険者の勘が正しかったことが証明されつつある。


「警備室へ確認を取りましょう」

「お願いします」


 デスクにある電話へと移動する香取支部長の背中を見つつ、ユウトは呪文書に移してある呪文を確認していく。


 襲撃があることを見越して――というわけではなかったが、一回や二回の戦闘に耐えうる呪文はそれなりに準備してある。

 もちろん、ユウト基準での「それなり」なので、地球の常識で言えば過剰なほどだ。


 しかし、それをそのまま使用はできなかった。


 確かに、真名を通じて《道化師の領域スフィア・オブ・クラウン》は習得しているが、第五階梯以上の呪文では、因果の反動(バックラッシュ)が発生してしまう。

 因果の反動の厄介なところは、階梯が高くなるほど強力な反動が発生し、それもランダム。なにが起こるか分からないところだ。

 しかも、因果の反動により術者が傷を負うケースや、小規模ながら爆発した事例もあるという。余程追い詰められた状況でない限り、自重するのが正解だろう。


 そう結論を出したところで、隣に座るヨナが上目遣いで聞いてくる。


「下、見に行く?」

「ああ……。いや、ここで俺たちを守ってくれ」

「分かった」


 理術呪文は制限があり、神術呪文も天上と遠く離れているためか本来の力は発揮できない。


 しかし、超能力(サイオニック・パワー)は例外。


 もちろん、派手なことをすれば世間の耳目を集めることになるが、因果の反動の対象外というだけで自由度が違う。

 これは要するに、信じている人間の数が違うから起こっているのではないかとユウトは思っているが、仮説でしかない。証明のしようもないだろう。


 重要なのは、ヨナが最大の戦力であるということ。

 であれば、アカネのためにも手放すことはできない。


 それに、相手が人間と決まっているわけではないが、ヨナに地球の人間を傷つけてほしくはなかった。これは、無意味なエゴだろう。

 自覚はある。しかし、それだけに、割り切るのも難しかった。


「まあ、いくら勇人と一緒だからって、なにか起こったって決まったわけじゃないわよね」

「俺のせいかよ」

「申し訳ありません。なにかが起こっているようです」


 明るく振る舞ったアカネの努力も、それに乗ったユウトの優しさも、申し訳なさそうに言う極東支部長の一言で打ち砕かれた。


「警備室どころか、他の部署、外部への通信が遮断されています。可能性として高いのは、何者かの襲撃でしょう」

「……心当たりがありそうな口振りですね」

「実は……」


 この期に及んでは隠し通せないと覚悟をしたのか。

 ユウトを害そうという勢力があったため、同時に制圧作戦を行なっていたと告白する。


「もちろん、お二人のご両親や近しい人には護衛をつけています。こんな状況では、信じてもらえないでしょうが……」

「もし、父さんたちになにかあったら――」

「勇人!」

「……できることを、ひとつずつやっていこう」


 今にも噛みつかんばかりの視線を香取へと向けていたユウトだったが、アカネの一言で冷静さを取り戻す。

 しかし、香取はそれで安心はできなかった。ユウトに睨まれ真剣に死を予感したほどだったが、それはアルビノの少女からの視線により継続している。


「《道化師の領域》、《伝言(メッセージ)》」


 呪文書から、《道化師の領域》。巻物(スクロール)から《伝言》の呪文を使用し、自分とアカネの両親へ理術呪文により手紙を送るユウト。

 相手は驚くだろうが、止むを得ない。


 なにしろ、《伝言》の呪文を受け取れるのは意識のある人間だけ。死者へ送ることはできない。返信は不可能だが、生存確認にはなる。


「……とりあえず、みんなは大丈夫そうだ」


 全員に《伝言》が届いたことを確認し、ほっと息を吐くユウト。


「良かった」

「となると、真名と合流か、反撃か、脱出かだな」


 真名が襲撃者と交戦中なら、彼女との合流は反撃と同義になる。その場合、こちらもリスクを避けられないだろう。

 もちろん、負ける気はないが、危険性は否定できない。


 一番簡単なのは、ヨナの《テレポーテーション》で脱出してしまうことだ。

 問題は、真名を見殺しにしてしまう可能性があること。それに、敵を取り逃がすと後々面倒になりそうなこと。


 どれも一長一短があり、即断は難しい。


「……あたしが足手まといになってるわね」

「そんなことは……」

「アカネがいたほうが良い」


 悩むユウトに対して申し訳なさそうに言うアカネだったが、ヨナがはっきりとそれを否定した。


「アカネがいると、ユウトが慎重になる」

「なるほど。足枷も、役立つ場面があるのね」

「待て、それはおかしい」


 本気で不本意そうに言うユウトの様子に、ようやくアカネが笑顔を見せる。


 しかし、それはすぐに凍り付いた。


「重ね重ね申し訳ありませんが、ここに残っていただきます」

「倉木くん!」

「もちろん、支部長もです。ええ、今少しすれば、同志たちがやってきますので」


 ユウトたちを支部長室へ案内し、紅茶やケーキを振る舞ってくれた秘書の倉木。

 彼女は、黒光りする拳銃を両手で構えながら、冷静に自らの要求を口にした。


「……本物?」

「ヨナ、動くなよ」


 呆然とするアカネも気になったが、アルビノの少女を止めるのが先だった。アカネの言う通り、あの拳銃が本物かどうかは分からなかったが、下手をすると武器と認識できない可能性がある。


「どんなものかは、知ってる」


 しかし、ヨナは無表情で平坦な声だが、馬鹿にするなと言わんばかりだった。

 地球のゲームや映像に触れた、唯一の成果だろう。できれば、こんな形で成果を確認したくはなかったが。


「まさか、君の手引きがあったとは……」

「私だけではありませんわ、支部長。私たちルージュ・エンプレスに賛同するのは」

「ルージュ・エンプレス……」


 アカネが、聞き慣れぬその名をつぶやく。

 一見すると、驚き、気が抜けているようだが、違った。


(ルージュはフランス語で、エンプレスは英語だ! とか、思ってるんだろうな)


 付き合いの長い幼なじみだ。その程度分かる。

 緊張感のなさにあきれるよりも、むしろ口に出さず自重してくれて助かるぐらいだ。


 それよりも。


「ルージュ・エンプレス――赤の女帝、か……」


 そこから連想されるのは、赤毛の女帝ヴェルガ。

 ヴェルガと彼らの関連を示す証拠はない。しかし、無関係とも思えなかった。


 以前地球を訪れた際には、力を使ったため幼い姿になっており、大したことはできなかったのだろうと踏んでいたのだが……。

 どうやら、あの悪の半神にとって、地球に爪痕を残す程度なんでもないことだったようだ。まさか、今になって熾火が燃え上がろうとしているとは、ユウトも想像していなかった。


「私も、本意ではありません。ただ、我々に賛同いただければ、非礼はいくらでもお詫びいたします」

「まあ、いいさ。俺に話があるのなら、待とうじゃないか」

「天草師! それは……」


 今にも、自分の責任で対応するとでも言い出しそうな香取支部長を、ユウトは視線で制す。そして、自らのデスクから、こちらのソファに戻るように伝えた。


「でも、ひとつだけ。要求を先に聞いておきたいな」


 とりあえず、ルージュ・エンプレスとやらは、ユウトとの交渉が望みのようだ。

 であれば、まさか両親を人質にとって、などということはするまい。


 交渉ではなく、脅迫だったら……。


 そのときは、言うまでもないだろう。


「我々の要求というよりも行動理念ですが、より広く魔術の知識を開放することです。それこそ、一般人でも魔術が学べるように」


 冷静を装っているが、溢れる情念は隠しきれない。

 興奮に瞳を潤ませ、倉木はルージュ・エンプレスの理念を語る。


「それは、俺じゃなく支部長さんか、もっと上に言うべきじゃないかな?」

「その通りです。ですので、天草師。貴方様に、私たちを導いていただきたいのです」

「……は?」

「賢哲会議の最高指導者となってください」


 それが、私たちの望みです。


 倉木はそう続けると、口を半月状に大きく開き。


 狂信者のように、笑った。

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