2.自己紹介後に朝食を
「というわけで、彼女が俺の幼なじみの三木朱音……こっち風に言うと、アカネ・ミキだな。同じように迷い込んだので、俺が面倒を見るから」
朝食の場にそろった仲間たちを前に、ユウトはきっぱりと言い切った。
初めて聞く話に、朱音は驚いてユウトを見る。
だが、視線で自己紹介しろと振られただけだった。
食卓には、すでに朝食の準備が整っている。
焼きたてのパンと湯気を上げるスープはそこにあるだけで食欲を刺激され、芳しい香りが漂う。
その他、メインの皿やサラダなども、見るだけでこれは美味しいと確信できた。
料理が盛りつけられている食器も、目利きでなくとも逸品だと分かる。
しかし、食事は自己紹介の後らしい。
朱音は、勇人の仲間だという五人を改めて眺めやる。
白髪赤目――アルビノの幼女。
少し耳がとがった子供。
それから、体のサイズもボリュームも倍はある岩のような巨人。
看病をしてくれていた、黒髪に眼帯の美女。
そして、その美女を超える超美人。
彼女が天使だと言われたら、なるほどと納得するだろう。むしろ、同じ人間であるという方が、おかしい。それ以上に、困る。
こんなところで、自己紹介をしろというのか。
朱音は抗議の視線を向けるが、ユウトは取り合わない。
そのアイコンタクトを見て、ちょっと不機嫌になるヴァルトルーデにアルシアだけは気づいていた。
結局、アカネは制服を身にまとっている。
他の服は夏物ばかりというのもあるが、ユウトが学ランなら自分はこのブレザーだろうと自然に選んでいた。
「三木朱音? アカネ・ミキ? もう、面倒なので、アカネと呼んで。勇人の幼なじみよ」
そのアカネが立ち上がって自己紹介をするが、特に奇をてらったものではなかった。
やや思い切りが良すぎた、あるいは素っ気なさ過ぎたかもしれないが、他になにを言えばいいのか。なんと言えば通じるのか分からなかったからだ。
「あれ? 言葉って通じるの?」
「なにを今更。アルシア姐さんと喋ってたじゃないか」
理屈は分からないが通じないよりは良いと納得し、アカネは席に戻る。
「アカネも、ユウトと同じコーコーセー?」
「コーコーセー? あ、高校生ね。そうよ、正確には女子高生かしら」
「ジョシコーセー?」
聞いたことのない言葉に、小首を傾げるヨナ。
「ヨナ、質問の前に自己紹介だ」
「ユウトは、他人がいる時だけ厳しい」
「そういうこと言うなよ!?」
幼女と戯れる幼なじみを見て、アカネが今度は複雑な笑顔を浮かべた。
ユウトの案外子供っぽいところを見られたという嬉しさと、自分の知らない一面を目の当たりにした寂しさとがない交ぜになった複雑な感情。
「そうね、まずはヨナから自己紹介をお願いしようかしら」
紛糾しそうな場をまとめあげるアルシア。ユウトも、「さすがアルシア姐さん」とほめたたえる。
「ん」
無表情で、アルビノの少女が立ち上がる。
「ヨナ」
一応はアカネの方を見てそう一言発し、ヨナはまた席に着いた。
「……え? 終わり?」
アカネは戸惑うが、他のメンバーは「またか」と苦笑を浮かべるだけ。
「ヨナの生い立ちは説明が面倒だから省くけど、俺たちが知る限り最高の超能力者だよ」
見かねたユウトのフォローに、アカネが首を傾げる。
「超能力者?」
「うん。スプーンとか曲げる」
ヨナの前に並べられていたフォークやスプーンが糸で釣られたかのように、くいっと立ち上がる。そのままふらふらと空中を移動し、アカネの前で静止した。
「えい」
棒読みでかけ声をあげると、数本の食器が根本で折れた。
「スプーン曲げって、初めて見たわ!」
ユウトと冗談半分で仕上げたネタだが、好評だったようだ。
そもそもふよふよ浮いている時点で超能力なのではないかという考え方もあるだろうが、神秘の力に触れ、アカネは子供のようなはしゃぎようだった。
年齢に比べて大人っぽい彼女のそんな仕草は、普段のイメージとのギャップでひどく魅力的に映る。
「俺と空を飛んだときよりテンション高いんですけど、どういうこと?」
「それはそれ、これはこれよ」
折れたスプーンを手にとって眺めるアカネには、ユウトの抗議も届かない。
「仕方ありませんね……」
きちんとヨナを叱れる唯一無二の存在であると自負するアルシアも、怒るに怒れない雰囲気だ。
「このくらい、軽い」
言葉の上ではなんでもないと。
しかし、誇らしげに小鼻をふくらませるヨナ。
それを見たアカネはしばしフリーズし、次の瞬間、爆発した。
「うわっ。勇人、勇人。ヨナちゃん、超かわいいんだけど。あの娘、私にちょうだい」
「ダメにきまってるだろうが」
「ちゃんと世話するから!」
「ペットか」
「ある意味では」
「ダメだこいつ……」
「でも、まともに自己紹介はできてないよね」
地球人二人の漫才を横目に、ラーシアがもっともな意見を口にする。
「じゃあ、次はラーシアが手本を見せるのか」
「無茶振り来ちゃったよ!」
相棒であるエグザイルからの挑戦をラーシアは受け取った。
「アカネ、ボクはラーシア。草原の種族の盗賊だよ。草原の種族は人間の半分ぐらいの身長までしか成長しない代わりに、すばしっこくって抜け目がないんだ。あと、心外なことにいたずら好きなんて言われるね」
芝居がかった口調で、ラーシアがいきなり語り出す。
ヨナにご執心だったアカネが、慌ててそちらに向き直った。
「盗賊といっても泥棒じゃなくて、ダンジョンで斥候を務めたり、街中での情報収集を得意にするものがそう呼ばれるのさ。あと、こう見えて成人男性だからね」
「なるほど、要するに指輪ね」
「それ以上は止めとけ」
「別にいいじゃない。とりあえず、理解したわ。よろしくね、ラーシア」
笑顔で会釈するアカネを見届け、勝利を確信するラーシア。
「どうだい、エグ。今までの経験から学習したボクの自己紹介は」
「無難だな」
「そうだな」
「相変わらず、身内に辛い!」
そんなラーシアは放置し、相棒のエグザイルが口を開いた。
「俺は岩巨人の戦士、エグザイルだ。岩巨人については――ユウト、任せた」
「俺に振るのかよ」
「なんか、真面目にやったボクが負けみたいな雰囲気じゃない?」
「ラーシア、生きていれば良いことある。そのうち」
「慰める気無いよね、ヨナ!?」
ユウトの次に貧乏くじを引くラーシアを横目に、大魔術師の少年は知識を呼び起こす。
「まず、見て分かるとおりブルーワーズには、人間と呼ばれる種族が色々いる。ラーシアの草原の種族もそうだし、エルフやドワーフ、ハーフエルフなんかもそうだ。そして、それとは別に巨人種族ってのが色々いて、これまた千差万別なんだが……」
関係ない知識まで語り出しそうになり、慌てて軌道修正するユウト。
「岩巨人は、巨人種族の中では、比較的小型でメンタリティも人間に近い。数十人から多くても数百人程度の規模の集落を山間部に作り、主に狩猟採集生活を送っていて――力こそパワーという信条で生きてる」
「なる……ほ……ど」
苦笑とともに、エグザイルの隆々とした肉体を見るアカネ。
テレビで見たどんなスポーツ選手よりも力強い肉体だった。
「ちなみに、エグザイルのおっさんは、俺が知る限り最強の戦士だ」
「それは、俺が決めるべきことではないがな」
しかも、意外と理知的な受け答え。それがまた、凄みを感じさせる。
「あの、アカネです。よろしくお願いします」
「ああ」
そんな挨拶がかわされる横で、ラーシアがユウトに軽く探りを入れる。
「エグが最強って、ヴァルはどうなのさ?」
「ああ……。ヴァル子は、俺にとって最高の聖堂騎士だな」
「なにそれズルくない? ヴァルもそう思うよね?」
「いや、私が最高かは別にして、エグは最強だと思うぞ。絶対に敵に回したくはないな」
「ヴァルがこわれた……」
ヴァルトルーデのもっともなコメントに、ヨナはこの世の終わりのような。というか、この世の終わりが迫っていたときでも見せなかった絶望的な表情を浮かべる。
「ユウト関連だと、途端にメンタルに不調をきたすからねぇ」
「それは仕方のないことだ。いつかユウトが言っていたからな、完全なものは滅ぶだけだと」
「容赦ないな、おまえたち!」
さすがに我慢できず、お誕生日席にいたヴァルトルーデが立ち上がって抗議する。
「なんと言えば、正解だったというんだ」
「私の方が強いぞとか、じゃあこの場でどちらが上か決着をつけようとか、少しは楽しめそうだなとか、そんな感じ?」
「最後、方向性がねじ曲がっていないか……?」
「では、次は私が」
明後日へ向かう仲間たちを放置して、アルシアが自己紹介を始めた。
「私はアルシア。死と魔術の女神トラス=シンクに仕える大司教よ」
「あの、看病してもらったみたいで、ありがとうございました」
その場で頭を下げると、さらさらの茶色の髪が揺れる。
「あの時も言ったけれど、なにもしてはいないわ」
「でも、大司教って偉い人なんじゃ?」
恩を感じているからか、それともアルシアの雰囲気に気圧されているからか、不敵なアカネも及び腰だ。
「勝手に付いてきた地位だもの、大したものではないわ。ああそれから、この眼帯は視覚を補うものだから外せないの。私は、生来目が見えないものだから」
「そうだったんですか。いえ、全然だいじょうぶですから」
「よかったわ。ありがとう」
ふっと相好を崩し、柔らかな笑みを浮かべるアルシア。
微笑みの形に変わった桜色の唇を見て、アカネからも緊張が解ける。
(でも、なんかちょっとだけ怖そう……?)
「あ、言い忘れてたわ。今のところは保留だけれど、実は将来的にユウトくんと子作りする予定があるの」
「ふぁっ!?」
「ど、どういうことだ、ユウト!」
アカネだけでなく、ヴァルトルーデまで取り乱して問い詰める体勢に入る。
「アルシア姐さん……」
一方の当事者であるユウトは、手を顔に当てて天を仰ぐのみ。
「まあそういうことよ」
アルシアは、柔らかな微笑みをたたえたまま、それ以上の説明はしない。というよりも、するつもりが無い。
「ヨナは参戦しなくていいの?」
「ユウトとアルシアの子供なら、弟か妹だし」
「一番大人な意見だ」
「それに、十年後には大勝利の予定」
「ボクらが目を離した隙に、いったいなにがあったの!?」
収拾がつかない。
「とりあえず、自己紹介を終えたらどうだ」
そこに現れた救世主は、意外なことにエグザイルだった。
「終わらないとメシが喰えん」
「そうだな……。まあ、今の件は後で俺から説明するから、ヴァル頼む。締めてくれ」
疲れたようなユウトの懇願に、ヴァルトルーデは肯くしかなかった。
「絶対に説明してもらうからな」
釘を刺すのも忘れなかったが。
「私はヴァルトルーデ・イスタス。“常勝”ヘレノニアに仕える聖堂騎士であり、この周辺のイスタス伯爵領を治める者でもある」
立ち上がったまま、見下ろすように。そして正面からアカネを見据えるヴァルトルーデ。
その視線を真っ直ぐに受け止めたアカネは分かってしまった。
「アカネ、あなたの窮状はユウトからある程度聞いている。さっきユウトは自分が面倒を見るなどと言っていたが、それはここにいる皆が同じ気持ちだ」
この正々堂々として公明正大な女性は。
同じ人間とは思えないほど美しく、同性である自分ですら見とれてしまうこの人は。
アカネとまったく同じ気持ちを抱いているのだと。
「ありがとう。でも、私は私のできることをするつもりよ。逆の立場なら、ヴァルトルーデさんもそうするでしょう?」
アカネも立ち上がり、ヴァルトルーデへ右手を差し出した。他の誰でもない、彼女へ。
その言葉と行動に、困惑の表情を浮かべるヴァルトルーデ。
しかし、すぐに理解の色が紺碧の瞳に宿った。
「その通りだな。それから、領主とはいえ、皆と立場は変わらないつもりでいる。敬称など不要だ」
「分かったわ、ヴァル」
がっちりと右手を握り合う二人。
その間に挟まれたユウトは、「どうしてこうなった……」という表情を浮かべていたが。
「さあ、遅くなったけれど朝食にしましょう。大した手間はかかっていないけれど」
場をまとめるのは、アルシアのいつも通りの役割。
ただし、微妙なトゲがあると。ユウトには、ユウトにだけは感じられた。




