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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 14 女帝の熾火 第三章 ルージュ・エンプレス
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4.一級魔導官

 探求派内急進派――ルージュ・エンプレスを名乗る一団が、賢哲会議(ダニシュメンド)極東支部で《火球(ファイアー・ボール)》を放った。

 だが、具体的な目標があったわけではないようだ。エントランスホールの人員にも、受付の女性にも、もちろん真名にも直接的な被害はない。

 床や天井に破壊の痕跡が残り、やや高い位置の壁には人一人なら通れそうな穴が開いている。あれが直撃していたら……と、恐怖を憶えるのに充分。


 その恐怖が冷めやらぬうちに、ビルが静かに揺れた。

 静かだが、長い鳴動。


 いくつもの大陸プレートの衝突部にあるこの国においては、地震など珍しくもない。けれど、揺れているのはこのビルだけ。原因も、地震ではなく因果の反動(バックラッシュ)だ。


 世界法則、地球そのものが神秘を拒むゆえに起こる因果の反動。それを避けるため、賢哲会議は《道化師の領域スフィア・オブ・クラウン》という呪文を作り出した。

 それにもかかわらず、彼らルージュ・エンプレスは《道化師の領域》を使用しなかった。


 威嚇と示威行動。要するに、実力を見せつけ、敵の心を折る。戦わずして勝つという、最上の戦術を採用したのだ。


「俺たちの邪魔をするな! 戦闘は、こちらも本意ではない!」

「第三階梯の呪文だ。抵抗するだけ無駄だと、理解できるだろう!」


 ルージュ・エンプレスの面々が、本気で。同時に、誇らしげに言う。


 彼らの発言は、事実であり真実であろうと真名も同意せざるをえない。

 戦闘――無理やり通ろうというのであれば、先制の《火球》で片は付いただろう。それに、第三階梯の理術呪文など、一級魔導官でも使用できる者はいない。

 誰よりも頭抜けた術者が複数。ルージュ・エンプレスと名乗る彼らに抵抗するのは、不可能。


 だが、魔術に頼らなければ別だ。

 エントランスホールにいたエージェントたちが、一斉に懐から拳銃を取り出す。


「愚かな」


 10を越える銃口を突きつけられても、田港たちルージュ・エンプレスは動かない。むしろ、撃てるものなら撃ってみろとばかりににらみつける。


「止めっっ」

「撃て」


 彼らの余裕は、虚勢ではない。

 不吉なものを感じた真名が制止するが、遅かった。


 3点バーストで吐き出される銃弾が、ルージュ・エンプレスを名乗る集団へと吸い込まれていく。


 しかし、それが彼らに届くことはなかった。


 軍服に触れる寸前、空中で一瞬静止したかと思うと、まるで時間を巻き戻しでもしたかのように反転し、銃弾は射手へと殺到する。


 ヴェルガが、ユウトへ示唆した光景が現出した。


「ぐあああッッ」

「なあぁッ」


 スーツの下に防弾チョッキを着込んでいたようで、即死した者はいないようだ。けれど、それは現時点においての話。

 耐えがたい苦痛を感じているだろうし、救護が来るまで命があるとも限らない。そもそも、救援などどこから来るのか。


「こんな、呪文……」


 加害者から一瞬で被害者となったエージェントの一人がうめくように言う。

 知らないのは無理もない。真名も、《反転の矢サクリファイス・アロウズ》の存在は、ユウトから聞いたことがあるだけ。

 一対百の決闘で使ったと聞いたときには、いろいろと言った気がする。同時に、地球では絶対に広めてはならない呪文だと思った。


 投石も、矢も、銃弾も。非魔法的な飛び道具を跳ね返す呪文など、戦場で使われたらとんでもないことになる。

 それが目の前で実演され、真名はぎりりと奥歯を噛んだ。


 そんな真名へ、ルージュ・エンプレスのリーダー・田港が、まったく変わらぬ調子で声をかける。


「さて、秦野真名。貴様はどうする?」


 真名は答えない。

 それを逡巡と見て取ったのか、田港は笑顔を浮かべ――狩り場の猛獣にしか見えなかったが――懐柔するかのように、優しい声を出す。


「可能であれば、天草師と顔見知りの貴様に、ひとつ仲介の労を取ってもらいたいのだがな」


 人質になれということなのか。

 それとも、本当にユウトと交渉したいのか。

 あるいは、時間と人員の消耗を避けようとしているのか。


 真名には、判断ができない。


「もうひとつ、忠告です」


 だが、ひとつだけ確実なことがある。


「ここで私に倒されるほうが、よほどましな死に方ができますよ」

「そうか、残念だ」


 田港が手を挙げ、背後の部下たちが呪文書をめくる。


「《透明化(トランスペアレント)》」


 しかし、それに先んじて、真名が第二階梯の理術呪文《透明化》を発動させる。《道化師の領域》を使用するというステップを無視するという、切羽詰まった状況。

 けれど、真名は一人ではない。


「因果の反動、問題ありません」


 マキナのサポートも受けて発動した《透明化》の呪文により、タブレットを持つ手から始まり、一瞬で真名の姿がかき消える。

 人魂のような光の球が浮かび、数秒後には消えた。これが、今回の因果の反動だったのだろう。マキナの言う通り、軽微で無視できる反動だ。


「待機しろ! 同士討ちになるぞ!」


 それを横目で見ながら、田港は素早く指示を出す。

 透明化するといっても、それは視覚的な作用のみ。音を消すことはできない。また、透明化していられるのも、ほんの数分。


「警戒を厳にしろ! 一度、攻撃を受けてから反撃に転じればそれで良い」


 飛び道具への防御は万全。

 当然、呪文への抵抗力を上げる呪文もかけてある。

 エレベーターを使って逃げるつもりかもしれないが、そろそろ同志がシステムを掌握している頃。


 ならば、多少の損害には目をつぶり、相手が出てきたところを潰す。

 そう一瞬で判断した田港は、優秀な指揮官と言えるだろう。


 ――相手が、真名でなければ。


「うおっ」


 足下からの強い衝撃に、田港は思わず声をあげた。

 そのまま、すくい上げられるように背中から地面へ落ちていく。その寸前、宙を舞うエメラルド色のタブレットが視界に入る。


「ぐっぬぅっ」


 膝の辺りから、びきぃとなにが壊れる音がした。


 関節を極められたうえに、折られた。

 激痛が、その事実を教えてくれる。同時に、気付いたときには頭をエントランスホールに打ち付けていた。


ご主人様(マスター)、放り投げるとは酷いです」

「あなたを持ったままでは、両手を使えないではないですか」


 真名は、田港の片足を折るやいなや跳躍し、マキナを回収した。ポニーテールが大きく翻り、ある種幻想的な光景を演出する。

 そのまま田港の分厚い胸板に着地し、その足を掴まれるよりも早く、反動をつけてルージュ・エンプレスを名乗る集団のただ中へ突っ込んだ。


「捕獲しろ!」


 このクロスレンジでは、呪文も銃も使いにくいことこの上ない。ゆえに、歯を食いしばりながら立ち上がろうとしながら下した田港の指示は正しい。

 正しいが、的確ではなかった。


 皆、呪文書を片手に保持している状態であり、これでは俊敏に動く一級魔導官を捕らえるのは難しい。また、真名も、それを見越して器用に動いている。

 ユウトがこの場にいたら、「前衛も用意しないで魔術師(ウィザード)を運用とか、どういうつもりだよ」と、頭を抱えていたに違いない。


「一旦、態勢を整える! 退け!」


 とはいえ、ルージュ・エンプレスを名乗る彼らも無能ではない。

 田港の一喝で我に返り、真名へ牽制しつつ後退する。田港自身は仲間に抱えられながらだったが、距離さえ取ってしまえば問題ない。


「ご主人様、2-Bです」

「分かってます。《火砕爆裂(フレイム・バースト)》」


 ルージュ・エンプレスに追いすがりながら、再び《道化師の領域》を省略して、マキナが推奨する呪文《火砕爆裂》を発動する。

 タブレットから生まれた炎が真名の周囲を3メートルの厚さで覆い、炸裂した。


 倒れる味方は巻き込まないように。それでいて、敵を多く巻き込めるように。

 マキナのサポートも得て、難しい範囲設定は成功したが、しかし、威力まで保証するものではない。


「《精霊円護エレメンタル・サークル》ですか……」

「統制派の奴らを壊滅させるときに、準備は整えてある」


 ユウトたちも使用している《精霊円護》は、低い階梯ながら、術者の力量により効果が変化する。そのため、ルージュ・エンプレスが得ている効果は最低限のものだが、それでも、《火砕爆裂》の被害を低減させるには充分。


 ルージュ・エンプレスを名乗る集団は、軍服が焼け焦げ、火傷を負いながらエントランスホールの壁際まで後退に成功していた。


 真名との距離は、5メートルほど。

 充分とは言いがたいが、魔術戦も銃撃戦もどちらでも可能な距離。


「私を殺すつもりですか?」

「覚悟は、できているだろう?」

「もちろん。ですが、あなたがたはセンパイと敵対する意思はないのでしょう?」

「……その通りだ」


 忌々しそうに、田港が答えた。

 図星を突かれた上に、足からの痛みは間断なく苛んでくる。苦虫を噛み潰したような表情になるのも当然だろう。


「考えたことはありませんか? なぜ、私がセンパイとの交渉の窓口になっているのか」


 田港の動きが止まる。

 学校の先輩後輩だとは聞いているが、当時は、ほとんど関係はなかったという。


 本当に、それだけなら良い。


「むしろ、疑問に思うべきは、どうしてセンパイが私を窓口として指名しているか、ですけどね」


 彼が地球へ帰還したとき、最初に出会って以来の関係だというが、確かに、それだけでずっと窓口を現場の人間にするというのは無理のある話だ。


 相手が相手だけに、無理が通っていたわけだが……。


「それに、この喋るタブレット、気になりませんか?」

「天草師から特別に、貸与されたとでもいうのか……?」


 相手が考えを巡らせているのを見て、真名はさらに畳みかけた。


「センパイは、向こうで美女を三人も侍らせているんです。地球(こっち)に、愛人の一人ぐらいいても不思議ではないでしょう?」


 そう言って、不敵に笑う真名。


「ここで私が死んだら、センパイはあなた方に、どんな感情を抱くと思います?」


 逡巡。

 田港だけではない。ルージュ・エンプレスを名乗る全員の動きが止まる。

 それは、余裕が生んだ油断。


「《飛行(フライト)》」


 その隙に、マキナが初めてアクティベートした第三階梯の理術呪文を発動させる。


「逃がすなッッ」

「はははは。この状況で逃げない間抜けなどいるものですか」

「マキナ、余計なことは言わない」


 田港たちが呪文書を構えるが、遅い。

 エントランスホールで飛翔した真名とマキナは、そのまま一直線に壁の穴――ルージュ・エンプレスが《火球》で開けた――を通って、脱出した。


「ちぃっ。いや、だが、大した問題ではあるまい」


 その負け惜しみをかき消すように、因果の反動として花火が爆発したような轟音が鳴り響いた。

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